明日香の風―Verde viento―

吹く風を志貴皇子が昔を懐かしんで飛鳥風と呼んだように、古人の心を偲び、延いては日本語のルーツを探して明日に伝えたい。

タイトルネーミングの由来

2007-06-20 18:40:32 | Weblog
藤原定家は、百人一首を通じて、大衆の領域にまで、
王朝文化の香りを今日まで親しみある形で伝えています。

当時、既に晩年にあった定家が百首の色紙を選んだ理由は、
もちろん自身の歌論である妖艶と有心体(うしんたい)を
後世に伝えたいがためでしょう。

タイトル「明日香の風」の明日香は王朝文化の代名詞として用いました。
副題をVerde vieto(緑の風)としました。
この言葉は、大好きなロルカの詩からとりました。
Verde(緑色)には、隠れた意味があり、
王朝風の言葉で云えば「袖の香」とでも訳せましょうか。

さて、昭和26年に、小倉百人一首には、その原稿本に当たる「百人秀歌」が
存在していたことが発見されました。
これまで、あまり評判の良くなかった百人一首の撰歌の基準がおぼろげながら
見えてきました。(その歌人一番の秀歌とは言えないものが多くあります。)

「百人一首」は、ほぼ時代順に歌が並べられていますが、
これは、元々、ある基準で撰んだ「百人秀歌」を、素知らぬ顔で順序を変更し
迷彩を施したものと考えられます。

「百人秀歌」の歌は、色紙の依頼人の山荘の背景や
小倉山を含んだ嵯峨野一帯の風光明媚な風景を考慮しながら、
また、その頃興味を抱いていた連歌の様式に倣って、前後の歌の関連を、
ある時は一方を借景として、ある時は双方の景色の比較をより鮮明にしながら
選ばれて行きました。

定家は歌の第1人者でありながら、一方では源氏物語に代表される
色々な歌物語の普及にも努めた人ですから、昔からの伝統や歌枕
(歌に詠まれた名所旧跡)の紹介も大事にして選歌しています。
このことが、後々大衆向けのカルタに発展し、狂歌などにも取り上げられて
大い普及した要素になったと思われます。

この「百人秀歌」では、また、歌合(うたあわせ)の伝統に合わせて、
2首が1対になって編まれています。(一番下の欄を参照のこと)
その内容も妖艶(Verdeの世界)を競って選ばれているように見えます。

全体的な後と先きの関係は、先に述べたように連歌の様式を踏まえ、それらは
歌合の1組の歌と嵯峨野の四季を、さながら経(たて)の糸・緯(よこ)の糸
として織り込んだ采女の華やかな衣装を眺めているようで魅力的です。

「百人秀歌」は全部で101首ありますが、この内、最後の4首を除いては
97首いづれも、自撰の定家八代抄から選んでいます。
対(つい)にすると、1首は片割れになりますがどの歌でしょうか?
私は、源俊頼の歌だと推理しています。

この人は、歌論「俊頼髄脳」の著者として、定家と双璧の著名な歌人です。
この人の歌ならば、後で編集し直しする時、どのようにでも扱えるからです。
現にこの人の歌だけが、百人一首と百人秀歌双方に、二首選ばれています。
(「後鳥羽院口伝」に、"俊頼の歌の姿に二様あり"と言わせた程の歌の名人。
  一人で二様ですから、片割れではなく一人歌合のようです。)

「百人秀歌」の最後の4首は、時の鎌倉幕府に配慮して、幕府に関係のある人物
の歌から撰んでいます。
自尊心の強い定家は、ひそかに配流中の後鳥羽院や順徳院の復活を企んでいた
のでしょう。歌人としては、互いに尊敬していたでしょうから。

「百人一首」の色紙の方は、全体的に見て、模様や意味の重複を嫌って、
最終的には一部を「百人秀歌」のものと差し替えています。
が、これではまだ101首のままです。
最後は、この山荘の雰囲気に合わない「哀傷歌」を1首カットしました。
これで、めでたく「百人一首」には「哀傷歌」は1首も無くなりました。

【参考】

●「百人秀歌」に有って「百人一首」で省かれた4首

A夜もすがらちぎりしことを忘れずは恋ひん涙は色ぞゆかしき
                     一条院皇后宮
B春日野の下もえわたる草の上につれなく見ゆる春のあは雪
                     権中納言国信(くにざね)
C山ざくら咲き初めしよりひさかたの雲居にみゆる滝の白糸
                     源俊頼朝臣
D紀の国の由良のみさきに拾ふてふたまさかにだに逢ひみてしがな
                     権中納言長方

●「百人一首」に新たに加えられた3首

74憂かりける人を初瀬の山おろしよはげしかれとは祈らぬものを
                     源俊頼朝臣
99人もをし人もうらめしあぢきなく世を思ふゆゑに物思ふ身は
                     後鳥羽院
100ももしきや古き軒端のしのぶにもなほあまりある昔なりけり
                     順徳院

●百人秀歌の2首1対の組み合わせ(数字は百人一首の歌番号)

1,2/3,4/6,7/11,5/16,17/18,13/9,8/12,10/14,15/19,20/28,21/
24,30/29,33/22,35/31,23/34,32/36,26/25,27/39,37/38,43/
40,41/45,44/42,48/46,49/50,51/52,47/A,68/54,53/69,70/
55,62/56,58/59,57/61,60/64,63/67,71/66,73/B,72/65,(C),77/
80,76/79,78/75,82/84,85/81,83/86,88/D,90/89,87/92,91/
95,94/93,98/97,96/
上の歌合を十分堪能してみてください。(C)歌は片割れ。