【ヴァギナ・デンタータ】

瞼を閉じれば見えてくるものこそ本当の世界――と、信じたい私は四六時中夢の中へ。

浴槽

2010年01月17日 01時01分23秒 | テクスト

 浴槽にいつまでも浸かっている。僕とのセックスが長時間に及んだときや、あらゆる物事に対して僕が要求しすぎたとき、たびたび彼女はそうなった。そのときの彼女はまるで四肢に力が入っていなくて、何だか死んでしまったみたいに見える。話しかけても物憂げに頭を振る。
 あなたはわたしを重くする、と彼女は言う。重すぎて息が苦しくなる。だからときどき体のなかから流してしまわなくちゃいけない。
 それは流せるものなの。あなたのは幸いにね。人によって違うの。それはもちろん。何だか、僕が薄情みたいな気分だな。違う、あなたのはとても重いの。
 浴槽のなかで彼女の長い髪と少し縮れた草叢が漂っている。水分を含みすぎて皮膚がぶよぶよになるのではないかと心配になるくらい長く彼女は浴槽に浸かり、それからゆっくりと栓を抜く。
 そのときの彼女はもう全然物憂げではなくて、まるで憑き物が落ちたみたいに上機嫌になっているものだから、僕はそれ以上何も訊けなくなってしまう。ただ、浴槽から渦を巻いて流れてゆく水を眺めていると、無性に胸が切なくなるのだ。

槽浴

ノイズレス

2008年08月16日 10時39分37秒 | テクスト

 女の子は体毛が薄いと世間一般には思われているけれども、どうして体じゅうには男女問わずあるかなきかでも産毛というものが生えているのであって、それはちょっとした水の流れを妨げたり肌触りを著しく損なったりするのである。ざりざり。
 抱き合うと肌のぶつかり合う音よりも密着させた体の下で互いの産毛がどんなふうに絡まり合っているのかが気になってしまう。産毛とはいえこれだけ隙間なく抱き合えば絡まり合いくらいするでしょう。結果、いいだろ? いいだろ? と訊かれてもごめんなさい産毛がと言っては振られてしまう。
 剃刀を滑らせて産毛を剃る。安全剃刀なんかじゃ駄目で、安全剃刀なんぞと謳いつつもあれはけっこう危険な代物で横滑りにより何度皮膚を切ったか知れないのだけれども、とにかく一枚刃のギラギラと切れ味のよい剃刀を肌に当てて滑らせてゆく。刃の上にこんもりと産毛が溜まる、よくもまあこれだけの毛が体じゅうに生えていたものよ。
 すべらかな肌触り、何の摩擦も起こさないさらさらに陶酔して剃刀を滑らせる滑らせる滑らせる、あ、と思った瞬間剃刀は皮膚に喰いこんでいる。血、
 血血 血、          血

 血。

 嗚呼、また、やっちゃった。

スレズイノ

願わくば

2008年03月11日 22時19分20秒 | テクスト

 貧困に喘いで棄てられた娘たちが一様に、一本の木に長い髪の毛を括りつけられている。結び目は固く髪をほどくことの出来ない代わりに、娘たちは伸びた髪のぶんだけ毎日少しずつ歩を進める。家に向かい。最初に帰ってきた娘だけなら、一人なら、再び迎え入れてやることもきっと出来るわ、去り際に残された両親の言葉が娘たちを強く奮い立たせるのだ。
 手櫛を通し、雨水で洗い、馨しい花のにおいをさせ、娘たちは自身の髪を丹念に手入れする。どうかどうかこの髪が、早く早く伸びますように。そうしてまた果てしない道を歩みゆく。

ばくわ願

蜘蛛

2008年03月03日 03時14分51秒 | テクスト

 上睫毛と下睫毛のあいだに糸を伝わせて蜘蛛が巣を作っているので、わたしは瞬きが出来ない。

蛛蜘

呼毒

2008年01月15日 22時30分40秒 | テクスト

 しばらく前に結婚した兄の下に野暮用で出掛けたら不在で、嫂の綾野さんが出迎えてくれた。綾野さんは前の旦那さんを亡くして兄と再婚した。兄は傷心の綾野さんをずいぶん励ましたと聞く。
 三十を少し過ぎているが、娘のように若く奇麗だ。とりわけ唇の血色がよくてあどけなさが増す。
 出直しましょうと言うと、そう言わずに上がってらっしゃいと招かれる。「せっかく来たのだから。お茶とお菓子くらい召し上がって。そのうちにあの人も帰ってくるでしょうし」
 遠慮するのも悪いかと思い、それではと靴を脱いだ。まだ新婚の二人の部屋は清々しく整頓され、掃除の行き届いたフローリングではスリッパの鳴る音も小気味よかった。奇麗好きな人なのだろう。
「あなたは今年でいくつになったの」切り分けたカステラにダージリンティを添えて出してくれながら、綾野さんが言う。
「二十歳になりました」
「それじゃ、成人式だったのね」
「ええそうです。式典では懐かしい顔ぶれに逢えましたよ。すっかり様子の変わってしまっているのも居ましたけれど。あれはなかなか面白いものですね」
「そうね。……何かお祝いを差し上げなくちゃ。ごめんなさいね、私ったら全然気がつかないで」
「いいえとんでもない、お気遣いなく。そのお気持ちだけで充分です。しかしこれからの身の振りをきちんとしなければいけませんよね」
 ざらめのついたカステラにダージリンティはよく合って、ついつい口が滑らかになる。僕はときどき、綾野さんの娘のように血色のよい唇や、細い指先を盗み見た。それはあどけないと同時に、艶やかでもある。
 どれだけ待ってみたところで兄は帰ってきそうにもなかった。僕は結局また日を改めることにして立ち上がる。「戴き立ちで申し訳ありません」
 綾野さんは気にしないでと頸を振り、玄関まで見送りに来てくれた。靴を履いたところで呼び止められる。
「これ、お祝い」
 手のなかに落としこまれた小さな金属は、この家の鍵だった。思わず綾野さんの顔を見ると、ふ、と笑い、「成人したあなたへのプレゼント」と耳許で囁かれる。生々しい息がかかった。「あなたも、あの人の居ない時間をきちんと把握しているようだから」
 耳朶を噛まれ、ぬらりと血が流れるのが判った。近いうち、兄は亡くなるかもしれない。

毒呼

捩レ飴細工

2007年09月24日 19時58分20秒 | テクスト

 小人たちは踊る。しゃらしゃらと床を鳴らし手を取り合い指を絡めまた離れる。また絡める。毛先から指先から黄金色の筋が舞う。わたしたちは小人たちが愉しげに踊り廻るのを眺めている。
 工場はたくさんの小人で機能している。わたしたちは毎朝大きな釜を熱しグラニュー糖と水と水飴を混ぜ合わせて飴を作る。特別なものは何も入れない。ヘラで充分に掻き混ぜて、ちょうどの頃合いを見計らって踊る小人たちの上に落とすのだ。小人たちは全身飴みどろになりながらなお踊り続ける。
 そのうちに飴は冷えて固まりはじめる。それぞれ、小人たちが踊った形に。出来上がりは冷えた飴に小人たちが搦め取られて止まるので判る。
 わたしたちは飴から小人たちを切り離し、叮嚀に温めて溶かす。たまに口に含んで舐める。すると小人たちは再び動きだすので、また踊りの列に戻してやって新しい飴をかける。
 小人たちが踊った軌跡どおりに固まった飴はひとつずつ味が違って、それはとても美味だから、本当によく売れる。

工細飴レ捩

愛玩動物

2007年08月22日 00時06分52秒 | テクスト

 近所のお姉さんの飼っている鸚哥が卵を産んだ。空色の羽の奇麗なヒヨという名前のその鸚哥を、お姉さんは雛の頃から大切に育ててきた。僕はときどきヒヨを見せてもらいに家を訪ねた。
 ヒヨの話をするお姉さんの頬はぽうっと朱色になって、心底ヒヨを愛しているのだと判る。僕はお姉さんを奇麗だと感じる。
 お姉さんはよくヒヨを肩に乗せて遊んでいたけれど、卵を産んでからヒヨは温めるのに必死だ。雛の孵るのが愉しみだと口では言ってもお姉さんはやはり寂しげだった。
 僕は、何とかお姉さんを喜ばせたかったのだ。たまたま一人になったとき思いついてヒヨを籠から出そうと手を入れた。驚いたヒヨは派手に暴れ、あっけなく、卵は割れた。僕はその場を逃げだした。
 それからしばらくはお姉さんの家を訪ねずにいたのだけれど、偶然駅で逢って驚いた。顔は青白く病的に痩せ細っていた。ヒヨが死んだことをそのとき知った。卵を失ったストレスで自ら羽を抜き、最期は地肌を剥きだしにしたぼろぼろの姿で固くなっていたという。
 骨のたどれるくらい薄くなったお姉さんの背中はヒヨを連想させて、僕はいっそ胸が張り裂けてしまえばいいと願う。

物動玩愛

糸?

2007年08月15日 22時38分01秒 | テクスト

 君と僕とは糸で結ばれている。運命の赤い糸、なんていう陳腐な表現としてではなくて文字どおり細い糸で全身そこいらじゅうを。右手は左手と左手は右手と、右耳と左耳左耳と右耳、たまに手首と足首を、という具合に。
 睫毛は一本ずつ結ばれているのだけれどどうしても君のほうが密度が濃いから、僕はところどころ髪の毛を代用しなければならない。
 僕らは今まで概ねうまくやってきたけれど、ついさっき僕があまりにふざけすぎた所為で細い糸のあちこちが複雑にこんぐらかってしまった。ずいぶんもじゃもじゃになっているところもある。油断すると突拍子もない結ばれ方をしてしまう。
 絡まり合った糸を切ってしまうのは簡単だけれどそれじゃあ君と僕との繋がりは二度と元のようには戻らない。君はふざけすぎた僕に対して肚を立てている。僕は君をありったけ宥めすかす。
 こんぐらかった糸を何とか元に戻そうと、僕らは少しずつ慎重に体を動かして上になり下になりを繰り返す。

Shown Implictly

這い廻る蝶々

2007年06月05日 03時44分29秒 | テクスト

-----------------------------------------------------------------------Text written by man-ju*[haimawaru-cyoucyou]

 私は蝶々と呼ばれているけれどもそれは私の舌につけられた名前であって私の名ではない。私には名前がない。私は男に買われた女だ。
 私の舌がひらひらと舞うように巧みに動くのと、飛びきり赤い色をしていたので男はそんな名前をつけた。子供じみていて笑えたけれどもなぜだか私もその気になった。一度も飛んだことはないというのに。一度も飛んだことがないゆえに。
「蝶々」
 男に呼ばれれば私は舌を出す。男の肌も性器も甘いと感じるようになったのは私の舌が蝶々と呼ばれるようになってからだったかどうだったか。記憶は危うい。私は何人もの男の甘い肌と性器を舐めるけれども、果たして私の舌を蝶々と呼ぶ男の肌と性器が甘いのかどうかは判らない。
「蝶々」
 男は私が別な男の肌を舐めるのを眺めながら自慰をしている。

*(2007. 05. ××)--------------------------------------------------------------------------------------------------------

かくも甘き

2007年03月24日 00時54分07秒 | テクスト

-----------------------------------------------------------------------Text written by man-ju*[kakumo-amaki]

 類稀れなる美人だった姉やは負った火傷で皮膚は引き攣れ髪はほうほうと抜け落ち、赤黒い顔に血膿の浮いたさまは鬼とまで蔑まれるようになった。ひと月生死をさまよった。
 家屋が焼けたのは姉やに懸想していた誰ぞの放った火が原因だったらしいと聞いた。どんな恋情を打ち明けられても姉やはすべてを袖にした。火の手から逃げ遅れた私に気づいて引き返してきた姉やはほとんど火達磨だった。
 以来私は毎夜姉やの部屋を訪れる。姉やは寝間着を脱いで全裸になって待っている。私は姉やの引き攣れた皮膚や爛れた乳首を丹念にねぶってゆく。にじむ血膿を口いっぱいに溜めながら、甘い甘いと繰り返す。姉や姉や。美しい姉や。姉やの傷はどれほどにも甘いから、私はどんなにでもしゃぶることが出来るんだよ。心の臓が打っていないことさえ問題ではないんだよ。
 私は、姉やの血膿をすべて舐めとり、その下に以前と違わぬ透きとおる白い肌の現れるのを夢想する。甘い甘いと繰り返す。

*(2007. 03. ××)-------------------------------------------------------------------------------------------------