一見もっともらしい経団連の「イコール・フッティング」だが――湯浅誠氏の数字使いのうまさが光る
活動家・湯浅誠氏の原稿は型が決まっていて、読みやすい。
まず事例から入り、最後は意見で締められる型が多く使用されています。
文中で提出される「事実」は新しいものが採用され、出どころも確か、
数字による裏付けも取られています。
時にデータの羅列に見えることもありますが、
その羅列のしかた、つまり編集に湯浅氏の意見が表明されています。
政府は9月9日、「新成長戦略実現会議」の初会合を開き、
菅直人首相は法人税の実効税率の引き下げや
雇用促進税制の検討を指示した。
それに先立つ7月20日、日本経団連は
「『新成長戦略』の早期実行を求める」という文書を発表し、
その中で法人減税などの
「事業環境の国際的なイコール・フッティングの取り組みを進めなければ、
仮に景気が本格的に解決しても、雇用拡大につながらない恐れがある(ジョブレス・リカバリー)」
と警告していた。
(2010年10月1日付毎日新聞)
出だしの部分です。
この経団連の発表に対しツッコミを入れて、記事は展開します。
まず「イコール・フッティング」について。
耳慣れない言葉です。
湯浅氏はそれを見越して、イコール・フッティングの意味を説明。
それから、問題点の指摘に入ります。
イコール・フッティングとは「競争条件を一緒にすること」を指す。
公正な競争のためには条件が一緒でなければならない。
しかし、どこと何を一緒にするのか。
財務省の資料によれば、
日本の法人所得課税税収は、
対国民所得比で6.5%と、
ドイツの2.8%、
フランスの4.0%、
スウェーデンの5.0%
に比べて高い。
他方、社会保険料の事業主負担は、
ドイツ(8.7%)
フランス(15.0%)
スウェーデン(13.0%)に対し、
日本は6.4%と低い。
(同)
数字が並んでいるので慣れない人には読みづらい。
それで改行を多めにしてみました。
まず、数字の出どころが財務省であることが明記されています。
財務省ですから、信頼できると考えてよい。
そして、比較です。
法人税を下げることを菅首相が指示したということですが、
確かにこの比較から見ると、日本の法人税は高いことがわかります。
フランスは4.0%、日本は6.5%なのですから。
でも企業が負担している社会保険料は
日本が6.4%に対して、フランスは3倍近い15.5%。
日本の企業は社会保険料をそれほど支払っていない。
イコール・フッティングは何をイコールにするのか。
法人税だけ「イコール」にして社会保険料は「イコール」にしないのか。
それはおかしいと指摘しています。
しかし、社会保険料の事業主負担を
イコール・フッティングにするとはどこにも書いていない。
(同)
ということです。
法人税だけイコール・フッティングにするのは身勝手だということですね。
後半では、国税庁の「民間給与実態統計調査」を使って
イコール・フッティングにツッコミを入れています。
…「1年を通じて勤務した給与所得者」の給与総額が
この10年間で25兆円減り、
年収200万円以下が1099万人と
過去最高に達していた。
このうち800万人が女性で、
女性給与者の44.9%を占める。
(同)
つまり、女性の半数近くが年収200万円で働いているわけですが、
この雇用の質のイコール・フッティングは言われていないということです。
経団連の言うイコール・フッティングは法人税だけで、
他国と比して遅れている社会保険や、
女性の労働現場は今のままでよい、ということでしょう。
25兆円は大変なお金です。
女性ばかりでなく、男性のほうも給与は下がり続けているわけで。
数字がいかに説得力を持つか、よく計算して書かれています。
そして、最後は意見です。
人々の生活が充実した結果として経済成長があるので、
経済成長すれば
自動的に生活が充実するわけではない。
政府には「国民の生活が第一」という大方針の下で、
雇用の質・生活の質のイコール・フッティングをこそ、
目指してもらいたい。
(同)
イコール・フッティングをキーワードに
経団連の一見、筋の通っているように見える要求が
別の面から見ると実は偏ったものでしかないことを、
暴いています。
出どころのはっきりした数字の裏付けが
説得力を持って読み手に伝わります。
湯浅氏は東大大学院博士課程で学者の訓練を積み、
論文を書き、
活動家になった方ですから、
型の整った文章を書きます。
レポートのお手本にはもってこいの文章なので
見習うことをお勧めします。
――2010年10月4日
©NISHIDA Midori
西田みどりのだれでも書けるレポート講座
学習院図書館セミナーレポート講座PDF
活動家・湯浅誠氏の原稿は型が決まっていて、読みやすい。
まず事例から入り、最後は意見で締められる型が多く使用されています。
文中で提出される「事実」は新しいものが採用され、出どころも確か、
数字による裏付けも取られています。
時にデータの羅列に見えることもありますが、
その羅列のしかた、つまり編集に湯浅氏の意見が表明されています。
政府は9月9日、「新成長戦略実現会議」の初会合を開き、
菅直人首相は法人税の実効税率の引き下げや
雇用促進税制の検討を指示した。
それに先立つ7月20日、日本経団連は
「『新成長戦略』の早期実行を求める」という文書を発表し、
その中で法人減税などの
「事業環境の国際的なイコール・フッティングの取り組みを進めなければ、
仮に景気が本格的に解決しても、雇用拡大につながらない恐れがある(ジョブレス・リカバリー)」
と警告していた。
(2010年10月1日付毎日新聞)
出だしの部分です。
この経団連の発表に対しツッコミを入れて、記事は展開します。
まず「イコール・フッティング」について。
耳慣れない言葉です。
湯浅氏はそれを見越して、イコール・フッティングの意味を説明。
それから、問題点の指摘に入ります。
イコール・フッティングとは「競争条件を一緒にすること」を指す。
公正な競争のためには条件が一緒でなければならない。
しかし、どこと何を一緒にするのか。
財務省の資料によれば、
日本の法人所得課税税収は、
対国民所得比で6.5%と、
ドイツの2.8%、
フランスの4.0%、
スウェーデンの5.0%
に比べて高い。
他方、社会保険料の事業主負担は、
ドイツ(8.7%)
フランス(15.0%)
スウェーデン(13.0%)に対し、
日本は6.4%と低い。
(同)
数字が並んでいるので慣れない人には読みづらい。
それで改行を多めにしてみました。
まず、数字の出どころが財務省であることが明記されています。
財務省ですから、信頼できると考えてよい。
そして、比較です。
法人税を下げることを菅首相が指示したということですが、
確かにこの比較から見ると、日本の法人税は高いことがわかります。
フランスは4.0%、日本は6.5%なのですから。
でも企業が負担している社会保険料は
日本が6.4%に対して、フランスは3倍近い15.5%。
日本の企業は社会保険料をそれほど支払っていない。
イコール・フッティングは何をイコールにするのか。
法人税だけ「イコール」にして社会保険料は「イコール」にしないのか。
それはおかしいと指摘しています。
しかし、社会保険料の事業主負担を
イコール・フッティングにするとはどこにも書いていない。
(同)
ということです。
法人税だけイコール・フッティングにするのは身勝手だということですね。
後半では、国税庁の「民間給与実態統計調査」を使って
イコール・フッティングにツッコミを入れています。
…「1年を通じて勤務した給与所得者」の給与総額が
この10年間で25兆円減り、
年収200万円以下が1099万人と
過去最高に達していた。
このうち800万人が女性で、
女性給与者の44.9%を占める。
(同)
つまり、女性の半数近くが年収200万円で働いているわけですが、
この雇用の質のイコール・フッティングは言われていないということです。
経団連の言うイコール・フッティングは法人税だけで、
他国と比して遅れている社会保険や、
女性の労働現場は今のままでよい、ということでしょう。
25兆円は大変なお金です。
女性ばかりでなく、男性のほうも給与は下がり続けているわけで。
数字がいかに説得力を持つか、よく計算して書かれています。
そして、最後は意見です。
人々の生活が充実した結果として経済成長があるので、
経済成長すれば
自動的に生活が充実するわけではない。
政府には「国民の生活が第一」という大方針の下で、
雇用の質・生活の質のイコール・フッティングをこそ、
目指してもらいたい。
(同)
イコール・フッティングをキーワードに
経団連の一見、筋の通っているように見える要求が
別の面から見ると実は偏ったものでしかないことを、
暴いています。
出どころのはっきりした数字の裏付けが
説得力を持って読み手に伝わります。
湯浅氏は東大大学院博士課程で学者の訓練を積み、
論文を書き、
活動家になった方ですから、
型の整った文章を書きます。
レポートのお手本にはもってこいの文章なので
見習うことをお勧めします。
――2010年10月4日
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