花粉症の「ステロイド注射」とはケナコルト-A(一般名トリアムシノロンアセトニド)を成人1回20~80㎎×1~3回筋肉注射(筋注)する治療法のことです。各種ステロイド薬は臨床上最も効果を実感できる薬の一つですが、ケナコルト-Aで花粉症が完治する訳ではありません。しかし、実施医師や患者さんの話によると、1回の注射で翌日より症状はほぼ消失し、1~数週間(場合によっては1シーズン)効果があるそうです。
結論を先に述べると、副作用の問題があるので「ステロイド注射」は打たない方がよいでしょう。厚生労働省や日本耳鼻咽喉科学会も「ステロイド注射」を推奨しておりません(ただし、ケナコルト-Aは花粉症の治療適応を取得しており、『鼻アレルギー診療ガイドライン-通年性鼻炎と花粉症-2016年版(改訂第8版)』では重症・最重症者へのステロイド短期内服療法は推奨しています)。
ケナコルト-Aは長い半減期を持つ徐放性ステロイドで、1バイアル(40㎎)筋注投与3時間後で最高血中濃度に到達し、6日後に約1/3にまで低下、2~3週間はその濃度を維持します。この維持濃度は、臨床上最もよく使用されるステロイドであるプレドニン(一般名プレドニゾロン)で換算すると、1日総量10~15㎎を内服した際に観察されるレベルです(軽症膠原病の初回投与量に匹敵します)。
花粉症にもよく使われる経口ステロイド薬であるセレスタミン配合剤(1錠がプレドニン2.5㎎に相当)で換算すると、ケナコルト-Aを1バイアル筋注することはこの配合剤1日総量4~6錠を2~3週間内服することに相当します。セレスタミンをステロイド配合剤と知らずに投与する医師も多いらしく、いつの間にか「ステロイド注射」時なみの血中濃度に達していた花粉症の患者さんもいるのではないでしょうか。
経口ステロイドも2週間以上内服すると何らかの副作用が出現すると一般に考えられています。ケナコルト-Aの副作用(投与総量は不明ですが)で上位のものは満月様顔貌(ムーンフェースのこと)(3.9%)、ざ瘡(尋常性ざ瘡は「にきび」のこと)(2.5%)、月経異常(3.6%)です[1]。
しばしば副腎不全(副腎皮質由来ステロイドが絶対的または相対的に不足する状態)が重要な副作用として挙げられますが、少量でも(プレドニン5㎎程度)ある程度の期間(2週間以上)投与された患者さんは、原則として、副腎不全を発症してしまいます。ただし自前のステロイド生成という意味での副腎不全であり、投与されたステロイドが不足分を補います。
その患者さんがステロイドの内服を中止すると再び自前のステロイド生成は復活しますが、その生成量が高齢等の理由で不十分である場合、ステロイド需要が高まり(手術、外傷、感染症等の強いストレス下で観察される)相対的に不足する場合に(本当の意味での)副腎不全(急性)を発症してしまいます。ただし前述した文献上でもわずか0.1%の頻度です。
花粉症治療としての「ステロイド注射」の是非に関しては両極端な意見がWebサイト上に散見します。医師の間でも温度差があるような気がします。もちろん「ステロイド注射」は打たないほうがよいのですが、例えば難治性の若い男性患者さんで他の治療法での効果が芳しくないようなケースでは、1シーズンに1回程度の注射は考慮されてもよいのかも知れません。
【文献】
[1] 医薬品インタビューフォーム: 日本標準商品分類番号 872454. 2016