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マンガのように

マンガチックな感想文的日記

イノサン

2016-04-25 21:46:03 | マンガ
フランス革命時の死刑執行人の話です。

「イノサン」(坂本眞一 著/ 集英社)

まず画力に圧倒されます。
緻密で写実的、しかも美しい。
そんな極上の静止画が、視点を変え次々と並べられる事によって動きが生まれて。
効果音を描いてないんですよね。
こんなマンガ初めてです。


心優しきシャルルは、死刑執行人の家系で長男に生まれてしまった自身の運命に苦しみます。
心通わせた人まで手にかけなければならない苛酷さ。
死刑廃止を心から願うシャルルは少年期、子供を作らずにこの血を自分の代で絶やすのだと誓います。

しかし、冷酷に見えた父にも苦しみや弱い心があった事を知り。
また女性と結ばれ、身も心も大人になったシャルルは気付けば運命を受け入れていました。

それまでの葛藤が丁寧に描かれていた分、死神へと立派に成長(?)した彼の姿が際立ちます。


対象的に、自分だけの生き方を貫き通しているのが妹のマリー。
死刑執行に嫌悪はなく(むしろ好き)、仕事をして女という性に縛られず自由に生きると決心しています。

家の呪縛から自由であろうと共に戦って来たはずの兄が、結局父と同じ道を歩んでいる。


ここで凄いのがシャルルとマリーどちらにも偏らず、ふたりの思いが同じ比重で描かれているところです。

シャルルは後継ぎになるのを拒んで、マリーは女の身で処刑台に上がって。
子ども時代は兄妹ともに拷問部屋で折檻を受けています。


マリーは職に就く推薦状のため、グリファン元帥から9才の時に犯されてしまいます。
身体を差し出してでも、自由が欲しかった彼女。

戦に負け罪人となったグリファンを、積年の怨みとばかりにいたぶるマリー。
しかし女である彼女に向けられる視線は冷たくて。
処刑台には無数の釘が突き出し、観衆からも罵声や酒びんが飛んできます。

自由の代償の苛酷さを見せつけられ、兄として助けに行こうとするシャルル。

それを引き止め、恐ろしいまでの威厳で処刑台へと上がったのは半身不随だったはずの父、バチスト。

バチストは友人であるグリファン元帥の首を、足場の釘を巧みに避けながら迷いなく斬り落とします。
プライドを傷付ける事のない、格調高い処刑。

男の矜持と女の意地が短い場面に凝縮されて、ものすごい迫力です。


とても残酷な話なんですが、いきなりミュージカル調(?!)の場面が出てきたり、笑える場面が織り込まれていたりもします。

兄シャルルにだまされ嫁入りするところだったマリーが、思い通りに出来そうな夫を選び直しシャルルをだまし返す場面も色々すごかったです。

でっぷりとした巨体の夫・ジャンの腹をテーブル代わりに、剣で突き刺したパイを食べさせるマリー。

「ほれほれ」
『ジャン・ルイ様は本当に心の広い方で』
「マリーが仕事をして もっと美味いモンをたらふく喰わしてやるからな」
「マリーしゃん!!!」
『私に結婚後もプレヴォテ・ド・ロテルの仕事を続けてもよいとおっしゃって頂きました』

って(笑)
もうマリーが綺麗やら恐いやら面白いやらで、どうしようかと思いました。


また、電子書籍がさかんなこの時代に見開きをたくさん使う強気な構図も大好きです。
見開きどころか、それを縦向きに読ませる構図までありますからね。

階段の下から上へ。
蔑まれるシャルルが、貴族のルイ・フィリップに挨拶をする場面です。
縦向きの効果で、高さや奥行きそして光と影の感じがよく伝わってきます。


斬新な技法で描かれる、人の業という昔からの芸術や文学にも通じる普遍的なテーマ。

新鮮で読みごたえのある、すごいマンガです。
読んでみる価値は絶対にあります!








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