思い出したくないことなど

成人向き。二十歳未満の閲覧禁止。家庭の事情でクラスメイトの女子の家に居候することになった僕の性的いじめ体験。

いじめられっ子のための幸福論(2)

2022-09-04 12:26:58 | 10.いじめられっ子のための幸福論
 母は遺伝子工学の専門家で、大学院時代からその分野で名の知られた気鋭だった。欧米の世界的な企業の誘いを断り、国内企業である帝国バイオに就職すると、二十八歳の若さで主席研究員になった。最年少だったという。年上の男性研究員を片っ端から唸らせ、彼らのそこそこに高く硬かった天狗鼻はことごとくへし折られた。もちろんそんなことは母の知るところではない。他者を凌いで満たす類の承認欲など初めから問題にしない母は、情熱の限りを研究に注いだ。様々なバイオテクノロジーの開発に関わる一方、独自で研究を進め、他の追随を許さなかった。
 地道な努力の結果は、必ずしも努力した当人を幸せにするとは限らない。
 とうとう母はパンドラの箱を開けた。人為的に人間を作り出す技術、好きなように作り出せるシステム、ヒトマロを開発したのだった。これまでとは段違いのスピードで、しかも既存のすべてのシステムを一瞬にして過去の遺物にさせるほどの低コスト。複製人間だけではなく、遺伝子配合により生まれてくる人間の傾向、素質もコントロールできるのは前代未聞だった。スポーツ選手、芸術家、数学者、棋士、美しい体を持つ者など、いくらでも生み出すことができるのだ。もちろん冷酷な殺人者も。
 同僚の研究者たちはあっさり兜を脱いで母を称揚し、経営陣は顔面蒼白になった。
 もしもヒトマロが世に出たら、ヒトマロによって創出された才能豊かな新種の人間、クリエイテッドに旧人間は居場所を奪われる。社会の価値観が土台から崩れて、暗い宿命論に覆われた社会の出来を招く。無気力、虚無が跋扈し、人類滅亡のビジョンをかつてないほどの鮮やかにする。かくして、「こんなものを送り出したらいかん」と相成った。自社の目先の利益よりも倫理的な問題を優先させたのは、そうすることで長期的には利益をより大きく回収できるという経営判断だった。
 帝国バイオは先回りをした。自社の気鋭による空前前後の発明、この発明にかかわるマスメディアの報道をほぼ完璧に封じた。帝国バイオの百年を超える歴史の中で自社の発明にこれほど嫌悪を露わにしたことはなかった。
 ヒトマロの社会への流通によって、旧人間は人生の重要な局面において、「よし、いっちょ、がむしゃらにやってみよう」と、あんまり思わなくなるという研究データがあった。もともと、クリエイテッドと競ったところで勝てる見込みはないのだ。クリエイテッドは複数のアドバンテージを有している。
 どういう理由かは詳らかでない。いろいろな方面の研究者の多様な意見があるが、どれも説得力はどんぐりの背比べのように思われる。とにかく、人の行動は明らかに変化しつつある。まず事実として、社会の構成員として人に影響を与え、承認され、喜んでもらっているという実感を得ても、人の脳内では、報酬としての快感物質がそれほど分泌されなくなった。
 そこへクリエイテッドが世の中に出てきたら、どうなるだろう。十年を経ずして旧人間は社会的ポジションを奪われるだろう。
 こうなると、旧人間に残されたのは性的遊戯の楽しみだけである。帝国バイオは、こちらの方面の開発においても圧倒的であり、社会に革命的な変化をもたらしつつあった。帝国バイオ社の性具は、テレビを見る人の最も多い時間帯にコマーシャル放送され、人々はパンや納豆のように性具を消費するようになった。ひと昔前では考えられないくらい、性的官能を大っぴらに満喫する時代が到来したのである。
 来年から、中学の保健体育の授業で性具の正しい使い方を教えるらしい。すでに一部の教科書では、帝国バイオ社のさまざまな性具の取り扱いについての説明が写真付きで掲載されている。
 台所に塩と胡椒があるように、寝室や書斎には性具が転がっている。もう人は努力しない。努力なんかせずとも性的な遊戯に耽れば努力によって得られるよりもさらに大きな快感を得られるのだから。
 快感原則に重力のように囚われ、他者との関係は環境により完全に断ち切られ、孤独というカプセルの中でそれぞれ反復性の強い夢を見ながら生を終える。
 惰性で存続する人類、それは慣性の法則により必ず終末を迎える。人類は緩やかに滅びに向かう。緩やかに感じられるが、実は終わりに近づくにつれ、体感速度は速くなる。そのときにじたばたしたってもう遅い。
 帝国バイオが倫理的な判断からヒトマロを公開しなかったとしても、どうせまた別の誰かが開発するし、もう開発されているかもしれないから、帝国バイオの倫理を重んじた態度にたいする政府のリスペクトもたちまち色褪せた。公表を踏みとどまるだけではなく、同様のシステムが社会へ進出するのを阻止するような、より積極的な働きも求められるようになった。水面下で激しい攻防が勃発していた。クリエイテッドの支配する不吉な未来を嘆くのは机上の詩人に任せておけばよかった。ちなみに言う。帝国バイオは、ヒトマロを闇に葬ったわけではない。社会への流通を見送ったにすぎない。

 ここから母の受難が始まる。正確には、母と僕の受難と言うべきだろう。
 献金疑惑で逮捕された議員が一研究者である母の名を口にした。ヒトマロ開発の段階で母に多額の献金をしたというのだ。母個人の口座には二億円が振り込まれていた。まったく身に覚えがないという母の弁明は人々に不審の念を抱かせた。研究一筋で世俗のことにはからっきし疎く、口座に月々振り込まれる額、引き落とされる額にもまったく無頓着な母を世間は自分たちの物差しで測り、黒だと信じ切った。
 帝国バイオを懲戒免職になった母に待っていたのは、返済の督促だった。振り込まれた二億円を返金しなくてはならない。議員の証言によって明らかにされた二億の振り込みは、翌月には全額引き下ろされていた。これも母の知らないことだった。結局、母には二億の借金だけが残った。
 黒ずくめの男たちが毎日のように母と僕の住居に押しかけてきた。彼らが来ると、僕は急いで自分の部屋に逃げた。廊下でビキニの水着に着替えた母とすれ違う。それは男たちが母に与えた饗応用の制服だった。肌の露出度の高いビキニを着て酒やつまみを用意し、男たちをもてなす。男たちの騒ぐ声に交じって母の追従する笑い声まで聞こえてくる。僕は耳を塞いで机に向かった。饗宴は深夜まで続いた。
 また別の日。
 窮地に陥った母の事情をあらかた知って、もう少しうまく立ち回れないのかと苛々する僕に母は言った。「わたしが悪い人たちに罠にかけられたってこと、秘密にしてほしいのよ。絶対に人に知られないようにしてね」
「なんで? 世の中には助けてくれる人はいないの?」
 僕は母から目を逸らした。母のワンピースの縦に並んだボタンが全部なくて、ボタンの穴に糸のほつれが垂れている。両手で前を閉じ合わせても、肌のフラッシュ的な露出は避けられないだろう。母はこの格好で外出先から帰宅したのだった。黒ずくめの男たちにボタンを引きちぎられたようだった。
「何をそんなに怒ってるのよ、ナオちゃん。助けてくれる人はいる。だけど、わたしたちの前には膜のようなものがあって、助けてくれる人たちは、みんなぶよぶよした膜の向こう側にいるの」
「そんな膜なんて、お母さんの思い込みだよ」
「ナオちゃんにはまだ見えないだけよ。ほんとに膜があるの。下手に助けを求めないほうがいい。あの人たちを刺激すると、もっと酷いことになるから」
 悲しそうにうつむく母の手が少し震えた。ボタンのないワンピースの前が少しはだけて、ブラジャーが垣間見えた。目を伏せると、今度はフリル付きのパンツが視界に入った。
「分かったら返事をなさい」
「……はい。でも、借金のことを人に聞かれたらなんて答えたらいいの?」
「そうね」と、はだけかかったワンピースを掴んでぎゅっと前を閉じ合わせると、母は思案顔になった。「どうだろう、父親が莫大な借金を残して蒸発した、とでも言うのは」
「父親?」
 僕には父親がいない。というかその存在さえ知らされていない。
「そう、父親。ナオちゃんにはいないんだけどね。蒸発したっていえば父親がいないことについても説明がつくでしょ」
 うーん、なんか腑に落ちない。母は何か言おうとする僕を置いて、いそいそと寝室へ着替えに行った。
 苦境を人に知られたくないのは、おのれのプライドが許さないからではなかった。下手に広まると、母を取り巻く闇の存在がさらに母をいじめ、苦しめる。

 その翌日、僕は今でも思い出すと胸がチクッとする、悲しい体験をした。
 いつも僕たちの家に押しかけてくる黒ずくめの男たちの中で、ひときわ背の高い、角刈りで目の吊り上がったムネジさんという人がいた。姫乃浦ムネジ。外見から予想されるとおり、凶暴性、衝動性を秘めた人物で、この人の機嫌がよければよいほど対面する者は注意をしなければならなかった。
 太腿を三分の一程度しか覆わない、極端に短いフリルスカートを母に着けさせ、外出に同伴させる。真昼の商店街を母がムネジさんに抱き寄せられながら歩いていたと、学校で聞いた。喫茶店の窓際の席で、母のはだけた胸元に角刈りの男、ムネジさんが顔を埋め、通行人から丸見えだったという話もあった。
 たまたま通りかかったという若い女の先生は、喫茶店の中を窓越しに見て、思わず立ち止まったそうだ。真っ黒なシャツにネックレスをした男、ムネジさんが膝を閉じて座る母のスカートの中に手を入れていた。女の先生は興奮気味に語った。「スカートの中に隠れていた男の人の手がね、ぐしょぐしょに濡れたパンツを引きずり出したのよ」
 学校からの帰り道、畦道の向こうからムネジさんが鼻歌を歌いながら歩いてきた。
 ムネジさんは腰を落として僕と目線を合わせると、「ぼうず、いいところで会ったな」と言った。さっそく、まるでそうするのが当たり前のように、僕の学ランを肩から滑り落とすように払うと、白いワイシャツのボタンを外していく。あっという間にシャツを脱がされてきょとんとする僕に「帰宅してもママはいねえぞ」と言った。続けてアンダーシャツに手を掛け、素早く首から抜き取る。気づくと上半身裸だった。「何するんですか、やめてください」ムネジさんの上機嫌を損なわないような小さな声でお願いする。
「ま、いいから服を脱げや。俺はおもしろいもん、見たい」
 どんと胸を突かれて、尻餅をつくと、ムネジさんは僕のベルトを外し、「お願い、いや、いや」とやはり抑えた声で訴える僕を無視して、手早くズボンを抜き取った。
「おう、いつもの白いブリーフパンツだな。よし」
 ムネジさんはパンツ一枚に剥かれた僕を見て満足そうに頷くと、脱がせた僕の衣類と僕の教科書などが入った鞄を没収した。そして、鼻歌交じりに事情を説明する。
 この先の商店街の裏、スナック店が軒を連ねる通りに熱帯魚の専門店がある。母はそこの店主に粗相をして、めちゃくちゃに怒られているという。
「あの店主はゲス野郎だからよ。ぼうず、お前がママの代わりに土下座したほうがいいかもしんねえな。早く行ってやれ」
「分かりました。服を返してください」
「それはだめだ。パンツ一丁で駆けつけてやれ。ママ、喜ぶぜ」
 そ。そんな……。あまりの展開に言葉を失う。こんな格好で行ったら、母は喜ぶどころではない、悲しむに決まっている。僕が学校でいじめに遭ったと知って心を痛めるだろう。でも、ムネジさんには逆らえない。この人は、わが家にしょっちゅう押しかけてきて、母と僕にいろいろと指示を出す。母もムネジさんの命令は絶対だと心得ている。ブラウスの前をひらく。「甘酸っぱい匂いだな、ええ? 先生よお……」入ってきた手に乳房をまさぐられ、お尻をもみくちゃにされても、母は文句ひとつ言わずに黙々とムネジさんに給仕する。
 五月の中旬で春の陽気とはいえ、パンツ一枚は肌寒かった。特に吹きつける風はまだ水のように冷たい。それでも普段、家に押しかけてきたムネジさんに全裸にされていることを思うと、パンツ一枚残してくれたのは御の字だった。それに、珍しく靴と靴下は脱がされなかった。家では必ず靴下も取られ、文字通り一糸まとわぬ格好にされるのだから。
 ただし、この日の僕はいつもの運動靴ではなく、校内で履く上履きだった。下駄箱で同級生のみっくんに運動靴を貸してほしいと頼まれたのだった。どぶ板を踏み外して靴を汚してしまったらしい。なんだってまたルコとデートする日にかぎって溝に落ちてスニーカーを泥だらけにしちまったったんだ、我ながら呆れるぜ、くそッ、と悔しそうに唇を噛む。みっくんは学年平均よりも高い身長なのに、なぜか足だけ小さくて、サイズの合う靴を履いているのは、クラスで最も小柄な部類の僕くらいしかいなかった。仕方ない。承諾すると、みっくんは感激して頬ずりしてきた。
 今度アイスおごってやるからな、とみっくんは約束してくれたけれど、アイスなどいらないから、やはり靴を返してもらいたかった。よりにもよってみっくんはルコとデートの日に靴を汚し、僕はパンツ一枚に剥かれたものの珍しく靴と靴下は残してもらえたという日に上履き、という状況になった。
 いつもの運動靴ではなく上履きというのは、普通に服を着ている時には気づかなかったけれど、パンツ一枚の裸にされると、妙に恥ずかしく感じられるものだ。なぜだろう。いくつか理由が考えられる。
 安っぽいゴム製の上履きで外を歩くのは、それ自体、特殊な事情を物語っている。
 また、上履きの甲と踵の二か所にマジックで学年とクラスと名前が書かれているというのも、恥ずかしく感じられる理由のひとつだ。つまりパンツ一枚という恥ずかしい格好で母のいる商店街へと走る僕という人間の学年、クラス、名前まですべて分かってしまうということになる。普段の運動靴だったら、まずあり得ない。
「ほら、どうした、早く行ってやらんでいいのか?」
 パンツ一丁で駆けつければ母がつらい状況から解放されるというムネジさんの言葉を信じて、僕は走り出した。背後でムネジさんが高笑いした。人々の冷たい視線、笑い声、ぎょっと驚く顔は、気にならなかったと言えば嘘になる。そう、大いに気になって、僕は走りながら何度も胸や腰回りを腕で隠した。それでも羞恥に負けて草むらや路地裏に隠れるような真似はせず、走り続けた。買い物客などであふれる商店街を一気に駆け抜けた。なにせ緊急事態なのだから、一刻も早く母の元へ参上し、パンツ一丁で駆けつけた姿を自ら晒し、以て母の犯した何かの過ちを許してもらわなければならないのだから。
 ようやく目的の店が見えてきた。周囲にずらりと並ぶスナック店と違って熱帯魚の専門店は中学一年生の僕でも入りやすい。入口まで近づいたとき、いきなりガラスのスライドドアが開いて、中からビキニ姿の女の人が転がるように出てきた。店内の人に足蹴にされたようで、地面に倒れ、背中や脚に細かい砂の粒がたくさん付着した。
 紛れもなく母だった。自宅で黒ずくめの男たちを饗応するときよりもさらに小さなサイズのビキニを着て、なぜか全身ずぶ濡れだった。ランニングシャツに短パンという格好の坊主頭の男が出てきて、母の髪の毛を掴むと、容赦なく往復ビンタを浴びせた。
「やめて、やめて」
 叫んで駆け寄った僕を坊主頭の男は怪訝な顔で見つめた。「なんだ、お前は。裸でどうしたんだ?」母の両頬を交互に激しく打ち据えた手をだらりと下げて、首を傾げる。こちらを振り向いた母は呆然と立ち尽くす僕を認めて、涙に潤んだ目を見開いた。
「ナオちゃん」かつて母がここまで絶望の気持ちを込めて僕の呼び名を口にしたことはなかった。「なんて格好してるの。なんでここに来たのよ」
 ムネジさんに教えられて、ムネジさんに命じられて裸でここまで走ってきたと告げると、母は「ばか」と嘆いた。僕にたいしてというよりは明らかに自分の運命を呪う口調だった。
 ひひひ、と坊主頭、ランニングシャツの男は薄い唇をゆがめて笑った。「なんだ、このかわいいパンツ一丁ちゃんは。もしかしてお前の息子か?」
 店の中で水槽が昼の光を返した。また一人、店から出てきた。頭髪を赤茶に染めた女の人だった。しげしげと僕の体を眺めてから、無言の母に代わって、「そうだよ、そうに決まってるじゃん」と答えた。「この子の艶々した肌とか、顔つきとか、いかさま師とそっくりだもんね」
「いかさま師たあ、ずいぶんと口のわりい女だな」男は呆れたという顔をした。
「おほめにあずかって嬉しいわよん」
「ほめてない、ほめてない」
 約束事のような突っ込みを入れると、男は地面に座り込んだままの母を向いて、腰を落とした。
「おい、難しい研究してる先生よお、おめっちの息子がパンツ一丁になって応援に来てくれるたあ、ずいぶんとありがてえ話じゃねえか。ええ、しっかり土下座してみろよ、かわいいボクちゃんの見てる前でよ」 
 陰部と乳首だけを覆うにすぎないマイクロビキニという紐のようなものだけを身に着けた母は、濡れて白く光る肩を震わせた。髪からポタポタと水滴が垂れているが、もしかするとそこに涙も混じっているかもしれない。
「分かりました。土下座でもなんでもするから、お願いです。せめてお店の中で、この子の見ていないところでさせてください」
「だめ、だめ」坊主頭は苦笑して首を横に振った。「先生よお、今、ここでボクちゃんの見てる前でするんだよ」
「そんな……」母は言葉を失い、もう一度恨みがましい目で僕を見た。
「早く土下座しなよ。土下座して、あたしをルンルンさせてよ」と、女の人まで耳たぶのピアスをリズミカルに揺らして、土下座を強要する。
「だめ。こっちに来ないで。帰りなさい」
 いきなり母がキッと睨んで、近づこうとする僕を制した。
「いいじゃねえか。かわいいボクちゃんにも見てもらえや」
 坊主頭の目配せを受けて、若い男の人が横から僕の腰に手を回し、ブリーフのゴムを掴んだ。逃れようとして腰をくねらせる僕に「おとなしく見てろ」と呟く。
 ここに至って、やっと僕はムネジさんに騙されたことに気づいた。パンツ一丁になって駆けつければ母が許してもらえるというのは、全くの出鱈目だった。坊主頭は僕の惨めな姿を目にしても、少しも譲歩の態度を見せなかったし、それどころか、イヒヒと下品に笑って、「ぼうず、お前、身体検査の途中で逃げ出してきたみたいだな、上履きのままじゃねえか」と、痛いところを突いてくるのだった。
「ほんとだ、おもしろい。裸のインパクトが強すぎて気づかなかったけど、学校の上履きでここまで来たんだねえ」
 赤茶の女の人はそう言うと、僕の上履きに目を落とした。「ふーん、きみ、ナオスくんて言うんだね。ところでナオスくんは、なんでパンツ一丁なの? そんな格好で走り回ってて恥ずかしくないの?」
 問いかけられているにもかかわらず、ア、アウッ、と僕は喘いでしまった。隣でパンツのゴムを握る男に引っ張り上げられ、おちんちんの袋を締め付けられたのだから、つい変な声が出るのは仕方のないことだと思う。
「もしかして、見られるのが好きな変態さん?」
 周囲でどっと笑いが起こった。僕はいよいよ恥ずかしくなって、火照った顔をうつむけた。
 汚れた足の裏を晒して、母は頭を下げた。割れ目に紐を通しているだけのお尻を心持ち上げて、おでこを地面になすりつける。「申し訳ございませんでした」
 か細い、震える声が野次馬たちの荒い呼吸に揉まれて僕の耳まで届いた。
「何が申し訳ねえんだ?」
 坊主頭は母の頭髪を掴んで上体を起こすと、乳当ての狭い布と乳房の間に手を滑らせた。ヒィッ、イヤ、と母が小さく叫んだ時には、もう紐ビキニのトップは母の目の前に垂れ下がっていた。両腕で胸を覆いながら、「許して……」と涙声で訴える。
「いかさま師ったら、ちゃんと質問に答えねえんだもんね」
 赤茶髪の女の人が正座する母を冷たく見下ろして、いい気味とばかりニッと笑った。
 表の商店街ならともかく、路地裏のシャッターを下ろしたスナックばかりが並ぶ通りは、夜ならいざ知らず、昼間はいつも閑散として寂れた印象なのに、この日に限って人が多いように感じられる。いや、そのうちの何人かは必ず立ち止まって、母がTバック一枚というあられもない姿で土下座させられているのを見物するから、そう感じるだけかもしれない。野次馬の数は時間とともに少しずつ増えている。
「す、水槽ショーの練習で、わ、わがままを言いました」
「どんなわがまま?」
「申し訳ございませんでした」
 手を胸から地面に移し、裸身を折り畳むかのように伏せる。土下座には違いないが、露わな乳房を野次馬の衆から隠すためにそうしているようにも見えた。
「ばっかやろ。わしの質問をはぐらかすな」
 激昂した男は、Tバックの腰回りの紐をぐっと母の背中へ向けて引っ張った。アヒッ。股間に食い込んで、背中を弓なりに反らして喘ぐ母。野次馬の輪がぐっと縮まる。
「や、やめて、ください……。あ」
 ついに最後の一枚、Tバックも毟り取られた。信じられない。母は青ざめた顔で乳房と股間を手で覆いながら、さっと素早く周囲を見回した。衆人環視の中、全裸で正座しているのだ。大きく見開かれた目の上で細くて薄い眉が静かに怒りの感情を波立たせた。
「罰だよ。質問に答えないから、息子の見てる前で真っ裸にされるんだ。いい気味だねえ、ウヒョッ、ヒョッ、ヒョー」
「あいかわらず人を小馬鹿にして、いらつかせるなあ。真っ裸の先生も、柳眉を逆立ててるじゃねえか。おい、お前、何がおかしい?」
「だってあんた、りゅうびをさかだてる、なんて、ふつう言わねえよ。あんた、自分が白いランニングシャツに短パンつう格好で、ずけずけとディナーショーに出掛けるようなタコ坊主なんだって分かってる? もう少し、らしい言葉を使いなって」
「う。ディナーショーって、お前がこれ着ていけって言ったんじゃねえか……。しかも八年も前の話だ。あん時の恥ずかしい思いときたら、ああ、もう、思い出すだけで転げまわりたくなる。ここにいる真っ裸の先生どころじゃねえ」
「最高だったよ、あんた、お似合いの格好。ここの女いかさま師もお似合いの格好だ。ふたり揃ってなかよく転げまわりな」
「ほんと、お前わかりやすいな。口も悪けりゃ性格も悪い」
「あら、わたし、またまたおほめにあずかっちゃった」
「ほめてない、ほめてない」
 坊主頭と赤茶髪の掛け合いも、母の耳には入っていないようだった。放心して目が虚ろ。羞恥と怯えの極みからどうやって抜け出そうか、あるいはこの状況をどうやり過ごそうか、必死に考えているのだと思う。
「申し訳ございませんでした」ふたたび頭を地面になすりつける。やはり素直に土下座するのが一番よいと思ったのだろう。「水槽ショーの練習でわがままを言って、申し訳ございませんでした。水槽に旦那様がおしっこされまして、おしっこの混じった水で水槽ショーの練習をするのはいやだと申しました」
「もう二度と、水槽の水におしっこ入れないで、などと抜かさないか」
「はい」
「よし。じゃ、もう一度わしは水槽におしっこするぞ。いいな?」
「……はい」
「じゃ、ついでにわたしもおしっこしちゃおうかな、先生の泳ぐ水槽に」
 精神的にじわじわ嬲るのが得意なのはよく分かったから、赤茶髪の女の人には、もうこれ以上母に話しかけないでもらいたかった。それなのに、よく喋る。僕の隣でパンツのゴムを掴む男がまたこれによく反応し、彼女が言葉の鞭を浴びせるたびにガハハと体を揺すって笑うので、そのおかげで僕の白いブリーフがずり下がったり、引っ張り上げられておちんちんの袋を圧迫したりするのだった。
「よし、そろそろ店に戻って、練習の続きをしようか」
 素っ裸でも正座、または土下座という姿勢のおかげで、母は肢体のすべてを野次馬たちに晒したわけではなかった。お尻だって全体の形を露わにしなかったし、背中を立てた際などは乳房を終始腕で覆っていたから、脂ぎった視線を寄せる人たちもすべてを実際に見ることは能わず、想像するしかなかった。
 それなのに、坊主頭の無情の一言で、ついに母はオールヌードの全身を野次馬たちの目に焼き付けられてしまった。
 頭髪を引っ張られて腰を上げ、前のめりになりながら、歩かされる。その母の姿を前から後ろから、あるいは横から眺める人垣があった。彼らは連携のある動きを取った。万が一警察が来ても、群がる壁のような背中で隠すつもりなのだろう。僕はパンツのゴムを掴む男に引かれて、前のほうに出されていたから、見たくなくても見えてしまう。赤茶髪の女の人に背中で捻じ曲げられ、母の両手は全く自由ではなかった。
 母の後ろ姿が熱帯魚店に消えた。野次馬たちは退散し、僕もやっとパンツのゴムを離してもらえたのに、ちょっとすぐには動けず、しゃがみ込んだ。おちんちんがビンビンに硬くなっていたのである。一糸まとわぬ姿で嬲られる母の姿に反応したのではなく、パンツのゴムを掴む男におちんちんをしごかれたからだった。男の人は、「なんでお前、泣いてるんだ? 泣くな」と言って、パンツの中に手を滑らせた。

 数々の、途方もない困難にもめげず、母は気丈に対処した。家を売却した。それでもまだ足りない。自己破産寸前の母に手を差し伸べたのは、Y美の母、おば様だった。借金の肩代わりをしてくれたのみならず、失職した母のために独身寮の住み込み寮母という仕事を斡旋した。そして、僕を借金返済の期間、引き取ると申し出た。
 才能と実績のある母だから、帝国バイオを離れても、その技量を活かせる場所はいくらでもありそうなのに、なぜかその方面の仕事は見つからなかった。誘いは山ほど来た。そのほとんどは東南アジアからだった。しかし決まりそうになると、滑舌の悪い担当者が言いにくそうに「今回の件はなかったことに……」と伝えてきた。
 優れた研究者である母がこれまでの経験と知識、業績、技量を全部捨てて、住み込みの寮母として一から出直すというのは、僕としては複雑な気持ちだった。総じて家事全般は母の得意とするところではなかった。ぐちゃぐちゃのオムレツを見ると、母を思い出してちょっとだけ切なくなる。母は僕の心配を笑った。いずれ帝国バイオが自分を迎えに来ると信じていた。嘘と陰謀の嵐は時間とともに終息する、自分の潔白は明らかになる、と母は言った。僕はその言葉を胸に、これからしばらくY美とおば様の三人で暮らすことになる一軒家に向かって歩き出したのだった。初日の夕飯は、きれいに形の整えられたオムレツだった。
 ところで、なぜおば様の車に帝国バイオの社長が乗るのか?
 二人にどんな接点があるのだろうか。確かにおば様は敏腕な営業部長で、活躍は社内にとどまらず、強力なネットワークを誇る商工会を真の意味で牛耳っているのは会長ではなくおば様だというもっぱらの噂だし、政治家のパーティーには必ず出席するし、それどころか開催を手伝っているし、町議会で何かを決定する時は必ず事前におば様にお伺いを立てているという話だし、とにかく地元の有力者のあいだでかなり顔が利く存在であり、おば様に嫌われたらこの地域での事業は諦めるしかないと言われるぐらいなのだけど、それにしてもお相手が帝国バイオの社長というのは、只事ではない。世界的な企業である帝国バイオの最高経営責任者とおば様。この二人はいったいどんな関係なのかしら。
 ……まさか、母を帝国バイオに戻す動きが進んでいるのだろうか。おば様が裏で手を尽くしてくれているのだろうか。いや、と僕はすぐに自分の甘い期待を打ち払った。そんな親切をおば様がしてくれるとは思えない。おば様は母を嫌っているのだ。憎悪していると言ってもよいだろう。莫大な借金を理由に、男性専用の独身寮での住み込み寮母という仕事を押しつけたばかりでなく、それ以外にも研究者としてのプライドを打ち砕くような、つらい、体を張った仕事を単発的に母に持ち込んでいるというおば様のことだから、仮に母を帝国バイオに戻すという話があったとしても、むしろ妨害する方向で動くだろう。もしかするとそのための話し合いかもしれない……。
 いずれにせよ、帝国バイオの社長の面識を得るとは、おば様の政治力は僕が想像していたよりも遥かに大きいと考えるのが妥当だろう。

 ぐつぐつ考えているうちに少し眠ってしまったらしい。庭にしつらえた砂場で寝起きするようになって以来、夜中にふと目覚めたりして、どうもぐっすり眠れなくなった。それで日中、猛烈な眠気に襲われることもある。放置されているときなど、よく夢の世界に没入する。夢の中で僕は母と暮らしている。そこでは僕は全裸ではなく、ちゃんと服を着ている。学校から帰ると、開けっ放しのドアの向こうに机に向かう母の背中が見える。振り向いて、お帰りと言う。
 カクンと揺れた。振り返ったのは母ではなく、おば様だった。「着いたわよ」 
 鷺丸君の広壮な邸宅の前だった。僕は改めて素っ裸の身を意識した。思わず腕で胸を覆ってしまう。おちんちんは股の下に挟んで隠す。隣にY美はいなかった。不思議そうな顔をする僕を見て、おば様はクスッと笑った。
「Y美は塾で降ろしたわよ。あなた、窓によりかかって寝息を立てていたから気づかなかったのね」
「そうだったんですね」
「あの子、塾の前で同じ学校の子たちを呼び止めて、車の中で眠る裸のあなたを見せてた。悪趣味ねえ」
 え……。絶句する僕におば様は何人かの名前を挙げた。全員、顔を思い浮かべることができる名前だった。でもそれはおば様の知っているごく一部にすぎなくて、おば様の話では、その他にも大勢群がってきて、彼女たちは僕のおちんちんを見て、にんまりしたとか。
 ……もう、同じ学年で僕がおちんちんを見られていない女子は、数えるくらいしかいないかもしれない。Y美が呼び寄せたのは女子だけではなかった。男子ではU君の名前があった。かつては僕をライバル視して、やたらと対抗心を剥き出しにしてきた、ちょっと面倒な奴だ。車の中で一糸まとわぬ姿を晒してすやすや眠る僕を見て、U君は「勝った、おれはこいつに勝ったんだ。おれに負けたショックでこいつはここまで堕落したんだ」と手前勝手な勝利宣言をしたという。
 たしかに夏休みという、中学生が何者かになろうとする可能性を高める格好の時期に動物のような全裸生活を強いられている僕は、「もう終わった存在」なのかもしれない。そう思われても仕方ないだろう。
 突然、猛烈な悲しみに胸を塞がれて、涙を抑えることができなくなった。
「泣かないでよ、男の子でしょ。あなたはもう、進路が決まってるんだから」
「いやです、そんな進路」
 手で顔を覆って嗚咽した。自分の意志とは関係なく一方的に大人の思惑で決められた進路がどんなものか、僕は何も知らされていない。でも、おぞましい方向であるのは間違いないような気がする。
「はっきり言っておくけどあなたに選択する権利はないからね。うじうじ悩まなくていいのよ。まずは感覚を磨きなさいね」
 おば様はそう言うと、運転席を後ろへスライドさせ、上半身を僕に向けて倒してきた。僕の太腿の間に手を挟み、おちんちんを引っ張り出すと、口を開いて、パクッと咥える。
 アイッ、ヒィィ……。稲妻のような刺激。一気にスイッチが入る。おば様の手が下腹から脇を撫でるように上がってきて、乳首の周囲を這い、徐々に乳首に近づく。同時に、おちんちんをまるごと口に含んだまま長い舌をつかっておちんちんの袋を舐める。
 喘ぎ、異様な快感に打ちのめされながら、イヤイヤをして逃れようとする。全然力が入らなくて、形ばかりの抵抗にしか見えないだろうけれども、わずかに働いた理性は、危険信号を発していた。この快楽の怒涛から逃れよ、というメッセージだった。それすらもすぐに消えて、頭の中は白い光でいっぱいになった。心地よい体の痺れがおちんちんの袋からジンジンと粘り気のある液体になって体の内側に広がる。すると、それに呼応するかのように車内のねっとりした空気の流れも肌という肌を撫で、嬲るように流れていく。
 おちんちんはカチカチに硬くなった。おば様のおしゃぶりは、おば様の機嫌の良いときに奉仕のご褒美でごくたまにしてもらう程度だけど、口の締めつけと舌の転がし具合が凄まじく、いつでも素早く僕の自制心を麻痺させるのだった。もう僕というよりは僕の体が僕を振り切って喘ぎ、さらなる刺激を欲して吠える。
 これまでにもおば様の以外の人におちんちんを咥えられたことはある。すべて自分よりもずっと年上の女の人で、老人の域の人もいた。でもおば様くらい、快感の波をコントロールし、全身の痺れるような刺激を体じゅうに巡らせる技を駆使する人は絶無だ。一度、「わたしも徹底的に仕込まれた口だから」と漏らしたことがあった。おば様がワインに酩酊した晩だった。よく分からないので質問を重ねたところ、「調子に乗って、変な質問ばっかりしないで」と叱られ、おちんちんの袋をぎゅっと握られてしまった。
 ちなみにY美をはじめ、同級生は、絶対に僕のおちんちんを咥えない。しょっちゅう手で弄んだり、足で嬲ったりするくせに、口はけっして使わない。おちんちんを口にできるかという話題で盛り上がるY美たち女子の会話を聞いたことがある。「好きな人のなら咥えられる」という点で意見が一致した。僕のような奴隷身分のおちんちんを口にするなど、彼女たちには論外なのだった。
 自分が口を使うのはあり得ない、ということは逆に僕には使わせて当然という意識を生み出す。Y美は僕に足を舐めさせるのが好きだった。夜になるとY美の部屋に呼ばれ、少し話をする。僕はやはり全裸のままだったけれど、学校で、あるいは通学途次で同級生とするような、他愛もない会話をする。正直、波長が合うな、と思ったこともある。しかし話が済むと、二人の関係は一変する。同級生どうしから主人と奴隷になるのだ。僕はよくY美の足を、指も含めて、きっちり舐めさせられた。正座し、Y美のおみ足を取り、膝小僧の下あたりから念入りに優しく舌を這わせていく。指はしゃぶって、口の中で舌を転がす。Y美はうっとりした表情で軽く目をつむり、「うーん、うーん」と小さな声で呻いた。
 い、いきそう、もう無理、いくッいっちゃう……。無断射精の禁を破る恐怖を叩き込まれた体が許可を求めて哀訴する。いかせて、お願いだから、いかせてください……。ハウウッ。スポッ、クチュッと音がして、おば様のすぼめた口から棒立ちのおちんちんが抜ける。まだ我慢しなさい、とおば様はとろんとした目で命じてきた。そして僕をうつ伏せにシートに横たわらせると、お尻に手を伸ばしてきた。
 アヒッ。お尻の穴におば様の指がかかる。ぬるぬるする液体を塗りつけた指がお尻の穴をさすり、広げ、侵入してくる。間違って射精してしまって、軟体と化したおちんちんをもう一度元気にさせるときなど、これをやられる。でも、車の中では初めてのことだ。昼間の住宅街、いつ人が通るかしれない中で、おば様はあまりに大胆すぎないか。いったいどうしちゃったんだろう、おば様……。イイ、イヤッ。おちんちんは僕の意とは関係なくピンと跳ね上がった。
「いい子ね。でも射精は我慢よ」
「そ、そんなあ……」目まいを覚える絶望の宣言だった。一度射精させないと決めたら、おば様もY美も頑として翻さない。それは経験上、よく分かっていた。どうにもならず、僕は素っ裸の身をくねらせて悶えた。これだけ性感を高めておいて、お預けにするとは。
 しかも三日間ほど精液を出していないのに。しょっちゅうおちんちんを弄ばれて、いきそうになるとストップ。その繰り返し。もういい加減、頭がおかしくなりそうだった。
「我慢て言ったら我慢よ」とおば様はにべもない。「それより早くマジックショーの練習をしてきなさいよ。もうだいぶ遅刻してるから」
 体を這わせて後部座席のドアをあけたおば様は、素っ裸の僕を外へ出そうと、僕の背中やお尻に手のひらを当ててぐっと押す。おちんちんはまだピンと下腹部に密着するほど硬く立った状態。まずい、やめてください、と抵抗するものの、おば様の力にかなうはずなく、とうとう車外へ出されてしまった。

 慌てて腰を引き、おちんちんの前を手で覆う。おば様は「じゃあねえ。がんばって」と言って車を発進させた。車という遮蔽物がなくなって、路地に一人、素っ裸のまま取り残された僕は、慌てて鷺丸家のインターホンを押した。
 反応なし。早く誰か出て!
 日傘を差した着物のご婦人が僕を見て、顔を伏せた。足早に通り過ぎる。
「ナオスくん、遅かったじゃないの」
 ようやく出てきてくれたのは鷺丸君のお姉さんだった。鉄扉の向こうの僕が全裸でも格別驚かない。ここではどうせ服を全部脱いだ状態で練習するのだからと、いつしか裸のまま来させられるようになっていた。僕をわざわざ車で送り迎えしてまで、おば様は僕に全裸生活を継続させるのだった。
 それでも今日の僕はおちんちんがビンビンに立って、亀頭を滲み出た精液でテカテカ光らせているのだから、いつもよりも数倍恥ずかしい。気づかれないように内股気味に歩いたものの、ほどなく見つかってしまった。
「ちょっと、何なの、それ?」
 お姉さんに腕を取られ、最高度の硬さを保持したおちんちんに侮蔑の視線を当てられる。
 ごめんなさい、これには訳があって、と急いで言い訳するものの、もちろん納得なんかしてもらえない。
「呆れたよ、ナオスくん。きみ、とうとうほんとの変態になったね。いつも洋服取り上げられて、パンツ一枚穿かせてもらえない丸裸で暮らしてるから、感じやすくなっちゃったのかな。まあ、その点については同情の余地があるとして、それにしても……、ねえ、ナオスくん、きみ、いつまで勃起させてんのよ」
 非難しながらもお姉さんは僕を六角形の屋根のアトリエに引き入れようとする。
「待って、ちょっと待ってください、もう少しで元に戻るから」
「ダーメ。きみ、一時間以上も遅刻して、何図々しいこと言ってんのよ」
 ああ、いやッ。叫んだものの遅かった。アトリエの戸が開けられ、背中を押されてしまった。チェック柄のシャツ、ベージュのスラックスを着た鷺丸君が動きを止めて、じっと僕を見ている。マジックで使用する回転ボックスの陰からメライちゃんが出てきた。本番で着用するお馴染みのスクール水着姿だった。僕もまた本番の時と同じ格好なのだけど、一か所だけいつもと違った。それは一目瞭然だった。鷺丸君もメライちゃんも、まさにその一目瞭然たる個所に目を留めて、フリーズしている。
「ねえ、ふざけないでよ」
 ようやく口を開いたメライちゃんが目を背けて非難する。
 冷静だったのは鷺丸君だった。とにかく勃起した状態では練習ができない。早く元のサイズに戻してくれ、と感情の抜け落ちた声で言う。もう本番まで日がなく、自ら追い込みをかけているから、性的な快感を求めて硬くなったおちんちんなど、今の鷺丸君にはゴール前に転がる丸太のような障害物でしかなかった。実物は丸太というよりは割り箸、でもなくて割り箸の中に入っていたりする爪楊枝をちょっと大きくした程度、なのだけど。
 不可抗力とはいえ申し訳ないと思う。僕だって、そりゃなんたって本人だから、鷺丸君以上に早くおちんちんを元に戻したい。切実にそう思っているけど、でも、鷺丸君のお姉さんが僕の後ろに立って首筋に甘い息を吹きかけてくるから、ああ、お姉さんにしてみれば弟の鷺丸君と普通に会話しているだけなのかもしれないけど、そのキュッと引き締まった唇を動かして言葉を発するたびに、なんとも甘い心地よい息が首筋の敏感な部分に当たるのだから、うう、僕としてはもう、たまらない。官能を刺激してやまないのだから。
 それに加えて、……何とお姉さんは、おちんちんへ手を回してきた。袋を揉み、硬化したおちんちんの裏側を複数の指で撫でつける。そして、「見て、こんなに勃起してるし」と感動を新たにする。
 い、いい、と声を漏らしながら、内股に力を込めて、耐えるしかない。
「すごいね。なんでこの子、こんなに興奮してんのかな」と、お姉さんが首を傾げる。「おちんちん、こんなに涎を垂らしてるよ、ほら」と、指先に付いた精液の糸を伸ばして見せる。
 勃起を収めなくてはいけないのに、一定の刺激を与えられ続けるのだから、たまらなかった。この状態でおちんちんを元に戻すのは、とても無理。ああ、メライちゃんの目にもおちんちんの浅ましい姿が入っている。さすがにもうメライちゃんは僕の裸身を見慣れているから、じっと一か所に視点を当てることに、さほどためらいは覚えない。
 結局、おちんちんが戻るまで休憩になった。鷺丸君のお母様がお盆にかき氷を載せてアトリエに入ってきた。「よかった、ナオスくん、やっと来たのね。いらっしゃい。あなたの分のかき氷もあるわよ」と明るく声をかけてくれる。僕が全裸で勃起してても何も言わないでいてくれるのがありがたい。勃起はともかく、裸はもう当たり前の風景になりつつあるのだから、いちいち驚いたりせず、代わりに大きく頷く。
 残念ながら、お母様に続いて入ってきた人は、そうではなかった。この人もまた僕の全裸姿は見慣れているくせに、それどころかY美の仲良しグループに属して、彼女たちと一緒に僕を性的にいじめ、何度もおちんちんをいじって射精させるとか、排泄の強要とか、恥辱の限りを尽くしてきたくせに、キャッとうぶな短い悲鳴に続いて、わざとらしい素っ頓狂な声を上げるのだった。
「やだ、なんでナオスくん、すっぽんぽんなのよ。しかも勃起してるし」
 ルコだった。でも、なぜルコがここに?
「そんな鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔しないで。Y美に頼まれて、わざわざあんたの様子を見に来たんだから、感謝してよね、もう」
 頼まれたとは言いながら、実際は命令に変わりはなかったと思われる。ルコは、みっくんとのデートを断ってこちらに来たのだと恨みがましく語った。マジックショーの練習で間違っても僕が射精しないように監督するのが目的だと、僕を物陰に引っ張っていき、上向きのおちんちんをさすりながら打ち明ける。
 僕以外の全員は練乳をたっぷりかけたかき氷を皆が食べている。僕の分はお預け。まだ勃起が収まっていないからだった。
 おちんちんがだんだん萎んでくるところも見たいという鷺丸君のお姉さんのリクエストにより、僕は両手を頭の後ろで組まされることになった。
 やだ、許してよ、とお願いしても、ルコは聞き入れてくれなかった。素直に言うとおりにしないと反抗的だったとY美に報告するよ、などと脅す。
「毎日の夏期講習で相当ストレス溜ってるからね、Y美。N川ちゃんによると、しょっちゅう先生に叱られてるみたいだよ。柄にもなく進学クラスなんかに入るからだよ。ま、いい気味なんだけど、機嫌の悪いY美にナオスくんが反抗的だったって伝えたら、あんた、どんなお仕置きされるかな。楽しみだなあ」
「お願いだから、Y美さんには絶対に言わないで」
 両手を合わせて頼み込む。機嫌の悪いY美は危険すぎる。どんなひどい目に遭わされるか、考えただけで足がプルプル震えてしまう。
「フン、だったらおとなしく言うこと聞きなさいよ」
 僕は諦めて、指示に従い、頭の後ろへ両手を回した。冷房をがんがん利かせているアトリエ内は、衣類をまとわせてもらえない身には肌寒く感じられる。特に下腹部から太腿にかけて吹きつけてくる冷たい空気は普通だったら体温を大いに下げるところだけど、今の僕は大きくなったままのおちんちんを丸出しという恥ずかしい格好のせいで、冷気はさほど苦ではなかった。恥ずかしさで体が内側からカッカッと熱くなる。それよりも早くおちんちんを元に戻さなければ、ずっと晒し状態のままだ。
 かき氷を小さな口にひっきりなしに運ぶメライちゃんは、そうすることでおちんちんをあまり見ないようにしてくれているのだと思う。それでもかき氷を匙で口まで運ぶ途中、一瞬だけ、ちらと目を上げる。その時、ルコに撫でられ、より大きな刺激を求めて脈打つおちんちんが視界に入ってしまう。匙の上のかき氷の小さな山の向こうにそれがある。願わくは、メライちゃんの目が匙の上のかき氷だけにフォーカスして、背後のおちんちんはぼやけていますように。
 メライちゃんの頬がうっすら赤く染まっている。僕の願いは空しかったようだ。
「いつまで勃起してんだよ」と、鷺丸君に詰られる。そんなこと言われたって、と思う。ルコが時折おちんちんや乳首、首筋、耳の後ろに指や舌を這わせているのを鷺丸君は見ていないのだろうか。この異様な勃起持続は、徹頭徹尾、僕自身の問題だと思っているようだった。
「ご、ごめんなさい」
「練習できないよな、そのチンチンじゃ」
 早々にかき氷を食べ終えて練習用のステージに戻ろうとする鷺丸君にルコが「待って」と声をかけた。すぐにおちんちんを元に戻せると言う。そして、一つだけ盆に残っている手つかずのかき氷を取ると、羞恥に耐える僕の顔を覗きこんで、
「これはナオスくんの分のかき氷だよね。早く食べなさいよ」
 ヒィッ、いや!
 なんとルコは、上向きのおちんちんを握って水平にすると、精液で濡れた亀頭にかき氷の山を思いっきりぶつけたのだった。ヒギィッ。冷たくて、痛い。おちんちん全体がたくさんの細かい氷に包まれ、さらに圧を加えられる。ねっとりした練乳が潤滑ゼリーの働きをして、おちんちんの四方で砕氷がいっせいに動く。
 やだ、やめて、と訴える僕はこの場から本能的に退却しようとしたものの、察したお姉さんにすぐに押さえられ、両手も背中に回されてしまった。下手に動くと、骨折しそうなほどの痛みが腕に走る。これでもう、僕はじっとして、おちんちんがかき氷に熱を奪われていくのを我慢するしかない。
「ほら、どんどん小さくなっているが分かるよ」
 ルコはそう言って、かき氷の細かい氷の粒をぎしぎし鳴らしておちんちんの袋を揉み始めた。
 冷房から吹きつけてくる冷気が体にこたえるようになった。寒い。スクール水着姿のメライちゃんも盛んに足をもじもじと動かしている。僕だけ一人、素っ裸でかき氷の氷をおちんちん全体に押しつけられているのだから、感じる寒さは、ルコ、鷺丸君、鷺丸君のお姉さんといった普通に服を着た人たちには絶対に分からない。唯一想像できる圏内にいるのは、小さめのスクール水着をまとったメライちゃんだけだろう。でも、氷責めに苦しむ姿をメライちゃんに憐れみの目で見られるのは、つらいものがある。
「勃起、収まったみたいだね」
 やだ、かき氷をおちんちんから離されてしまう。氷責めからの解放は望んでいたことなのに、かき氷を持ったルコはもちろん、鷺丸君、鷺丸君のお姉さん、そしてメライちゃんまで僕のかき氷に隠された股間を凝視するから、ルコに「やめて」と小声で頼んでしまう。もちろん聞き入れてくれるはずもない。氷を押しつけられるキーンとした痛覚の和らいだ瞬間、暴発したような笑い声が耳をつんざいた。
「受ける、チョー受けるんですけど」
 ああ、恐れていたとおり、おちんちんはすっかり縮こまって、皮にくるまれていた。
「み、見ないで」
 すぐさま両手で隠したいのに、背中で両手首をがっちり掴まれているので、それも叶わない。当たり前のように、何度も、毎日のように見られているおちんちんながら、勃起とはまた別の意味で恥ずかしい。
 勃起時のサイズを示した指をおちんちんに当てられる。ついさっきまでのビンビンに勃起した時と比べて、「五分の一くらいじゃないの?」と感心するルコ。「こういう形のピアス、姉ちゃん持ってなかった? 実物大じゃん」と鷺丸君。
 心なしか、メライちゃんの表情から硬さが取れている。ちょっと恥ずかしそうにうつむき加減のまま目をあちこちに動かす。これは僕の胸をキュンとさせる、メライちゃん独特のあどけない仕草のひとつだ。おちんちんの変化の妙を彼女もまたしっかり見て、ルコたちほどではないにしろ、そこに多少の面白さを感じたようだった。

 マジックショーの練習は、例によって厳しかった。中学生マジシャンとしてその方面で知名度を上げつつある鷺丸君は、練習に熱が入ると妥協知らずで、足や手の、場合によっては手の指まで、細かく動きを指示し、動きだけでなくタイミングも含めて、完璧な正確さを求めた。やっと休憩に入るのを許しても、鷺丸君自身は舞台イメージを頭の中で延々繰り広げているのか、没入した世界から戻ってこなかった。
 というわけで、せっかくもらった十五分という長めの休憩時間のあいだも、僕には裸身に羽織る衣類を与えられず、素っ裸のまま、やはりスクール水着という舞台衣装のメライちゃんと座り込んで放心したり、ポットのお茶を飲みに行ったりした。それを見ても鷺丸君はなんとも思わないようだった。
 美術製作に並々ならぬ関心をもつ鷺丸君のお姉さんによると、ヌードモデルの人もずっと裸を晒しているわけではなく、休憩時間にはバスローブを羽織るらしい。それならば、と思って、自分にもバスローブを貸してもらえるか、頼んでみた。お姉さんは少し笑って、「無理だと思う」と答えた。それだけでなく横で聞いていたルコには、「駄目、なんてこと言うのよ。モデルさんには人格があるけど、ナオスくんにはないでしょ」とお尻を抓られてしまった。こういう、つまらない相談を、どうせ断られると分かっているのに、ついほとんど無意識にしてしまうところに、僕の本当の気持ちが隠されている。とにかく早く、布切れでもなんでもいいから何かを身にまといたい、これに尽きる。いつも素っ裸で、しかも周りは服を着た人ばかりという環境では、もうルコの言うとおり、僕自身は人格のない存在でしかないような気がしてくるのだった。
 指示や動きはともかく、マジック自体は単純だった。スクール水着のメライちゃんが走ってきて縦長のボックスに消えると、入れ替わりに素っ裸の僕が出てくる。次にはその逆をやる。ボックスを通過するたびに衣装(スクール水着)が消えたり付いたりする。
 ボックスを通過するのは一秒に満たない短い時間だから、そのあいだに水着を脱いだり着たりするのは不可能。一瞬にしてスクール水着が消えて、また戻る不思議を楽しんでもらうという趣向で、なんのことはない、同じような背丈、体つきのメライちゃんと僕が同一人物を演じるのだった。
 このマジックを考案した鷺丸君の最初のアイデアは、一人の人物の衣装が一瞬にして変わるというものだった。その衣装をどうするかという問題を話し合っている時、なぜかその場に参加していたY美(僕をマジックショーに出演させるにあたってはY美の許可が必要だった。僕の意思は関係なかった)がメライちゃんをブルマの体操着、僕を白ブリーフのパンツ一枚にしよう、と自分の案を押しつけてきた。
 パンツ一丁と聞いて鷺丸君は絶句し、「さすがに恥ずかしいだろ、だって夏祭りのステージだぞ。町じゅうの人が見るのに」と渋ったけれど、Y美は譲らなかった。言うとおりにしないと僕を出演させないと脅した。
 このような次第で、練習を開始した当初、鷺丸君は大いに僕に同情的だった。「パンツ一丁の裸にさせて申し訳ない」と折に触れて詫びたり、「恥ずかしいだろうけれど、みんなを喜ばせるためだから我慢してくれ。お前の裸なんか、みんなすぐ忘れちまうから。おれのトークとマジックだけが人々の記憶に残るから」と妙な慰め方をしたり、とにかく、パンツ一丁で長い練習時間を過ごす僕をいろいろと気遣ってくれたのだった。でも、その期間はそんなに長く続かなかった。
 なにしろメライちゃんも僕も夏祭りのような、知らない人が大勢集まる舞台に出た経験はない。当然、ステージ作法も知らない。舞台経験の豊富な鷺丸君からすれば、メライちゃんと僕の素人そのものの動きは、ずいぶんと忍耐を要するものだったに違いない。指示や注意をする時の語調がだんだん荒くなってきた。「前にも言ったろ」と言われても、すぐにピンと来なくて、「はあ、そうだっけ?」というような顔をしてしまう。そのたびに鷺丸君は、自分の忍耐力を試されているように感じたのだと思われる。
 メライちゃんの衣装を体操着からスクール水着に変更した頃から、鷺丸君はいよいよ細かく指示を出すようになった。このスクール水着への変更は鷺丸君のお姉さんの提案によるものだった。体操着よりも格段に体の露出度の高い衣装になって、最初メライちゃんは大いに恥ずかしがって、抵抗をした。用意された水着は、Y美が小学五年の時に着用していたもので、いくらY美が大柄でも身長が急速に伸びたのは小学六年から中一にかけてだから、さすがに当時のサイズではメライちゃんに窮屈そうだった。体の凹凸やラインが裸の時と同じくらい露わになる。こんな恥ずかしい水着を無理強いしておきながら、水着を貸したと恩着せがましい態度を取るのだから、Y美の底意地の悪さには恐れ入るしかない。
 あっけなく忍耐の限界を超えて、鷺丸君は、いつまでたっても動きがたどたどしく、覚えの悪いメライちゃんと僕を厳しく叱りつける。そのうち僕は叩かれるようになった。指示する時の金属製の細長い棒で肩や背中、太腿をビシッとやられる。
 幸いメライちゃんへの体罰はなかった。どんなに鷺丸君が声を荒げ、激昂しても、僕を打つ長い指示棒がメライちゃんの体に振り下ろされることはなかった。それはまず鷺丸君のお姉さんが許さなかったと思う。メライちゃんは夏祭りが終わったら、お姉さんの美術モデルを引き受ける約束もさせられているから、肉体を傷つけるような真似は見過ごせないのだろう。ちなみにメライちゃんはマジックショーの時の僕と同じ、完全な裸でモデルをさせられるそうだ。悲しそうな顔だったから、もしかするとY美の圧力かもしれない。

 マジックの内容に、少なくとも僕にとって重大な改変がおこなわれたのは、夏祭りステージショーの出演者への面接があった日だった。町役場の一室でメライちゃんと面接を待っているところへY美が突然あらわれ、僕の唯一身に着けている白いブリーフパンツを今すぐ脱ぐように命じた。
 僕の舞台衣装の白いブリーフパンツは、男の子であることを示すにはちょっと弱いよね、とY美は、自分がパンツ一丁を押しつけたにもかかわらず、鷺丸君に意見した。女子用のスクール水着を着ているから当然女の子だと思われた人物が実は男の子だったというサプライズも、このマジックの狙いの一つだ。となると、男用の下着であるブリーフパンツもいいけど、いっそのこと素っ裸にしたほうが、何よりもおちんちんを晒すわけだから、男の子であるのは一目瞭然で、これ以上簡単に、はっきりと男の子を示す手は考えられない、などと説得にかかり、今さっき、僕の舞台衣装はなし、素っ裸での出演ということに決まったと説明する。
 わかったらさっさと脱いですっぽんぽんになるの、とY美は言った。
 あ然。物事の理解は前提となる了解事項があって、初めてスムーズになる。その了解事項のまったくないところに、岩石が落ちてきた。到底受け止めることなどできない。押しつぶされて、言葉を発せられない。
 パンツ一丁でも滅茶苦茶に恥ずかしくて、練習を通じてようやく少し慣れつつあるところだったのに、これも脱いで素っ裸になるとは、さすがにショックが大きくて、僕はメライちゃんや他の大勢の出演者が見ている前で、声を上げて泣き出してしまった。
 やだ、やだ、と頑なに拒んで、パンツのゴムを握りしめても、しょせん大柄女子のY美にかなうはずなく、あっけなく脱がされてしまった。僕は全裸のまま面接を受け、テレビ中継にあたっておちんちんを映して問題ないか、倫理規定に照らしておちんちんをチェックするという名目で、委員会の女の人におちんちんをいじられるという恥辱の検査も受けた。無毛で皮かむりで短小と判断されて審査をパスし、晴れてテレビ中継が、僕にとっては大変残念なことに、許されてしまった。
 もう全裸での出演は、夏祭り実行委員会に承認され、確定になった。これはもう、僕が完全な裸以外での格好で舞台に上がるのは認められないということを意味する。
 となると、マジックショーの練習も当然、全裸ですることになる。
 僕の全裸出演が決まって最初の練習の日のこと。本番だけ全裸でやればよいのであって、練習では服を、せめてはパンツくらいを身に着けてもよいのではないか、と鷺丸君や鷺丸君のお姉さんにこっそり掛け合ってみた。練習中くらいは、なんでもいいから着衣を、腰の周りだけでもよいから、許してほしかったのだけれど、二人とも異口同音で反対した。
「本番と同じ全裸でなければ練習にならない。おれはお前のチンチンの揺れ方まで計算して動き方を決める」
 鷺丸君は気難しい顔をしてそう言った。これまで僕は鷺丸君を自分のステージをいかに自分の思い描くとおりに実現するかで頭がいっぱいの、繊細な芸術家肌の人と思っていた。どうもそのイメージは修正する必要がありそうだった。鷺丸君の僕を射る視線に、Y美に似た、邪気の閃きを見てしまったのだから。
 パンパンと手を鳴らして、鷺丸君が休憩時間の終わりを告げた。とにかく、こんな具合でマジックショーの練習は連日おこなわれた。

 過酷な練習もあと一日で終わる。これはつまり、二日後に夏祭りでのマジックショー本番を迎えるということで、もうメライちゃんも僕もさすがに練習を日々重ねただけあって動き方を体で覚えて、いちいち考えなくても自然にできるようになっていた。下手に意識しないほうがうまくいく。だから目下の課題は、いかにしてステージ上で自意識を捨てるか、ということだった。素っ裸であるという自意識が、水瓶の罅から水がしみ出るように侵入してくると、体の自然な動きを妨げてしまう。
 まあ、その課題についても、僕は割合に対処がうまくなったように思う。あの、例の、天女が舞い降りた海水浴旅行の日からずっと、僕は全裸で過ごしているから、そう、もう二週間以上、一糸もまとわず、夜は庭の砂場で寝て、日の光に目覚める生活なので、衣類をまとわない肌の感覚が普通になっていたのだ。
 全裸を意識しなくなったもう一つの理由として、僕の会う人が限られているということも挙げられる。普段はY美とおば様だけだし、マジックショーの練習では、これにメライちゃんと鷺丸君、鷺丸君のお姉さん、鷺丸君のお母様が加わるくらいだ。ほかにルコだのS子だの、Y美のグループの女子に会うこともたまにあるけれど、彼女たちにはもう、散々いじめられてきて、浣腸されてウンチを出すところまで何度か見られてきたから、今さら全裸の情けない姿を見られても、さほど羞恥の念に体を熱くすることもない。
 それよりも鷺丸君の家、あの練習場所である六角形の屋根のアトリエへの行き帰りがやっかいだった。たまたま通りかかった人にじろじろ見られると、さすがに自分の今の格好を意識して、恥ずかしくなる。だけど、と僕は考え直す。この種の経験もこれまで数えきれないくらいしてきたのだ。羞恥をいつまでも引きずる必要はない。
 他者の目を意識しなければ、全裸でいることが当たり前になるのに時間はそれほどかからない。この生活が長引くにつれて、僕の中の他人がどんどん減っていくのだった。
 とはいえ、この日は久々に新しい人を紹介されて、僕は自分の一糸まとわぬ格好を意識せざるを得なかった。おちんちんを両手で隠したまま自己紹介をする。鷺丸君のお姉さん行きつけの美容師さんだった。特別に頼んでアトリエに来てもらったのだという。
 マジックショーでメライちゃんと僕は同一人物に見せなくてはならない。そのためには髪型も同じにする必要があった。おば様の家に居候してから、おば様に時々前髪をちょこちょこ切ってもらうくらいだから、耳はすっかり髪に隠れたし、後ろ髪は肩に届きそうなほど伸びていた。
 美容師は三十歳くらいの細身の女の人で、僕の髪を手でかき回すと、施術の前にシャンプーさせて、と僕にではなく、鷺丸君のお姉さんに言った。
 ルコ、美容師さん、鷺丸君とお姉さんの四人に手足を取られ、仰向けの状態で母屋の中のお風呂場まで運ばれる。母屋は鷺丸君たち普通の人間が生活する空間であり、僕のような人間以下の者は本来足を踏み入れてはならないそうだ。
 手錠をかけられ、手錠に通したロープで天井につながれた僕は、両腕をまっすぐ伸ばした状態で鷺丸君のお姉さんに頭と言わずに全身を洗われた。スクール水着のメライちゃんも洗髪させられた。
 なぜ体を洗うのにいちいち手錠をかけて、天井に繋がれなければならないのか。僕が勝手におちんちんに触れないようにさせるためだった。
 もう一週間も射精を禁じられている。精液を出していない。
 しかも日に何度も、しばしば長時間にわたっておちんちんやおちんちんの袋、お尻の穴を責められ、全身の性感を刺激させられる。異様な気持ちよさに囚われた生活だから、判断力、理知による制御などはまず働かないし、快楽に圧倒される自分の意志の弱さを嘆く気持ちにすらならない。まあ意志の強い弱いは無関係だけど、それでも自分を立て直そうとする気持ちに少しもならないのは、さすがに危機感を覚えるほどだ。流されっぱなし。小刻みに続く快楽を全身の肌で感じ、靄に包まれる。
 射精という絶頂がもし許されたら、この快感の檻から解放される。慰みによって高められた欲望、これを満たされることで心の自由を得る。でも、射精はいつも見送られるから、僕は結局、いつも快楽の檻に閉じ込められたままということになる。檻の中で動物のように呻いている。
 射精させない、管理する、というY美の考えは、Y美の母親であるおば様も同じだった。さんざん手で弄ばれ、時にはおば様の口に吸われたおちんちんは、射精を求めてひくひくと脈打つ。とにかく溜まった液体を出させてもらえないのは苦しくてたまらないから、僕は自らの手で慰めるしかなく、そのためのわずかな隙を探すのだけれど、おば様もY美と同じく注意深く僕を監視し、僕がみだりにおちんちんに触れないよう、寝る時は両手を縛って物干し竿につなぎ、日中も僕を弄ばないときは後ろ手に手錠をかけたり、柱につないだりして、僕がおちんちんにさわれないようにした。
 尿意を催しても庭の隅や草地で垂れ流して済ますことが多いから、ここ数日、僕はおちんちんにまともに触っていない。Y美やおば様、そのほか、今のように鷺丸君のお姉さんによっていじくり回されるばかりで、自分の体なのに自分の物ではないような気がしてくる。実際、そのとおりなのだろう。
 髪だけと言わずに全身を洗われることになって、首筋からお腹、お尻にかけて、さっそく手がねちねちと石鹸を塗りつけてくるものだから、もう、いきなりおちんちんは反応してしまった。同じ浴室で洗髪することになったスクール水着のメライちゃんが軽蔑の眼差しを僕に向ける。
 ヒッ、いい……。お願い……。
 石鹸まみれの手でごしごししごかれ、おちんちんはまさに爆発寸前だった。Y美の代わりにルコが監視の目を光らせている。太腿の内側に力を込めて、なんとか射精を我慢する僕はルコに冷水シャワーを全身に浴びせられた。精気を抜かれたように見る見る萎むおちんちんを見て、鷺丸君が「よし」と呟いた。
 アトリエにはブルーシートが敷かれ、その上に丸椅子と姿見が二つずつあった。
 丸椅子に並んで座るメライちゃんと僕の髪を美容師さんが手際よく、交互に整えていく。
「いよいよ見分けがつかなくなったね」
「二人とも見事なショートボブだよ。ナオスくん、もともと女の子みたいだし」
 鷺丸君のお姉さんとルコが満足そうにメライちゃんと僕を見て感心し、美容師さんを絶賛した。「大したことないよ、簡単だから」と美容師さんは謙遜し、これといった理由もなく僕のお尻を撫でた。大きな姿見の前でメライちゃんと僕は並び、気をつけの姿勢を取らされた。元々同じような顔の大きさ、形をしているところへ、髪型もショートボブで揃えたのだから、確かに瓜二つに見えるかもしれない。スクール水着のメライちゃんがボックスに入って、入れ替わりに全裸の僕が出てきたら、観衆は一人の人物から一瞬にして水着が消えたと思うだろう。
 この日は髪型を揃えただけでなく、本番に備えてお化粧もさせられた。メライちゃんと僕は顔に白粉を塗られ、同じ口紅を付けさせられた。
 同性の鷺丸君が僕の顔をまじまじと見て、「キスしたくなるな」と言って皆を笑わせる。
 女の子の髪型にされて、何か落ち着かない気分の僕の顎の下にルコが手を入れてきた。少しずつ顔を上げさせられる。縦長の姿見に僕の裸の足、太腿、おちんちん、お臍、乳首が映る。目をつむる。「目をあけなさい」
 後ろ髪を掴まれて、顔を上げさせられた女の子、いや僕の顔が鏡に映っていた。
「よく似合ってるよ、メライにそっくり」と、ルコが感心する。「あんたがメライに恋してるってのは、よく分かるよ」
 アヒッ。やめて、と反射的に叫ぶ。ルコの指に挟まれたおちんちんが締め付けられて、一気に快感指数を上昇させたのだった。いきそうになって、内腿に力を込めて腰を引く。なんとか踏みとどまったものの、僕の必死の頑張りなぞどこ吹く風のルコは、いたってのんきな調子で話しかけてくる。「これって、つまり自分のことが好きだってことだよね?」
「ち、違うよ。やめて」
 後ろ髪を掴んだまま、もう一方の手でおちんちんをしごくルコの手を払おうとして、僕は腰をひねった。しかしすぐに気持ちよくなってしまい、力が入らなくなる。ルコはおちんちんの袋を手のひらに乗せて、軽く締め付けた。
 おちんちんの袋に痛みが走り、ウウッと呻いて、膝の力を抜く。おちんちんはすっかり硬くなっていた。七日間も射精を禁じられているので、反応しやすくなっている。
「とぼけたって無駄だね。あんたは、ただのナルシストだよ、ナオスくん。自分に外見の似た人を好きになっただけだよ。せいぜい自分を憐れんでな」
 隆々たるおちんちんを指で押し下げてから、離す。ビシッと乾いた音を立てて下腹部に当たる。やっとルコが僕から離れてくれた。と、今度はメライちゃんのほうに行く。
「メライったら、あんた、どうよ、ナオス見て、自分にそっくりだって思わない?」
 ルコに話しかけられて、メライちゃんは口ごもった。上目遣いでちらちらと僕を見て、僕と目が合うと急いで逸らす。それから、ルコを向いて、「やだよ」と返した。「こんな恥ずかしい男の子と一緒にされたくないし」
「へえ」と、ルコが意外という顔をした。「あんた、ナオスのことが好きじゃなかったっけ」
「やめてよ」と、メライちゃんは小さな声で否定した。「今はもう、全然好きじゃないから。好きなわけないよね」
 外はもう夕闇に包まれて、長い練習もそろそろお開きという時間だった。おば様がお迎えに来てくれた。それなのに、僕たちはまだ帰れなかった。せっかく髪型も同じにしてお化粧もしたんだから最後にもう一回だけ練習しよう、と鷺丸君が頑固に主張したからだ。
 ようやく練習を終え、くたくたになって鷺丸君の家を辞去する。車に乗り込む段になっておば様が僕の顔を覗き込み、「ねえ、あなた、もしかして、泣いた?」と聞いた。

8 コメント

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Unknown (M.B.O)
2022-09-05 23:55:18
私が想像してたよりかなりスケールの大きな過去の出来事ですね…ナオス君の心境の変化が見られた感じです。
Unknown (Unknown)
2023-01-24 13:01:21
最新四話の中でこの話が一番好き。ナオス君が母親恋しさに独身寮に忍び込んでお母さんが働かされる姿を目撃してしまう等妄想が捗ります。
嬉しいです (naosu)
2023-01-24 22:59:30
コメントありがとうございます。
M.B.O様、スケール広げちゃいました。お付き合いいただき、嬉しいです。
無名氏様のコメントも恐縮です。
ちょっといつもと違う傾向の話なので、励みになります。ありがとうございました。
Unknown (Unknown)
2023-01-30 20:51:03
家を売却したとあるけど、家と土地を抵当に入れておば様に借金したわけじゃないのかな
Unknown (Unknown)
2023-02-07 11:32:57
ナオス君家の破滅が近づいている印象。「トイレ監禁」での夢の中のメライちゃんの言葉の通り早く逃げたほうがよさそう。
全裸の身一つで夜逃げするナオス君とお母さんのシーンとか見てみたい。
Unknown (Gio)
2023-02-26 00:19:35
Twitterの小話いつも楽しみにしています。
女子学院に送られ金的される話、
ナオス君がヒトマロで成長しないなら
おば様の言う進路は全裸モデルかなと妄想しています。
Unknown (Unknown)
2023-08-26 00:37:37
もうナチュラルに人間以下の扱いされてるのが良い
Unknown (Unknown)
2024-02-18 00:45:58
ナオス君が尊厳を奪われて人間として終わっていく描写が最高です。成績ガタ落ちで成長不良で快楽漬けにされてく様子が素晴らしいです。

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