直列☆ちょこれいつ

最近は神社や神道などの古い文書の解読をしています。
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雪の進軍 歌詞の現代語訳と意味

2017年12月12日 | ちょこのひとかけ


『ガールズ&パンツァー』を見ていたら『雪の進軍』が流れました。
ずっと昔の映画でも聞いたことがあったものの、
歌詞はうろ覚えだったので、今回調べてみたのですが、
ざっと流しただけでは、細かい意味がわかりませんでした。

歌の状況は戦時中、作戦行動下であることに加え、
変なところが変に省略されているので、ひどく取りづらいのです。

そこで、普段やっている古文書解釈などの知識を使って
解釈をこころみることにしました。
せっかくですので内容をまとめて残しておきます。


まず、歌詞。現代かなに直して以下に記します。
最後のかっこ内はバージョン違いです。

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雪の進軍 氷を踏んで どれが河やら道さえ知れず
馬はたおれる 捨ててもおけず 此処は何処ぞ 皆敵の国
ままよ 大胆一服やれば 頼みすくなや煙草が二本

焼かぬひものに半煮え飯に なまじいのちのあるそのうちは
こらえ切れない寒さのたきび 煙いはずだよ 生木が燻る
渋い顔して功名ばなし すいというのは梅干一つ

着の身着のまま気楽な臥所 背嚢枕に外套かぶりゃ
背の温みで雪解けかかる 夜具の黍殻しっぽり濡れて
結びかねたる露営の夢を 月は冷たく顔覗きこむ

命捧げて出てきた身ゆえ 死ぬる覚悟で吶喊すれど
武運拙く討ち死にせねば 義理にからめた恤兵(じゅっぺい)真綿
そろりそろりと首締めかかる どうせ生かして還さぬつもり
(生きてはかえらぬつもり)

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次に、パートごとの意味と解釈です。

・雪の進軍 氷を踏んで どれが河やら道さえ知れず
 馬はたおれる 捨ててもおけず 此処は何処ぞ 皆敵の国
 ままよ 大胆一服やれば 頼みすくなや煙草が二本

雪の中の進軍で氷を踏んだが、どこも雪ばかりで
どれが川なんだか道なんだかもわからない。

寒さと疲れで馬が死んだ。
お国から徴用されてきた軍馬、
戦中のなぐさめでもあった馬を
周りみな敵の、敵の国に捨て置いていくのはしのびない。

やるせなさと追悼に、どうにでもなれとタバコに火をつけくゆらせる。
大事に吸ってはきたけれど、もう残りは二本になってしまった。
補給物資もろくにない、乏しい状況に日本を重ねてしまう。


・焼かぬひものに半煮え飯に なまじいのちのあるそのうちは
 こらえ切れない寒さのたきび 煙いはずだよ 生木が燻る
 渋い顔して功名ばなし すいというのは梅干一つ

メシ時に、どうにか燃やせるものをかき集めて火をつけてみるが、
飯もろくに炊けず、干物も焼いて食えず、暖も取れないほどの
火勢にしかならない。

温度を上げず煙ばかり上げる焚き火にくべる枝は、
落ちて乾いたものでなく、生えている木から折ったものだ。
周りは雪ばかりで、雪の下の落ち葉も枯れ木も拾えないからだ。

いっそ死んでしまえば寒さなど気にならなくなるのだろうが、
今は生きている。
なまじっか生きてしまっているせいで、寒さがつらくてたまらない。
ひどい食事どきだ。

せめてもの気晴らしにと、階級があがった仲間に手柄を立てたときの
話をしてくれと頼んでみた。
でも、そいつが渋い顔で語るのは、戦闘中の血なまぐさい話だった。
「浮いた話、すいの話はないのかよ」と訊ねたら、
「すいはあっても、この酸いくらいさ」と頬袋に入れていた梅干の種を
舌の上に乗せて見せてくるのだった。

国粋主義者なんぞは戦端からはるか遠くで
日の丸大事、お国の粋だと叫んでいるが、
一平卒には日の丸弁当にする飯もなく、粋もなく、
すいと言えば、酸いの梅干ひとつ程度のものだ。


・着の身着のまま気楽な臥所 背嚢枕に外套かぶりゃ
 背の温みで雪解けかかる 夜具の黍殻しっぽり濡れて
 結びかねたる露営の夢を 月は冷たく顔覗きこむ

じゃあ寝るかとなれば、その場が寝床。
何も着替えることもなく、リュックを枕に、コートに首をうずめ、
薄っぺらな蓑のような黍殻を布団がわりにかけて横になれば、
背中の熱で下の雪が溶けて、コートに染みてくる。
布団とも言えない布団もびっしょり濡れて、寒すぎて寝られもしない。
そんな時間をすごしていると、それほど上ってもいなかった
さむざむとした月が、覗き込むように顔の真上に来ていた。


・命捧げて出てきた身ゆえ 死ぬる覚悟で吶喊すれど
 武運拙く討ち死にせねば 義理にからめた恤兵(じゅっぺい)真綿
 そろりそろりと首締めかかる どうせ生かして還さぬつもり
 (生きてはかえらぬつもり)

「この命、天皇陛下とお国のために捧げます」と出征してきたのだし、
今日の戦闘では死ぬつもりで突撃したけれど、
名誉の戦死はできなかった。

慰問品としてお国の人から送られた綿入りベストが、
真綿で首を絞めるようにからみつき、声なき声でささやいてくる。
「おめおめと生き恥を曝して帰ってくるな」
「立派にお国のために死んでこい」
「うちの子は死んだのに、なんであんたは死んでないんだ」

……まあ、そうあせらないでほしい。
たとえ今日明日生き残ったところで、
この先、どうせ生きてお国に帰してはくれないだろうから。
(今日は運悪く生き残ったが、生きて帰るつもりはないのだから)

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※『武運拙く』について

「ご武運を」などと使われる『武運』という言葉。
この本来の意味は、『生きのびて』などではありません。
『名誉ある○○を』という意味です。
『○○』に入る言葉は『戦い(勝利)』か『死』です。

勝利側の意味は、
戦場のいい感じの場所に行き、軍が勝つのに貢献する、
あるいは敵の重要将軍を討ち取る、などしてね、というものです。
これが名誉の戦い、名誉の勝利であり、武運です。

死側の意味は、
敵の大将と一騎打ちになって死ぬ、
敵の重要陣地へ攻めあがる最中に死ぬ、
あるいは逃げるにしても、味方軍のしんがりをつとめ、
味方を逃がすために敵の追っ手に吶喊(すてみ突撃)して死ぬ、
などしてね、というようなものです。
これが名誉の戦死であり、武運です。

よって、戦場で突然敵に襲われ、あわてて逃げる際に背中を切られ、
足を切られ、それでもどうにか生きて戻ったものの、
傷のために戦場にも戻れず、そのまま一生を送るなどは
『武運』などではありません。
ただ生きて帰っただけで、どこにも名誉が無いからです。
これは『無様』、『生き恥をさらす』と表現されます。

また、死ぬにしても、ちりぢりになって敗走し、
その途中でくだらない民兵や追いはぎなどにあって
殺されて首や装備を奪われるのも、名誉の戦死ではありません。


「ご武運を」という言葉は、
「戦場でかっこよく(いさぎよく)、勝つか死ぬかできればいいですね」
という意味の言葉です。
もっと短く言えば、
「誇りある勝利を! あるいは死を!」
です。
『生き延びて』なんて意味は持っていないことに
気をつけなければいけません。
戦いにおいて重要なのは『誇り』であって、
生きるとか死ぬとかはどうでもいいのです。

それが『武』に生きるものの道です……が。
これは、『武に生きるものだけの道』なのです。
説明でもわかるかと思いますが、
古い日本の、国内で争っていたようなころの『武』です。

その古い日本の『武』の道を。
『武』の何たるかも忘れるだけの時間が過ぎた頃の人間、
しかも親の七光りだけで軍のいい地位についているような
ぼんくらどもが武人気取りで、武人でもない一般人に押し付けたのが、
日本の戦争です。

自分たちは武人どころか、戦い方もろくにしらないくせに
いくさ場にも出ず。
なのに一般人には武人たれと命じて。
本当は、生きて戻して社会と国を維持させなければいけなかったのに、
一般人に死か勝利かを強制して無駄に殺害していったのが日本軍です。
今となっては滑稽の極みです。


この歌詞における『武運拙く討ち死にせねば』も、
勝利か死をおしつけられた、武人ではない一般兵の気持ちです。

『周りのすべてが戦争で死ね死ね言うから、
潔く死んでやろうと吶喊(とっかん)したのに、
残念ながら死ねなかった。名誉の戦死はできなかった。
生き恥さらしちゃったよ』
という意味です。

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この歌の恐ろしいのは、歌われている主役の男が、
ただひたすらに諦めているところです。

この男は、国のために死ぬのが名誉だとか、敵を殺したいとか、
日本が勝つとかもまったく思っていません。

戦争で周りは死ぬし、友も死ぬし、国は死んでこいと言うし、
生きて帰ったら周りがうるさいし、家族にも迷惑がかかるし、
こうなったら俺もまあ、つきあって死んでやるか、という
義理立てだけでたんたんと死のうとしています。

歌の上3ブロックまでは多少コミカルに戦争を歌っていますが、
最後の1ブロックがとても日本的というか、
すごくズルズルどろどろしていて恐ろしいし、
明るいメロディーのせいでかえって気持ち悪いのです。
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1 コメント

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有り難うございます (59yo M)
2019-06-14 01:27:36
意味不明なところがあり、理解する上のヒントを頂きました。
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