どんなに気に入らないところがあったとしても先生だよ?自分の何倍も頭がよくて人生経験があるはずなんだから、そんな方に対して反対姿勢や言動を見せることが信じられない。
陰で悪口をいったり不平をいうのにはまだ目をつむるとしても、本人の前で明らかにそういう態度をとるというのはもうどうかしてるでしょ。何様のつもりかと。じゃああなたは先生を見下すことができるほどのスキルを持っているんですかと小一時間。
性質的に信じられない人が最近多すぎる。自分も気をつけているけど果たして人にそういうことを思える程ましかはわからない。
あしたで桃花台新交通、ピーチライナーが廃止されて1年になります。【まとめっぽいもの】には最終運転日に撮ったそれを掲載しておきましたが当時はまったく鉄道に対する関心と技術がなかったのでひどい写真です。
それでもピーチライナーを撮りにいったのはまぁそのときの旅記(2006年9月30日)を見てもらえればおわかりになるとおもいますけどそれが思い出の鉄道だったから。
もしなんか奇跡でも起こってもう一回運行してくれるのならもう涙流しながら行きます。
小牧の象徴であったあの鉄道がはしる姿をもう一回みたいですね。
小牧は変わりつつあります。ピーチライナーが廃止になったのを皮切りに駅前のイトーヨーカ堂もこの前閉店し、米原で目撃した平和堂がはいるそうです。
小牧はもう何回言ったかわかりませんが幼少時代を過ごした僕のふるさとのひとつで、その街を形成するほんとにほんとに大きな要素だった2つが1年の間に一気になくなってしまったわけです。大げさな例えになるかもしれませんが東京駅赤レンガと東京タワーと新宿ビル群がなくなった東京のようなものなのです。
小牧か・・小牧に時々ふっと帰ってみたいなとかあの頃に一回戻りたいなっておもうことは多々あって、哀愁みたいなそういうのなんだろうかなぁ。
思い出が懐かしいから戻りたい、ってのじゃない。小牧って言う街自体に帰りたいっていう気持ちだった。
どうして小牧なんだろう、考えてもいままではよくわからなかった。
でも最近ふっと思いついた感覚で、それがわかったような気がした。
・・・小牧駅前の繁華街、小牧駅、ピーチライナーのむこうにつづく憧れの近代都市桃花台。
小さいながらに感じた小牧の魅力はその後今の自分の価値観を形成するものとなり、そうやって今自分につながっているのだってことを今頃になってひしひしと、こみ上げるように気づいた。感じた。
そう、小牧とは自分を作った街だった。
小さかったあの頃ふと見上げた小牧の空とそれに映える街は美しかった、いまでも小牧に行くとその気持ちがふっとこみ上げるし、事実小牧っていう街は今でも美しい。
きれいな街は日本にたくさんあるし、小牧よりきれいな街もたくさんある。けど、それでも小牧は他の街とは違っていて不変的な美しさを持っていた。住んでいたっていう贔屓なポイントが影響しているのかもわからないけど、それを差し引いても小牧という街は違っていた。
その理由が今わかった、小牧は自分の大切なふるさとだったのだ。
小牧は本当にきれいな街だったし、今でもそうであるし、これからもありつづけてほしいものです。
・・・そしてその小牧の要素が今後失われていくのは惜しいことなんだけど・・・時代が流れることによって変わらないものは無いわけで、しかし小牧という街は今後もあの場所にありつづけるし、その街の空気がかわることはないのだから、いつかまたゆっくりとふるさとを訪れることにしようと、今日はそんなことを思いながら。
陰で悪口をいったり不平をいうのにはまだ目をつむるとしても、本人の前で明らかにそういう態度をとるというのはもうどうかしてるでしょ。何様のつもりかと。じゃああなたは先生を見下すことができるほどのスキルを持っているんですかと小一時間。
性質的に信じられない人が最近多すぎる。自分も気をつけているけど果たして人にそういうことを思える程ましかはわからない。
あしたで桃花台新交通、ピーチライナーが廃止されて1年になります。【まとめっぽいもの】には最終運転日に撮ったそれを掲載しておきましたが当時はまったく鉄道に対する関心と技術がなかったのでひどい写真です。
それでもピーチライナーを撮りにいったのはまぁそのときの旅記(2006年9月30日)を見てもらえればおわかりになるとおもいますけどそれが思い出の鉄道だったから。
もしなんか奇跡でも起こってもう一回運行してくれるのならもう涙流しながら行きます。
小牧の象徴であったあの鉄道がはしる姿をもう一回みたいですね。
小牧は変わりつつあります。ピーチライナーが廃止になったのを皮切りに駅前のイトーヨーカ堂もこの前閉店し、米原で目撃した平和堂がはいるそうです。
小牧はもう何回言ったかわかりませんが幼少時代を過ごした僕のふるさとのひとつで、その街を形成するほんとにほんとに大きな要素だった2つが1年の間に一気になくなってしまったわけです。大げさな例えになるかもしれませんが東京駅赤レンガと東京タワーと新宿ビル群がなくなった東京のようなものなのです。
小牧か・・小牧に時々ふっと帰ってみたいなとかあの頃に一回戻りたいなっておもうことは多々あって、哀愁みたいなそういうのなんだろうかなぁ。
思い出が懐かしいから戻りたい、ってのじゃない。小牧って言う街自体に帰りたいっていう気持ちだった。
どうして小牧なんだろう、考えてもいままではよくわからなかった。
でも最近ふっと思いついた感覚で、それがわかったような気がした。
・・・小牧駅前の繁華街、小牧駅、ピーチライナーのむこうにつづく憧れの近代都市桃花台。
小さいながらに感じた小牧の魅力はその後今の自分の価値観を形成するものとなり、そうやって今自分につながっているのだってことを今頃になってひしひしと、こみ上げるように気づいた。感じた。
そう、小牧とは自分を作った街だった。
小さかったあの頃ふと見上げた小牧の空とそれに映える街は美しかった、いまでも小牧に行くとその気持ちがふっとこみ上げるし、事実小牧っていう街は今でも美しい。
きれいな街は日本にたくさんあるし、小牧よりきれいな街もたくさんある。けど、それでも小牧は他の街とは違っていて不変的な美しさを持っていた。住んでいたっていう贔屓なポイントが影響しているのかもわからないけど、それを差し引いても小牧という街は違っていた。
その理由が今わかった、小牧は自分の大切なふるさとだったのだ。
小牧は本当にきれいな街だったし、今でもそうであるし、これからもありつづけてほしいものです。
・・・そしてその小牧の要素が今後失われていくのは惜しいことなんだけど・・・時代が流れることによって変わらないものは無いわけで、しかし小牧という街は今後もあの場所にありつづけるし、その街の空気がかわることはないのだから、いつかまたゆっくりとふるさとを訪れることにしようと、今日はそんなことを思いながら。