ミュージシャン白書

ミュージシャンの立場からライヴ、レコーディングを通じてミュージシャンの社会生活を紹介する

三分の一終了間近の2012

2012年04月24日 05時34分20秒 | Weblog
 まあ、四月が終わりそうなんだから、もうすぐ五月に間違いないんでしょうが、

しかし、建設的な理由で新しい分野に活動のフィールドを広げる 事が出来た人って、この四ヶ月で何人ぐらいいるんでしょうかね。

 こんなもんでいいや、一生、こんなもんで。と言う人は完成型。

 しかし、そんなに難しい事なんだろうか、建設的に生きるって。


 建設的? どういう意味でしょうか。


 建設的・・・・・・現状をよりよくしていこうと積極的に取り組む様。

 という事は、ベースは一緒、よりよく と言う事か。ドラスティックな変化はそこにはいらない訳だ。


 ドラスティック?

 ドラスティック・・・・・・やり方が思い切った様、過激

 過激か・・・・・・、過激でよりよく、積極的に、過激で積極的、か。

 とにかく、

あと三分の二しか残ってないと思うか、あと三分の二もある、と思うかで、何か違うはず。

 そろそろ出勤します。

テレビ的ないろんな事情とか?

2012年04月23日 03時40分37秒 | Weblog
 まあ素人衆にとってテレビの世界というのは、憧れであったり、胡散臭い世界であったりするのでしょうが、

 先日、社長に、店の冷蔵庫を地下室に降ろしとけ、と言われ渋々運んでおりますと、裏路地にカメラを持った男と、ウサギの着ぐるみを着た女の子がいて、その女の子がウサギの頭を、今被らんとするところだった。

 その子はごく普通の女の子だったのですが、聞くところによると、

 アイドルがそんな着ぐるみを着て、町をうろうろするという企画の深夜番組があるらしく、その着ぐるみの中に入っているのは、今、飛ぶ鳥を落とす勢いの、総選挙なんてやったりする大人数のアイドルグループの一人で、最近映画の主演まで果たした、そこそこ中堅メンバーの一人だと言う事だったから大変で。

 店の若い衆はこぞって見に行ったが、当然の事ながらその着ぐるみの中が誰なのか、わかるはずもなかった。

 小生はもうオッサンなので、その辺の子達の顔かたちは熟知しておらないのですが、小生が見たところ、その着ぐるみの中に入っていたのは、どう見てもアイドルではない普通の女の子だった。


 アイドルって実際に見ると意外と普通の子なのか、と思った直後。

 これはまさか……。世に言う テレビ的な事情 なのか? と思った。

 つまり、実際には他の子がぬいぐるみに入っていて、アイドルが入っていると言う態で収録する。

 その間にその本人には別の仕事をさせれば利益は倍増。着ぐるみを脱ぐところだけ別撮りにしておけば絵ずら的には問題なし。 

 ん~。ニセモノ。しかし考えてみれば、誰も気がつかず文句も出ないなら、低コストでやっていくのは飽くまで経営のノウハウと言う事になりましょう。

 小生の従事する飲食業も、うまみ調味料無くしては成り立ちません。

 本来、ああいううまみというものはとんこつや鶏がらや、昆布や鰹節を煮て抽出せねばならず、非常に手間暇がかかる。

 しかし、うまみ調味料のおかげで、安価で速く作ることが出来、昼休みの短いサラリーマンたちのニーズに答えることが出来ているのである。

 納得ずくなら、ニセモノも大いにあり。と言う世界。知らず知らずのうちに首までどっぷりと浸かっている。

 小生もその深夜番組を見てもしが面白かったら、ここで書いた事は全て、小生の勘違いだったと言う事で落着させようと思っている。
 

 

だんだん明るくなる朝。

2012年04月20日 07時28分39秒 | Weblog
 息子は昨日の幼稚園が楽しすぎたのか、またその後の滑り台が楽しすぎたのか、珍しくまだ起きてきません。

 今日、幼稚園8日目。誰か同じクラスの子の名前を言っていたが忘れてしまった。

 まさに、これからいろんな事を覚えるのかと思うと、こいつも大変だと同情せずにはいられない。

 一体、何歳ぐらいまでさかのぼってやり直したい、と言われても、小生は一日も遡りたくない。

 あの時、もっとちゃんと勉強していれば、とか、あの時、ちゃんと告白しておけば、とか、

 そういう思いは小生には少しも無く、だからと言って後悔のない、順風満帆な人生であった訳もない。

 なんだろう。もう、きっと、めんどくさいんでしょうね。いろいろやり直すのが、


 間違いや後悔は、それはそれでそのままほっとこう。と思っているに違いない。


 それよりも、一日遡ったら、さっきまで書いていた小説が、また元通りになるのかと思うと、


 そっちの方が、背筋がサブくなるぐらい怖い。

 確実に生活の重点が深夜になった。 仕事は日勤で人生は夜勤。


 じゃあそろそろ、出勤します。

 

これから春になる

2012年04月05日 04時57分33秒 | Weblog
 遅まきの桜が漸く咲き始めた。 『花見はいつにする?』などと友人とメールのやり取りをしておりました。

 そんな漸く暖かくなり始めました先日、

 父が急逝いたしました。

 3/29の午前五時ごろ、気が動転した母からの電話で、それは全く要領を得ない電話だったのですが、つまりそういう事でした。


 今年の桜を待たずして、父は死にました。

 事情も様々ありますので、通夜・葬儀はその翌日と翌々日という事になり、東京にすんでいる小生は取り急ぎ妻と息子を連れて京都府北部の実家に帰省しました。 息子は新幹線に乗れると言うと無邪気にはしゃいでおりました。


「どうする?通勤ラッシュに巻き込まれないように、早いめに出る?」などと、妻と話しておりましたが、そんな事を考えていたわけではありませんでした。 オヤジが?死んだ?

 今年の一月。あまり具合のよくない母に会う為に帰省しました。

 滅多に正月に帰省する事がなかったので、息子は大雪を見てはしゃいでもおりました。母はまずまず元気で、いい帰省になったと思います。実家の雪見障子を開け閉めするのが大好きな息子を、あ~!そんなんしてたらまた破くぞ! なんて言いながら、やきもきとして見ていた父と、最後に交わした言葉は多分 

 夏、帰るんだろ? だったと思います。

 ほいほい など、ともすれば面倒臭そうにもとれる曖昧な返事をして、ろくに父を振り返ることもせず、小生は駅の階段を上ったものと、今、無理矢理思い出せばそうだったと思います。

 父の死の予兆はありませんでした。死ぬ前日まで、母と車で買い物に行っていたといいます。 いて当然な人だったので、そのことに対しては大して感謝もしてませんでした。

 家に着いた時、丁度父が湯灌されているところでした。 おくりびと が来て、何だか硬そうな父の身体にタオルを乗せていました。 はやくはやく そう言われて慌てて着替えようとしましたが、どういうわけか、ネクタイが結べません。 まったく結べません。


 なにしとるん はよ! 結局、小生はみっともなく、人に結んでもらい、だらしなく着乱れた喪服姿で父の横に立ちました。


 何も考えることもなく、ただ人が多いので、それに厳粛な空気だったので、それがどうも嫌でした。 本当にそれだけで、ただ おくりびと に言われるままに父を、よいしょ とお棺に入れました。

 父の身体には少しお棺が小さかったようです。 

 それから今まで、ずっと何か妙な感覚が続いています。 それは 悲しい というよりも、強いて言えば、悲しい になる前の、悲しいの材料を見ている様な、そしてあまりに大量のその材料に唖然としているような、そんな感覚が続いているのです。

 それが上手く纏まれば漸く悲しくなるのかもしれませんが、小生は早速来週、浅草でアコースティックライヴがあり、その翌日には息子の幼稚園の入園式があるのです。 その時、着るスーツがない、だから昨日それを買ってきました。安いスーツ。7900円。明日は仕事の後、スタジオに練習に入ります。花見の計画はどうなったのだろう? 昨日の風は凄かった。

 こんなに毎日毎日、後から後から、乱雑に材料が積み込まれては、なかなか纏まるものも纏まりません。ひょっとしてこのまま悲しくなくなってしまうんではないかな と、思ったりします。

 日常は常に何事にも無関心でいいと思います。 人々は勝手に暮らし、桜は咲いてあっという間に散る。 イヤー凄かったね、昨日の風!

 なんて会話こそ、大切なのかと思ったりもします。 そんな会話の中に埋れてしまうほど、父の死は小さな出来事でいいのかもしれません。


 昭和9年生まれなので78歳。ん……。三歳の息子が、果たしておじいちゃんを覚えているか? 微妙なところ。 もう少し生きていて欲しかったなと、そのことは少し残念に思います。

 とにかく、オヤジお疲れ。ありがとう。 さよなら。 


 あ! 来月また四十九日で行くよ。じゃあとりあえずそん時まで、さよなら。