晴れた日のオルガン

オルガニストの日記

ドミニク・トマの”赤ちゃん”オルガン、生まれる

2007年10月05日 | Weblog
9月27日、ストラスブルグの“Bouclier”改革派教会で新しいオルガンのお披露目演奏会がありました。ここは、カルヴァン自身が1538年にストラスブルグに来て創立した、由緒あるプロテスタント教会です。ドミニク・トマは、ベルギーのスパという湯治で有名な町の教会に、ゴットフリート・ジルバーマンのオルガンのコピーを作ってから、“バッハのオルガン”というものに執着して、いくつもの楽器を作って来ました。今度の楽器は、ジルバーマンの弟子、トロストの作ったアルテンブルグのオルガンを研究してモデルにしたと聞いています。

このストラスブルグのオルガンは、天井も低く、オルガンの見た目こそ小さいけれど、29のストップを持った、非常に様々の音色に富んだ2段鍵盤のオルガンです。

第一鍵盤にはQuintadena 16’という、5度のハーモニクスがかすかに聴こえる、やや尺八の優しくしたような音のストップを土台に、8フィートのストップが4つ、フルートの8’と4’、ミュタシオンのストップ(5度や3度上の、ハーモニクスの音が出るストップなので、ドを弾くとソが鳴る、またはミが鳴るため、かならず8’などのストップと合わせて使う。音色のためのストップ)、ファゴット16’とトランペット8’があります。

第二鍵盤にもやはり8フィートが4つもあり、フランス風のコルネの組み合わせを作るためのストップ(フルート系のストップで8’+4’+3’+2’+1’3/5の5つ)や、Vox Humanaがあります。

足鍵盤の三つの16フィートのうちのViolonbassは、どんな音色、音量の手鍵盤が組み合わさっても常に聴こえる、本物のチェロか、ガンバのようにフレキシブルで存在感のあるストップです。足鍵盤にも四つも8フィートのストップがあります。そして古楽器の管の音がする、Posaune16’。これはうるさかったり、重苦しかったりする可能性のある危険なストップなのですがViolonbass同様、実際に口で吹く楽器のように歌うことのできる、素敵な音のするストップです。

演奏は、ベルナール・フォクロルで、予告されていたプログラムを更に改良した、バラエティに富んだ演目でした。お披露目は全てのストップを聴かせる事のできる内容を組まないとならないので、かなり楽器に触れてからよいアイディアがわくものである反面、オルガンが出来あがってから割合すぐにお披露目しないとならないので、いいコンサートをするのは難しいのですが、この日はとても満足できるコンサートでした。

はじめてフォクロルの、彼にしか出来ない、ものすごく良い演奏というものを聴いた気がします。このオルガンのフルートストップ(合わせると4つある)のための新曲もあり、きっとオルガンにインスパイアされるものがあったのだと思います。

全体に、室内楽のような細やかな音色の変化がいろいろ楽しめました。ジルバーマンやハンブルグのブクステフーデのオルガン、シュニットガーの楽器が、プリンシパル16’と8’を土台にしたPlenum(オルガン的な、とても大きい音の組み合わせ)の様々な音色の可能性を追求していたのに比べ、このような8フィートからいろいろあるオルガンはやはり古典派の時代の到来を思わされます。

タイトルに、バッハが夢見たオルガン、とありましたが、バッハにとっていままでにない、憧れの時代を先取りした、というような意味の、夢のオルガンなのだと思います。アルテンブルグのトロストオルガンも、バロックオルガンではあり得ないぐらい、8フィートが充実していて、リード系のストップはちょうどPlenumのてっぺんに冠することもできるし(つまりまわりとも良く混ざり、自分だけ飛び出さない)、一本でソロとして使っても十分音色が豊かであるという意味で、当時最新のモデルだったわけですが、このトマのオルガンはとにかく音がクリアなのに固くなく、鍵盤のメカニカルアクションも弾きやすいのか、実際のバイオリン、フルート、チェロなどを彷彿とさせる瞬間がありました。

以下がプログラムです。

1,若き日のバッハと、中央ドイツのオルガン伝統
*George Muffat (1653-1704) / Toccata Prima(1690)
*J.S.Bach (1685-1750) / "Ein feste Burg ist unser Gott" BWV 720
*Johann Pachelbel (1653-1706) / Ciaconna in d
*J.S.Bach / Partite diverse sopra "Sei gegrüsset, Jesu gütig"BWV768

2,世界初演ーバロックオルガンとの出会いによせて
*Bernard Foccroulle (1963-) / Ornamented Flutes

3,バッハとブクステフーデの遺産
*Dietrich Buxtehude (1637-1707) / Praeludium in D, Buxwv139
*Dietrich Buxtehude / "Nun bitten wir den heiligen Geist", Buxwv208
*Dietrich Buxtehude / "Wie schön leuchtet der Morgenstern", Buxwv223
*J.S.Bach / "Christ, unser Herr, zum Jordan kam""BWV684
*J.S.Bach / Passacaglia con Thema fugatum in c, BWV582

最後の曲はいつもの有名なパッサカリアの“原題”かと思いますが、ことさらにヴァリエーションごとにレジストレーション変化をつけてオルガンを聴かせる目的なので、このように明記して、フーガまで大きなクレシェンドになる方法をとっていました。普段はフォクロルは最初から最後までPlenumで演奏することが多いので、パッサカリアにはいろいろな可能性がやはりある、ということでしょう。

わたしが一番幸せだったのは...もちろん大好きなSei gegrüsset。
もともと予告になかった曲だったので、600キロドライブして聴きに来たかいがあった!と喜んでしまいました。


ところで、同行した娘はブクステフーデのプレリュードがじゃじゃじゃーん!と華麗に始まったあたりから爆睡。パッサカリアのフーガの最後のコードが消えた時に目を覚ましていました。やはりPlenumには弱い。本人がオルガニストになったらこれはかなり困る習性と思われるのですが、なにしろコンサートに連れて来た親が悪い、という風にそばに座っている人たちに白い目で見られます。

この日は視線を感じなかったな、と思いながら、コンサート後に見回すと、後ろの席に座っていたふたりは盲目のオルガニストでした。演奏会の前に聴こえていた会話から、オルガニストということはわかっていたのですが、その若い方の人は、1989年にサン・ドニのマリー・クレール・アランの講習会に来ていた男の子で、わたしはその後一度も会っていなかったのにとてもはっきり当時のことを思い出して、びっくりしました。そのころはフランス語をひとことも話せず、彼と会話したことがなかったので、挨拶をする勇気こそ出なかったけれど、いろいろなオルガニストたちの出会い、古と今の出会う機会を与えてくれる、新しい楽器が生まれた瞬間に同席できて幸せだな、と思ったのでした。