その言葉に、魔女も満足そうに頷いた。
陸は、それを見て悟る。本当に、別れの時が来た事。
けれど、もう思い残すことはなかった。空に気持ちを受け取って貰えて満足だ。そう思えることは、この時の陸にとってどんなに大きく、有り難い感情だっただろう。
「空姫」
二人を見て小さな笑みを零し、魔女が言った。
空は涙を拭うと顔を上げ。
「はい」
と、笑顔で小さな返事をする。
その仕草は、とても愛らしかった。幸せに満ちた者の笑顔。それは彼女の、今までで一番の笑顔だった。
魔女は小さく頷き、いつになく優しい声で空に問いかける。
「貴女はいついかなる時も陸と共に助け合い、共に幸福を分かち合い」
何処までも優しいその声は、頬を撫でる風のように緩やかで。穏やかに二人を通り過ぎていく。
そのせいか、それとも意外性のせいか。陸は魔女が何を言っているのか、すぐには理解出来なかった。ただ、僅かな違和感に一度瞬きをしただけ。
「彼を強く想い続け、これから共に歩む事を誓いますか?」
・・・え?
最後のその言葉に、今度こそ陸の目が驚きに大きく見開かれた。そして、答えを求める様に魔女を見上げる。
魔女は優しい声で続きを口にした。その視線は空に注がれている。空はじっとその言葉を聞いていた。
「辛い時も苦しい時も共に乗り越え、彼の為にその笑顔を絶やさぬ事を誓いますか?」
「・・・な・・・」
陸が思わずそんな声を発す。そして空に視線を移した。空は顔を上げ、大きく頷いて言う。
「はい。誓います」
「・・・」
陸はその空を見て、そして魔女を見上げた。その陸の視線を、魔女は受け取らない。空に向かって彼女は満足げに頷き、尚優しく言葉を紡いだ。
「貴女は、彼から祝福と愛を受け取りました。彼の為に幸せであるように。彼の為に、いつも笑顔であるように」
空がもう一度大きく頷き、笑顔で陸の方を振り返った。そして魔女の言葉にハッキリと答える。
「はい」
「・・・」
陸はその笑顔に、何も答えられない。ただ、目を丸くして空を見ていた。
その陸を、小突くような魔女の声が聞こえてくる。
「何、ボーッとしてるんだか」
魔女はそう言って、気を抜くようにピンと伸ばしていた背筋を曲げて祭壇の上で頬杖をついた。
その声に、陸がやっと反応した。
「これ・・・」
魔女の方を見上げると、何かを言いかけた。が、続きの言葉は出てこない。魔女はそんな陸を見て、ニヤニヤ笑いながら言う。
「国王がね、あんた程一途に姫のことを思っている男がいると、他に姫を任せる男が思いつかないってさ」
「・・・国王?」
陸は呆けたまま、その言葉を繰り返す。どうやらハッキリとは、まだ現状を理解していないようだ。
「大事にしなさいよ。ま、言うまでもないだろうけどね」
それが気にくわなかったのか、魔女は人差し指を陸に向けると、ちょっと動かした。空の方に。
「と、とと・・・」
陸は背を押される力を受け、つんのめるように一歩、空に近付く。
その腕の中に空がいた。
「そ、空・・・」
その言葉に、空は幸せそうに微笑む。そして、ゆっくりと身を寄せた。
「これから・・・」
軽くてふわふわとした空の感触。それが、触れる。
「どうぞ宜しくお願いします」
そう言って、陸を抱き締める。そこで、やっと陸は理解したようだ。
つまり、これが自分と空の結婚式だったことを。
「・・・え?」
陸も思わず、支えるように空の肩を抱いた。そして魔女を見上げる。
魔女は楽しそうに笑ったまま、また陸を指さした。そして鍵盤でもを叩くように動かす。
その瞬間、陸の服が礼服に変わった。やはり、そうらしい。これは自分の結婚式、なのだ。
でもそんな事、にわかには信じられない。陸は思わず言葉を漏らした。
「・・・嘘」
「嘘じゃないぞ。嘘だった方が良かったか?」
「そ、そんな訳・・・」
ないけど・・・。と言ったものの、まだ戸惑った様子の陸に、魔女はとうとう呆れた表情で言った。
「お前、いい加減にしろよ?」
「え? な・・・」
何が。と言いかけた陸に、魔女は遠慮のない口調でこんな事を言う。
「誰のせいで、こんな回りくどい事になったと思ってるんだ? お前のせいだろ」
「お、俺のせいって、何で・・・」
「じゃあ、もし国王に空姫をどう思っているか問われたら正直に答えたか? 空姫が好きですって、素直に言えたか? 言えないだろ。この石頭」
「・・・」
その単刀直入な言い方に、陸は言葉も出ない。
「空姫の幸せを願うのも結構だが、そんなに好きならお前が幸せにしてやれ。お前が一番、空姫の事を好きなんだろうが」
身も蓋もない。
が、はっきりそう言われて陸は否定も出来ない。
しかし、それでもまだ受け入れきれない陸に、魔女はため息混じりに呟く。最後のひと押しに、こんな言葉を。
「空姫もそれを望んでいるのに、何がそんなにお困りかねぇ」
その言葉に、空がゆっくりと離れた。そして真っ直ぐに陸を見上げる。
「・・・う・・・」
そう言われると、急に抑えていた気持ちが大きくなり始めた。目の前にいるのは大好きな空。そして彼女は自分の気持ちを受け止めてくれたのだ。その抱えきれない程の幸せと彼女の笑顔が、陸の全てを包んでいく。
「・・・ほ・・・本当にいいの?」
陸は空の肩に手を置いて、空の目を見て言った。
久し振りに、彼女の目を見た。
でも初めて、こんな風に。
空は照れたように笑って、小さく頷く。そして、陸にキスをせがむように目を閉じた。
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陸は、それを見て悟る。本当に、別れの時が来た事。
けれど、もう思い残すことはなかった。空に気持ちを受け取って貰えて満足だ。そう思えることは、この時の陸にとってどんなに大きく、有り難い感情だっただろう。
「空姫」
二人を見て小さな笑みを零し、魔女が言った。
空は涙を拭うと顔を上げ。
「はい」
と、笑顔で小さな返事をする。
その仕草は、とても愛らしかった。幸せに満ちた者の笑顔。それは彼女の、今までで一番の笑顔だった。
魔女は小さく頷き、いつになく優しい声で空に問いかける。
「貴女はいついかなる時も陸と共に助け合い、共に幸福を分かち合い」
何処までも優しいその声は、頬を撫でる風のように緩やかで。穏やかに二人を通り過ぎていく。
そのせいか、それとも意外性のせいか。陸は魔女が何を言っているのか、すぐには理解出来なかった。ただ、僅かな違和感に一度瞬きをしただけ。
「彼を強く想い続け、これから共に歩む事を誓いますか?」
・・・え?
最後のその言葉に、今度こそ陸の目が驚きに大きく見開かれた。そして、答えを求める様に魔女を見上げる。
魔女は優しい声で続きを口にした。その視線は空に注がれている。空はじっとその言葉を聞いていた。
「辛い時も苦しい時も共に乗り越え、彼の為にその笑顔を絶やさぬ事を誓いますか?」
「・・・な・・・」
陸が思わずそんな声を発す。そして空に視線を移した。空は顔を上げ、大きく頷いて言う。
「はい。誓います」
「・・・」
陸はその空を見て、そして魔女を見上げた。その陸の視線を、魔女は受け取らない。空に向かって彼女は満足げに頷き、尚優しく言葉を紡いだ。
「貴女は、彼から祝福と愛を受け取りました。彼の為に幸せであるように。彼の為に、いつも笑顔であるように」
空がもう一度大きく頷き、笑顔で陸の方を振り返った。そして魔女の言葉にハッキリと答える。
「はい」
「・・・」
陸はその笑顔に、何も答えられない。ただ、目を丸くして空を見ていた。
その陸を、小突くような魔女の声が聞こえてくる。
「何、ボーッとしてるんだか」
魔女はそう言って、気を抜くようにピンと伸ばしていた背筋を曲げて祭壇の上で頬杖をついた。
その声に、陸がやっと反応した。
「これ・・・」
魔女の方を見上げると、何かを言いかけた。が、続きの言葉は出てこない。魔女はそんな陸を見て、ニヤニヤ笑いながら言う。
「国王がね、あんた程一途に姫のことを思っている男がいると、他に姫を任せる男が思いつかないってさ」
「・・・国王?」
陸は呆けたまま、その言葉を繰り返す。どうやらハッキリとは、まだ現状を理解していないようだ。
「大事にしなさいよ。ま、言うまでもないだろうけどね」
それが気にくわなかったのか、魔女は人差し指を陸に向けると、ちょっと動かした。空の方に。
「と、とと・・・」
陸は背を押される力を受け、つんのめるように一歩、空に近付く。
その腕の中に空がいた。
「そ、空・・・」
その言葉に、空は幸せそうに微笑む。そして、ゆっくりと身を寄せた。
「これから・・・」
軽くてふわふわとした空の感触。それが、触れる。
「どうぞ宜しくお願いします」
そう言って、陸を抱き締める。そこで、やっと陸は理解したようだ。
つまり、これが自分と空の結婚式だったことを。
「・・・え?」
陸も思わず、支えるように空の肩を抱いた。そして魔女を見上げる。
魔女は楽しそうに笑ったまま、また陸を指さした。そして鍵盤でもを叩くように動かす。
その瞬間、陸の服が礼服に変わった。やはり、そうらしい。これは自分の結婚式、なのだ。
でもそんな事、にわかには信じられない。陸は思わず言葉を漏らした。
「・・・嘘」
「嘘じゃないぞ。嘘だった方が良かったか?」
「そ、そんな訳・・・」
ないけど・・・。と言ったものの、まだ戸惑った様子の陸に、魔女はとうとう呆れた表情で言った。
「お前、いい加減にしろよ?」
「え? な・・・」
何が。と言いかけた陸に、魔女は遠慮のない口調でこんな事を言う。
「誰のせいで、こんな回りくどい事になったと思ってるんだ? お前のせいだろ」
「お、俺のせいって、何で・・・」
「じゃあ、もし国王に空姫をどう思っているか問われたら正直に答えたか? 空姫が好きですって、素直に言えたか? 言えないだろ。この石頭」
「・・・」
その単刀直入な言い方に、陸は言葉も出ない。
「空姫の幸せを願うのも結構だが、そんなに好きならお前が幸せにしてやれ。お前が一番、空姫の事を好きなんだろうが」
身も蓋もない。
が、はっきりそう言われて陸は否定も出来ない。
しかし、それでもまだ受け入れきれない陸に、魔女はため息混じりに呟く。最後のひと押しに、こんな言葉を。
「空姫もそれを望んでいるのに、何がそんなにお困りかねぇ」
その言葉に、空がゆっくりと離れた。そして真っ直ぐに陸を見上げる。
「・・・う・・・」
そう言われると、急に抑えていた気持ちが大きくなり始めた。目の前にいるのは大好きな空。そして彼女は自分の気持ちを受け止めてくれたのだ。その抱えきれない程の幸せと彼女の笑顔が、陸の全てを包んでいく。
「・・・ほ・・・本当にいいの?」
陸は空の肩に手を置いて、空の目を見て言った。
久し振りに、彼女の目を見た。
でも初めて、こんな風に。
空は照れたように笑って、小さく頷く。そして、陸にキスをせがむように目を閉じた。
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