見出し画像

続・シーガイア100倍!!

出てきたアルバム②(大阪→熊本)

前回は新潟・酒田にお出かけした手作りアルバムでしたが、今回はどうでしょう。


今回はですね。。。青春のびのび18きっぷ(現 青春18きっぷ 価格10,000円時代)を利用しまして大阪から熊本へ行くというストーリーでございます。新潟・酒田のアルバムから遡る事5年。昭和58年8月の出来事でした。
この切符は1982年(昭和57年)からの発売ですからその翌年には利用していたんですね~

早朝4:55大阪駅。 西明石行きの103系で出発(5:00)しました。この時点で既に懐かしい。。。。


貨物列車に抜かされたり、「明星4号」や「なは」とすれ違ったなどと、興奮気味に書いておりました(*ノωノ)


西明石からは岡山行113系。なんとか座れたんですね。


岡山に着いたら、乗ってきた車両はそのまま三原行きに。当時はこのパターン結構あったんだよね。
列車番号は変わるけど、車両はそのままってやつ。


見て~  先日紹介したセノハチの補機。短命に終わったEF61(200番台)



でね。↑の駅。よーく見てみると「向洋駅」なんですよ。
ええ。広島M社の最寄り駅。
まさか30年後、この駅を利用して通勤するなんて、、、当たり前ですが思ってもいませんでした。

びっくりした~

EF59にも出会えました!!


広島で小休止。路面電車を見たりして・・・


さらに西へ!!右下の写真は柳井大橋。


165系の普通列車と出会ったり・・・そして小郡(現 新山口駅)へ。
列車はそのまま下関行に!


晩ごはんを購入。ここまでパンとかで我慢してたと思う。


うわ~ 駅弁にも小郡の名前が・・・そして、、国鉄。


本州西の端「下関」で待っていたのは・・・・


見て~ 当時はこれが通常の色だったんだよ。


19:43博多着。この車両も博多に着いたらそのまま佐世保行になったのでした。案外乗り換え少ない!?


なぜ佐世保行きに乗るのか?

2つ理由があります
①当日中に目的地に到達できない(熊本駅なら可能だったのだけど、、、)
②普通列車「ながさき」の利用が可能だったこと(今ならホテルに泊まってますね)

そして23時。佐世保駅に着いたのでした。
普通列車「ながさき号」の佐世保発は0:30。長崎から大村線を経由してやってくる「ながさき号」(長崎編成)と早岐駅で連結となるのです。


早岐駅では1時間12分停車とあります(0:43~1:55)時間調整も兼ねてますね。


翌朝、博多駅に到着した「ながさき号」


20系+12系急行「かいもん」や「あかつき3号」と出会いました。なんて贅沢な時代でしょう。


熊本駅までの最後の乗り換えは457系の普通列車。しかもグリーン車が普通車として利用できたと書いてあります。


熊本駅に到着。ここで見たのは・・・



なんと!キハ25。キハ20系の片側運転台になってる形式ですね。


これ鹿児島本線下りの列車です。3両か4両か。。。そんな感じだったと思います。
架線下のDCですが、肥薩線や山野線、宮之城線などがありましたから共通運用だったのでしょうね。

この先、目的地までちゃんと書いてありまして
所要時間約30時間。乗り換えは実質7回と記録されておりました。


これは、しかし、、、今見ると凄いですね。・・・としかいいようがない。
記録に残しておいて良かったと思います。


書いてないけど、車内で出会った女子達とおしゃべりしたり、写真撮らせてもらったり
今やったら通報されそうだけど、、、(;・∀・)
あっというまの山陽路だったのでした。それだけはよく記憶しております。

またなんか出てきたら報告しますね~(@^^)/~~~

コメント一覧

ケント
ガッキー賢さん
こんにちは。コメントありがとうございます‼️
色も形も全て懐かしいものでしたね😆
湘南色の割りと長い編成が下関まで行ってたんですもんね。九州色も新鮮です。
寝台車を連結した普通列車「ながさき」に乗れたのは良かったですが、大村線を経由して長崎に行く下り列車に乗ってみたかったです。
当時は他にも「山陰」「はやたま」「からまつ」などがありましたね。

向洋駅をご存知だったのですね😮
駅前、、、M社側は小さなロータリーと数件のお店しかなかったと記憶しています。
通りに出ると直ぐに本社が見えましたね。
こちらも懐かしい😁

今後とも益々よろしくお願いいたします‼️
ガッキー賢
こんにちは!
ケントさんのアルバムはとても貴重で純粋だった子供の頃を思い出します。今回も山陽、九州で少年時代に私が接した多数の車両が登場して懐かしいです。
向洋駅が出てましたね。
数十年前にM社へ出張に行ったことがありますが、残念ながら、その時は向洋駅前のスナックで飲んで向洋駅前の旅館に泊まったぐらいの記憶しか残っていないのが残念です。
今回も貴重なお写真をありがとうございました。
miyazaki_seagaia100
きじとらさん。
確かに。このアルバムの中に「疲れ」は全くないですね。
そんな記憶もありませんし。
今やったら大変なことになりそう。。。2、3日は寝込んじゃう!?

そして、仰る通り最も鉄道好きだった時代ですね。
このあと車の免許取って車を買った後は少し冷めてましたもん。最近はまた鉄道熱が凄いことになってますけどね。
そして、いま改めて見ると愛読書だった「鉄道ジャーナル」の影響を多分に受けてるんですね~ってのがよくわかります。

体験を買って楽しめるのは幸せなことですね。
きじとら
ん~、この続編は『凄い』の一言に尽きますね!(@_@)
距離・旅程・体力、その時だからこそ、成し得た行動の証。
写真の豊富さと、希少性もピカイチ。
加えて記述が、かなりプロ感入っているのがイイですね~。
ケントさんが当時、ノッていた時期だったんでしょうね?
体験を買う←これを一貫して続けている点は、唯一(失礼だろう!)尊敬出来ます。
名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

※ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最近の「📷旅の記録」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事