フィールドからの手紙

様々なフィールド(=現場)において、気づいたことや驚いたことなどを綴っていきたいと思います。

ブータンの伝統医療

2013-12-29 12:19:43 | 日記
私の勤務する星槎大学は、保育園・幼稚園から中高、大学院、各種教育関連事業やNPOを擁した星槎グループの一員ですが、星槎グループの会長である宮澤保夫氏は、ブータン王国と20年以上前から交流があります。その関係で、ブータン唯一の私立大学であるロイヤル・ティンプー・カレッジ(Royal Thimpu College:RTC)と星槎大学は姉妹校となり、毎年交換留学が行われています。私もブータンへは、2012年5月、9月、2013年3月と3回訪れていて、そのうち2回は学生さんたちを引率した「共生フィールドトリップinブータン」と題した短期留学でした。

ブータンでは色々なところに行って、様々な体験をしましたが、今回は伝統医療院(Institute of Traditional Medicine)を訪ね、関係者にインタビューをしたブータンの伝統医療についてお話しします。

ブータンの伝統医療は、17世紀初頭にチベットの医師によってもたらされたと言われています。これは、チベット仏教の思想や哲学に基づいた医療です。

診察のプロセスとしては、まずは患者の話を聴いてどこが不調の原因なのかを探り、食生活や生活態度を改めるようアドバイスがされます。それでも良くならなかった場合には、薬(=薬草)で治療します。ブータンは山の中の国というイメージがありますが、南部はインド平原に接していてそれほど高くなく海抜は97メートルです。一方で高いところはチベット高原に接しており、7,570メートルにも及びます。この様な高低差のある地形の恩恵で、ブータンにはバラエティに富んだ植生があり、「薬草の宝庫」となっているのです。そして薬草でも良くならなかった時は、さらに侵襲的な介入(=お灸、鍼灸、瀉血など)をします。ブータンの伝統医療の思想は、伝統医療院の入り口に掲げられた曼荼羅の中にも読み取ることができます。

伝統医療の医師へのインタビューでは、伝統医療においては、医師による治療的介入だけが重視されるのではなく、患者と他者との人的関係がその人の健康に大きな影響を与えるという思想が中心に貫かれていることが語られました。また、家族や近しい人との絆、安心して暮らせる環境、助け合い支え合う関係があること、そして生活の中に根付くすべての生き物を尊重する仏教の教えが、人々の心身の健康を守っていることが理解されました。

ブータンは、「国民総幸福量(Gross National Happiness:GNH)という概念で国づくりを行っていて、政治や教育もGNHを基に運営されています。このGNHは国民の行動規範ともなっており、医療も例外ではありません。ブータンの医療行政の特徴は、現代医療(西洋医療)と伝統医療とが対等な位置づけにあることです。双方とも保健省の管轄で、どちらを受診しても患者は無料で医療を受けられる仕組みになっています。

ブータンには現代医療の医学校はないので、医師になるにはインドやイギリスなどに留学することになっています。しかし医師養成が始まり、数年後にはブータンで育った現代医療の医師が誕生します。ちなみに看護の学校はいくつかあり、国内で看護教育を納めることができますが、やはりインドやタイに留学して看護資格を取る人も少なくありません。

現代医療においては、高度化し複雑化した知識と技術の恩恵がある一方で、専門化が極端に進む弊害も指摘されています。そして、統合医療、医食(農)同源、全人的医療といった概念が、それに代わるものとして提示され、伝統医療や代替医療と言われる実践として表れています。こうした概念や実践は、体の部分や臓器だけを見るのではなく、人を包括的に見ようとし、人と人との関わりを重視する医療と捉えられます。そしてこれは、「共生」の概念と実践と極めて近いと考えられます。
ブータンの伝統医療の思想と実践は、従来チベット仏教の影響を受けつつ継承されてきましたが、近年、国民総幸福量(GNH)の概念も導入して発展してきています。ブータンにおける伝統医療の位置づけをみることで、伝統医療に現代医療を補完する示唆を与えうる共生の思想と実践との関連が見出せるのではないかと思いました。