あたし、池田麻里奈よ。
今あたしは日本に来てるの。もちろんシャルルと一緒よ。お忍びでねっ。
京都にも足を伸ばそうってことになって、下鴨神社に行くの。
シャルルのいつものウンチクによると、正式には賀茂御祖(かもみおや)神社っていうんだって。
あたしも行ったことないから楽しみっ。うふっ。
あたしのお目当ては縁結びで有名な相生社。なんか霊験あらたかなご神木があるらしいのよ。
「ここね!」
あたしは運転手さんにドアを開けてもらい、車から降りると神社の入り口を見上げた。
木が多いなぁって印象。すごく鬱蒼とした森があるのね。
「あっ!」
あたしは神社の前に出ていた看板に釘付けになった。
「やき餅ですって! シャルル、あたし、食べたい!」
思わず叫んじゃった。
「そういう所だけは目ざといね、君は。お参りもまだだっていうのに、いきなり食べ物か」
あきれたような顔をしてシャルルがちらっとこちらに冷たい視線を流した。
あ、イヤミね! でも負けないわよ。
「先だって後だって同じじゃない! ね、シャルル、お願い!」
あたしが胸の前で両手を合わせてメヂカラで訴えかけると、彼はため息をついてしぶしぶうなずき、
「しかたないな……わかったよ」って言ってくれた。
あたしは喜び勇んで、「こっちよ!」って叫びながらシャルルの手首を引っぱった。
「おい、そんなに引っぱるなよ。袖がシワになるだろう」
「細かいことにこだわる男は出世しないわよ!」
あたしが言い返すと黙ってしまった。あら、あたしシャルルに勝っちゃった?
ふっふっふっ。
あたしが一人ほくそえんでいると、いつのまにかお店の前に着いていて、あたしはもうすっかりそんなこと忘れてしまったの。
あたしが期待を込めた目でシャルルを見上げると、しぶしぶといった感じで買ってくれたんだけど……。
「念のため言っておくが、食べるのは後だぞ。ホテルに帰ってからだ」
こ、この性悪男っ! 善良なあたしをだましたわねっ!
あたしはあたしを冷ややかに見下ろす眉目秀麗な顔をキッとにらみ上げ、猛然と抗議した。
「えーーー! そんな、話が違うじゃない! シャルルのケチ! そんなに時間がかかるモンでもないんだし、今ココで食べたい! ね、いいでしょっ?」
「…………」
「もー、わかったわよ! 目いっぱい譲って、一コだけ! 一コだけならいいでしょっ?」
あたしがなおも食い下がると、シャルルは深いため息をついた。
「好きにしろ」
やったっ!
あたしはウキウキしてやき餅の包みの一つをガサガサと音をさせながら取り出した。
「オレは本当に君に甘いな……」
小さな声でなんかつぶやきが聞こえたような気がして、あたしは早速やき餅にかぶりつきながら、
「何か言った?」って聞いてみたの。
きゃっ、おいしっ!
あんこってやっぱりおいしいわね!
京都はやっぱり和菓子の本場だわぁ。
あっという間にペロッと食べちゃった。あっさりしててこれなら何個でもいけそうっ。
そんなあたしを見て、彼は軽くかぶりを振った。
あたしがキョトンとしていると、
「さ、もういいだろ。行くぞ」
そう言ってさっさと歩き出した。
「あっ、ちょっと待ってよ!」
あたしはすらりとした後ろ姿を追ってあわてて駆け出したの。
今日のあたしはパステルピンクのボウタイブラウスにひざ下ほんの少しだけ長めのオフホワイトのスカート。
シャルルいわく、「このクラシカルなスタイルがこの秋冬の流行だ!」ってことらしいんだけど……正直あたしにはよくわかんない。着れれば何でもいいと思うんだけど、これじゃ女の子としてダメかしらね。
隣のシャルルに目をやると、チャコールグレイのツイードジャケットにさりげなく差し色のパープルのチーフを挿して、ブラックのパンツ。インナーは雪のような白いタートルネックのセーター。
これがまた似合うのなんのって! もう憎らしいほど。
シンプルなスタイルにもかかわらず、いえ、だからこそかしらっ?
仕立ての良さがわかる装いがシャルルの彫刻のような均整の取れた体のラインに沿って完璧な美を作り出していたの。
あたしたちが境内に足を踏み入れると、多くの参拝客でにぎわっていたのだけれど、中にはシャルルを見てびっくりして立ちすくむ人までいて、あたりはたちまち異様な雰囲気に包まれた。
そりゃそうよね、どこから見たってパリコレのモデルも裸足で逃げ出しちゃうほどの美目麗しさだもの。
あたしは彼を仰ぎ見たけれど、彼は慣れてしまっているのか超然としていて、そのいついかなる時でも存在感を放つ物憂げな美貌はさすがというしかなかった。
「へぇ、けっこう広いし、糺(ただす)の森って森まであるのね! りっぱな神社ね」
あたしはちょっと感心しながらシャルルに話しかけた。
「世界遺産だからな」
隣を歩くシャルルがこともなげに言った。
「えっ、そうなの?」
「そんなの常識だぞ。君は本当に日本人か」
なーんですって!
「あら、失礼ね、あたしはバリバリの生粋の日本人よ! フランス人のくせに何でも知ってるあんたの方がよっぽどヒジョーシキだわ!」
あたしは苦し紛れに叫んだ。我ながらメチャクチャだと思うけどっ。
「ほう、頼もしい。なら当然手の洗い方もわかるんだろうな。バリバリの日本人のマリナちゃん」
シャルルはそう言って皮肉っぽくあたしを斜めに見下ろした。
「当たり前でしょ!」
全くあたしを何だと思ってるのかしら。手ぐらい洗えるわよ。
あたしが柄杓を両手でガシッとわしづかみにすると、シャルルは肩をすくめ、あきれたようにあたしを見た。
「おい、それでよく大きなことが言えたもんだな」
「何よ、どこがいけないってゆーのよ!」
あたしは口をとがらせた。もー、いちいちうるさいんだから!
ふくれっ面になったあたしを見て、シャルルは意外にも、
「もういい。教えてやるから、一緒にやってみろ」
言って柄杓をあたしに差し出した。
「柄杓で水をすくってまず左手を洗うんだ。それから柄杓を持ち替えて右手を洗う。そうだ。それからもう一度柄杓を右手に持って左の手のひらに柄杓の水を受けて、その水で口をすすぐんだ。すすぎ終わったら今使った左手も洗う。おっと、最後に柄を洗うのを忘れるんじゃないぜ。柄杓に水を入れて、こう縦にするんだ。……よし」
そう言って一緒にやってくれながら丁寧に教えてくれたの。
あたしはハンカチで手を拭きながら、ちらっとシャルルの整った横顔を盗み見た。
それに気づいた彼が「何だ?」って聞いてきたけど、意外に優しいと思ったなんて口が裂けても教えてやらないんだから! ふーんだ。
あたしたちは白い砂利を踏みしめながら奥へと足を進めた。
「思ったより若い人が多いのね」
境内にはたくさんの観光客らしき人や修学旅行生などがいた。
中でも華やかに着飾った人たちの集団がひときわ目を引いたの。
よく見ると白無垢の花嫁さんに五つ紋付羽織袴の花婿さん、親族らしき人、留袖の婦人やあでやかな振袖姿の娘さんたちだった。
今日は土曜日だし、神社なんだもの、結婚式くらい挙げてたって不思議じゃないわ、
でもね、あたしが驚いたのは、新郎がとってもカッコいい白人男性だったこと!
白無垢の清楚でとてもきれいな花嫁さんは日本の人みたい。
どおりで、出席者が外国の人が多いなぁと思ったわ。あ、あの少し年配の外国人男性はきっと新郎のお父さんよね。
その一集団は大きな赤い番傘を新婦に差しかける巫女さんに導かれて、本殿の方へと進んで行った。
あたしは興味を引かれ、シャルルを見上げて言ったの。
「ね、あたしたちも行ってみない?」
「行きたいのか?」
「うん!」
「仰せのままに」
シャルルはうっとりするような微笑を浮かべてあたしの手を取った。
あたしたちはその幸せオーラを振りまく一団の後を手をつないで少し離れてついて行った。
彼らは吸い込まれるように本殿脇の建物に入っていき、しばらくすると祝詞とお神楽が聞こえてきた。
あたしは雅楽とかって今までそんなに興味もなかったんだけど、こんな神聖な場所で聞くお神楽がとても厳かに思えて何だか感動してしまった。
あたしが黙っていると、横にいたシャルルがあたしの頭にポンと手を乗せて聞いてきたの。
「君も神前結婚式がしたいとか?」
「えっ?」
突然聞かれてあたしは戸惑った。だって考えてみたこともなかったんだもの。
「女の子だったらどんな結婚式がしたいとかって普通考えるものじゃないか? 君は考えたことないの?」
あたしを探るような目つきで見つめながらシャルルは尋ねた。
「うーん、どうかな……」
あたしはちょっと考えながら言った。
「形式とかってあんまり関係ない気がするわ。やっぱり中身とか二人の気持ちが大事なんじゃないかしら。あと来てくれる人たちがいかに喜んでくれるかだと思うな」
「やっぱり君って変わってる」
そう言って美しい目元に笑みをにじませたシャルルから急に甘やかな空気が流れ出し、あたしは内心アタフタしてしまった。
こんなとこでいきなりムード出さないで! 流されたらどーすんのっ!
一人赤くなるあたしをよそに、シャルルは穏やかな表情で静かにお神楽に耳を傾けていた。
「二拝二拍手一拝だぞ」
「もー、わかってるってばっ!」
込み合う本殿の前でまでシャルルはいちいちあたしの作法にケチをつけた。ここは特に参拝客でごった返している所。
彼はそれでなくてもその人並みはずれた容貌で明らかに目立ってるのに、こんな場所で騒いでたら余計に目立つでしょーが、シャルルのバカ!
本殿から出てまっすぐに白い砂利を踏みしめながら進む。大きな朱色の楼門を抜けてすぐの所にそのお社はあった。小さなお社なのに、とにかく若い人でいっぱい!
あたしはガイドブックに出ていたタイトルを思い出した。“恋のパワースポット”。
『えんむすびの神 相生社』と書いた小さな鳥居があり、ぐるりを朱の囲いで取り囲まれた木、そしてお社の周りにもたくさんの絵馬が奉納されていた。
ひっきりなしに若い女性たちが列をなしてお参りしている。カップルや中には男の人もいるわ。あたしは驚いてその行列を眺めた。
「京の七不思議 連理の賢木(れんりのさかき)、縁結びの御神木ね、ふぅん……」
シャルルは木の立て札を見ながら何かを考え込むようにつぶやいた。
「わぁ、見て見て! シャルル! 二本の木が途中から一本になってる! すごい! こんなの見たことないわ! 不思議ねー!」
あたしはびっくりして思わずシャルルの腕をバンバン叩いてしまった。
「へー、老木になって枯れたらまた糺の森のどこかに新しいのが生まれるんですって! なんか神秘のパワーを感じるわね。やっぱり京都は最強のパワースポットだわ! ね、シャルル!」
あたしが同意を求めて背の高い彼を見上げると、彼は腕を組んで、
「パワースポットね……オレに言わせりゃ、商業主義に踊らされてるね。日本の古代神話なんてみんなその手の伝説ばかりだろ」
なんと、フンといった感じで顔を背けたのっ。
もう、信じらんない!
「あんたねぇ、神社バカにしてんの!?」
あたしがムカッとして彼をにらむと、
「別にバカにはしてない。オレは客観的に実証できる事実しか信じないって言ったまでだ」
涼しい顔で言ってのけた。それから少しの間、口をつぐんでから、
「……でも縁結びや夫婦和合のシンボルか……それには大いに興味があるね……」
そうささやくような声が聞こえたかと思うといきなり腕を引っぱられてあたしは彼の広い胸の中に転がり込んだ。
……ひょっとして、抱きしめられてる?
彼のしなやかな両腕があたしの体を囲うのを感じて、あたしはギョッとして叫んだ。
「ちょ、ちょっと待って、人がいっぱいいるのよ! 放して!」
「イヤだね」
「!」
「オレは今ココで君を感じたいんだ。君だってさっきやき餅を今ココで食べたいってダダをこねたじゃないか。行儀の悪い君の行動は許されて、オレのはダメっていうその理由を、さぁ、聞かせてもらおうか、マリナちゃん!」
うっ、すごい迫力!
そう言われてしまってあたしはタジタジになった。確かに……返す言葉がないわね。
あたし、シャルルに口で勝ったなんてさっき思ったけど、大マチガイだったわ!
わーん、あたしの大バカ!
そう心の中であせりながら固まっていると、彼の静かな声が降ってきた。
「この木は縁結びのシンボルであると同時に夫婦和合のシンボルでもある。二本の木は別々に芽が出て、育った。でもある時から一本につながった。それは神のしたことかもしれないね。でも……」
そこで一旦置いて彼はあたしの目をのぞきこんだ。
「オレと君も全く違う場所で生まれ、生きてきた。でも恋に落ちて一緒に生きることを選んだ。そうだろ?」
あたしはうなずいた。
「オレたちもこの連理の賢木と同じだよ。一つになったらもう二度と離れない。ずっと一緒に生きていくんだ。枯れてもまた別の神域に生まれ変わるこの賢木みたいに。そうやってオレたちは永遠に共に生きていくんだ」
シャルルは熱っぽい光を浮かべた目であたしを見つめた。
「オレたちの愛も永遠に枯れない」
その時のシャルルの切実にあたしを求める瞳を、そしてこの瞬間を、あたしはきっと一生忘れないだろう。
あたしは感動して泣きそうになった。
あたしのことそんなふうに想ってくれるんだ、この不器用な愛し方しかできない、あたしの愛しい人は……。
あたし、彼のこと絶対幸せにしなくっちゃ。
そう、一緒に幸せになるのよ!
あたしはあふれそうになる涙をこらえて一生懸命笑顔で彼を見上げて言ったの。
「そうね。同じだわ。どこまでも一緒に生きていこうね!」
あたしが微笑むと彼も微笑んで、やっとあたしを解放してくれた。
あたしはシャルルには悪いんだけど、正直ホッとした。だってさっきから女の子たちのヒソヒソ声や黄色い悲鳴やらジェラシーの視線で痛いくらいだったんだもの。
そんなあたしを見てシャルルはいたずらっぽく笑った。
「本当は今ココで君にキスしたいけど、我慢するよ、ヤマトナデシコのマリナちゃん」
そう言って魅惑的にウィンクした。
とたんにあちこちであがる悲鳴っ。
あたしは真っ赤になって彼をにらみ、叩いてやろうとしたんだけど、サッとよけられた。
秋の暖かな日差しの中でシャルルのプラチナブロンドがパッと散ってあたりに光を振りまき、彼の全身を輝きで彩った。
「ちょっと待ちなさいよ、シャルル!」
あたしは、身を翻し大きなストライドで歩き出した彼の力強い背中に向かって叫んだ。
心の中でありがとうって言いながら、いっぱいの愛を込めて、ね。
Fin(?)
※実はこのお話にはまだまだまだ続きがあります!
この続きはみおのデジタル同人誌『Our Eternal Love~Eternal Love完結編~』、及び
『SWEET POISON』でお楽しみいただくことができます
そちらはガッツリR18なシーンも含まれる、充実した内容になっておりますので、そちらもどうぞよろしくお願いします
をご覧ください
【みおのあとがき】
『Sweet Poison』についで、シャルルとマリナの絆を深めたい!第二弾な感じで書きました。みおの二作目であり、思い出深い作品です^^
この『Eternal Love』は、時系列的には『Acceptance』の次に来るお話であり、続けてUPしました。あわせてお読みいただき、最高にハッピーなシャルルの気持ち、感じていただければ幸いです
マリナの両親に結婚の挨拶に来た帰りのふたりです
シャルル、表面上は平気な顔をしてますが、たぶんかなり舞い上がってると思います^^
忙しい人ですから、こんな機会でもなければ、滅多にゆっくり日本に旅行なんて来れないでしょうし、つかの間の休息ですね。
たぶんシャルルはカトリックだし、ランスの教会でって言ってたので、マリナちゃんの本音が気になり、探りを入れてます。
もしマリナが神前式を望むなら、教会式とは別にマリナのために時間を作って、マリナの親族と親しい人達(ジル、リューくん、ミシェル、ひとみ美少年ズ)だけ呼んで日本で神前式やってもいいと考えてます。シャルルはそこまで考えての「君も神前結婚式がしたくなった?それなら考えるよ」という問いかけだったんですが、ニブいマリナちゃんは気づいてないでしょう(笑)
マリナの望みなら何でも叶えてあげたい、それがシャルルの愛じゃないでしょうか?
トルソでもシャルルは「君はそれを望む?」ってマリナに聞いてましたね。
ちなみに”スズ”のプランスもそう考えてるみたいですよ(前お話した”あーん”の出てくる巻です、笑)
プランスも口では辛辣なことを言いながらも事あるごとにスズに知識を与えようとしてますし、「君はどうしたいんだ?」とまずスズの気持ちを大切にしています。その辺も踏まえて手の洗い方をマリナに教えるシャルルを描いてみました
シャルルもマリナも型破りな人達なので、常識でははかれません^^;
マリナもニブいですが、シャルルも自分に寄せられる好意にはうとい感じがして、そんな所も二人は似た者同士な気がします。
ともあれ、「形式は関係ない」というマリナの答えにシャルルは正直ほっとしているでしょう。まだ親族会議の件もあるし、万々歳で開放感に浸れないのが彼のつらい所です><
そのかわりホテルに帰るや否や…マリナちゃん、覚悟しといた方がいいよ~って感じです^^;当分放してもらえないのは必至ですね
相生社で二人は手を合わせていないのは、いっぱい人が見てるせいもありますが、何よりシャルルは早く二人っきりになりたかったんでしょうね^^
本当は人混みも苦手でしょうし、そこをあえてマリナが行きたいと言うから付き合ってるわけですから
シャルルは神様に何をお祈りしたんでしょうね…マリナとの幸せな未来かな?^^
読んでくれてありがとうございます!
みおでした♪