アイアンが指定したベンチからは埠頭が見えて、そこにはまぁまぁ大きいフェリーが停泊していた。
おっ船が見えるじゃん、と彼は声を上げた。
「メイサ、船乗ったことある?」
「ここで?ないわ」
「乗ったほうがいいよ!楽しいよ。俺もそんなに何度もないんだけどさ。
数年前に一回か二回くらいよ。
パーティーがあったの」
「ふーん」
「なかなか良いよ。今度一緒に乗ってみようよ、どう?」
へ?
私は内心キョトン顔だ。
あんた私と船に乗ってどうすんの?
車ならともかく船で何やら愛を営むのは無理なんじゃないか?
言ってるだけか?
私が黙っていると、彼は話し続けた。
アイアンはとにかくよく喋るのだ。
「天気がいい日なんか最高。
今日なんかいいよね。寒いかと思ったけどそうでもないし」
「そうね」
「君のコートいいね。めっちゃ暖かそう!」
「あなたコートは?そのニットだけ?」
「うん、コート無しよ。全然まだまだコートなくていいのよ。
俺グリーンのコート持ってんだけど、それがまためちゃくちゃ暖かいのよ。
それは真冬用。俺は12月までコート着ないよーん」
Wait, seriously?と私が怪訝な顔をしても、Sure!とヘラヘラしていた。
12月までコート着ないって、あんた大丈夫なの?
……はっはーん。
私は彼のお腹に手を回した。
「暖房がついてるからじゃないの?」
「ちょっやめて!触らないでホント」
「これコート?あなたの内臓を守ってるの?」
「そーだよ!俺守られまくってんの!ったく…」
とアイアンがちょっとブスッとしたので、私は満足げにニヤついた。
「船は、どうして乗ったの?」
「パーティーがあったんだよ」
「それは聞き取れたよ。何のパーティーだったのって聞いてるの」
「あぁ!いやー忘れちゃったな、俺呼ばれただけだから。
多分友達の友達の誕生日とかそんなんじゃない?(笑)」
「(笑)あなた船酔わないの?」
「俺大丈夫!乗り物酔いはないね」
「そっかぁ。実は私はあんまり得意じゃなくて。
飛行機とかはダメなんだよね」
「あーわかるわかる。
俺今は大丈夫だけどさ、子供の時とかバス乗るたびに気持ち悪くなってたよ。
だから全然わかるよ!」
アイアンはいつも、基本的にこんな感じだ。
否定的なことはほぼ言わない。
営業マンぽいっていうのかなー。
どうも薄っぺらく感じるのはネックだけど(笑)
私は埠頭の船を指した。
「でも、大きい船なら大丈夫だと思うの、そんなにその…」
「揺れないよね」
「そうそれ。それに、飛行機と違って新鮮な空気も吸えるし」
「だね。じゃぁ今度乗ってみようよ」
私は彼の方を向いた。
彼は首を傾げて、どう?と訊いた。
ニヤニヤしてなかった。
デートに誘ってるみたいだった。
「うん。乗ってみたい」
「オッケー、決まり。いいねいいね。」
「初めてだから嬉しいわ。あなた、私に初めてのことを沢山経験させるわね(笑)」
「そう?俺が?」
「うん。船でしょー、トイレでキスするでしょー、それからシャワ…」
「シーッシーッ!!大きな声で言わないで!!」
とアイアンは私の口を塞いだ。
私はケラケラと笑った。
アイアン、今でもこの時を思い出すと
私は笑顔になるよ。
続きます。
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