地面の目印 -エスワン-

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「物質は何からできているか」 を読む

2023-10-14 10:04:26 | 

著者:ハリー・クリフ
訳者:熊谷玲美
発行:柏書房 2023
原書名:How to Make  an Apple Pie from Scratch

 物質が何からできているかを、原子から始めてどんどん細かくその構成物質をたどっていく話。電子の発見、陽子の発見、中性子の発見、それらが核融合反応で元素を形成していくことが、発見者のストーリーを交え詳しく語られている。恒星内の核融合反応では鉄までしか生成できないということは他の書でも書かれているが、酸素、炭素、窒素などの生成過程が詳細に書かれているのをはじめてみた。話は、さらにクォーク、ニュートリノ、ヒッグス粒子など素粒子の標準モデルの話が分かりやすく展開され興味が尽きない。クォークの色というのは、強い力の作用にかかわるもので、電磁気力では+と‐しかないが、強い力では3種類(赤、緑、青)あり、それぞれの作用の説明にはなんだか少しわかったような気になった。
 著者はCERNのLHC(大型ハドロン衝突型加速器)でLHCbでの実験に携わる研究者で、LHCの話が全編を通じて語られている。加速器をどんどん大型にすることは、構成物資をさらにその構成物質が何かを求めていく要素還元主義に基づいているが、要素還元主義パラダイムは間違いであるという物理学者の話が出てくる。短い距離で起こっていることは、長い距離で起こっていることにとって重要でないというのである。「ニュートンは惑星の動きを解明するために、クォークについて知っている必要はなかった。」というある物理学者の言葉でそれが説明されていた。それでは、物質が何でできているのかをどう説明して行けばよいのか、還元主義に代わるパラダイムはどのようなものなのか、の話があればなおよかった。
 そのほか、本書には、ガモフらによるビッグバン理論、湯川博士の中間子、スーパーカミオカンデ、ヒッグス粒子発見、重力波検出など様々な話が理解しやすく(あるいは理解したと錯覚しやすく)語られており、大変面白かった。


「宇宙を解く唯一の科学 熱力学」 を読む

2023-02-03 10:00:37 | 

著者:ポール・セン
訳者:水谷淳
発行:河出書房新社 2021 
原書名:Einstein's Fridge, 2021

 熱力学なんてあまり面白くないなと思って手にとってみたが、読み始めてみると、なんとこの上なく面白かった。18世紀初頭からの熱力学の発展を説き始め(もっともその頃は熱力学という言葉はなかった)、最後はブラックホールが蒸発するというホーキング放射の話や、この世の実体は2次元であり我々が認識している3次元世界はホログラフィック原理で生み出された幻影にすぎない、というホログラフィック宇宙論の話まで書かれている。ホログラフィック宇宙論は名前は聞いたことがあり、馬鹿気た話だと思っていたが、いちおうの説明がなされており、そういうことなのかと、わからないながらも少し意味を理解したように感じた。
 本書のそこかしこに、氷河がなぜ動くのかなど、なるほどと思う話が書かれていて大変面白かった。


「時間は存在しない」 を読む

2022-11-14 17:29:15 | 

著者:カルロ・ロヴェッリ
訳者:冨永星
発行:NHK出版 2019 
原書名:L'ordine del tempo, 2017

 当然のように存在すると思っている「時間」が普通に考えられているようなかたちでは「存在しない」ことを丁寧に説明する衝撃的な本。アインシュタインの相対性理論により、統一的な時間は存在しないことは広く知られているが、著者によると「わたしたちが経験する時間に似たものはほぼないといえる。『時間』という特別な変数はなく、過去と未来に差はなく、時空もない。」そうだ。「この世界が時間のなかを流れるのが見える。」のは、わたしたちがこの世界を近似的に見る、この世界をぼやけた形でしかみえないことに量子の不確かさが加わって生じるらしい。
 相対性理論や量子力学の基本方程式では、過去と未来に差はないが、世界をぼんやりとみることからエントロピーの概念が生じ、そこから時間の感覚が生じるらしい。と言われても狐につままれたような気分であるが、この世界はものではなく、出来事からなる世界であり、「エントロピーの増大が過去と未来の差を生み出し、宇宙の展開を先導し、それによって過去の痕跡、残滓、記憶の存在が決まる」。この「記憶によってまとめられたこの世界の眺めがある」から「わたしたちが時間の『流れ』と呼ぶものが生まれる。」そうだ。
 そうすると、赤ん坊として生まれ、様々な学習や経験をして、やがて老いて死んでいく人間の一生とはなんなのか、、そもそも人間とは何なのかなどなど、普段あまり考えることもないが、本書を読んだことで、何かの拍子にそんな状況になったときに、新しい視点を与えてもらったような気がする
 著者は、「超ひも理論」と並んで量子論と重力理論を統合した「量子重力理論」の有力候補である「ループ量子重力理論」を主導する一人であるとのことである。超ひも理論については、啓蒙書でもお目にかかることはあるが、ループ量子重力理論についてやさしく解説した本があれば読みたくなってきた。


「ファーストスター 宇宙最初の星の光」 を読む

2022-10-03 14:31:49 | 

著者:エア・チャップマン
訳者:熊谷玲美
発行:河出書房新社 2022 
原書名:FIRST LIGHT: Switching on Stars at the Dawn of Time, 2021

 現在、自然界にある元素は原子番号1の水素から92のウランまで92種類あるが、ビッグバンの当初は水素とヘリウムしかなかった。そこから恒星が生まれ、その内部で核融合反応が起こる中で原子番号26の鉄までの元素が生成され、それが超新星爆発で宇宙空間にばらまかれ、次の世代の星が形成され、現在は第三世代の星まである。そうした星の爆発、形成を経て92種類の元素が生成されてきた。したがってカール・セ―ガンの言葉のように「私たちは星くずから作られた」のである。

 このような話は、どこかで読んだか聞いたかしていたので、当然、第一世代の星は発見されているものだと思っていた。ところが、そうではなかった。本書は、第一世代の星:ファーストスターを探すさまざま取り組みの最前線を詳細に紹介してくれる。前半は恒星のスペクトル解析や宇宙背景放射の話などふわっとした内容であったが、後半になればなるほど、どうしたらファーストスターにたどり着けるかの細かい内容になり、よくわからなかったが、ダークマターとの関連もあり、最初の星の光を探すことは単に発見のための試みでないことが分かった。

 本書の本筋とはあまり関係ないが、ラグランジュ点の話が面白かった。天体力学において三体問題は通常は解けないが、天体の重力がつり合い安定する場所が5つあり、L1からL5という名前がついている。2021年12月に打ち上げられたジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は、太陽と地球を結んだ線上で地球から太陽の反対側約150万kmのL2点に位置し赤外線で宇宙を観測するというのである。地球で太陽が隠されるため赤外線での観測にはうってつけの場所だそうである。ちなみに前身のハッブル宇宙望遠鏡は地表から600kmの軌道上にあり、スペースシャトルを使って何回か修理しているようです。ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は地球から150万kmも離れているので修理に行くのは難しいようですが、2022年の8月に送られてきた木星の詳細な画像を見ると、とりあえずその心配はなさそうですね。


えんじ色

2022-09-02 14:20:59 | 

  

 宮城谷昌光の「公孫龍巻2赤龍編」を読んでいたら、「燕支」とよばれる草があり、その草を使うとあざやかな紅に染まるという話が出てきた。なんでも戦国の七雄の一つである燕には燕支染めという特産品あり、それがえんじ色の起源とのことである。
 日本は漢字文化圏であり、中国由来のことばが多いのは当然なのかもしれない。それをさりげなく物語中に差し込むセンスは心憎いばかりである。それにしても氏の小説を読むとさわやかな気分になってくる。気分がすぐれないときの対策として氏の小説をリストに加えておこう。