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新宿御苑

2013年11月13日 | 新宿区

◆新宿御苑

江戸時代は、徳川家康の家臣内藤家の屋敷地で、明治になり大蔵省が買収し、農事試験場が作られた。明治12年(1879)宮内省に移管され大規模な温室や西洋庭園が造られ、明治39年(1906)に開苑式が行われ新宿御苑と呼ばれるようになった。昭和24年(1949)から国民公園として一般に公開されている。

◆菊花壇展

毎年11月1日~15日まで開催

明治11年(1878)赤坂仮御所で催された、皇室を中心とした菊を鑑賞する「菊花拝観」に始まる。明治13年(1880)からは観菊会と名称が変更され催されていた。明治37年(1904)から新宿御苑でも菊の栽培が始まり、昭和4年から新宿御苑で観菊会が催された。昭和24年(1949)新宿御苑が国民公園として一般に公開され、宮内省時代から受け継いだ伝統の菊花を初めて一般に公開した。

◆懸崖作り

 一本の小菊を用いて、断崖の岩の間からから垂れ下がって咲く野菊のすがたをあらわしている

  

 

◆嵯峨・丁子・伊勢菊

細長い花びらが立ち上がって咲く嵯峨菊

  

丁子菊は花の中心が盛り上がって咲き、アネモネ咲きとよばれる

      

縮れた花びらが垂れ下がって咲く伊勢菊 

                            

 

◆大作り

1株から数百輪の花を咲かせるように1年を掛けて育てる、半円の形状で北向きの日陰に設えられる

 

 ◆江戸菊

「花の変化」を観賞する菊。江戸時代、江戸で発展した古代菊で舞菊の別名があるように、咲いた花びらがさまざまに変化する。

 

 

 

 ◆一文字・管物花壇

 

 

糸菊の別名の管物菊   一文字菊は花びらの数から御紋章菊ともよばれる

   

◆肥後菊花壇

古くから肥後(熊本)で作られた一重咲きの古典菊で細川家門外不出とされ、武士の精神修養として発達した。栽培方法・飾り方は厳格な様式に基づいている

 

 

◆大菊花壇

花壇の設えは、新宿御苑独自の神馬の手綱模様を表した「手綱植」でそろって咲く全体の姿を観賞する

 

 

 大菊は花びらが中央に向かって巻き込むように咲き、花びらの裏側を観賞する

 

 

 



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1 コメント

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今年の秋は短いですね (らぴすらずり)
2013-11-14 08:51:10
正直に言って 子供の頃は 菊の花が嫌いでした。それは お仏壇のお花で、いつもお線香のにおいとともにあり、悲しみや怖さとともにあるものでした。

御苑の菊花展は どんな大きな作品でも 華やかというより高貴さに 圧倒されます。

花火のようだったり、ブローチやボタンのような、四季の色をまとったお花もさることながら、その都度かけられる屋根、紫紺の幕、黒い土…職人さんの仕事にも感心しました。

素人の私にも 親切に質問に答えてくださる職人さんたち。

みなさんも 話しかけてみては いかがでしょうか。
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