仲間の一人は、3年間無記録だった。
邪心がなく、直向きで、不器用だけどまっすぐで
僕よりだいぶ年上だけど無邪気で、
ブッキラボウでとっつきにくいけど、本当は繊細な男だ
練習熱心で、誰彼かまわず教えを請い、
何とか自分も「ドラコン選手に早くなりたい」
というのが口癖だった。
昨日の戦いに臨む際、彼は彼で不眠だったようだ。
緊張して眠れなかったという。
色々と会話をし、いつものように軽口を叩くも
どう見ても顔色が悪い。
思いつめてるのが分かる。
彼にとっては、屈辱の3年間だったはずだ。
僕も、300ヤードを超えるという目標を達したのは
参戦し始めてから2年目だったから、そのジレンマは分かる気がする。
リラックスしろ、とか
気楽にいけ、と言われても
そうはいかないのだって痛いほど分かる。
自分自身に負けられないもんな、Tさん…。
分かるよ。
きっと、今季記録が出せなかったら
彼は身を引く覚悟だったんじゃないかと思う。
いつもは毒っ気に溢れた顔なのに、
妙にこの日はなんというか・・・「白い」顔をしていた。
言葉に出来ない覚悟をした人間の顔だと思った。
だからこそ
おめでとう、Tさん。
初記録だな。
まずは、大小問わずとにかく記録が計測された。
この一歩のデカさは、ドラコンやってる人間にしか分からねぇ。
辛酸舐めた人間にしか分からねぇよな。
僕だって初めて目標を超えた日は泣いた。
アンタがどんだけの覚悟で臨んだのかも知ってる。
だから、今回はトコトン喜んで良いと思う。
こんな僕をアンタは親友だと言ってくれたな。
だけど僕は、アンタを親友だとは思わない。
尊敬すべき一人の「ドラコン選手」、
誰よりも「選手」だと思ってる。
アンタはいつもその「選手」になりたいと言っていた。
だけどね、僕のトレーニングを唯一否定しなかったのはアンタだけだ。
鍛える事、トコトン突き詰める事を、笑わなかったのはアンタだけなんだ。
そして、僕に負けまいと血を流しながら鍛え続けたアンタは
紛れもなく既に「選手」だった。僕は最初からそう言っただろ。
いつかこの日がやってくる。
事実、この日はやってきた。
他人の事が嬉しくて笑ったのは何年振りだろう。
僕は昨日、まずはひとつの目標をまた達した。
だけど王者でもない、権利者にもなれなかった。
上には上が、ワンサカいる。
嬉しい事だ、ムカつくけど癪に障るけど、嬉しい事だ。
「世界一になる」「がんばる」「はい、なった」
ってカンタンに行って貰っちゃ面白くないんだよ。
Tさん、
アンタ、本気で僕の夢を信じてくれたな。
アンタは、今回僕に目標を超える姿を見せてくれた。
だったら、お返しに必ず見せてやる。
僕が王者になる姿を。
親友とか、心の支えだとか言って貰うほど僕は綺麗な人間じゃない。
だけどドラコンにだけは一点の穢れも迷いも、もうないから
アンタが少年みたいに追っかけてくれる存在に僕は必ずなって見せる。
本当におめでとう!!