わたしのほうへ近づいてきながら片手を差し出し、本当にわたしがアーカムのアルバート・N・ウィルマートかどうかについて、もの柔らかなことばづかいで問いかけてきたのは、明らかにエイクリー自身ではなかった。この男の顔には、写真で見かけたエイクリーの、顎ひげを生やし、白毛まじりの髪をした顔とは似たところがなかった。もっと若くて都会的な人物で、流行の服を着こみ、ひげは小さい黒い口ひげだけを生やしていた。その洗練された声には、なにか聞いたことのあるような、それでいてどこで聞いたのかはっきりとした覚えのない、妙にじれったいところがあった。
わたしはその男の様子をあらましざっと見ながら、その男が、自分はエイクリーの友人で、彼の代わりにタウンゼントからきたものだ、と説明するのを聞いた。エイクリーはいまのところ、なにか喘息《ぜんそく》性の発作が起こって体のぐあいが悪く、外気に触れて旅行することができないのだ、とその男はいった。しかし、症状は軽いから、わたしの訪問に関しては予定を変更する潜む想像もつかぬ自然界の秘密を、あのウェスト河へ向かって追いつめていく。ところどころで分岐する枝道は狭くなり、掩《おお》いかぶさる木のためにまま、鬱蒼《うっそう》と生い茂る森の中を貫いていたが、その森の主《おも》だった樹々のあいだには、ひょっとすると、自然の力を支配する地・水・火・風の精霊たちがそっくり潜んでいるかもしれなかった。そういう大木を見ながら、わたしはエイクリーが、それこそ同じこの道をドライブしているときに、見えざる精霊の力にさぞ悩まされたことだろうと思い、たとえそういうことがあったとしても、なるほど不思議ではないなと思った。
一時間たらずで着いたニューフェインという古風で趣のある景色のよい村は、人間が征服して完全に占領しているおかげで自分のものだとはっきりいえる世界と、われわれ二人とを結びつける最後のきずなとなる土地であった。その村を出ると二人は、じかに手で触れることができ、時の経過につれて古くなっていく世間というものへの義理立てをすっぱりと捨て、リボンのような細い路が、ほとんど感ずる力をみずから備えているうえ、それと承知の気まぐれな気分から、人気《ひとけ》のない緑々《あおあお》とした山やなかば見捨てられた峡谷をあがったりさがったり、また横に曲ったりしているしーんと静まり返った非実在の幻想的な世界へと入いっていった。エンジンの音と、たまにここかしこで通りすぎるほんのわずかな寂しい農園のかすかなざわめきとがなければ、わたしの耳に届いたのは、暗い森の中にある無数の隠れた泉から、ひそかに水がぽたぽたとしたたりおちる聞きなれない音だけであった。
あのこんもりとした丸い山々が、いかにも親しげについ目の前に近づいてきたのには、まったく息をのむような思いがした。そういう山々が、険《けわ》しく切りたっている程度は、わたしが噂から想像していたよりも大きいくらいで、それはわれわれの知っている味気なくて客観的な世界と通じあうものが何ひとつないことをそれとなく暗示していた。この近寄りがたい斜面に鬱蒼と生い茂った人跡未踏の森なら、外来の信じがたい生きものがいかにも潜んでいるように思えたし、あたかも、その山の形そのものが、その栄光が稀にみる深い夢の中にしか現われないという伝説上の巨人族の残した象形文字であるとでもいったように、その山の輪郭そのものに、なにか不思議な、忘れられてしまった永劫の意味がこめられているような気がした。過去のあらゆる伝説と、ヘンリー・エイクリーの手紙や資料に防皺まつわる気の遠くなるようなあらゆる汚名とが、わたしの記憶のなかに湧きあがってきて、思わず気がひきしまるとともに脅威のいよいよ深まってくる雰囲気が高まってきた。わたしの訪問の目的と、訪問するのが当たり前だと頭からきめていた恐るべき異常性とを考えたとき、さっとわたしの体に寒気が走り、おかげでわたしの奇妙な探究心は中心の平均を失って、危く崩れそうになった。
案内役のノイズはわたしの気持が迷っているのに気がついたらしい。とい
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