成澤宗男の世界情勢分析

米国の軍産複合体の動向と世界一極支配に向けた戦略を、主流メディアとは異なる視点で分析。真の平和への国際連帯を目指す。

コロナ危機にもかかわらず軍事策動を止めない米国

2020-04-02 00:07:19 | 日記
 世界が新型コロナウィルスの猛威に席巻され、関心がそこに集中している一方で、潜在的な軍事的危機の進行が見落とされている。米トランプ政権内に、米軍による対イラン全面攻撃、あるいはイラク国内の親イラン派民兵壊滅に向けた作戦計画が存在するのだ。
 同政権内部の動きについては、米『ニューヨーク・タイムズ』紙が3月に極めて注目すべき記事を続けて掲載している。21日付(電子版)の「イランがよろけている際に、トランプの側近が軍事的対決のエスカレートをめぐり衝突」(As Iran Reels, Trump Aides Clash Over Escalating Military Showdown)、そして27日付の「国防総省のイラクにおける軍事的エスカレーションの計画策定命令に、トップの司令官が警告」(Pentagon Order to Plan for Escalation in Iraq Meets Warning from Top Commander)に他ならない。
 一部内容が重複しているが、最も注目すべきはイラン、及びイラク国内親イラン派民兵への対応をめぐり、強硬派と慎重派が「煮え立つような激しい内部闘争」(27日付)を展開している現状を暴露した点にある。前者に属するのはマイク・ポンぺオ国務長官を筆頭にロバート・オブライエン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)、リチャード・グレネル国家情報長官ら。後者はマーク・エスパー国防長官とマーク・ミリー統合参謀本部議長が代表格で、政権内にはいないがイラク駐留米軍司令官のロバート・ホワイト中将もこれに連なる。
 肝心のドナルド・トランプ大統領も大別すれば後者に入るが、この対立はイランとの関係が極端に悪化した現状から生まれている。そして後戻りできないような悪化の決定的引き金となったのは、1月3日にトランプ大統領が許可したイラクのバグダッド空港におけるイラン・イスラム革命防衛隊(IRGC)のガーセム・ソレイマーニー司令官や、イラク国内親イラン派の民兵組織カタイブ・ヒズボラの最高指導者で、人民動員隊のアブ・マフディ・ムハンディス副司令官ら10人の無人機を使用した無法極まる殺害であったのは疑いない。である以上、政権内の不和は大統領の失政の産物と言えなくもない。
 イラクでは3月11日、バグダッド北西の米軍とイラク政府軍が共同使用しているキャンプ・タジにロケット弾が撃ち込まれ、米軍の兵士1人と軍のコントラクター1人、そして英軍兵士1人の計3人が死亡。米軍は報復として、同日と13日にイラク国内のカタイブ・ヒズボラと人民動員隊の拠点を空爆した。14日は再びキャンプ・タジにロケット弾攻撃があり、多国籍部隊である「対IS(イスラム国)有志連合」の米兵を含む5人の負傷者が出た。
 だが、実際は両日のロケット弾攻撃にカタイブ・ヒズボラが関与していたか否か不明で、そのためか英国軍は死者を出しながら空爆には参加していない。さらに16日に、バグダッドの米国大使館とバグダッド南東部のビスマヤ米軍基地にロケット弾が撃ち込まれたが、被害はなかった模様で、実行者も不明だ。

露骨なイランへの威嚇演習

 こうしたイラクでの一連の攻撃を受けて、トランプ政権内にイランと、イラク国内のカタイブ・ヒズボラら親イラン派民兵への対応について不和が生じている構造だが、『ニューヨーク・タイムズ』紙の記事に目を通す限りでは、米国自身の独善性、論理破綻が目に付く。
 対イランについては、まず「米国の諜報機関関係者が言うには、イランがイラクでのロケット攻撃を指令したという直接的な証拠を有していない」(同紙21日付)という点に留意する必要がある。であれば、政権内で「イランに対する軍事的対応をエスカレートさせるか否か」(同)が論じられる以前に、イランに責めを負わせて攻撃する根拠を米国は最初から欠いていると言わねばならない。
 それどころか、ソレイマーニー司令官の殺害後、「米国の諜報機関高官は、NSA(国家安全保障局)によるIRGCと(イラク現地の)戦闘員の間の交信盗聴によって、イランが米国人に対する直接的攻撃を明確に禁止していた事実を掴んでいた」(注1)という情報すらある。ますます「イランに対する軍事的対応」は、無理筋になるはずだ。
 他方でトランプ大統領は、「政府の高官によると、トランプはイランや世界各国が新型コロナウィルスの拡散を封じ込めようと苦闘しているのを考えると、イランに厳しく報復するのは米国への印象を悪くするとの懸念を表明した」(注2)という。
 もし大統領が「米国への印象」を気にするのであれば、本ブログの前号記事で述べたように、即刻イランへの経済制裁は解除すべきだろう。逆の見方をすれば、新型コロナウィルスの問題が起きていなかったとしたら、米軍がすでに対イラン開戦に踏み切っていた可能性も否定できなくなる。実際、トランプ政権が最初からイランへの軍事攻撃を選択肢として排除しているわけでは決してない。それを如実に示したのが、3月23日からペルシャ湾を挟み、イランの対岸に位置するアラブ首長国連邦で実施された米軍の合同軍事演習だ。
 同時期に米軍は、新型コロナウィルスを理由にNATOの戦後最大規模の軍事演習「デフェンダー・ヨーロッパ20」を途中で打ち切り、さらにノルウェー北部での対ロシア侵攻作戦の予行演習に他ならない「コールド・レスポンス20」も実施前に中止したが、イランに関してはそうした配慮は無縁のようだ。
 この「特有の憤怒」(Native Fury)と名付けられたアラブ首長国連邦軍との合同演習では、米軍は4000人を動員。直線距離でイランから約300㎞しか離れていない同国内の砂漠地帯に「イランの都市」をイメージする空港の管制塔や石油施設、モスク、ビル、アパート等に模した建物を配置し、そこで海兵隊を中心に制圧訓練等が実施された。この演習について、米国のジョン・ラコルタ駐アラブ首長国連邦大使は「防衛的性格」と説明しているが、イランのみならず中東でこうした虚言を真に受ける者はいないだろう。

「攻撃は延期された」のか

 さらに米空軍は3月24日にも、イスラエル南部でイスラエル空軍との合同軍事演習を実施。仔細を報じた米軍事専門インターネットサイト「Breaking Defense」の3月25日付記事「中東でイスラエルと米軍にとってイラン攻撃の兆候が高まる」(Iran Strike Indications Rise For Israel, US forces In Middle East)によれば、F35A戦闘機を主力とした両国空軍が、「共同で地上目標を攻撃する」という想定であったとされ、イスラエル軍は「イランとの衝突にいつでも備えている」態勢という。
 加えてこの記事には、イスラエルの代表的なシンクタンクである「国家安全保障研究所」のシーマ・シャイン上級研究員の「米国はすでにイランに対する軍事攻撃の計画を策定済みで、イランの疫病(新型コロナウィルス)という不都合な状況のために実行が延期された」という、注目すべきコメントが引用されている。
 これが正しければ、やはりトランプ大統領は新型コロナウィルスの問題が発生していないと対イラン開戦に踏み切っていた可能性が高い。しかもイラク国内の親イラン派民兵に対しても、『ニューヨーク・タイムズ』紙3月27日付によれば、以下のように攻撃計画は存在するようだ。
 「国防総省は、駐留米軍により以上の攻撃を仕掛けると脅している、イランの支援する民兵の打倒作戦を準備せよと指令を出し、各司令官にイラクにおける米軍の戦闘をエスカレーションさせる計画作成を命じた」
 「これに対し、イラク駐留米軍司令官のロバート・ホワイト中将は、率直に意見を表明したメモで、新たな軍事作戦は数千人の米兵のイラク派兵を必要とし、現地駐留米軍の第一義的なミッションとされたISと戦うイラク軍兵士の訓練から、人員を転用せねばならなくなると主張した」
 同記事では、この「イランの代理勢力に対する攻撃的な新作戦」についてやはりポンぺオ長官とオブライエン大統領補佐官が積極的で、「作成を命じた」はずの当の国防総省のエスパー長官やミリー統合参謀本部議長が、「中東をさらに混乱させかねない」と慎重姿勢であるとしている。そして3月19日にホワイトハウス内で開かれた会議では、「トランプ大統領はイラクでの新たな作戦を許可するかどうか決定しなかったが、作戦計画を策定し続けることは許可した」模様だ。
 エスパー長官も「イランが支援する民兵勢力がイラクの米軍に対する攻撃をエスカレートさせた場合に備え、大統領に選択肢を提供するための、新たな作戦の計画策定続行を許可した」という。
 
米軍にイラク駐留の資格なし

 おそらく、対イラン最強硬派のポンぺオ長官がトランプ大統領にイラクでの軍事作戦のエスカレーションを強く求め、乗り気ではない大統領はとりあえず国防総省に作戦計画だけでも策定させ、やはり慎重派のエスパー長官がこれに従った――というのが、真相だと解釈するしかない。そして現地の米軍も、エスカレーションは望んではいないということか。だが、イラク国内の情勢がさらに悪化した場合、大統領の姿勢が変わる可能性は十分残されていよう。
 しかし忘れてならないのは、「作戦計画」策定どころか、そもそも米軍がイラクに駐留する正当性など存在しないという事実だ。オバマ前政権は2011年12月に、「訓練要員」と称した部隊を一部残し、イラク戦争以来同国に駐留していた米軍の大部分を撤退させた。だが14年になって、ISの「掃討」を名目にイラクに地上軍を派遣。当初は数百人規模だったが、ISがイラクからほぼ一掃されながら、現在まで約5000人に膨れ上がっている。「ISと戦うイラク軍兵士の訓練」など名目に過ぎず、米軍がイラクでの永久駐留を狙っているのは疑いない。
 しかも、前述の1月3日の暗殺事件とは何であったのか。ソレイマーニー司令官はイラン政府の公職にあり、外交使節としてイラクに外交旅券を有して入国した。出迎えたイラク軍傘下の人民動員隊のムハンディス副司令官も公職にあるにもかかわらず、暗殺という暴挙に出た米国は、国連憲章や国際諸法、他国の主権を常に考慮しない無法国家としての本質を改めてさらけ出したに等しい。そのような国が、明らかな犯罪に手を染めた当事国内に駐留する資格などあるはずがない。
 イラク議会は1月5日に「全外国軍の駐留終了」を決議したが、耳を貸さない米国にイラク国民が抵抗するのは正当な権利だろう。こうした前提を一切無視し、イランや親イラン派の民兵に対する米軍の行動だけに焦点があるような『ニューヨーク・タイムズ』以下の欧米主要メディアの報道も、問題の歪曲に手を貸しているという批判を免れないのではないか。
 他方で、大統領選挙が実施される年に米軍は大規模な軍事行動を控えるとか、新型コロナウィルス感染により今後米国内で10万人から20万人の死者が予測される中、「戦争どころではない」という観測が流れている。だが、トランプ政権とはこうした「常識」が通用する相手であるとは考えにくい。
 現在、イラク国内で米軍は確認されているだけで9カ所あった駐留基地のうち3月中に4カ所をイラク政府軍に管轄を移す一方、バグダッドに近いアル・アサド空軍基地等の巨大基地に兵力を集中。そこにパトリオットやC-RAMといったミサイル防衛システムを搬入する予定で、いつ軍事行動をエスカレートさせてもおかしくない。しかもその場合、イランとの開戦に直結する可能性が排除されない。実際、アラビア海にはイランを威嚇して異例にも2隻の米海軍航空母艦が展開中だ。世界が米国に卑屈な「寛容さ」を示し続ける限り、新たな流血は避けがたいように思える。

(注1)Gareth Porter “Pompeo and Netanyahu Paved a Path to War with Iran, and They’re Pushing Trump Again” URLhttps://www.globalresearch.ca/pompeo-netanyahu-war-iran-pushing-trump-again/5707142
(注2) Courtney Kube and Carol E. Lee“Trump nixed aggressive response to attacks by Iranian proxies because of coronavirus, officials say”  URLhttps://www.nbcnews.com/
politics/national-security/trump-nixed-aggressive-response-attacks-iranian-proxies-because-coronavirus-say-n1163666