Light Forest

読書日記

ミスキャスト

2012-04-28 | 日本人作家
林真理子『ミスキャスト』講談社文庫、2003年


正直、途中で読むのをやめようかと思ったほど、最悪な男が主人公だった。
よくこんな身勝手な男を女性の作家が描けたな、と思うほどだ。

というより、女性の恋愛の心の機微を描いた小説は山ほどあるが、
男性の恋愛の心理をここまで赤裸々に描いたのを読んだことがなかったと思う。
そして、その男は私の予想を超えて計算高く、心とは裏腹に甘い言葉を紡げる男だった。
更に、自分は2人同時に浮気をしながら、妻の浮気は絶対に許せない、という男だ。
なんていう身勝手さ!

「こんな、はずじゃなかった」

とは、彼の心に常に宿るセリフだ。
しかし、そこにあるのは悔恨ではなく、
「なんで、こうなるんだ」という、戸惑いや苛立ちのように思える。

この男は、窮地となると、途端に保身へと転じるか、
思ってもない甘い言葉で取り繕い、それが自分の首を絞めていく。

結局、その時、その時の快楽を選択していくことで、
彼はいつの間にか、自分の本意ではない人生を歩み続けているんだろう。

それが、「おい、どうにかしてくれ。こんなはずではなかった」と、
心で叫んでも、どうにもならない。

グレート・ギャッツビー

2012-04-14 | 外国人作家
スコット・フィッツジェラルド(村上春樹訳)『グレート・ギャッツビー』


この小説は村上春樹が人生で最も影響を受けたものらしく、いつか自分の手で翻訳したいと目標にしてきたということだ。
あとがきには、原作(英文)の文章の素晴らしさがまだ日本の読者の中で正当な評価を得ていないとの思いと、自分が
四十年以上にわたってこの小説を宝玉のようにいつくしんできた理由を少しでも理解し、読者のみなさんと温かくわかちあい
たい、との思いが綴られている。
私は、さして村上春樹の小説を読んでいるわけでもないが、この小説は私の好みになかなか合うものだった。
訳者の言うとおり、原作を読んでいないながらも、冒頭と結末の部分は名文だろうと思う。
本屋さんで立ち読みした冒頭部分ですぐに引き込まれ購入したのだから。

このタイトルになっているギャッツビーという人物が語られる形で物語は進んでいく。
彼は何年もの間、一人の女性を胸に抱いて、ようやく彼女のそばに辿りつくのだけれど…。

ストーリー自体は特に面白い、というわけではないが、人物描写が優れていて引き込まれる。
そして、静かな雰囲気を底流にたたえながら、全体的には流れるようにテンポよく進んでいく。

ギャッツビーの人生は数奇なものであり、どんちゃん騒ぎのパーティーや豪華な暮らしぶりがよけいに
彼の孤独や寂しさを浮き彫りにさせるようだ。もっともそれを象徴しているのは彼の最後だろう。

過去と向き合いながら、どう前へ進んでいくのか。過去の記憶は長い間自分の中で抱き続ける過程で、
自分の都合のいいように変形していくものなのかもしれない。
そして、自分の抱いた理想の過去に戻ろうとしたって、それは出来るはずもなく、
現在を過去と同じ状況に変えることもできない。
そんなことを考えさせられ、最後の結末部分が心に残る。

『だからこそ我々は、前へ前へと進み続けるのだ。流れに立ち向かうボートのように、
絶え間なく過去へと押し戻されながらも。』

みんなの秘密

2012-04-02 | 日本人作家
林真理子『みんなの秘密』講談社、2001年

この小説で、吉川英治文学賞を受賞したらしい。
そもそも、私はこの著者の小説も読んだことがなかったのだけど、
読みやすく、短編集ではあるが、前話で脇役だった登場人物が
主役となっていく構成は面白かった。
そして、「みんなの秘密」がタイトルとなっていることに納得。
それぞれの「秘密」が描かれていく。
みんな、脇役で登場していたストーリーでは平凡なように思えるのに、
その人がこんな秘密を抱えていたのか、との意外性もあり、面白い。
ストーリーも、お決まりの不倫だけであれば、飽き飽きしたところだけど、
ちょっとミステリー要素の入ったものや、いろんな恋愛の形も描かれていたり、
何より人物描写がリアルというか、映像が浮かんでくるようだ。

ここまで厳しく現実の心を描くのか、と思ったのは、「祈り」の章。
田舎の育ちをまるで捨てたかのように、都会の中~上流階級の専業主婦であることを
生きがいとしているような主人公が、田舎で実母の看病に帰省するが、
母が亡くなれば、田舎との縁がこれでやっと切れると思ってしまうこと。
そんな自分に気づき、泣こうと思うが、涙さえ出ないこと。
ただ、この夜のことは後になって自分を苦しめるだろう、とも考えられること。

とても、複雑な気持ちであり、認めたくはないが、理解できる部分もある。

そして、「親の死を看取ることは、自覚しながら幾つかの罪をつくることだと君代(主人公)
は初めて知った」と話が結ばれる。

その時、自分自身はどんな感情を持つのだろうか。