●1-リタイヤの後と前 1-1還暦・定年・退職前後
101 天の道
何もかもぎりぎりまでやらないで自分でやるべきことが終わったらさっさとリタイアするのがいいんだ。それが天の道に沿うことなんだ。
■加島祥造 『タオ 老子』筑摩書房・2000
102 還暦
ああ、遂にこの日が来た。満60歳の誕生日、すなわち還暦。この日を期して連載中の仕事以外は、いっさいやめるつもり。嬉しくって仕方がない。〔…〕
仕事をやめて「日々是好日」もしくは「いのちの果てのうすあかり」といきたいもんだ。思春期をすっぽりと戦争に包みこまれてしまった世代の者には、こうする資格があると思われる。
■山口瞳『還暦老人ボケ日記:男性自身シリーズ) 』新潮社・1989
103 退職します
会社を辞めると宣言した時、周囲の反応は驚くほど同じであった。まず言われるセリフが「もったいない」。〔…〕
そして、もう一つ必ず返ってきたセリフが、「で、これから何するの?」
いや……すみません。何もしないです。
■稲垣えみ子『もうレシピ本はいらない――人生を救う最強の食卓』マガジンハウス・2017
104 リタイヤ勧告
ボストン・シンフォニーの場合は定年がないんです。だから年取って能力の落ちた楽団員に『そろそろリタイアしてはどうですか』みたいなことを、僕より年上の人たちに勧告しなくてはならない。それがいちばんつらかったな。
■小澤征爾・村上春樹『小澤征爾さんと、音楽について話をする』新潮社・2011
105 早期退職勧奨
まず思いとどまることを勧める。
「感情的になって辞めたらあかん。冷静に計算せな。しがみつけるだけしがみついて、(早期退職の応募に)手を上げるのは行き先が決まってからやで」
■大西康之『会社が消えた日――三洋電機10万人のそれから』日経BP社・2014
106 ミッドライフクライシス
「人生のチャプター・ツー(第2章)がある人は羨ましいですよ」伊良部は野球のなくなった「第2章」の頁(ページ)をうまく開けず戸惑っているようだった。〔…〕
「ミッドライフクライシスになっちゃった。なんていうのかな、虚無感。心に穴が空いたみたいな。それが最近つらいですね。何もしないで、ぼうっとしているでしょ。何もしない自分に罪悪感を感じる。何もしないと世の中から取り残されていってしまうみたいな」
■田崎健太『球童 伊良部秀輝伝』講談社・2014
107 第4コーナー
仮に夫が65歳で社会的に引退するとしてみよう。夫が79歳まで生きるから、夫婦は14年間も四六時中、顔を合わせることになる。3歳下の妻は、その後、10年、一人暮らしとなる。これでは、とても60歳までの惰性では乗り切れない。〔…〕
これは未婚の人も同様で、60歳前後に、新たに手に入れた第4コーナーの生き方を改めて検討することが大切になるのである。
■足立則夫『遅咲きのひと――人生の第4コーナーを味わう』日本経済新聞出版社・2005
108 顔つき
「お前な、めでたく定年退職したんだから、これからお前の本当の人生が始まるんだ。まず、その銀行員らしい顔つきを訂正しろ」〔…〕
その余生の過ごし方を俺がお前に教えてやるといってるんだ、といって源五郎はキャッキャッと笑い、耕二の肩をどんとたたいて、「それは遊ぶという事だ。快楽なしで余生はなしと思え」と、わめくようにいった。
■団鬼六『枯木に花が』バジリコ・2007
109 肩書からの解放
退職し、肩書がなくなったということは、過去の地位にもう拘泥することも、責任感を持つこともないのである。結果なんかどうでもいい。
つまり、組織というこれまで自由を奪われていた強固な城から解放されて、自分だけの才覚で生きていくことができるようになったということなのである。
■高橋三千綱『素浪人心得――自由で愉快な孤高の男の生き方』講談社・2010
110 独立する
「独立するということであれば、自分の好きなことを事業にするしかないと思うんです。少なくとも僕はそうだった。というより、そうじゃないと、自分の人生として成立しないと思うんです」
それこそが勤めない生き方の妙味であり、自身の人生に対する責任の取り方なのだ。
■森 健『勤めないという生き方』メディアファクトリー・2010
111 団塊の世代
誰かの講釈を聞いて、そっちへだだっと流れるのは、団塊の世代の悪い癖ですよ。〔…〕
宮仕えから解放されたときのエネルギーって、もっともっとすごいものがあるはずでしょう。なのに、どうしていいのかわからなくて、なにかの先生について、その言う通りに動く。それだと、会社にいるときと変わらないじゃないですか。――永六輔
■永六輔・矢崎泰久『バカまるだし』講談社・2007
112 「俺さえよければ」世代
日本の会社は、右肩上がりの「俺さえよければ」世代によって組織はバラバラにされ、右肩上がりを知らないそのジュニアによってパワハラ蔓延の“管理職場”にされたしまった。
「俺さえよければ」世代は、定年退職後を謳歌しようとしたとき、不意にジュニアが自分より貧しいことに気づいて呆然としたに違いない。
■上野千鶴子『みんな「おひとりさま」』青灯社・2012
113 会社との関係
「人生のある一時期、おなじ学校に所属していたからといって、親近感を抱かなければならない謂れなんかありはしないんだな。幻想だね。〔…〕
会社もおなじことのような気がするな。経過した時間がちがうだけで……。いずれにせよゆっくりと風化していく。〔…〕
それで、会社との関係でも根無し草になるんだな」
■高任和夫『罪びと』光文社・2008
114 「生きがい」なんてもの
「実は自分は会社で生きるのがつらかった。仕事が生きがいと信じ込むことで、感受性を摩減させてしまつた」と。
そのせいか、定年後の「生きがい」などという言葉を聞くとムッとする。もう、「生きがい」なんてものから、男を放っておいてくれよ、という感じだ。
■久田恵『シクスティーズの日々――それぞれの定年後』朝日新聞社・2005
115 バッジをはずして
バッジ付けとったら、みんなバッジに頭下げてくるんだから。特に検事の経験があれば、そうじゃない?
だから、「お前バッジはずして、男としてやってみい」と。真似できるかと。バッジはずしてから、偉そうに言えと。バッジをはずして、一人の男として生きたいわけよ。
■田中森一・夏原武『バブル』宝島社・2007
116 筋を通して
「仕事人間だった男ほど、退職してからやることを見つけるのは難しいのよね。だって、長い間ずっとそういう風に生きてきたんだもの。〔…〕
金持ちでも貧乏人でも、年を取ったら自分でやること、やれることを見つけて、自分の中で筋を通していける人が一番幸せなんだと思うな。カツコいいよ、そういう風に生きてる人はさ。
■新郷由起『絶望老人』宝島社・2017
117 去ってしまったもの
ひととおり退職祝いの宴席が終わると、トリノで彼女は時間を持て余した。大学を出てからの四十年余り、働きに働いて、家を価値ある物で満たし、いっぱいになると別荘を買い、飾り立ててきた。足りない物はもう何もない。
安堵し、あらためて周囲を見回してみると、すべてを失っているのに気がついた。去ってしまったのは、家族だけではなかった。
■内田洋子『カテリーナの旅支度――イタリア20の追想』集英社・2013
118 かつての同僚
かつての同僚や部下たちといっしょに食事に出かけても、会話はいっこうに弾まない。
それまで楽しく話ができたのは仲がよかったからではなく、上司である彼女に取り入ろうとしたり、仕事に役立つ情報を探り合っていたからなのだった。
■内田洋子『カテリーナの旅支度――イタリア20の追想 』集英社・2013
119 心と体の行き場
多くの勤め人にとって、老いて第一線を退いた後は一時的に心と体の行き場を失う。
■新郷由起『絶望老人』宝島社・2017
120 ネクタイ
ところが、帰属集団を失うことで抑制機能がなくなってしまう。ネクタイがなくなるのは犬の首輪が外れた状態にも等しく、人によってはタガが外れてしまうのです。(心理学者・冨田隆)
■新郷由起『老人たちの裏社会』宝島社・2015
121 スーツが死んで
「え、そうか。声かけてくれればよかったのに」
「ちょっとかけられなかった」
「何で……」
「スーツ姿だったけど、スーツが息をしてなかったから」
「息を……?」
「仕事を離れて、スーツにふさわしい息をしていない男には、スーツは似合わなくなるのよ」
スーツが死んで、息をしなくなるということか。
■内館牧子『終わった人』講談社・2015
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