セピア色の道

昔の都電の回想・・・

★荒川車庫★

2016年03月16日 | Weblog
荒川堀車庫



大正13年、王電の船方車庫として開設され、昭和17年2月1日に王電が都電に
統合された際に、荒川電車営業所と改称された。
27、32系統の運行を担当していた。
昭和47年11月12日、27系統 王子駅前ー赤羽間廃止
昭和49年10月1日、27系統、32系統と統合、「荒川線」となる。
昭和56年には志村車両工場整備係と荒川電車車庫が統合されて、荒川車両検修所が
発足した。

所属車輛は主に
160形、170形、1000形、3000形、7000形、8000形であった

★錦糸堀車庫★

2016年03月15日 | Weblog
錦糸堀車庫



大正12年8月30日、本所電車車庫の分車庫として開設された。
昭和20年4月1日には城東電車営業所を統合したことで東荒川電車車庫にも
車両が配備されることになり、さらに昭和32年には新たに境川派出所を設置した。
25、28、29、36、38系統の運行を担当していた。
第三次撤去で25系統、第四次撤去で28系統、第五次撤去で36、38系統、
第六次撤去で29系統が廃止されたことで、昭和47年11月12日廃止された。
柳島電車営業所とともに大規模撤去の最末期まで存続した営業所の一つである。

所属車輛は主に
1300形、1500形、3000形、6000形、7000形、8000形であった

★柳島車庫★

2016年03月14日 | Weblog
柳島車庫



明治38年5月本所車庫として開設され、昭和5年3月20日柳島に移転した。
23、24、30系統の運行を担当していた。
第四次撤去で30系統、第六次撤去で23、24系統がが廃止された為
昭和47年11月12日廃止された。
都電の営業所・車庫としては三田、新宿に次いで三番目に歴史ある営業所であり、
錦糸堀営業所とともに大規模撤去の最末期まで存続した営業所の一つである。

所属車輛は主に
4000形、6000形、7000形、8000形であった

★南千住車庫★

2016年03月13日 | Weblog
南千住車庫

明治43年7月開設された。
その昭和2年)に、三ノ輪電車車庫の分車庫となり、昭和12年4月14日に営業所に昇格した。
22系統の運行を担当していた。
第五次撤去で22系統が廃止されたことで、昭和46年3月18日廃止された。

所属車輛は主に
3000形、6000形、7000形、8000形であった

★三ノ輪車庫★

2016年03月12日 | Weblog
三ノ輪車庫



大正2年6月1日開設。
21、31系統の運行を担当していた。
第四次撤去でこれらの系統が廃止された為
昭和47年10月26日廃止された。

所属車輛は主に
3000形、6000形、7000形、8000形であった