9月6日地震の日は、
停電で何をしていいかわからず、図書館で借りてあった本を読んだりしていました。
町田康訳の『宇治拾遺物語』、
藤原てい『流れる星は生きている』。
後者は、満州からの引き揚げの話し。凄まじかった。
…という本を読んでいたせいもあり、非常時に食べる物は何でもよく感じた。冷凍室に菓子パンがあったので御の字である。私は。貴重な缶詰など開ける気はしなかった。選り好みしなければ食料は十分あるので、スーパーの長蛇の列に並ぶ気はしない。
停電の中スーパーは、マニュアルにあるのか、パン、カップ麺、トイレットペーパーなど必需品に限定して、100円、200円など数えやすい値段をつけて、店舗の外で店員の手作業で売っていた。
夕方、様子を見に外へ出た。まだ必要ではないが、避難所の確認をしに行くと、既成のおにぎり、お茶がいただけるという。ありがたく、おにぎりをちょうだいして、帰路につくころ、信号がついた!自宅近くは当日に停電が解消した。札幌市内でも早い方だった。
翌日、パンを求めて歩くが、コンビニは閉まっていた。歩いて5分くらいのスーパーが店の手前部分だけで手作業で営業していた。15分くらい並んで、米とニラ、バナナが買えた。
翌々日、パンがどうしても食べたいというので、歩いて15分ほどのスーパーへ開店時間前に行った。しかし既に開店していて、店内は混雑していた。パンは、ベーカリーのパンが並ぶと買えそうだったので、ふた手に分かれた。生鮮食料品は品薄で、鍋用の鮭、高いパプリカ、ニンジンが手に入ったが、レジまで40分くらいは並んだ。これは疲れた。
最寄りのスーパーは、店内破損のせいで、再開未定だつたが、予告なく夕方、開いた。生鮮食料品が買えた。欠品や点数制限の貼り紙は目立つものの非常事態は脱した感があった。
以降少しずつ、品薄が解消していった。