氣まぐれ剣士の言いたい放題

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308 いただきます

2006-02-27 21:57:40 | Weblog
氣まぐれ剣士の言いたい放題

308 いただきます
 
 食事の前に、どうして『いただきます』と言うのかしっていますか。
昔は、食べ物がいつも手に入るとは限らず、とても貴重なものだったようです。何しろ、食べる物がないと、私たちは生きていられませんからね。そして、大切なものは頭の上に捧げ持ち、穢(けが)れを防ぐという風習もあったということです。
 
 当然、食べ物も頭の頂(いただき)に持ち上げてから、感謝の気持ちをこめて食べさせて「いただく」ということをしていました。だから、その名残で、食べる前に『いただきます』と頭を下げているのだそうです。

 そういえば、そんなことを知らなくても、「いただきます」と言うときには、自然と手を合わせて、ありがたい気持ちになっていたりしますよね。

さらに、私たちが食べるものは、肉でも、魚でも、野菜でも、すべてが命のあるものです。その命を、私たちのために、犠牲にして捧げていただくことになるのです。

そんな命を、自分のなかに取り入れる(戴く)のですから、大切にさせて『いただきます』という思いもこめているのだそうです。

さらに、食べ終わった後には『ごちそうさま』と言いますが、これは「ご馳走様」と書き、『走り回る』ということを意味しています。つまり、食事を用意するためには、大勢の人が一生懸命に走り回って用意してくれたのだということを忘れないように、このことばを口にするのだそうです。

 たとえば「どんなに贅を尽くした豪華な料理でも、最高の食材を使っていても感謝の心がないと、何も身にならない」そうです。
逆に、どんなに粗末な食べ物だったとしても、感謝を持って食べるのなら、心身を満たしてくれるのです。

農薬がどうのこうのとか、栄養価がどうだとか不満を持ちながら食べると、どんなに身体に良いとされる食べ物だったとしても、そんなネガティブなものも一緒に入ってきてしまい、健康にも影響を与えることになります。

もちろん、食べるものには気をつけるに越したことはありませんが、どうせ食べるのなら、少々貧弱なものでも感謝を持ちながら摂る方が、身体にはよっぽど良いようです。

何を食べるのかも大事ですが、どんな心で食べるのかの方が、もっと大切なのですね。

 剣道でも同じですね。同じ面を打つにしても、どうゆう心で打つかが大事です。相手を尊重し、相手は自分の鏡であると思えればたいしたものですね。気まぐれ剣士は、相手は自分の鏡だから、たいしたことないと思っています。

 次回もお楽しみに                            以上