夢の能楽堂

「夢の能楽堂」支部

月光じかけの幻灯機

2011-06-30 | 旧・夢の能楽堂
夢の劇場:
 映画館での仕事も結構大変だ。
 この筒みてえな形をした機械はかの天才トゥーランガリラ博士の発明なんだが、手回し式で、けっこう体力がいる。月の光をこいつにぶち込んでハンドルを回せば、月光仕掛けの映像がうじゃうじゃ出てくる。

 火花を飛ばしながら飛び回る銀河蝶、ガラス製の彗星、サテンの夜の女王、金星シロクマが勝手に機械で圧縮した惑星、星の光を原動力にして走るカステラ汽車(こいつの煙にまかれると、30分くらい体が青いルビーになる)不定形の蒸気ナメクジ…云々…。

 まあ、こういう感じのものがいつも筒から出てきては、この古いボロ映画館の中をドタバタ駆け回っている(この連中がまた、実に騒々しいときていやがる)。
 こういうことを、まさか夜に屋外でやるわけにもいかんからあらかじめ月の光をストックしておくわけだが、いつもいい月夜があるとはかぎらんからなあ。夢を売る仕事も結構大変だよ。
 しかも筒から出てくる連中ってのはけっこう火の気があって、うちのようなオンボロの木造映画館だと危ないんだ。だから俺は建物を鉄筋コンクリートにして防火対策を徹底しろと、再三上にいってやっているんだがね。




勝負の後で

2011-06-22 | 旧・夢の能楽堂
夢の劇場:
 沈黙よりも小さな騒音で語る。サミュエルという名前のベケットが、葡萄を待ちながら、空中に浮いた口だけの存在となってクダを巻く。ゲームは終わりだ。

 夜がいっぱいつまっている部屋で男と女が裸で戦う。彼らの名前はヨル。もっとも彼らはさっきこの部屋に入ってくるまでは別の世界の別の存在であった(むろん彼らは何も覚えていない)。
 男と女が戦争をする。左腕が翼である残虐な独裁者によって男女の対面が弾圧されているため、人目を避けて、猫の目の前で戦う。介添人は魚の目をしたとても美しい牛である。
 男が勝つか、女が勝つか。男の方が先に果てたようだ。3回戦、4回戦のあとで、どちらかが血走りながら目玉焼きを作る。魚の目玉が焼けていく。

 屋敷はこの世と同じくらい広く、この世そのものでもある。どこをうろつき回ろうともここへ戻ってくることはできるだろう。ここでは、一度来た場所は、必ず忘れるようになっているのだから。

瞑想改札

2011-06-18 | 旧・夢の能楽堂
夢の劇場:
 真っ白い空間の中に島が浮かんでいる。島の名前は日本という。日本から天高く線路が上っており、別の島(ムッターラント)に通じている。ムッターラントは平凡ながら安心して暮らせる夢の土地として、人々に人気がある。

 一人の女医が、幸福を夢見てムッターラントにやってきた。しかし彼女は、ムッターラントの改札を降りる時に、自動改札に引っかかってしまったのである。

「ちゃんと切符を買ってきたのに、何で!?」

 駅員の話によると、「無意識」の住民はここから先は入れない、ということだった。というのもこの場所は「潜在意識」とか「顕在意識」とか、そういうたぐいのものではないからなのだそうだ。