
蕪島の上空を飛翔するウミネコ群
私は以前(3月13日)に、「3万羽のウミネコが生息する蕪島周辺の海洋環境の豊かさについて」なる拙文を書いたことがある。問題意識やそれに基づく論点や趣旨などについては基本的に正しいのではないかと今でも思っている。ただし、正直にいえば、肝心のウミネコが毎日どこで何をどれくらい捕食しているのかの部分が、よく分からないというのが本音だ。「野鳥の会」の本だけではどうもピンと来いないのである。そういうモヤモヤ感を抱えながら、いかにすれば私の素朴な疑問を解決出来るだろうかと考え続けてきた。
ひとつの方法は、仕事柄、日々漁に出かけているプロの漁師さんに尋ねてみるということだ。蕪島漁港には何艘も小型船が係留されている。時々、出漁前の準備と思われる漁師さんが漁港で仕事をしているのを見かけることがある。邪魔にならない範囲で聴いてみたいと思っていた。もう一つは蕪島の近くにある「八戸水産科学館マリエント」を訪ねてみること。ひょっとしたら、何かがわかるかも知れないという期待とも直感ともつかぬものが脳裏を去来した。
マリエントに入館するのはもう何十年ぶりのレベルだ。それはともかく、先日訪問して得た内容をここに紹介しよう。ウミネコが天然記念物に指定された自治体であり、「市の鳥」に指定されている八戸の水産科学館だけに、「ウミネコのコーナー」があったのはさすがである。写真入りのパネルや文章で「ウミネコの基本的生態」を解説していた。

ウミネコのひなの成長過程を説明したパネル

ウミネコのエサについてのパネル
●去年、蕪島を旅立った仲間の約70%が蕪島に戻ってきて、その数は約3万羽にもなる。ねぐらは海の上。同じつがいで戻ってきて、2月下旬から4月中旬までに大体、前年と同じ場所に巣を作る。同じつがいで戻ってくることや前年と同じ場所に巣を作る習性などは驚きである。
●ウミネコのエサ場は海が中心。でも、海が荒れているときは、川や水田からもエサを取ってくる。(エサを求めて平気で100Kmは移動するというからこれまた驚きである)
●海上でエサを取るときに群れを成すことから、「魚群探知機」替わりになった。(この現象はウミネコが直接的に魚類をエサにしている有力な証拠とみることができそうだ)
●エサとして、「イカナゴ」「カタクチイワシ」「ミズアブの幼虫」がある。
さて、ここからが肝心の主題である。『青森の野鳥』ではウミネコのエサとして海上で魚やイカ、アミ類などを上げていたのはご案内の通りである。アミ類は簡単にいうと、プランクトンの仲間だ。マリエントでは野鳥の会の魚の部分をさらに詳しく解説している。イカナゴは八戸地方では「小女子」と呼ばれている魚種だが、カタクチイワシも含めてより具体的な説明がなされているのは来館した甲斐があったというものだ。ミズアブは、ハエ目ミズアブ科の昆虫だが、幼虫の生息場所としては水田や川や湿地帯などだという。このことからの連想だが、初夏の田植え前のころ、水を張った田んぼに20羽から30羽くらいのウミネコがいるときがあるが、あれはひょっとして、ミズアブの幼虫を捕食するためなのだろうか。
今ひとつ、私が驚いたものがあった。それは、ウミネコが海中の魚を捕まえるために、斜め上空から海中に飛び込む模様を表すイラストが展示されていたことだ。昔、鷹の仲間のミサゴが魚を狙って空中から急降下して水にダイブし、捕捉する映像を見たことがあるが、まさにあのイメージだ。海中ダイブをウミネコもやっていたとは驚きである。いずれにしても、これでかなり具体的なイメージを持つことができた。ダイブして捕食できるなら、特にカタクチイワシやイカナゴなどに限定する必要はないだろう。比較的水深の浅いところを泳ぐ習性のある魚類ならすべてがエサの対象になるのだ。八戸の漁港や沿岸では、一年中、ワカサギより小さいちかがよく釣れるが、それもエサにしている可能性があるだろう。
ネットで文献調査や情報収集の作業中に見つけた記事のなかで、興味深いものがあった。それは「海上飛翔中のウミネコによる昆虫捕食とその同定」という日本鳥学会誌(2021年)に掲載されている研究論文だ。それによれば、カモメ科の多くは雑食性で、昆虫類も捕食(多くの場合、その証拠として死体の胃内容物や生体の吐き戻し物の観察、陸上でのついばみ行動の観察による)するとしたうえで、具体的には夏に双翔目(そうしもく)の昆虫類を陸上や湖沼上の空中で捕食していたことが報告されていたことだ。
先の双翅目とは、昆虫を分類するグループの1つで、2枚のはねが退化した虫たちのこと。このグループにはハエ、アブ、カなどが含まれている。彼らははねを2枚しか持たないため、双翅目と呼ばれているのだ。まさに空を飛ぶ双翅目の昆虫類もエサの対象にしていたとは、肉食系のツバメと似た食性ということになる。
改めて思う。これまでは、ウミネコが主食にしているエサのイメージとすれば、もっぱら、海洋にいる魚類が中心だと思っていたのだが、田んぼや湿地帯の陸地に生息する昆虫の幼虫や、空中で飛び交う双翅目も対象にしていたとは驚きである。食べられるものなら何でも食べるまさに雑食性であり、貪欲なほどのバイタリティーのかたまりだ。これなら、3万羽から4万羽のウミネコが日々餓死せずに生存できるエサ環境をめぐる実態が見えてきた感じがする。陸海空のエサの占めるそれぞれの割合も研究テーマになるだろうが、海洋に面した蕪島という立地条件を考慮すれば、主食はやはり魚類ということになるのだと思われる。
「ウミネコとエサ」という視点で見たとき、わが八戸市の蕪島およびその周辺はもとよりハマの地域に、3万羽から4万羽のウミネコが生息するしていること自体、自然科学的にも、鳥類学的にも稀有なことだと改めて思う。同時に、海洋環境や生態系的に考えても豊か以外の何ものでもないということに尽きるだろう。