Bicyle and Mountain Dialy

About Exploring to the Nature

青春を国立公園にかけて

2018-07-18 22:20:15 | 日記
こんなタイトルでブログを書くと、「青春を山にかけて」の著者、冒険家の植村直己さんに怒られそうだけど、
今僕は冒険の旅に出る、そんなウキウキとドキドキが止まらない心境にあります。

ちっぽけかもしれないけれど、自分の人生を日本の国立公園のこれからに捧げたいという決意をしました。
中学生の頃に見ていた「素敵な宇宙船地球号」という環境番組に影響され、僕のこれからが決まったのだから、人生とは不思議なものですよね。

ところでみなさん、国立公園って知っていますか?
国立公園という名前くらいは聞いたことがあると思いますが、実際に具体的な地名を思い浮かべてみてと言うと、すぐには出てこないのかなと思います。

例えば、知床や屋久島、小笠原などの世界自然遺産は国立公園です。
他にも、尾瀬や阿寒、南アルプスや阿蘇などがあります。

ずばり、日本の代表的な自然風景地として指定された地域制公園のことを国立公園と言います。
全国には34箇所が指定されていて、原生的な自然が残るところもあれば、伊勢志摩や箱根のような人の生活と密接したものもあります。

地域制公園とは、土地の所有なく公用規制とともに指定することできる公園のことで、
実際に国立公園の土地所有の中にも私有地や公有地がたくさん含まれています。

国立公園に準じて、国定公園、都道府県立自然公園を合わせて自然公園といいます。
(法律は自然公園法)


僕は、中部山岳国立公園の立山と剣岳に初めて訪れて以来、その魅力に完全に憑りつかれてしまいました。


<中部山岳国立公園 剣岳>

今思い出しても、立山地獄谷の噴煙からくる硫黄のにおいや、満点の星空、声が遠くまで消えていくようなきれいな空間の広がり、そのすべての記憶を鮮明に覚えています。
帰ってきて、寝ても覚めても、ふと気が付いたら山のことばかり考えている自分がいて、そして気が付いた時には、この日本の宝を守りたいと思うようになりました。

親に懇願して大学を一年間休学し、国内外の国立公園を巡ったことで、本当にたくさんの経験を得ることができました。
また、時間があったらすぐに家を飛び出し、国立公園を巡っていました。
その中で、本当に多くのことを学ぶことができました。



<吉野熊野国立公園 西大台の苔むす森>



<利尻礼文サロベツ国立公園 姫沼と利尻富士>
*利尻島でお世話になった旅館のオーナーが撮影しました



<中部山岳国立公園 白馬岳>



<知床国立公園 羅臼岳より>



もちろん、全国の国立公園を旅するお金は決して安くはありません。
でも、どうしても自分の目で国立公園を見てみたいという想いがありました。
そして道路脇で親指を立てて、たくさんのドライバーさんにいろんなところへ連れて行ってもらいました。
みなさんのおかげで、地域の美しい自然を、直接肌で感じることができました
だからこそ、どの国立公園でも、変えていきたいもの、守っていきたいものについて、自分なりの考えを持つことができました。



<西海国立公園 鎧瀬溶岩海岸>



<雲仙天草国立公園 天草よりみた島原半島と普賢岳>



<霧島錦江湾国立公園 霧島山(韓国岳と大浪池)>



またドライバーの方からは、優しいお声をかけてもらい、遠回りをして頂いたり、応援して頂きました。
一期一会のような出会いもありました。
これからもずっと関わりたいと思う方ともたくさん出会いました。

それでも、その一つ一つの出会い全てを鮮明に覚えています。
どこからどこまで乗せてもらったとか、どんなお話をしたとか、全部覚えています。

気が付けば、今までの自分では考えられないくらい人とお話しすることが好きになりました。
若い頃の旅の思い出が、本当に深いものになりましたし、これは働いていく上でも、一生の宝物です。




<奄美群島国立公園 住用のマングローブ>


<大山隠岐国立公園 大山>


<阿寒摩周国立公園 雌阿寒岳>



そして改めて考えると、これからの僕の人生という旅は、決して自分の中だけで完結させたくはないと感じています。
それは、こうしていろんな人に助けられ、導いてもらい、生長することができたからです。
これからは、今までお世話になった地域に返していく、自分の番です。


そう思い続けて取り組んできた就職活動が今日、無事に終わりました。
来年4月から、環境省の自然保護官(レンジャー)として、全国の国立公園の保護と利用や、野生生物保護・管理など、日本の自然と向き合って働いていこうと思います。

まだまだ自然のことも、社会のことも分からないことだらけで、ケツが青い若造です。
でもなんとしてでも、今ある日本の美しい自然環境を守り、訪れる人に感動を与え、ずっとずっと先の未来にまで残していきたいです。

正直なところ、大学3年生のときから4年間、ずっとなりたいなりたいと想い続けてきた職種ではありますが、胸が破裂しそうな不安と緊張が先行しています。
でも、前を向くしかないですよね。

向いている方向が前、進んだところが道

がむしゃらに、泥臭く、這いつくばってでも、植村直己さんみたいに頑張っていこうと思います。


切実に、まずは卒業。
ひぇ~

3/1-13 羊飼いに弟子入り

2017-03-12 14:08:33 | 日記
3/1-13 羊飼いに弟子入り

早いもので、この記事、帰りの飛行機の中で書いていまして、いま、ゴールドコーストへ着きました。

これから9時間飛行を経て、成田へ降ります。

NZでの旅の記事は、これが最後になります。
忘れないうちに、、、






さて、
2月末に親と過ごしたオークランドから、クイーズタウンへ飛行機で飛びました。

この飛行機、とてもすばらしいです。
ニュージーランド航空がすばらしいのはそうなのだが、ここから見た景色がずば抜けてすばらしい。


ニュージーランド航空は、チェックイン時に座席を選ぶことができ、僕は進行方向左、残り1つの窓側を確保。


そしてオークランドから飛び立つ。
その前に、家族でクライストチャーチへ飛んだときは、タナラキ山の外輪が完全な円を描いていて、感動したが、この日は曇りで見えず。


ただ、南島に入ったところから雲はなくなり、ホキティカを超えたあたりから航空ショーが始まる。


まず、ニュージーランドの背骨、サザンアルプスの北部に位置する、最高峰マウントクック。

マウントクックの西側を南下、飛行していたので、フォクス、フランツ・ジョセフ氷河が見事に見える。

さらに南下すると、フッカーバレーが見え、
おそらくだろうがマウントセフトンも確認。
きっと僕がテント泊したミュラーはあのあたりだろうかと、想像を膨らます。


このあたりから、雪をかぶった山脈が連なり、地形を捉えやすい。

そして、大きな湖ワナカ湖の西側を通過。
マウントアスパイアリングの真上少し西側を通過を通過し、マトゥキトゥキリバーが蛇行する。

ぼくが超えられなかったカスケードサドルもしっかりと確認することができた。

さらに、地図では、あの山の向こう側にある湖はどんなんだろう、とか、あの谷の向こう側はどうなっていたんだろう、とか疑問に思っていたところが、完全に丸裸。

涙がでるくらい、


うぉーーー!!!!

となってしまった。



リースバレーも完璧に見ることができた。
また帰ってくるぞ。ここには。


そしてクイーズタウン空港は東西に走る山脈の谷に作られた空港なので、南北に離着陸はできない。

そのためクイーズタウンからクロムウェルまで進んでから旋回し、徐々に高度を下げていく。

マウントリマーカブルの刺々しい山肌が美しい。


そしてクイーズタウンに着陸した。




山行きをしている人にとっては、本当に夢のような時間だった。
山行きをした後のスカイダビングは、ありかもしれない。笑




その後は1日かけてインバカーギル、ブラフを散歩して、クイーズタウンにもう一泊。

ここでは、以前ヒッチハイクで拾ってもらった
アンナベルのお宅に泊めてもらった。
マックス少年とは喜びの再会!

たくさん遊んで、本当に可愛らしい。
別れ際には、まだ泊まっていいでしょ?まま?ねぇ?
と聞いている。涙

また会いたいね。



そして、アンナベルとマックスと別れて、
ニュージーランド最終章の羊飼い編の始まりへと向け、ルークのお宅を目指す。

ルークはクイーズタウンとダニーデンの中間あたりのど田舎で羊農家をしている。
ぼくはその羊飼いに2週間、弟子入りする。



クイーズタウンから7人乗り継いで、待ち合わせの前の街までたどり着いたものの、ここのヒッチハイクは予想を大きく上回る難しさで、約束の時間に間に合わなかった。

なのでその町の前の街にあった自転車屋さんに入り、電話を借りるもつながらない。

だがその自転車屋さんがなんともやさしく、町の電話名簿を見て、ルーク家に電話をしてくれた。

そして、ルークが迎えにきてくれることになった。



申し訳なさと、優しさにつつまれた感じ。
あとニュージーランドでこんなことになっても平気でいられるようになった自分に、成長を感じる。




そしてルークとご対面。
カンタベリーのショートパンツにカンタベリーのカラフルなぼろぼろのポロシャツ。
トヨタのハイラックスで、荷台には茶色い犬が座っていた。


そして30.40分かけて、お家まで送ってくれた。
おうちは、ロードオブザリングの映画の撮影に使われたところの近くで、まわりはシープファームのみ。

道はグラベルで、草原というよりかは、荒野。
ニュージーランドで、最も乾燥しているエリアで、羊農家には難しい土地だが、うまくマネジメントすることで成り立っていると、教えてくれた。



そんな荒野の中に、防風林の高い松が鬱蒼と茂るところがあり、ルークのお家はその中に佇んでいた
洋風な見た目で、木造平屋。
白い壁と緑の屋根がとてもかわいらしい。


そしてお邪魔する。


ルークさん宅は、奥さんのケイトと、
3歳のフローレンス、1歳半のジュリエットの4人暮らし。
そしてケイトのお腹には、3人目の赤ちゃんがいて、かなりお腹も大きかった。


部屋の中には、大きな岩の壁と暖炉があり、ビンテージな雰囲気が漂うも、リフォームでとてもきれい。
大きな部屋と、大きな窓、それから窓一面に大きな庭が写り、子供を田舎で育てたい、そんな夢をもつ都会人なら誰しもが憧れる、そんなお家だ。


ぼくの部屋は、10畳ほどで、ダブルサイズのベッドを独り占め。
ここも大きな窓があり、部屋から羊も見える。


もうこの時点で文句なしだ。
そしてトドメをさすのが、ケイトの料理だ。


リビングの本棚には国際色豊かな料理の本がずらーっと並び、使い勝手のよさそうなキッチン。

リビングとをつなぐカウンターから、この日の夜ごはんのミートスパゲッティが出てきた。


これがうますぎる。
家庭料理とは思えない。

昼と夜、ケイトが料理してくれる。
ハンバーガーやラップ、他にもラザニアやキーシュ、チキン、ローストビーフ、ソーセージなどの夜ごはん。
スコーンやたくさんの種類のサンドイッチ、パスタなどのお昼ごはん。


ちなみに、これからぼくの滞在中、毎日異なった料理が提供され、本当に幸せな食生活を送ることができた。






もう完璧じゃないか。
住環境に関しては、本当にこの上ないまでに尽くしてもらい、羊飼いの弟子入りに気を使ってもらった。
ルークさん家族には本当に感謝している。


そんな完璧な生活環境のもと、ぼくの羊飼いの弟子入りが始まった。








職場は主に、ルークのお宅から車で5分弱のところにあるWool shed。
倉庫みたいな建物の中で、ルークが羊の毛を刈ったり、羊のメンテナンスをしたりするのだが、ぼくはそのお手伝いをすることになった。


基本的に、羊の毛刈りは夏前の春。
一度毛刈りのシーズンは終わっている。

そして今は、羊のお尻と頭の毛だけを剃るクラッチングという作業がメーンだそう。

他にも、年間を通じて、パドックの草を育てたり、羊によくない雑草を除去したり、フェンスを交換したり、という作業で、年間を通じて忙しく、ホリデーらしいホリデーは一回あたり最長1週間しかとれないらしい。

そして、クラッチングはぼくらのような弟子がいると効率よくできるので、弟子がいるときはクラッチング、いないときはその他パドックの管理をしているようだ。

なので、ぼくはクラッチングのお手伝い。


クラッチングもウールシェッドの中で行われ、
1日だいたい250頭ほどの羊の頭とお尻の毛を刈る。

シェッドの中には150頭ほど羊を詰めることができ、シェッドの外にも100頭ほど貯めることができる。

ぼくはこの250頭をうまくキープし、バリカンをもつルークへ羊をポンポンと渡す仕事をする。


ちなみにルークさんは4000到着の羊を飼っているようで、クラッチングを毎日しても16日かかり、さらひ1.2ヶ月でまた伸びてしまう。

それに他にも仕事がたくさんあるときたら、これは本当に大変だ。




そんな具合で、初めてのクラッチングが始まった。


初めはルークが羊のキープの仕方を簡単に教えてくれた。
まず、shedの中に150頭いて、4つのブロックに分かれている。
刈られる直前の部屋、
その1つ前の部屋、
その1つ前の部屋、
そらにその1つ前の部屋
といった具合だ。

主な立ち位置は、刈られる直前の部屋で、ここで羊1頭が通れるほどの高さの廊下に羊を3頭を常にキープするのが1番の仕事。

そのために、刈られる直前の部屋のひつじが全て送り込まれたら、上下に開ける扉を開けて、大声を出しながら羊を移していく。

さらにキープしながら、ルークが刈った毛を選別していく。
いい毛と悪い毛だ。
腰回りの毛は良いが、股下の毛はうんこがついていてよくない。

羊を流動的に動かしながら、毛の選別といえば簡単な説明になるだろう。


そんなに複雑ではないが、ルークの手元を見ながら、ぼくのできることの優先順位をすぐに考え、できることからトントンと終わらしていく。



羊も簡単に動いてはくれない上に、毛の選別も難しい。
なのでルークは募集要項にも、仕事はハードワークで、最初の2、3日は学習の時間としてとっていると公表していた。



でも前日に仕事の説明を簡単にしてもらっていた。

難しいけど、リアルキウィライフだ。

と自信を持ったその声に、ぼくはキラキラした目で説明を聞いていた。




そして、クラッチングがはじまった。


大きな音で、鋭いバリカンが振動し、最初の1頭が専用の台に乗った瞬間、羊は両サイドから機材に挟まれ、ぐるんと90度回転させられる。
そしてちょうどお尻が丸出しのような形で横たわる。


そのお尻を、手際よくルークが刈っていった。
整備された鋭いギアは、止まることなく滑らに羊のお尻を滑っていき、繋がった毛がバサッバサッと落ちていく。

六甲山牧場の毛狩りショーとは、レベルが違う。早さもしかり、毛が見事に繋がったまんま刈っているのだ。

その様子を、150頭と僕が心配そうに柵の上から覗いて見ている。



1分もかからず、お尻と頭を刈って、
羊は元の位置に戻され、機材が挟むのをやめる。
刈られた羊は、軽やかに外へ飛び出していく。

そして僕が次の一頭を送り出す。
また挟まれて、グイングインと刈られていく。


そんな中で、僕はその廊下に羊を詰めて、せかせかと落ちた毛を集め、選別をしていく。

廊下に羊を詰めるにも、力ではなかなか難しく、
尻尾を掴んで前に進ませながら、鼻を叩いて進行方向を決めていく。

もっとも羊は前の羊を追う習性があるため、そ!をうまくつかわねばならないので、これを使わずして仕事は進まない。
決して力仕事ではない!


だが最初はなかなか次に進んでくれず、毛の選別もままならない。
そうこうしていくうちにルークはどんどん刈っていく。

汗がたれ、何がいい毛で何が悪い毛かわからない。
毛が溜まる一方、羊を廊下に送り出す部屋に羊がいなくなった。


すぐに次の部屋へつながる扉をあげて、
羊を送り込む。
大きな声を出すのをためらっていると、ルークが奥から
「ウラーーーーラーーーーラーーーー!!!!」

と援護してくれた。
僕も元は野球部だ。
負けてられない。




「シャーー!!!!オラーーー!!!!」


ルークは笑っていた。笑




最初の一頭が部屋に進むと、どんどん次に続いていく。
その囲い込む角度やケツを叩くタイミング。
少しずつ実験的に試していき、うまくいったものを採用していく。





お、容量わかったぞ。



毛の選別も、思い切ってはっきりと選別してやった。





そして30分後。




















「お前は本当の羊飼いじゃないか!!!!」






と褒めてくれた。笑





そう、コツを掴んでしまった。
六甲山牧場で伊達に羊を操って遊んでいたわけではない。


あの羊慣れの効果はきっとあったはずだ。
とんとんと羊を進ませることができた。



羊を廊下に送り込むのに慣れると、選別もより丁寧にでき、さらにルークがギアを変えているときもルークの周りの掃除もできる。


テンポよく羊を送り込むのがミソみたいだ。




そして、初日は250頭、
朝8時から30分のお茶タイムと、お昼ご飯を挟んで午後3時に終了。

僕は暑さと疲れでへとへと。
ルークはとりあえず僕をおうちへ送ったあと、
仕事に戻った。


ルークはその後、翌日のスクラッチング用の羊を、車と犬を使って操り、ウールシェッドに送り込みと、日課のギアの整備をしに仕事へ戻った。






僕は、羊の毛の油と、うんこでべとべとの手、
さらに埃まみれなので鼻水もぐじゅぐじゅ。

そんな状況を打破すべくシャワーを浴びて回復。





うがーーーーと疲れて座り込む。





そしてルークが帰宅後、ケイトのおいしいご飯をみんなで食べて、その日が終わった。





クラッチングの要領をつかむことができた初日、これは本当に大きな一日だったに違いない。





その翌日以降も、たくさんクラッチング作業をした。



日に日にぼくの技術は上がっていく。
羊が動きやすい誘導の仕方や、毛の選別、ほうきの使い方まで、思うように操れるようになっていった。


羊も歳によって大きさが異なり、年をとればとるほどあばれやすく、扱いにくい。
ちなみにクラッチング初日は最年長の羊たちだったようだ。




13日間の滞在時間で、8日間ほどしただろうか。
1500頭ほどの羊のケツをしばきまくった。






ちなみにこのクラッチングの作業、業者に頼むこともできるみたいで、その場合一頭4ドル程だったはず。
これを全部の羊にすると大変なことになってしまう。

そこでルークは弟子を雇い、節約をしているわけだ。


でも、疑問だったのは、
羊一頭から取れる毛の量はだいたい4キロで、5ドルほど。



業者に頼むクラッチングの値段、高すぎやしないかい?

羊農家は儲からないらしく、全盛期の羊農家数に比べるといまは三分の一ほどの3000万ほどらしい。






他にもいろんなことをおしえてもらった。

知っている人もいるかと思うが、
羊の毛刈り用のバリカン。

頭を剃る用のやつとは全く異なり、
まず刃がすごい。

鋭利なアタッチメントと、激しくうごくカッターのセットがギアとよばれ、
だいたいクラッチングで15頭ほど刈ったあとは、その刃は使い物にならなくなる。

だが、ここで捨てるわけではない。
その刃は、毎日ルークが回転ヤスリで研いで、
またピンピンに戻すのだ。


ちなみにこのギアはセットで75ドル。
たけぇよ〜(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)





ニュージーランドの羊農家は、意外と儲からない。
それは事実な気がしました。




いろんなことをおしえてもらいました。







そして、羊を追いかけているうちに、
時間はあっというまにすぎていき、
ルークさんちでの最後の夕食。



おいしい食事をいつも提供してくれたケイト、
優しく声かけてくれたルーク、


本当に感謝の気持ちでいっぱいで、
とても楽しい日々を過ごすことができました。


ランチ会にも参加させてもらい、
いい経験もたくさん。




ありがとうルーク。
日本に帰ったら、六甲山牧場でバイトしてみたいと思った。







昨日、また会おうとお別れをして
ぼくはクライストチャーチへ帰った。



そして今朝の飛行機でゴールドコーストにいる。
クライストチャーチから飛行機が浮いた瞬間、ぼくはいろんなことが思い出されて、
本当に充実したNZだった。




また、ニュージーランドのこと、
振り返りながらまとめたいな〜







と、ゴールドコーストの空港には
日本人がたくさんいて、なんか日本に帰るのが怖くなってきた。



でも、次の旅の目的地は日本!
そう思うことで、足が前に出る気がするので。





さて、帰りますか〜^ ^































NZ日記 1/22-2/28 帰国まであと5日

2017-02-09 18:06:55 | 日記
すこしブログの間隔が空いたが、そのうちに日本帰国まで5日のところまできてしまった。


今は、WWOOFで、Wedderburnというど田舎で、羊飼いのお家に居候しながら毛狩りの仕事のお手伝いをして生活している。


ここの生活は日本に帰る直前にブログに書いておきたいが、その前の1ヶ月間、どこで何してたか、今のうちにまとめておこう。


1/22-2/4ランギオラでwwoof
2/4-2/6 ヒッチハイクでテアナウへ移動
2/7-2/10 ケプラートラック
2/11-2/13 ルートバーントラック
2/13-2/17リース、カスケードトラック
2/17-2-19 ワナカ ロイズピーク
2/19-2/21 マウントクック
2/22-2/27 オークランド


こんな具合で流れるように時が過ぎて行った。
この間、多忙すぎて、日記を書く気力がなかったが、何事も志すのに遅すぎることはないと思うので、今更だがその内容も書けるだけ書いておく。

写真もなければ、大したことも書いていない。
かなしいかな、読む価値はない。




1/22-2-4 ランギオラでwwoof

ランギオラの郊外で2週間、ニュージーランドの有機的な生活をwwoofを通じて体験してきた。



wwoofとは、基本的には有機農園や牧場などで1日4、5時間の労働の代わりに、三食とベットを用意してくれるというエクスチェンジシステムのことだ。

ニュージーランドの日常の生活には興味があって、それを深く味わうにはかなりいい手段だと思い、今回試してみた。
これもニュージーランドでやってみたかったことのひとつ。



今回は、クライストチャーチの近くの衛星都市ランギオラから、さらにすこし郊外へ行ったところのメレルさんのお宅で2週間滞在した。
僕以外にベルギー人、ドイツ人、日本人の3人のwwooferも一緒にステイしていた。
ベルギー人とドイツ人は同い年くらいの女性で、日本人wwooferは、僕よりひとつ年下の男子大学生。
日本人がいるとは思ってなかったので、到着してびっくり。

ちなみにメレル一家はオランダ人。
インターナショナルすぎる。




今回のステイ中の仕事内容は、チキンの遊び場の雑草抜き、野菜のピッキング、畑仕事、掃除、薪割き、など、基本的には外での仕事だった。
部屋の中でこまこまするより、外で思いっきり仕事ができるのはありがたい。

メレルさん宅の有機菜園は、個人でやっているものなので、商業的に単一の野菜をたくさん育てているのではなく、たくさんの種類の野菜を家族と僕らが食べる分だけ育てている。



毎日のスケジュールは、だいたい8時に起きて、朝ごはんを食べ、9時半から昼食挟んで5時頃まで仕事、夕食後フリータイムというベルトコンベアーのような生活が2週間続いた。

ちなみにここは1日の労働時間が6時間の代わりに、土曜日が休みになっている。

朝ごはんはポーリッジ。
お昼は自家製パン。
夜は日替わり料理となる。


ごはんについては、量も味も大満足。
お家も大きく、とてもきれい。
なにも文句いうことはない。


こんな環境の中で、自分が今まで考えたことがなかったことに、たくさん考える機会を得ることができた。

ここにそのことについて書きたいところだが、こちらでブログを書く時間がもったいなくなるくらい、帰国が僕を焦らせているので、とりあえず割愛。

日本に帰ってからも、この内容について、いろんな人の意見を聞いてみたいと思ったので、お会いした方に唐突に聞き出すかもしれません。


そんなことをいうと、ブログを書くのがめんどくさくなってきてしまったではないか。

いや、書けるうちに書いておこう。






ずばり、この2週間は体力的にはとても楽な2週間だった。
毎日シャワーを浴びれて、洗濯もしてもらえて、健康的な食事を取れる。この点に関しては、山行きをしていた身としては神がかり的だ。


楽なことに関しては、まぁ甘えてていいのだが、
日本人ウーファーの彼とは、いろいろなお話をして、僕が無知すぎて疑問点だらけのところがあったので、とてもいい刺激になった。

いい出会いに感謝。
また会おう!



あと、ニュージーランドの生活が、どれほどゆったりしているのか、というのも実感できた。



だがこのことは、近頃、なぜニュージーランド人はこれほどまでに自然環境に積極的な考えを持っているのかという疑問に関係している気がしてきた。

自然に関心があるということは、やはりその人自身、自然を楽しみ、そのありがたみを理解しているからなのか。
ヒッチハイクをして色々な話を聞いていたことからも、ニュージーランドに住むほとんどの人が間違いなく自然を愛していることがわかる。

そして事実、彼らの生活の周りにはたくさんの自然があり、自然を楽しめる余裕も多いことを実感した。
メレルさんの旦那さんはこちらでサラリーマンしているが、日々の生活からゆとりがある。
朝は少し早いものの、夕方にはきちっと帰ってきて、家族で夕食をとる。
残業に厳しい規則があるようだ。




話は脱線しがちだが、
僕はこれから先、人と自然が共存できる世の中が続いて欲しいと考えている。特に日本で。


ただ日本は人と自然との距離が物理的にも精神的(?)にも遠いような気がしていて、そのことに僕は、どこかさみしい気持ちを感じている。
日本が働きすぎで、忙しすぎて、自然を楽しむ余裕がないという意見を持っているわけではない。むしろ日本人の働くことへの熱心さは、本当に脱帽するし、日本の誇るべきことでもあると思う。
これは海外に出て強く思った。(なんで彼らはそんなに働かないんだろう?)


ただそんな中で、自然に親しみを感じてもらい、その良さを知ってもらうことができれば、自然について考えてもらうことができる機会が増えるのではないかと思っている。

ぼくは自転車に乗り始めたことから、自然に対する愛着が増し、日本の素晴らしい自然を守り、残したい気持ちが加速した。

この先、志望はあるがどんな職につくかはわからない。さらにこの考えの答えなんて出ないだろう。
まだまだ知らないことがたくさんあるので、いまはこんな具合の感情を抱いていることを、殴り書いたメモとして残しておく。

そんなwwoofだった。
どんなwwoofだよ。笑





2/4-2/6 テアナウへ移動

wwoof先のランギオラ郊外から、南島の南側の町テアナウへ移動する。
脚はないので、ヒッチハイク。

距離にして約700km
1日ではムリだろうと思うので、予備日の1日を含めて、計2泊3日を移動に用意した。


1日目は、ランギオラから8人乗り継いでプカキ湖南端のフリーキャンプサイトまで。
ここのキャンプサイトは素晴らしかった。
またいつか写真をどこかに載せたい。

2日目は、プカキ湖南端から5人乗り継いでテアナウまで。

予定通りテアナウまで2日かけて着いた。
この間出会った多くの人々へ、本当に感謝したい。



さてうまくいったはいいが、用意していた予備日分を消化しなければならない。
でもその予備日分を町で泊まる気にもなれないので、テアナウの隣町にあるマナポウリ湖の近くの山小屋まで歩いた。野宿みたいだけど、野宿じゃない。

ここの山小屋までは、シャロウベイハットといい、レインボーリーチというケプラートラックの駐車場から、ケプラートラックの一部を時計回りに歩いて行った。

レインボーリーチまではヒッチハイクで。
このとき台湾人が、親切というか、ただただ優しくて、そこへ行く用もないのに乗せてくれて、チョコまでもらっちゃって、これは確実にヒッチハイクマジックだった。
本当にありがとう。


山小屋に到着すると、人がいっぱいだったので、湖畔でキャンプした。


穏やかな風が生みだす波音がテントを包み、
静かな夜
ネパールで買った紅茶をすすり、至福のとき




予備日を楽しんだ翌日、朝早めにテアナウの町まで向かい、街での時間を思う存分満喫することにする。

町に夕方など遅くに入ってしまうときは、その町の近くで野宿かキャンプし、その翌朝早くから町を楽しむというスタイルをとっていたが、これは後に教えてもらったがニアゼロというスタイルらしく、アメリカのスルーハイクでは一般常識らしい。
自然と僕も心がけていたが、僕よりもえげつないニアゼロをしているのが、師匠だ。

テアナウの町に到着後、宿にチェックインすると、その師匠が僕の泊まるホテルに来たことをレセプションが教えてくれ、彼はいまホリデーパークにいるわよと教えてくれた。

そして、連絡を取って、docで師匠と合流できた。
世界をめぐる師匠とはネパールの宿でお会いした。
この日は師匠からその世界のいろいろな話を聞き、ニアゼロを教えてもらった。
師匠は、テアナウの町の手前の橋の下でニアゼロしていた。
感動して鳥肌がたった。



あとたまたま、この宿に居合わせた他の日本人の師匠方と交えてお話をして、有意義なステイを過ごせた。

翌日からのケプラートラックへ、いい準備ができた。


2/7-2/10 ケプラートラック

師匠たちと別れを告げ、ケプラートラックへ。
ケプラートラックは、ニュージーランドに9つあるグレートウォークというトラックの1つで、めちゃくちゃ歩きやすいように整備されている。なぜそのような整備がされているのか、という理由については、歩きながら考えてみようと思う。

さらにここは、フィヨルドランド国立公園内にあり、湖畔の景色と、壮大なフィヨルドの山並みが美しいことが有名で、全世界から予約が殺到する人気のトラックだ。

確か僕は去年の9月に予約をした気がする。
NZで楽しみにしていた山の1つだ。

日程としては、3泊4日で、
1日目はコントロールゲートからブロードベイキャンプサイトへ
2日目はブロードベイキャンプサイトからラクスモアを超えてアイリスバーンキャンプサイトへ
3日目はアイリスバーンキャンプサイトからモツラウハットへ
4日目はモツラウハットからコントロールゲートへ
と反時計回りにトラックを一周した。



1日目は、ほぼフラットな散歩道を10km程歩いて
、ブロードベイに早くついてテントを張り、のんびりすることにした。
コーヒーを飲んだり、ゆっくり食事をしたり、本を読んだりして、贅沢な時間を過ごした。
サンドフライが少し気になったが、景色も良いところなので、1泊ここでキャンプして、ラクスモア往復するのもいいかも。

2日目がハイライトとなり、距離も長い。
25km?程で、獲得標高1100mとなる。
日本にいた時は2000mくらいはざらに登っていたのに、ザックが重いせいか、累積1000mを超えると少し、あぁ↓、となる。

ほぼ毎日歩いてはいるが、日本にいるときより確実に体力は落ちている。
日本にいるときは、きちんと有酸素運動と、親がつくるご飯のおかげで適切な栄養をとれていたが、いまはただ炭水化物をとって歩いているだけだ。
まぁいまはいいか。


さて、ブロードベイからラクスモアまでは、800mくらい登った気がするが、信じられないほど高いところまで重機が入った整備がされていた。
溝が掘られたり、ある程度の道幅を確保したりと、そこまでするのか、と驚いた。



ラクスモアハットの手前あたりから、ブッシュラインを超えた。
テアナウの街並みと、レイクテアナウがとてもうつくしい。

ショートトリップのラクスモアケーブは、中でウェタと出会うと嫌だったので、入り口で諦めた。



マウントラスクモアの山頂は、いく価値のあるピークで、この辺りが360度よく見渡せる大展望だ。




ここからは、きれいな稜線上を歩く。
全く危険ではなく、アップダウンもおだやかで、ラブリーなトラックだ。



ミルフォードの方向にきれいな山々が見えたが、残雪がもっと残る時期のほうがもっと見事だろうな、と思うので次回は12月頭ごろに来て見てみたい。



稜線歩きを終えると、スイッチバックでアイリスバーンまで一気に下り、ここにキャンプ。
サンドフライキングダムだったが、とても素敵な夜を過ごすことが出来た。


3日目はただの散歩道を10km程あるいて、レイクマナポウリのほとりのモツラウハットへ。
その前にこの近くのショートトリップのアイリスバーンフォールズも見学した。
落差は低いが、水量が多く、滝壺はとても神秘的な空間で、気持ちが良かった。

お昼過ぎにはハットについたので、お昼ご飯を食べてから、レイクマナポウリでお昼寝をして、のんびり過ごした。

それにしても、ここを歩いているトランパーの年齢層が高い。
このトラックを整備しているのはそういう意味か?




4日目はモツラウハットからコントロールゲートまで歩いて、トラック終了。

ラッキーなことに、4日間すべて晴れたので、見事な景色をおがめることができた。
ありがたい。

個人的にケプラートラックは大好きだ。
こちらで山のメンタルが一度やられたこともあったので、久しぶりにただただのんびりお散歩をできた。
気持ちがすっきりした笑



ケプラーを出た日はバックパッカーズに泊まり、のんびりした。

またケプラーでは本当に素晴らしい出会いに溢れ、なによりもそれが1番嬉しい思い出だ。

ぼくとかかわっていただいたみなさん、
本当にありがとうございました。
そして、本当にまたお会いしたいです。






2/11-2/13 ルートバーントラック

雨予報だったが、宿で起きると、まだ雨は降っていない。

鳥園でタカへという飛翔能力を失った希少な鳥の餌付けを見学する予定だったが、まさかの寝坊で5分遅刻。

案の定、柵の外からの観察になったが、無事タカへを拝むことができた。

こちらで野生のキウィは見れなかったが、ニュージーランドの飛べない鳥たちの、天敵のいないぬくぬくと育ったかんじが、なんともかわいい。


その後、ヒッチハイクでルートバーントラックの登山口、ザ ディバイドへ。
オーストラリアから来たサリーに送ってもらった。
サリーの旦那さんがグレーノーキー側からルートバーンを歩いていて、そのお迎えにいく途中に拾ってもらった。
サリーと旦那さんは60歳を超えているが、砂漠でキャンプしたり、氷河を歩いたりと、アドベンチャーな夫婦で、こういうお話をきいているうちに仲良くなった。
またオーストラリアに行った時はお会いしたい。


そしてディバイドについた。
ぼくのルートバーンの行程はこんな具合だ。

1日目は、ザ ディバイドからハウデンハットまで行き、一度グリーンストーントラックへ外れ、マッケラーハットへ1泊。
2日目はマッケラーハットから同じ道でハウデンハットまで戻り、ケプラーへ復帰後、ルートバーンフラットハットのキャンプサイトへ。
3日目はキャンプサイトからルートバーンシェルターまで抜ける

こんな具合で、2日目はメイントラック復帰後さらにハイライトの稜線歩きを含む30kmの行程で、山行きをしてないとできない組み方だ。



まずはザ ディバイドから入山し、キーサミットというデイハイクに人気のショートトリップへ行く。
ガスで真っ白だったが、晴れたときは、きっと美しいだろうな〜


南会津で仕事中にお会いしたご夫婦におすすめされたところだったので、またこの旅のお話をしたいが、連絡先をきいていなかった。
ざんねん、、、。

そしてハウデンハットからグリーンストーントラックへ。

ここも有名なトラックだが、ガスで真っ白。
そのまま7km歩き、マッケラーハットへ到着した。


まず、グレートウォークのハットかと思うくらいきれいでびっくり。
めちゃくちゃ快適すぎて、びっくり。

ガスこそないものの、ワーデンがいて、
清潔が保たれている。
正直テアラロアのハットがなんだったのかと思うくらい、きれいだった。


こんなところで思いっきり睡眠をとった。
バックパッカーズより快適だった。




2日目は長距離かつ雨なので早めに移動する。
朝からがっつりたべて、出発。

ハウデンハットからルートバーンへ復帰後は、ケプラーほど道幅は広くないが、日本の登山道のような雰囲気のところを登る。

イヤーランドフォールという滝は、ぼくが今まで見た滝の中で好きなランキングナンバーワンだ。
なにせ170mの滝の落下をめちゃくちゃ近くで味わうことができる。

立山の称名に会いに行きたくなったのも事実だ。



そのままマッケンジーハットに到着。
こんな山の中に高級ホテルがあった。

高級ホテルではなく、ハットだった。
しょんべんちびった。



ケプラーのハットで度肝抜かれていたのに、
こちらに来てからグリーンストーンといい、ルートバーンといい、ハットのクオリティがえぐすぎる。

さすがクイーンズタウン管轄だ。



マッケンジーハットからはトラバースしながら稜線まで出る。
この辺りから標高を上げるに連れブッシュがなくなり、風が強くなって来た。


でも道はきれいに整備されていたので、元気よく歩いた。
景色は真っ白。

たまーーーに陽が出て、きれいな虹を見ることもできた。神様ありがとう。



ハリスサドルまで一気に歩き、ここのシェルターでおやつを食べて、その後もルートバーンフォールズハットを経由し、ルートバーンフラットへ。


ルートバーンフォールズは、もはやここにこのクオリティは環境破壊だろ思うくらいハットが豪華だった。笑


ルートバーンフォールズについた頃には、雨は止み、ガスが晴れつつあった。
ルートバーンフラットにテントを張り、その後陽が出た。
サンドフライはあまり多くない。
川で足と頭を洗い、気持ちがいい。



となりでテント初心者の女2人がいた。
今夜は雨どころか雪なのに、それはさすがに危険じゃないかな?

あいにくぼくが知らないタイプのテントだったので助けられなかった。
せめて声かけくらいしとけばよかったか、、、

と少し不安なまま夜を迎えた。
深夜は強い雨が続いた。



3日目朝起きると、雨は止み、目の前の稜線上は雪で白い化粧をまとっていた。
あぁ、なんと美しい〜



横の女2人は朝起きた時にはテントもなかった。
その跡地には水たまりができていた。

僕が横尾でキャンプした時のことを思い出した。
失敗が1番人を成長させる。
気にするな。






そのままルートバーンシェルターまで歩いて、
おわり。
ここからヒッチハイクでグレーノーキーまで抜けるが、ここのヒッチハイクは僕的にはめちゃくちゃ難易度が高い。
なぜならその道はルートバーン専用の道だからだ。


でも20分ほどグレーノーキーに向けて歩いていると、ドイツ人のルートバーン帰りのトランパーが拾ってくれた。

ありがたや〜






グレートウォークを2つ歩いて思ったが、僕らのような山行きをしている若者に対して、これだけ整備されたトラックは必要ないが、高齢者やちびっこ、初心者にとってこれはとてもありがたいだろう。

ただ、少し過酷な山行きも経験した僕にとってはものたりなかった。
距離が足りないとか、アップダウンが少ないとかではなく、人の手が入りすぎていることに対して、どうも自然を歩いている気が欠けてしまった。

値段が高いことは、これは整備にお金がかかるので構わないと思う。
ただトラックを選ぶ上で、値段が高いから美しいということではないというのは間違いない。

他のルートを歩いた感想としても、ケプラーやルートバーンにも決して劣らない(比較は出来ないが)トラックはある。

だが山行きをしているぼくが、歩きやすい大人気のグレートウォークの予約の1つを埋めてしまったことにも、少し申し訳なさを感じてしまった。

難しいところだが、山行きをしている人はケプラーやルートバーンで予約ができなかったとき、もしくはもっとワイルドなトランピングを好むなら、その周りのトラックにも挑戦してほしい。
むしろそちらのほうが満足感が得られるかもしれない。


ただきっとぼくも、この2つを歩く前にこの2つよりももっとエキサイティングなトラックあるよと言われても、グレートウォークを歩きたい気持ちは変わらなかっただろう。

ね、難しいね。






グレーノーキーについて、次のトラックの準備をする。
ここからは次の項へ。




2/13-2/17リース、カスケードトラック

ルートバーンからグレーノーキーまで出て来たのち、次のトラックはここグレーノーキーの近くのリーストラックに向かう。

グレーノーキーはとても小さな村で、スーパーもない。
ジェネラルストアのみで、ぼくも食料が不安だった。
お守りを買う気持ちで、おやつを高いお金を出して買った。


この時点で時間は12時。
ここからリーストラックの登山口まで20km。

前日からの雨と、この時間を考えれば、ヒッチハイクはまずむりだろうと考えていた。
そのためリーストラックの登山口まで歩くことを今日の目標にしていた。


歩き始めて5分後。
車が来たので、親指をたてる。
とまってくれた。

きっとリースではないところへいくのだろうとおもい、どこへいくのか尋ねると、リースへ向かう家族だった。












うぉーーーーーー!!!!!!!!
奇跡!!!!!!!!!!!!!!



感謝感激!!!!!!!!!!!!



めちゃくちゃ幸運なことに、そのままリーストラックの登山口まで、どころかそこから2.3km先まで送ってくれた。

彼らも今日リースバレー北上するつもりだったが、彼らは車で北上するつもりだった。

が、車で渡れる川ではなかったので、彼らはぼくを送り届けてくれたのだ。
さらに、僕が行くリーストラックの先のカスケードサドルは死人が出る危険な峠だったことを心配してくれ、ビーコンまで貸してくれた。

そのビーコンはワナカへ預けて行ってくれれいいよと言ってくれたが、彼らはのちにワナカまでとりにいってくれるらしい。


なんでそんなにやさしいのよ涙





ありがとう。









俄然やる気に満ち溢れ、僕は1日早くリーストラックを歩き始めることができた。


リーストラックは、リースダートトラックという一周のトラックの東側のトラックで、僕はダートトラックを回らずカスケードサドルという峠を超えてワナカサイドへ抜ける予定でいた。

ずばりこんな具合だ。

1日目はシェルターロックハット、
2日目はリースサドルを超えてダートハット
3日目はカスケードサドルを超えてアスパイアリングハットへ
4日目はアスパイアリングハットからロブロイ氷河を経由してマウントアスパイアリング駐車場へ抜ける



そして、1日目は素敵な家族によって1日早く始めることができたのだ。

家族と別れた後、強い雨の中20km近くほぼフラットでときどき泥沼を歩いて、シェルターロックハットへ到着した。


雨の影響で、泊まるのは僕入れて3人。
そのうち1人はカスケードサドルを超えて来たアメリカ人だが、雪ならむりだと言われた。

明日の予報は山頂では雪だ。
この時点でもう、なかばカスケードサドルは諦めていた。


でも人にそう言われても、自分で確認するまで決め付けたくない。
ここから戻るわけにはいかない。



2日目
小屋の周りはしんしんと雨が降っていた。
だが、次の小屋までは三時間と見た。

だが危険なひとつ急なリースサドルを超えなければならない。
できるだけベストなタイミングで小屋を出発したい。

でもできるだけ早く出発して、早くに次の小屋に着きたい。
そして休養をとりたい。
なかなか疲労はたまっていた。



そのため、一瞬雨がやみ、西の空が明るくなったタイミングで飛び出した。


リースサドルへは、直前の急登以外は安全で、沢もちいさいものばかり。

リースサドル付近は20cmくらい雪が積もっていた。
登りはいいが、下りは絶対的に気をつけなければならない。


リースサドルからスノーウィークリー沿いに下り、ダートハットへ到着した。
2人先客がいたが、彼らはここに3泊するらしい。

早く着替えて、一気に休息モードへ。
ここもハットがきれいで、居心地がいい。



さて、今晩も雪がつもるだろうか?
明日はカスケードサドル超えの日だが、むりなら引き返す。
カスケードサドルからワナカサイドへ下るのが危険なので、せめてカスケードサドルまで上がってから判断したい。



3日目
ダートハットを出発し、カスケードサドルへ向かう。
周りの山の山頂は真っ白だ。
昨夜も雪が積もったのだろう。

だが今日からは天気は一気に回復する。
それを信じ、一歩一歩確実に進んでいった。


いままで、いろいろな山を歩いたが、
1番死を感じながら歩いたトラックは間違いなくここだ。

前日の夜から、明日の夜は迎えられないかもしれないとか、考えていた。
でも、絶対生きることを、心のど真ん中において、歩くことにした。



ダートハットから、ダート氷河までは簡単な道で、ダート氷河のターミナルからカスケードサドルへ登り始める。


カスケードサドルへはそれほど緩やかではない。
だが、ワナカサイドはこれ以上に、圧倒的に急斜面だ。



2時間ほどかけてカスケードサドルまで歩いた。
ここで雪は30cm以上。

カスケードサドルから上を見上げると、まだまだ登りは続く。
カスケードサドル1500mからパイロンという1800mの最高到達地点まで行かなければならないが、そのあたりは真っ白で、安易に踏み込める雰囲気ではなかった。





いろいろな本や映画で、引き返す勇気の大事さは知っていた。
でも、それを自分自身で考えたのは初めてだった。



そして、僕にはこんなところで死ぬわけには行かないという気持ちの方が圧倒的に強かった。




だから、引き返すという決断は、決して難しくはなかった。
それに、引き返したとしても、後退するわけではない。



向いている方向が前、進んだところが道だ。






僕はダート小屋へと歩いた。







4日目
ダート小屋からシェルターロック小屋を経由し、
リースバレー登山口まで帰って来た。
道中美しい景色を見れたのも、前に進んだからだろう。



そして、登山口からグレーノーキーまではヒッチハイクがなかなかつかまらなかったので、10km歩いて、ようやくやさしいカメラマンに拾ってもらった。

それから、クイーンズタウンの近くの12 mile delta キャンプサイトへキャンプした。


リース、カスケードサドルトラックは、僕にとって、特別なトラックになった。
また帰ってくる。必ず。










2/17-2-19 ワナカ ロイズピーク

クイーンズタウンの近くのキャンプサイトから、クイーンズタウンへ一度出る。
でも用事という用事は、ない。


ひとまず、ビーコンを返さなければならない。
あの家族にもらったアドバイス、それから送っていただいたことの感謝をもう一度伝えたい。


そんな気持ちもあって、住所を頼りに、彼らの家まで行ってみた。


アロータウンまでヒッチハイク。
そこで声をかけてくれた住人がかつて日本で英語教師をしていたので、日本が喋れて、
その助けてもらった家族と友達ということもあって、家まで送ってくれた。



家には誰もいなかった。
手紙を書いて帰ろうとしたら、車が帰ってきた。




旦那さんがかえってきた!!!!!!
うぉ!!!!!




I'm Alive!!!!!!




無事、生きてありがとうをいえて、本当に良かった。

今度は泊まっていきなよとまで言ってもらった。
本当にうれしいつながりができた。
ありがとう。



それから、クロムウェルの近くのキャンプサイトへ移動し、キャンプ。

その翌日、ワナカへ向かった。

ワナカではアイアンマンレースが開催されていて、とても賑わっている。
その間をかきわけ、アイスクリームを二店、楽しんだ後、ロイズピークへ登る。



ロイズピークはワナカ湖横の山で、しっかり登るが、デイハイクで人気のところだ。
道も楽勝。



ここの登山口までヒッチハイクし、かれらにビールまでもらった。




そして、上り始める。
すこしすると、後ろから日本人カップルがこんにたはと声をかけてくれた。

ここでの出会いも楽しいもので、いろんなお話をして楽しむ。

テアナウ以降、日本人運に恵まれてるな〜





山頂までやすみやすみ登り、ぶじ展望台へ。
たくさんの人で賑わうが、みんなデイハイク。
というかお散歩。


そして、ぼくは師匠に教えてもらった。
ここにフラットなところがあることを。





先ほどの日本人カップルのランチに混ぜてもらい、おいしいサンドイッチまでいただいた。

山の上だろうが、妥協しないご飯はぼくのモットーだったのに、ニュージーランドではなかなかそれができていなかった。

やなり、山の上で本気飯はうまい。
宇宙食みたいなドライフードはもういいわな。







そして、みんなが帰り始めたころから、テントを張り、暗くなるのを楽しみに景色をずっと眺めていた。



そして全員が帰った。





その瞬間から、展望ポイントに座り、ずっとワナカを見つめていた。
もうすぐニュージーランド旅もラストスパート。

いろんな想いがかけめぐるが、
まだおわらない。

そして、この旅が終わっても、まだまだ旅は終わらない。




素敵な夕刻を過ごし、静かに眠った。
ここから見た星空は、なかなか見事だった。











朝起きて、何人かが朝日を見に上がってきた。
僕もそれにあわさておきて、外で朝日を待つ。



そしてワナカの向こう側の丘の上に、オレンジ色の光の球が上がり、ワナカ湖が一気に明るくなる。



人がごわついていたが、きれいな朝日だった。
うん。


でも、このときにおもった。
こんなに簡単に見られる景色に、どうも物足りなさを感じていた。

リースバレーで泥沼を超え、3つの谷の合流する峠から見た壮大な景色や、そこへ達するまでの工程が、僕を満たしてくれた気がする。

甘えんぼだが、これはぼくのこれからの山行きに影響を与えそうだ。




そのままワナカへそそくさと下り、
ワナカを後にした。
ワナカ自体はとても好きな街で、クライストチャーチの次に住みたいところだ。


そして、そのままNZ山旅最終章のマウントクックへ向かうために、ワナカの町外れでヒッチハイクをしはじめた。



2/19-2/21 マウントクック

マウントクックへ向かいたいが、2、3回ヒッチハイク必要だろうと思っていた。


そしてヒッチハイクをして20分。
ようやく泊まってくれたドライバー、行き先を聞くとマウントクック。



奇跡?え?奇跡?




神がかり的な強運を味方に、マウントクックまで連れてってもらえた。

彼はイギリス出身のプログラマーで、
プログラマーだから世界中どこでも仕事ができるみたい。

りんごをもらったり、写真を撮ったりして
楽しくドライブおつきあいさせてもらった。

ありがとう〜〜







そして、マウントクック村へ到着した。
この時点で14時。


明日はミュラーハットへ泊まるので、
今日は村の近くのホワイトホースキャンプサイトへ泊まり、このあたりの散歩道を散歩する。



この散歩道は、フッカーバレートラックと言って、マウントクックを正面からフッカー氷河越しにみることができる大展望トラックだ。


そのため、めちゃくちゃ人が多い。
だが、天気がめちゃくちゃよかったのは嬉しい。



テントを張って、出発。
ぼくのテントの横に、モンベルのテントと自転車が停まっていた。




トラックを歩き始めてちょっとすると、
ヒマラヤの山容を思い出させる鋭いピークが、青空を突き刺した。

ニュージーランド最高峰のマウントクックだ。
天気が悪い日が多いため、マウントクックを全て眺めることができたのは、とてもラッキー。



景色の美しさだけなら、今まで見てきたものの中でもトップクラスなのだが、
どうも物足りない。


なんでなんだろうね。


ロイズピークのときもそうだったが、
景色の綺麗さだけでは、どうやら満足できなくなってしまったのか。
舌が肥え過ぎで贅沢者だ。馬鹿者よ。



















ただ肥えた舌を痩せさせるのは難しい。
肥えたなら肥えたでいい。

ただ、マウントクックは下から見る山ではない、そんな気がしてならなかった。



こんなことを言ったら怒られるかもしれないが、
フッカーバレーは、最も美しいかもしれないけれど、最もつまらんトラックだった。






テン場に戻ってゆっくりしていると、
モンベルテントの持ち主が帰ってきた。

その後一緒に夜ご飯を食べて、たくさんお話をした。

彼は大学の自転車部に所属しており、
なんともおもしろい。笑

流れ星を見たりして、夜を過ごした。



翌日、朝はのんびりしたあと、
僕はミュラーハットまで登り、そこでキャンプする。

そのため、8時半営業開始のDOCに受付をすませて、テントを片付ける。

昨日の自転車の彼も、ぼくと一緒にハットまで往復ハイキングしてくれるみたい。
久しぶりに誰かと歩けるのは、うれしい。


特に、整備された道をただ登るようなミュラーハットトラックなんかは。





彼といろんな話をしながら、ハットまで到着。
道中、標高を上げていくにつれて、見える景色が変わり、マウントクックのピークも見えるようになった。

道は急だったが、簡単な道。


ハットから、さらにその先にあるショートトリップで、マウントオリバー?へ。


ハットからピークまではルートが一転、かなりスリルな道が続く。
これくらいの道が続くと、たのしいのだが。



そのピークからは、その一帯の山々が見渡せて、
なんとも美しいところだった。




彼はその後下山し、彼の自転車旅を再開した。
彼の安全を祈る。



ぼくはテントを張り、最後のニュージーランドでの山泊を楽しむ。

何を楽しんでいるのかは、秘密だ。
ただ、全力で楽しんでいるのだ。











1人山泊の楽しみは、、、、いや、
秘密だ。










強風にテントが飛ばされないか不安を抱えながらも、最強の対策をしたので、大丈夫大丈夫と言い聞かせるも、風が強すぎる。



とても怖い。
いままでで1番強い風だった。

やはり、初心者が稜線上でテン泊するのは危険すぎる。
去年の私を今更ながら反省しよう。






















あ、ぼくの大学と自転車旅の彼の大学は、
自転車部に繋がりがある。
いつか一緒に自転車のりたいね!













そして最後の山泊を終えて、
マウントクック村まで下山した。






色んな気持ちが混じり合ったまま、
ヒッチハイクでクライストチャーチまで。

運良くすぐなクライストチャーチ行きのスコットランド人のカップルが止まってくれて、早く着くことができた。






NZで山登りが終わった。
いろーーーんなことを考えながら歩いた。
おもにこれからのこと。

日本に帰ってから、やりたいことだらけで仕方がない。
そして、そのやりたい気持ちがこれまでとは比較できないくらい、やりたい!ってなっている。

今まで、やりたい!と思ったことに関しては、かなり積極的に取り組もうと思い、取り組んできたつもりではいた。

だがNZで山を歩くごとに、なにがそうさせたかはわからはい。
どんどんと足かせが外れ、やりたくてやりたくてたまらない、そんな気持ちになっている。

言葉にできないくらい、ギアが上がって加速していく。

こんなときは、ブレーキはいらない。
どちらに進んでいるかわからない、そんなのでもいい。



向いている方向が前、進んだところが道。
by 杏


この先なんてどうにでもなる。
止まっている時間なんて、必要ない。





さて、いよいよNZもラストスパート。
最後の最後まで楽しみつくしてやる!







2/22-27 オークランドで親とともに
なんとも幸せな時間を過ごしました。


2/27-28 インバカーギル ただの旅行
ただ最南端が見たくて、、、


3/1- 3/13 Wedderburn にて wwoof

これは帰国直前に更新しよう









写真はマウントクック。
死ぬまでには登る。










NZ日記 1/12-17、Abel Tasman National Park 5days Tramping

2017-01-17 18:00:19 | 日記
1/12 ネルソンにて次のトランピング準備



昨日山からネルソンに出てからは、完全休養していた。
そして今日は、明日から5日間のエイベルタスマン国立公園のトランピングの準備をする。


そういえば、トランピングって何?
ってなるよね


トランピングは、キャンピングとハイキングを組み合わせたようなもので、調理器具や食料、寝袋やテントなど全部持って歩く登山スタイルのこと。
キャンプだけじゃなくて、ハットと呼ばれる山小屋を使いながら、谷を遡上し峠を越えていくニュージーランド独特の呼び方をする。


エイベルタスマン国立公園は、南島の1番北、ネルソンから車で1時間ほどのところにあり、公園内にあるトラックの中で最も有名なのはコーストトラックで、その名の通り、美しい海岸線を主に歩く約60kmのグレートウォークだ。

グレートウォークに指定されているコースを歩くには、その道中にある山小屋とキャンプサイトを予約しなければならず、少し高い。

それになにより人気すぎて予約ができない。
他に8つのグレートウォークがあるが、最も有名なのはミルフォードトラック。
僕はミルフォードトラックを5ヶ月前に予約を試みたが、既にいっぱいだった。

なのでついで有名なケプラートラックとルートバーントラックを2月に歩く予定だ。



ちなみに、こちらでは登山道のことをトレイルといわず、トラックという。
トラックよりも明確でない登山道はルートと呼ばれる。





僕は今回エイバルタスマンを歩くと志したのが年始頃だったため、グレートウォーク全てを歩き通す予約はできなかった。
そのため、この国立公園のグレートウォークではないインランドトラックというコースを歩くことにした。

インランドトラックはスタート地点とゴール地点がグレートウォークと同じで、さらに幸運なことにスタートとゴール地点にあるグレートウォークのキャンプサイトに空きがあったので、ここを予約し、使ってみることにした。

要は、最初と最後はグレートウォークを歩き、
中盤はインランドトラックを歩くというわけだ。

1泊目はグレートウォークキャンプサイトのクッキルベイ キャンプサイト
2泊目はインランドトラックのキャッスルロックハット
3泊目もインランドトラックのアワポトハット
4泊目はグレートウォークキャンプサイトのムートンコーブキャンプサイト

という具合の4泊5日を予定した。



この日はグレートウォークキャンプサイトの予約をするために、この日は観光案内所兼DOCオフィスに行った。


このスケジュールをDOCオフィスの職員に相談すると、

グレートウォークもインランドも楽しめて、1番おすすめのキャンプサイトまで押さえられている、よく考えたね

と褒められた。
グッドトランパーに違いないって。


てへぺろ。






とりあえず、即席ながらもいいスケジュールみたいでよかった。
予約も無事完了した。

キャンプサイトは一晩14$。
インランドトラックにあるハットは事前に購入したバックカントリーハットパスが使える。



それから、ここの登山口のマラハウというところまでのバスを予約しようと思ったが、到着時間が4時と微妙すぎる。

ヒッチハイクでここまでいけるか心配だったが、DOC職員に相談すると大丈夫だと言われ、ヒッチハイクすることにした。


ここのDOC職員さんはとても優しく、ルート上の注意点や、各パートの難易度、さらには見る価値のあるルックアウト(展望ポイント)や生物多様性の豊かなエリアまで丁寧に教えてくれた。


これだけ教えてくれると、とても気持ちがいい。
そういえば日本のビジターは尾瀬と大台ケ原しか利用したことがないような気がして、今思えばとてももったいないことをしていた。








そしてここを出て、スーパーへ買い出しに行った。
今回はチーズとトルティーヤ、さらにツナ缶も持っていくことにした。
贅沢に固形の蜂蜜やコーヒーも買い足して、5日分で3000円ほど。

お腹いっぱいたべなければ気が済まない僕なので、普通の人からしたら少し高いと思うかもしれないが、全部1番安いブランドの食品を買うようにしている。
乾燥している状態で300g以上パスタ食べちゃうからね汗




宿へ帰る前にケバブ屋さんでラムのケバブを食べて、さらに向かいのパン屋さんでアイスクリームを買って帰った。


うめぇー、、、。
店の食べ物はやはり自炊とレベルが違う。




山の中の自炊には敵わないけどね。








宿に帰ってからはパッキングをしてやることおわり。


久しぶりに研究室の後輩に電話をしてみたが、やはり苦しい時期を迎えていた。
がんばれがんばれ、いつかおわる。




そして寝た。
明日からのトランピングが楽しみで楽しみで仕方がない。










1/13 エイベルタスマン1日目

朝起きて、パンを一斤以上とコーンフレークを大盛り2杯、さらにヨーグルトもたくさんたべて、トレッキングに備える。


こちらの宿は朝ごはんを食べられるので、とても助かる。
バターとジャムはうまい。






そしてここを後にした。




少し歩いてハイウェイまで行き、ヒッチハイクを始める。


3秒で一発目をゲットした。
オーストリアからきた旅人だった。


彼は車を22万円弱で買い、売る時は16万円くらいなので、実質6万円ほどで5ヶ月車移動する。
長期でニュージーランドを旅するには便利な手段だ。

だが彼の知人の旅人は5週間で24万円のレンタカーを借りたらしい。


ばかじゃねえの?と思ってしまうくらいだ。




彼には登山口のマラハウへ向かう道路の交差点まで送ってもらった。
ありがとう!



それから、2台目のおじさんには、マラハウとの中間地点まで送ってもらい、
3台目の学校の先生は一度通り過ぎたにもかかわらず引き返してきてくれた上にマラハウまでいくという奇跡。


ヒッチハイクはお金がかからない以上に、いろいろなお話ができるので、とても楽しい。



いろいろな話をしているうちに、登山口のマラハウについた。
またみなさんにたくさんお世話になった。
ありがとう!



さて歩き始めるぞ!







エイベルタスマンは干満の差が激しく、歩き始めたときは満潮で、近くの道路が少し冠水していたり、ここにかかる長い橋の下をカヤックが行き来していた。


歩き始めると、コバルトブルーのきれいな海と、黄金の砂浜ゴールデンベイが見事で、沖縄のようだった。

その海岸線にあるうっそうとした南国の植物に囲まれたトラックを歩く。

完全に人の手で整備されたトラックで、急登もなければ渡渉も橋がかかっていたりと、スニーカーでも歩けそうだ。

ラブリーなトラックを1時間くらい歩いたところで、本日のキャンプサイトであるクッキルベイに到着した。

天気も良く、そんなに多くはないがキャンパーではない海水浴客で賑わっていた。

夕方になるとキャンパーしかいなくなるので、一気に静かになるだろう。


静かな海を期待しながら海ッパタにテントを張り、写真でも撮ろうかと思っていたら、寝袋がないことに気がつく。




あれ、、、








おとした、、、?









かばんから落ちるわけはない。
とすれば、登山口で荷物整理したときか、、、









泣く泣く戻ることに。
ナンガの少し高いシュラフだから、もし誰かにパチられたら最悪だ。
心配で心配で仕方なかったので、全力で走って戻る。




通り行く人にも尋ねるが、だれも見た記憶がないみたい。






うそーーーーん







そして入り口に帰ると、ぼくのナンガちゃんはちょこんとベンチに座っていた。




あーーーーー!!!!!!
もーーーーー!!!!!!
(*´꒳`*)








かってにどっかいっちゃだめ!!!!
(ぼくがわるい)











本当にほっとした。
よかったーーーーー


きをつけなきゃ。






そして無事、テントに戻り、
波音を聞きながらうたた寝をして、
紅茶を飲んでから海岸線を散歩したり、
写真を撮ったりして、優雅な時間を楽しんだ。

天気のいい日には、はっぴぃえんどの風をあつめてを聞くのがすきだ。




海水浴客が減って、落ち着き始めたころ、
フランス人らしきキャンパーがテントを張る場所を探している。


ぼくはあえて水場から遠く、使い勝手の悪いところながらもテントから直で海が眺められて、誰もこなさそうなところを選んだのに、遅く到着したフランス人4人組がぼくのテントの真横にテントを張り始めた。








は?






ちょっとまて。
まだまだ場所はあるだろ。




彼らがテントを張り終わった後にぼくが気づいたので、もう遅かった。









最悪だ。







まぁ、静かにしてくれれば問題はない。が。
フランス人にそんなことができるわけがない。




彼らは9時を回ってもぺちゃくちゃしゃべっている。
最高の夕方の海辺の時間を彼らに邪魔された気分で、挙げ句の果てにまだまだ話すのをやめない。




はっきりいって、いままで会ってきたフランス人に全くいいイメージをもてない。
ネパールで会ったザビエル以外は、誰1人好きになれていない。

こんな愚痴を言うのも嫌だが、いまのところフランス人は団体観光客の中国人よりも印象が悪い。




しょーもないフランス人のことを考えても無駄だから、歌でも歌いながら寝てやった。











1/14 エイベルタスマン 2日目


波の音は、爽やかな朝を演出する。
薄明るい朝の海は、とても気持ちが良かった。




フランス人はまだ寝ているが、遠慮なくこちらは行動させてもらう。

トルティーヤにチーズとはちみつをかけるだけで、最高にうまい朝ごはんに。

そしてテントを片付ける。
そしたら、ぼくが寝ているあいだに、なんとも神秘的なことが。







セミがぼくのテントから旅立っていった。
うぉーーーー










と思ったら、ぼくのザックに生きた幼虫が登ってきてて、どけってなった。笑


生きた幼虫は初めてみた。
こちらよりも大きさは小ぶり。





そして出発した。
フランス人に朝からうるさいなぁと言う顔をされた気がするが、あんな無礼なやつらの顔も見たくなかったので、さらっと去った。






さてさて、キャンプサイトから少し歩けば、グレートウォークから離れるインランドトラックが始まる。



インランドトラックは、以前歩いたネルソンレイクスやリッチモンド、アーサーズパスよりもはるかに簡単だとDOC職員から聞いていた。


それはそれは、なんとも幸せな5日間だろうと。




歩き始めると、決して急ではない穏やかな登りが続き、川渡りがあるわけでもなく、ガレてるわけでもない。
とてもラブリーな道で、気持ちが良い。



このような散歩道がずっとつづく。
雰囲気は、六甲の芦屋川から山頂までのルートにとても似ている。
花崗岩らしき岩が露出していたり、小さな川を渡ったりと、まるで日本のようなトラックだ。


そしてまたすこし、日本の山を歩きたくなったのも嘘ではない。






4時間ほどで、今日の小屋、キャッスルロックハットに到着した。

道中追い越したドイツ人のアレックスもここに泊まることになった。




まだ3時前なので、のんびり昼寝をしたり、散歩したり、ウェカという鳥と遊んだりしていた。


夜ご飯はマッシュポテト。
またすこし、食料の量に不安になってきた。


食べ過ぎなのかな、、、。







あと2晩3朝2昼
たりる、、、はず。

普通の人なら楽勝なのになぁ。




来週からはじまるウーフでは、ホストファミリーにびっくりされるだろうが、たくさんたべてやろう。笑





そして寝ようと寝袋に入って1時間ほどすると、4人組くらいがハットに到着した。









いや、かなり遅く到着することは、基本的に先に寝ている人に対して迷惑だろが、その上に、大きな声で入ってくるなんて、なにごと?


彼らはドイツ人四人組だった。
うるさすぎて、体を起こすと、ハローと言われ、ブチ切れそうになった。


がん無視して、もう一度寝ようとするが、ランタンをつけ始めたのでうばって消した。





それでも、笑って話すことをやめない。






もう知らん。
案の定、スニーカーで来ていたクソ野郎だった。

この先が泥まみれのトラックであることをしらんのか。
あほすぎて、話にならない。




こういう無能なトレッカーが問題を起こすんだろうな。
無能なトレッカーというか、ただの猿だ。

ちゃんとハット料金を払ったか心配だ。




明日の朝、それなりに早く起きるが、もうこそこそ準備しなくていいので、もういいや。



朝から音を立ててラーメンでも食ってやろうか。







1/15 エイベルタスマン3日目



なんで2日連続で寝る直前にこううっとおしいやつらがくるんだろうか。
こんなに無礼で自己中心的なツーリストを排除するのは健全な国立公園のためには必要だと思う。




口が悪い。





こういう無知無能な彼らをいかに教育することも、公園内での健全な利用につながるんだろうな。





そして、朝は天気もいいので外でコーヒーを飲んで、ミューズリーをたべて準備完了。


夜中、雨風がひどかったので、外に干していた靴下がすこし濡れているが、いずれ濡れるので気にしない。



出発する。
彼らはまだ、寝ていた。
もし今晩僕と同じハットに遅く到着したら、締め出してやる。





今日は15km程で、400m登って平坦、それから400m下るというなんとも楽勝なコース。

4時間半とみた。





序盤から登り始めるが、それほど急でもなく、テンポ良く1時間登っていくと、気がつけば登り区間が終わっていた。


あれ〜。笑
手応えがなさすぎて、、、笑




まぁエイベルタスマンはオフハイキングなので^_^





道中、ポーターズロックという展望ポイントがあったので、コースを外れてそこへ行ってみた。

10分弱でついたが、大きな岩の先端からは、エイベルタスマンのコーストラインがきれいにみえていた。

北側はすこし雲がかかっていて、こちらからは雲海のようにみえていた。


せっかくだし、ここで紅茶をいただいた。
30分ほど休憩し、また歩き出す。



ここから平坦路を気持ちよく歩いていく。
あぁ、オフハイキングって、いい。笑
なんか部活みたい。笑




平坦路が終わり、下り始める前にお腹が空きそうだったので、お腹が減る前にお昼ごはんをたべる。


ラーメン2袋〜





ビーチの森に囲まれて、気持ちいいランチタイム。
幸せ〜




たべ終わったら、はやく小屋に着いて靴下でも洗おうっと。



そして下り始める。



と。


あまり歩きやすくない。
道が狭い上に、たくさんの草が生い茂っていて、
残り4kmのはずなのに、なかなか進まない。


くそぉ。
草に隠れていた大木に膝をぶつけて、しばらく動けなくなることもあったりした。


またこの草にひっつき虫が隠れていて、それにふれると地味に痛い。
いらいらする。




それにしてもこの辺りはたくさんの倒木があって、歩きにくくなっているが、なんでこんなに倒れているんだ?
ストームかな?


気になる点ではある。







そしてようやく、今日の小屋、アワポトハットに到着した。



うっそうとした熱帯の雰囲気ある森に囲まれているが、その森の隙間からきれいなエイベルタスマンの砂浜が見える。


はぁ、疲れたー(なんちゃって)





コーヒーを飲んで一息。
寝袋と靴下を干して、歌でも歌いながら、のんびりしていた。


すると、足音が聞こえた。
(だれかきちゃった涙)



ドイツから来た女性だ。
ここ最近、ヨーロッパ勢の印象が全くよくないせいか、彼女もそうではないかと思ってしまったが、
彼女はとても雰囲気のいい、ガールスカウトにいそうなハイカーだった。


英語の能力の実力差で、少し見下されている気がしなくもないが、話はすごく噛み合った。

昨日のドイツ人の話をしてから、彼女がドイツから来たことを知ってしまったので、少し申し訳なかった。



もちろん、すべてのフランス人、ドイツ人がそういう人ではないということはわかっているのだが、1人のせいでその国の印象が悪くなってしまうのは少しかなしい。

もしかしたら、誰かも日本人って、、、と思っていることだろう。
気をつけよう〜






2日連続、夜を邪魔されたので、もう眠い。
寝ようかな〜




うとうと。








と思ったら昨日のドイツ人4人組のうちの2人が到着した。
7時過ぎだっただろうか。


残りの2人は食料が少ないから一度山を出たらしい。
あほちゃうの。


そしてグレートウォークに行くらしいが、なんとまぁ予約してないらしい。
キャンプサイトならばれないだろ?って。




もうしらん。
さすがに問題過ぎて、もうしらん。
DOCさん、こういうのがあるから登山口で検問すべきではないかな?







1/16 エイバルタスマン4日目

朝6時に起きて、窓の外を見ると朝日が見えそうだったので、コーヒーを入れて日の出を待った。


僕の初日の出はここでした。
とてもきれいに遠くのマールボウの山からきれいなオレンジ色の日が顔を出した。


ほぉ〜。
見事!






いい朝を迎えて気分がいい。
今日の夜のテント場は、コースとトラックで最もきれいといわれるキャンプサイトに泊まれるので、早く到着してのんびりしたい。

朝ごはんを食べて、ささっと出発した。





今日は下るだけ。
ただ、このあたりは倒木やタソックで歩きにくいんだよなぉ〜

と思ったら右ひざを思いっきり倒木にぶつけてしまった。
ぬぉーーーーーー!!!!!



5分くらい動けなくなって、
下ろうとするも右足のふんばりがきかない、、、


むぅ(o_o)






すこしがまんして、ピエゴンサドルという車道とぶつかるところまで歩き、裾をまくって膝を見てみると案の定腫れていた。


もう急な斜度や歩きにくいところはないはずなので、安心だが、かなり痛い。
歩けないことはないが、痛いのは嫌だ。




我慢してあるく。





今晩のキャンプサイトへは、ファリファンギハットという小屋へすこし遠回りをしてから向かうことにした。


道中、ギブズヒルという丘からは、エイバルタスマンコーストが完璧に見えるポイントがあり、これには感動した。

うむ。









ギブズヒルから先は、グレートウォークになるので、道は3日前同様手の加わったスニーカー道になる。


膝的にはすごく安心した。







すこし歩いて、ファリファンギハットに到着した。
初めてみるグレートウォークハットで、中は見事に掃除され、パンフレットやトランプなど使い勝手の良さそうな雰囲気がわかる。

外の水場もとてもきれいで、駐在しているワーデンさんに感謝。



外の芝まで刈られていて、あまりにきれいやハットだったので、ここでお昼ご飯を食べることに。

ラーメン2袋。
天気もいいから外のきれいで気持ちのいいベンチにて。





あぁ〜
ここに泊まりたい笑





そんな気持ちを抑えながら、再度出発した。
ここから1時間ほどで今日のキャンプサイトに着く。


すぐ近くの砂浜をのぞいてみると、
きれーーーな海と白い砂浜が最高だった。














と思ったら、オットセイが昼寝をしていた、、、。









まさかこんなところで出会えるとは、、、。
かわいい^_^









近寄るのも危険なので、ほどほどに。





そこから少し海岸林の中を登って下って、
キャンプサイトに到着。

ムートンコーブというところ。




砂浜から2メートルほど、段丘になった芝生エリアのキャンプサイトで、東向きのためここから見える朝日が見事らしい。



水場と水洗トイレがあり、十分満足!
意外と広くてよかった!




松の木の下は、枝が落ちてくるかもしれないからダメということだったので、松の樹冠からほんの少し離れたところにテントを張った。



今日の仕事おわり!
2時前!
完璧!



なにしようかな〜♩



とりあえず、暑過ぎたので、
膝上まで海に入って、涼み、
松の木の下で海を眺め、
コーヒーを飲んで、
それからはのびのびとしていた。



ぷは〜♩
オフハイキング最高〜^_^






明日は12時頃に歩いて1時間ほどの駐車場まで帰るので、まず朝日を見て、それから近くにあるサイドトリップのセパレーションポイントというオットセイのコロニーへ行き、コーヒーを飲んで片付けておわりというかんじかな?


これまで天気が良くて本当によかった!
明日も晴れて、完璧に終わって欲しいな^ ^



紅茶でも飲んで、のんびりして寝よ〜っと(^^)




テントの中から、波の音の大きさで干満を感じることができる。
幸せな夕方だ。






1/17 エイバルタスマン5日目

昨日の夜は本当によく眠れたようだ。一度も起きずに、朝5時半まで眠れた。

そして、ここは朝日が有名なので、この時間に起きる予定でいたので、完璧だ。


そして、テントの外を覗くと、
まるでiPhoneの待ち受けのようなグラデーションの空と、穏やかな波音が静かな朝を演出してくれる。


カメラを持って、砂浜を散歩し、
日の出を待った。


天気も良く、たまにアルバトロスが空を飛び、
なお美しい。




6時半頃だろうか。
ゆっくりゆっくりと、朝日が昇ってきた。




なんてきれいなんだ。








これもきれいな写真が撮れたが、クライストチャーチに戻ってから整理したい。
ぜひ見て欲しい。







朝日が終わってから、コーヒーを飲み、
お気に入りの蜂蜜チーズトルティーヤを贅沢に食べてから、ここの近くのサイドウォークのセパレーションポイントへ。




片道1キロちょっと。
カメラだけを持って、のんびりさんぽ。



すぐについた。
ここは、オットセイのコロニーとなっているが、、、





ありゃ?
いる?









いた!!
あくびしてる〜(*'ω'*)






のしのしと歩く姿は愛らしい。
数は多くなかったが、貴重な生息域だからきちんと保護されている。






エイバルタスマンの海辺の地形は砂浜や岩場、干潟、潮の干満など変化に富んでおり、ここの生態系の多様性をささえている。

水生植物や海鳥、オットセイ、クジラやイルカも良く目撃されていて、一緒に泳ぐツアーやカヤックで近づくツアーもあるので、機会があれば参加して見たい。

1人では、ね。





そして、テント場に戻り、
テント場を片付けてここを後にした。


ムートンコーブ、ここはいいところだった。
また来たい。








ムートンコーブからトタラヌイビーチまではグレートウォークなので、人の手がたくさん加わったトラックを1時間半ほど歩き、駐車場についた。



ここからヒッチハイクで近くの町タカカまで行きたいところだが、昼前なのでタカカへ帰る客は少ない。

そのため、ここで待ち続けるのは少し危険だから、もしヒッチハイクできなかった時のことも考え、タカカへ向けて歩き続ける。


道中、3kmだけ載せてくれた家族もいたが、彼らのおかげで1つ登り区間をパスすることができた。


その後2時間歩いたところで、昨日ムートンコーブで同じテント場でキャンプしていた夫婦が拾ってくれた。


タカカの途中までだが、交通量の多いところまで運んでくれたのは最高だ。
ありがとう!


それからイングランドから移住したおじいさんにタカカまで送ってもらい、
またイングランドから移住してきたケンさんにネルソンまで送ってもらった。


そしていまネルソンにいる。
ケンとはアイスを食べたり、スーパーに寄ったりして、楽しいドライブまでさせてくれた。

みんなありがとう!!






宿は、部屋がなかったので安くキャンプさせてくれることに。
十分十分。



スーパーで買ったトルティーヤで恒例蜂蜜チーズ。
うめぇ涙






そして落ち着いた時間をえることができた。







今回のエイバルタスマン国立公園トレッキングを振り返ってみる。

今回のトレッキングは、今まで歩いてきたテアラロアのコースからは外れ、ニュージーランドで最も観光客が多いと言われるエイバルタスマン国立公園が舞台だった。

エイバルタスマンにはたくさんのビーチがあり、僕のようなトランパーだけでなく、日帰り海水浴やカヤック、ボートなどのマリンスポーツも盛んで、いろいろな目的の観光客が見られた。


そしてここのメーントラックであるエイバルタスマンコーストトラックはニュージーランドで9つあるグレートウォークの1つに指定されており、ここのキャンプサイトとハットは予約が必要である。


僕のメーンはコーストトラックではなく、山の中のインランドトラックだったので、コーストトラックのハットは利用していないが、途中少し歩いたコーストトラックは、簡単簡単と言われているが、道幅2メートルほどが完全に確保されており、ここにかかる樹木は切られていたり、小さな小川ですら橋がかけられていた。

過整備な気もしなくはないが、家族連れや高齢の方でも簡単に歩くことができるので、その分利用層はテアラロアに比べ多様であった。
実際子供やおじいさんおばあさんもよく見た。



ただグレートウォークは予約が必要といいながらも、その確認が全くされていないことは驚いた。

その穴を突くように、ドイツ人グループが予約なしでグレートウォークを歩こうとしていたが、悲しいかな、可能な気がしてならない。


ハットワーデンを配置させるのはわかるが、その仕事域がどの程度なのか疑ってしまうレベルだった。
予約を絶対としているわりには、あまり管理していないのか?

グレートウォークの管理体制が気になって仕方ないが、ここは信頼関係のもと、成り立っていると信じているのだろう。




とはいえ、この多種多様なアクティビティを楽しめることがエイバルタスマンの魅力であり、その全てをカバーするように設備が整えられていたことに関してはとてもよくできた国立公園だった。



僕も満足のいくトランピングができたので、とても素敵な5日間を過ごすことができた。










明日からカイコウラを経由してクライストチャーチに戻り、それから2度目のwwoofがはじまる。
Kiwiとの生活が楽しみすぎて、待ち遠しい!



カイコウラは2ヶ月前大きな地震があったところなので、すこし行くのもどうかとおもったが、きっと観光客も減っていることだろうから、すこしでも力になればいいな。


NZ日記 1/7-11 テアラロア11-15日目

2017-01-07 18:36:52 | 日記
テアラロア11日目
St Arnard ⇨ Porters Creek Hut

さて、ようやく山に行けます。
あぁ、前は街のホットシャワーが恋しくて恋しくて仕方がなかったけど、やはり山が1番ですね。


昨晩泊まったセントアーノードの宿は、とても気持ちよく寝れたが、内容は山の中で死ぬ夢だった。


それだけ緊張感をもっているということなので、わるくないだろう。たぶん。







昨晩作ったパスタがあまりうまくなくてイライラしたので、朝ごはんは確実に美味しいラーメンを食べた。

あとミューズリー。



牛乳があればなぁ〜







そして荷物を片付けてパッキングする。









あれ??笑
容量あまりまくり笑
しかもムッチャ軽いやんか、、、

なんで、、、笑




ルームメイトのイギリス人には、お前何日山に入るんだ?笑と言われるくらいの量だったが、僕はハングリーマンなので仕方ない。





まぁ、ええか。
軽い分には、ええことにしよう。







25kgくらいかな?

むしろなんか面白いものでももって来ればよかった、、、







それからDOCオフィスに、ぼくの腹痛について報告しに行った。

すると、どうやらある家族がネルソンレイクスにウイルスを持ち込んだらしい。
あとあと、これはノロウイルスだということがわかった。

ブルーレイクが感染源か?
たくさんの人が腹痛を訴えていたみたく、オフィスの名簿には被害者のリストがあって、僕もまもなくリストイン。


今は調査中なので、結果がわかればメールで教えてくれるみたい。


とりあえず、これからリッチモンドフォレストパークに行くことを伝えると、もう大丈夫だから楽しんでこいと後押しされ、一安心。

変な寄生虫とか、胃潰瘍とかじゃなくて、よかったよかったー。
よくないけど。





そしてオフィスを出て、イギリス人のルームメイトにもそのことをおしえてあげた。






その後登山口を目指し、ここを出た。


登山口までは、セントアーノードの中心から10km程東側にあり、車の道を歩くのはすごく危険なので、ヒッチハイクでそこまでいくことに。


ヒッチハイクしはじめて15秒で捕まえてしまった。
そのドライバーにテアラロアというと、

なんだはやくいえよ!さぁほらのった!

という具合で、テアラロアを知っているので余計に分かりが良い。

ありがたい^_^




そして登山口で降ろしてもらったが、
その後車は来た道を帰って行った、、、



うそん、、、
目的地をこえて遠くまで送って来れてたの、、、
なんでいい国なの、、、



スティーブ、ありがとう。






いよいよ山に入る。
歩ける幸せを感じて、歩き出した。

やはり寝込んでいた分、足が重い、というか力が入らない。
入れ方がわからないといったほうが正しいかも。
ただ、感覚的には全くわるくない。
fineだ。


新しい靴はなかなかなフィット感でいいかんじ。
ザックも重たくない。




うきうきがとまらない。






9時半に歩きはじめられたのは、予定よりもかなり早かったので、体の調子次第だがポーターズクリークハットという山小屋までいければベターという目標をたてた。



序盤は穏やかな散歩道。
その後四駆の車が通っている単調な上り坂を登り、なんなく最初の小屋 レッドヒルズハットに到着した。


ここまで2時間半?くらいかな?
ゆっくり歩いていたので、疲れもなく、体調も良し。

ひとまずここで軽い軽食としてラーメンを2袋とり、休憩をしっかりとってから次の小屋へ向けてまた歩き出した。



ここからはきれいなレッドヒルを眺めながら、谷を下っていく。

レッドヒルという名前からわかるように、赤褐色の地質がかなり特徴的で、ゴロゴロ落ちている岩が確かに赤い。

どうやらマグネシウムと鉄分が多く含まれているようだった。


このミネラルによって、植物が育ちにくい環境ができており、背の低い低木、乾燥に強い灌木樹林帯がメーンとなっている。



いくつかのアップダウンをこなし、小さな川を渡ってから、300mクラスの登りを2つ連続でこなす。


この登りが少しやっかいで、トラックは主に岩が削れた砂で形成されており、歩きにくい。
さらに急なところは余計に歩きにくく、ポンポンと足が前にでない。



まぁ時間もあるし、そんなに焦るところでもないので、確実に進んでいった。



道中すれ違ったカップルから、ポーターズクリークハットの水のタンクが空だから、どこかで補充した方がいいとアドバイスをもらった。

近くにも沢はあるけど。
とあとから付け加えられた。



沢があるならいいじゃん。





と思ったが、、、。













そして最後の登りをこなして、無事オレンジ色の山小屋ポーターズクリークハットに到着した。


中にはすでに単独の中年の女性2人がいた。
2人ともニュージーランド出身だそう。

ニュージーランドの山は基本的に外国人しかみなかったので、ニュージーランド人が2人もいるのはかなり珍しい。


うち1人の女性はテアラロアハイカーで、はっきりいってこれまで出会って来た女性ハイカーとは玄人感の雰囲気が完全に別次元だ。

彼女はハットにつくやいなや、すぐに死んだ木をあつめて、次の宿泊者用の薪を用意していた。



すごい。







こんなサンバイザー、どこで買うてん、みたいなサンバイザーつけてるかんじ。




物好きなトレラン仲間の松井にみせてあげたいな〜。





きれいなハットで雰囲気もよく、ネルソンレイクスと比べると規模はかなり小さくベットが6個しかないが、何も劣っていない。






唯一水のタンクが空なのがめんどくさい。









水を汲みにいくと、ちゃ、茶色い、、、。




テアラロアハイカーは余裕で汲んでいた。






僕もこれは、さすがに使うことはできない、
と思っていたが、ミネラル豊富だと思って、
コーヒー一杯だけのんだ。

味はうまい。



僕の山での夕食時間は6時、それまで近くを散歩したり、写真をとったりしてのんびりし、
時間になったので夜ご飯は湯煎で食べられるビリヤニを食べた。




ビリヤニを食べた瞬間にネパールに帰りたくなったのも事実ではある。








やはりアジア人だなぁと実感した。
米は文化だ。






なんかもう眠いので、寝ようかな。
明日は大きな峠を越えて、トップワイオラハットに泊まる予定だ。


20km以下だが、ハードな予感がする。
病み上がりなので、時間をかけて、行けるところまで行こうというかんじで進もう。




おやすみなさい。








テアラロア12日目
Porters Creek Hut Top Wairoa Hut

なんかたくさんの種類の夢を見たが、
どうも何回も目が覚めてしまった。

寝つきが悪いというわけではないと思うけど、完璧ではない。



そして朝起きると、二段ベットの下の階で寝ていた女性スルーハイカーはもうすでに出発していた。ひぇ。




朝ごはんを食べていると、もう1人の女性ハイカーから、This is NZといって、ライスクラッカーに黒いソースが乗ったものをもらった。



食べると、まぁうまくない、、、



Marmiteというやつだ。
オーストラリアでいうところのVegmite。

これは、イーストからできているみたいで、ベジマイトよりマシな気がする。
味は醤油のまずくて濃いバージョン。



うまいと言っておいたが、10分後またいるかと言われ、断った。

日本人はノーといえないのだ、、、笑

Yes, but...





そしてポーターズクリークハットを後にした。


ここから起伏のある道を進む。
あまり急でもないが、雨が降ると歩きにくそうなところだ。


レッドヒルの名の通り、赤い岩がゴロゴロ落ちている。

ハンターズハットに着く直前には、大きな岩だらけのところをあるくこともあって、少しテンションがあがった。



そして、ハンターズハットに到着した。





ポーターズクリークハットではきれいな水が得られなかったのと、これから比較的大きな峠を越えるのでハンターズハットで大きな休憩を取る予定でいた。

ここはしっかり水が出る。
よしよし。


ということで、しっかりパスタを茹でて、今回はチーズソースでいただいた。

うまい!
即席のチキンスープも山の中では最高だ。



その後は、ヒマラヤで買った紅茶をたくさん飲み、ここから見える景色を楽しんでいた。



ハンターズハットは、ハンマースプリングで出会ったフルテアラロアハイカーからおすすめのハットとして教えてもらったところだった。

ハットからは、大きな川が谷を蛇行しながら進んでいく様子がとてもきれいによく見える。


本当はここに泊まりたかったが、まだ序盤なので、晴れているうちはできるだけ距離を稼いでおきたい。



2時間ほどいただろうか。
しっかり休みを取って、うたでも歌ってから、ここを後にした。


ちなみに、ハンターズハットができる前は、川沿いに前のハットがあったみたいだが、大きな洪水に流されてしまったようだ。
不幸なことに、DOCの職員が2人、駐在していた時の出来事だったらしく、2人とも亡くなってしまった。


ハンターズハットは、少し、感情的な山小屋だった。





ここから、一度谷を下り、川を渡ってから800mほど登る。


六甲一本分くらいかと思えば、大したことはない。




登り始めると、多少急なことと、ざれていることもあって疲れやすい。

でも、ゆっくり確実に足を置けば、疲労は軽減される。


そして半分こえたくらいのところで、ツリーラインを超えた。
ここからは、ネルソン近郊の海辺が見える。
モチュエカ、エイベルタスマンの方向だろうか、

とてもきれいな海が、しっかりと確認できた。



またツリーラインを超えたと同時に、強い風にさらされる。

まっすぐ歩けないくらいだが、道はさほど危険ではないので、おっけー。



久しぶりに稜線を歩く。
そして、また谷へ下りていく。


このまま、ずっと稜線をあるけば、川を渡ることもないのに、と思いながら。
ニュージーランド人は足を濡らすのが好きみたいだ。うそ。





谷へ下りていくと、日本人のハーフの女性と出会った。
彼女もフルテアラロアハイカーで、朗らかで明るく、すごく元気な方だった。



日本語はいいなぁ〜、と。






そして、オレンジ色のトップワイロアハットに到着した。

水のタンクはないが、近くに沢らしきものがある。
うん、おっけー。笑



時間も3時半で、次の小屋まではなかなか厳しい沢を下っていかなければならない。

明日の天気も心配だが、今日は風が強いことと、さらに疲れもたまっていることだろうから、ここに泊まることにした。



中には誰もいなかった。




早速コーヒーとみそ汁を飲んで一服。
みそ汁はこの世を救う。



夜ご飯はラーメン一袋と、パスタ200g、野菜スープ。

昨日ビリヤニだけでお腹が膨れなかったので、しっかりと暖かい食事をとった。


セントアーナードでパスタを食べた時は、全然うまく感じなかったのに、山の中だとまっまく味の感じ方が違うことに驚きを隠せなかった。

隠す必要もない。誰もいないからね。





食料はあと4日5日はもちそうなくらいはある。
パスタもまだ900g、マッシュポテト300g、ラーメン6袋、ミューズリー半分以上、ミューズリーバー11本、スープコーヒー紅茶多数。

天気がうまくいけば、あと3日で最後のハットにつくので、あと3晩、3昼、4朝か。
うん、足りないことはないはずだ。



明日はそのハードな沢を下ってから、また急な登りがある。
ターンハットが最低限の目標で、そこから先は天候と体調次第。
オールドマンハットまでいければ非常に都合がいいが、まぁむりせずいけるところまでいこう。

ハットの間隔が4時間毎くらいの一定間隔であるので、とても歩きやすいし、柔軟性がきく。

いけるところまでいこうというのは、しあわせなことだ。



よし、いけるところまでいこう。







テアラロア13日目
Top Wairoa Hut ⇨ Ribtoul Hut


なんか寝つきがよくないなー。
疲れてなさすぎるのかな?


昨日は1人で寝られる〜と思っていたところに、ベルギー人カップルが小屋に到着し、暖炉に火をつけ始めたのでけむたくて寝られない。

男の方は声もでかい。
もーーー。
寂しかったから、話した。





朝起きるのは僕の方が圧倒的に早かったが、こんな小さな小屋で1人がガサゴソしたら寝られるわけがない。

昨日起こされた分と思って、起こしてしまったことはおあいこだ。性格悪いな。


そして、小屋を出た。



トップワイオラハットからは、ミッドワイロアハットまでは、テアラロアのwebサイトでもっとも困難なところというふうに説明されていた。

どうやらたくさん川を渡るらしい。
川渡りに関しては、アーサーズパスでこれでもかというくらい鍛えられたので、何ら問題はない。



案の定、この区間もアーサーズパスのアの字にも満たないレベルで、あれっ、という具合だった。

2時間半でミッドワイロアハットに到着し、水のタンクはないので川から水を汲んでパスタを食べた。

基本的に昼ご飯はわりかしかなりの量を食べてると思う。
ハンガーノックはいやだし。



ミッドワイロアハットはサンドフライがたくさんいて、いこごちもあまりよくないので、少し早くここを出た。

ここから、ターンハットまでは登りっぱなし。
ひとまずそこまでいくことに。



序盤、またニュージーランドらしい訳がわからないほどの急登をこなしたあとは、とても歩きやすいトレイルが続いた。

ただ、お腹がすいてきてたまらない。




ターンハットにつくと、オーストリア人カップルがいて、いちゃつきを容赦なく邪魔をしながらラーメンを作った。

僕は1日4食たべるので(ばか)、それを話すとかなり驚かれた。
そもそも一食でラーメン2パックが理解できないらしい。
うそん。




ここは水のタンクが空で、近くの湖から水を汲むといいと言われたが、飲める色ではなかった。

ミッドワイロアでたくさん汲んでおいてよかった。
なんか水が確実に得られないのはつらいなぁ〜。



そして体力的にもまだ歩けるし、時間も余裕がある。
ここの水もいまいちということで、ターンハットで止まるのはやめて、次のリンタウルハットへ行くことにした。


ここからも2時間半くらいか?
たくさんのTAハイカーとすれ違ったが、全員雰囲気のいいハイカーで、会うたびにたくさん話していたからか時間が過ぎるのが早く感じた。


結局ひとつ小さな峠をこえて、2時間半でリンタウルハットに到着した。



すでに3人がステイしていて、ノリのいい音楽が流れていた。


お腹が空きすぎていたので、今夜はマッシュポテトの出番。
マッシュポテトは腹を膨らませる最強の食事だ。

あとパスタも食べた。





みんなで山の話や、外に落ちていた鳥の雛を助けたり、僕が珍しい北向きのハイカーであったことからこの先の情報交換をしたりと、有意義な夜を過ごした。


そしてなんと眠たいではないか、、、。
快眠の予感、、、。









テアラロア14日目
Rintoul Hut ⇨ Starveall Hut



今日も僕が1番に起きたが、他のみんなもほぼ同じくらいにおきてくれた。
すこしのんびりな朝。

今日もそんなに短い日ではないが、せっかくの出会いを楽しむのもひとつ。


今朝もパスタ。
クリーミーソース。
このソースはうまい。



そして出発した。



今日からは日本の山らしく、稜線を歩くことになる。
こちらではアルパイントラックというみたいだ。
日本では普通の道の取り方なのだが。



歩き始めてからすぐに森林限界を超えて、今回のセクション一番のハイライトであるMt Rintoulを超える。


標高は15、600mなのでそんなに大きくはないが、山の風貌は完全に日本のアルプスだ。


ここのアルパイントラックに関しては、日本のアルプスの方が危険でスリリングで楽しい。
これをいっちゃおしまいか。


登りきったところで、360度の大展望が拝めたので、せっかくだから紅茶でも飲むことにした。

30分ほど楽しんだあと、さらに進むことに。




休憩後はがれた歩きにくいアップダウンで、すごく体力が奪われる。

道中出会ったニュージーランド人には、


ここは駒ヶ根にそっくりね!


と言われた。
日本が好きなのだろうが、駒ヶ根がでてくるあたりが、すごい。笑


そして、ここの森林限界区間を超えて、オールドマンハットをパス。

どんどん進む。
そしてお腹がすく。



Mt Old Man の頂上で、マットを広げてピクニック。


ラーメンを2袋食べて、のんびり昼寝をした。
なんときもちのいいことか〜


天気もよく、風も穏やか。
疲れがとんでいくことはないが、幸せなひと時だ。

1時間ほど休憩しただろうか。
さていかねば。



ここからは簡単な道が続く。
比較的フラットなAdaを鹿を横目に超えて、
スラッティハットに到着。

ここは水のタンクが壊れているので、タンクを開けて自力で汲まねばならない。

それはしんどいが、ここに泊まる予定でぼくより早く到着していたもう1人のオーストリア人に協力して水をとってあげた。

彼はすごく雰囲気のいい人で、アメリカ西海岸かなと思ったら、オーストラリアの西海岸だった。

どこの国でも西に住んでいるとすこし人懐っこい気がする。




次のハットまでそう遠くないので、先を行くことに。
彼と一晩過ごすのはきっと楽しかっただろうな〜、、、
サムさん。



一期一会を感じながら、ここを後にした。




あと6kmで300mのアップダウンなので、太閤道一本くらい。
楽勝なはずなのに、お腹が空きすぎて、足が前に出ない。


すれ違って人に、疲れてるわね、と言われたが、お腹が空いているだけである。


そして最後のスターベールサドルを超えて、少し下ったところにスターベールハットが待っていた。


先客にネルソン在住の夫婦が泊まっていた。
旦那がハンターで、鹿を狩りにきているみたいだ。


お腹が空きすぎたので早めにご飯を作って食べた。
彼らは、夕方から狩りにいくので、ちょうど入れ違いで狩りに出かけた。



1人で優雅なハット生活。
誰もいないことの楽しさを覚え始めた。
すこしさみしいけど。




そしたら1人スカートをはいた男のトレッカーが登ってきた。
彼はタープを外に張って寝ていたが、寝間着のタイツのお尻が95%破けていて、すこし頭がイってた。



彼は外にいたので、中でのんびりしていると、
奥さんだけ帰ってきた。
旦那は奥地へ行ったみたい。


奥さんはすごく優しくて、自転車が趣味ということもあってたくさんお話してくれた。


旦那も帰ってきたが、鹿はどこにもいなかった、、、


あわよくば、とすこし期待したが笑





そしていい具合の疲れで、よく眠れそうな予感。
気付いたが、最近寝つきが悪かったときは、日差しが強い日だった気がするので、目が紫外線にやられているんじゃないかな、、、













テアラロア15日目
Starveall Hut⇨Nelson

気持ちのいい朝
きっと寝られたはず。


朝から一杯食べる。
が、本当はもう1つ先の山小屋まで行こうと思っていたのだが、食料が足りないかもしれない。
イギリス人におれだったら12日間山に入ることができると言われた食料が5日でなくなってしまった。


なんとまぁ、、、燃費のわるいこと、、、



若いからね!
大きくなるだよ!















スターベールハットを後にして、最後の下りを気持ちよくこなして、ハケットハットに到着した。


ハケットハットは1つの分岐になっていて、そこからネルソンに抜けるのか、もう少し山をいくのか、ということになる。


でも食料が足りないので、ネルソンに行こうと思っていた。
が、ここで出会ったスウェーデン人が、

実はぼく食料持ってきすぎて後悔してるんだ、捨てるに捨てれないし、頼むからもらってくれないか、


ということ。
ふぉえーーーー(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)




以前、彼は日本にきたことがあるらしく、そのときたくさんの日本人が彼を助けてくれたみたいで、日本人には感謝してるんだと言って食料を8ドル分くらいただで分けてくれた。



ありがたや(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)




でもそのとき、明日はどしゃ降りだという情報も聞いてしまった。



これはまずい。
食料をもらったのに、どしゃぶりはまずい。










彼とは別れたあと、悩みに悩み抜いたが、申し訳ないと思いつつネルソンへ抜けることにした。
ごめんね、、、。





彼には感謝だ。








ハケットハットから1時間ほど歩いて、一般道まででることができた。


そこからさらに15km以上アスファルト地獄だ。
わかってはいたが、とてもしんどい。



2時間歩いたところで、珍しくぼくと同じ進行方向に進む車が来て、どこまで歩くんだと声をかけてくれた。



すると、この道の終わりまで送ってやるよ!


とのこと。























ありがたやーー(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)




そして、リッチモンドまで送ってくれた。






彼の息子さんはプロロードレーサーらしく、それもオランダで走って入るらしい。
チームを聞いたら、ロット、、、。


ツールドフランスもでたらしく、ステージ7位、、、
ブエルタ総合10位、、、
ニュージーランドオリンピック代表、、、




そんなことある、、、








そして送ってもらっている最中に、その彼とすれ違った、、、





そんなことある、、、









George Bennett
興味あればみてみてください
応援しよう!





リッチモンドまでこれた。
と同時にこの区間のトレッキングを無事に終えることができた。


親切な人との出会いもあって、2回のヒッチハイクでネルソンまでたどり着くことができた。





こちらにきてから、毎日優しさが身にしみる
悔しいが日本よりもニュージーランドが好まれるのは、よくわかる。

















コーラを飲んで、肩の力が抜けた。
と同時にザックが重たく感じる。
重くないのに。









さて、今回のリッチモンドフォレストパークは、国立公園ではなかったこともあってか、ネルソンレイクス国立公園に比べて整備がそれほどされていなかった。


こういうと間違いかもしれない。
正確にはハットのレベルが全体的に低かったというべきだ。

道自体は、常にマークがつけられてあったし、歩きにくいところはあったが、そこはニュージーランドらしく粗放的ということでかまわない。

じゃあ国立公園との違いはハットのグレードだけだろうか?

たしかにネルソンレイクスはたくさんの掲示板があって、湖の紹介も丁寧にされていたが、フォレストパークが国立公園に準ずるところという意味をもっているなら、レクリエーション機能はネルソンレイクスには完敗だ。
ハットも小さく使いにくいし、アクセスもしにくい。

ただここで出会ったビーチの森はとても美しく、この森を守るための注意事項はよく目にした。

ということは、こちらの国立公園の定義は、美しい景勝地として保全していくための自然公園というよりは、どちらかというとアクセスしやすく人が集まりやすいなどレクリエーションの場としての重要性に重きがおかれているのか?



まだ2、3しか国立公園を見ていないので、これは確実にお話をしなければならない。
こちらの国立公園はどういう定義の元できたのか、どうあれば国立公園になるのか、それに加えてグレートウォークの定義も気になる。

次のトレッキングではDoCの職員と話できると思うので、ぜひたずねてみたい。







有意義な五日間で、満足のいく充実した山だった。
少し日本に似ていたが、日本も負けてはいない。
まだまだ可能性はある。










宿について、シャワーを浴びて、全ての疲れがふっとんだ。



前回のネルソンはノロウイルスでぶっ倒れていたぶんか、かなりウキウキでネルソンに入った。








明日は休養と食料補充、情報収集にあてて、
明後日からエイベルタスマン国立公園に5日間山トレッキングに行く。



初めてのグレートウォークを一部区間だが歩くことになる。
先の国立公園の話もそだが、次のトレッキングが楽しみで仕方がない。





しばらく写真がなくてつまらんことばっかでごめんなさい。


次のトレッキングが終わればfacebookのアルバムにアップするので、きれいなニュージーランドの景色をぜひ期待しててください!



それでは!