私は過疎の地で生まれた。
その当時は賑わいがあり、子ども達は、徒党を組んで活発に遊んでいた。
家の周囲に両親は苺や果樹を植え、野菜を作り、春になると蕨が取れた。
海では魚や貝がたくさん採れた。
父は、家へと続くいくつかの道端に数本の桐の木を植えていた。
○ちゃん(私)がお嫁にゆく頃には、この木も大きくなるので
これを切って、嫁入り道具のタンスを作る。余った板きれで、子どもの下駄を作れば良い。
と、幼い私に言い聞かせていた。
それからしばらくして、一家は別の場所に引っ越した。
そして桐の木のことも、すっかり忘れていた。
歳月が流れ、やがて父は亡くなり、数年前には母も亡くなった。
先日、その場所を訪れた。
人が住まなくなって数十年という年月の間に雑木が生い茂り、家へと進む道さえわからないほど、自然の山林へと返っていた。
けれど、道端に、大きな桐の木が3本そびえていた。
うす紫色の桐の花が満開だった。
父の声が聞こえたような気がして、しばらくの間、手を合わせた。
その当時は賑わいがあり、子ども達は、徒党を組んで活発に遊んでいた。
家の周囲に両親は苺や果樹を植え、野菜を作り、春になると蕨が取れた。
海では魚や貝がたくさん採れた。
父は、家へと続くいくつかの道端に数本の桐の木を植えていた。
○ちゃん(私)がお嫁にゆく頃には、この木も大きくなるので
これを切って、嫁入り道具のタンスを作る。余った板きれで、子どもの下駄を作れば良い。
と、幼い私に言い聞かせていた。
それからしばらくして、一家は別の場所に引っ越した。
そして桐の木のことも、すっかり忘れていた。
歳月が流れ、やがて父は亡くなり、数年前には母も亡くなった。
先日、その場所を訪れた。
人が住まなくなって数十年という年月の間に雑木が生い茂り、家へと進む道さえわからないほど、自然の山林へと返っていた。
けれど、道端に、大きな桐の木が3本そびえていた。
うす紫色の桐の花が満開だった。
父の声が聞こえたような気がして、しばらくの間、手を合わせた。
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