23時のアリス

23時。
あわただしい一日が終わり、ほっとする時間。

姉との別れ

2015年05月18日 15時03分17秒 | 60にしてやっと理解できた
姉が亡くなった。すい臓癌だった。
病気が見つかって4ヵ月余、医師の診断どおりの最後だった。
見舞いに行き姉と対面するたびに涙があふれた。
長い間ずっと、ほっといてごめん...。
けれど私自身も、生きるために精一杯で、寄り添うことはできなかった...。
姉とのさまざまな思い出。
思いや感情は、言葉で表現できず、ずっと胸の中にしまってきた。
言葉に出したら、すべての現実を認めてしまい、悲しみの海の底へ沈んでしまいそうになるから...。
だからごめん。
と胸の中でつぶやき、線香をあげ、お経を唱え、そして涙を拭いた...。

引き際

2014年11月10日 21時31分10秒 | 60にしてやっと理解できた
今日も、一日が終わった。
今まで、ずっと、働いてきた。
若いころは、コマネズミのように、中年以降は、馬車馬のように、、。
走り続けて、息切れ状態。
ここで一休みをして、のんびり過ごしてもいいなと思ったり
だけど、まだまだ気力はあるし、元気なので、
働けるだけ働いてみようと思ったり
けれど、近頃のいろいろな変化に、知的にもついていけない、
体力的にも、限界かなと思ったり
せっかく、ここまで頑張ってきたのだから、
あと、もう少しだけ頑張ってみようと思ったり

自分の引き際を、あれこれと考えている。


桐の花

2014年07月15日 17時57分45秒 | 幼少時代
私は過疎の地で生まれた。
その当時は賑わいがあり、子ども達は、徒党を組んで活発に遊んでいた。
家の周囲に両親は苺や果樹を植え、野菜を作り、春になると蕨が取れた。
海では魚や貝がたくさん採れた。
父は、家へと続くいくつかの道端に数本の桐の木を植えていた。
 ○ちゃん(私)がお嫁にゆく頃には、この木も大きくなるので
これを切って、嫁入り道具のタンスを作る。余った板きれで、子どもの下駄を作れば良い。
と、幼い私に言い聞かせていた。
それからしばらくして、一家は別の場所に引っ越した。
そして桐の木のことも、すっかり忘れていた。
歳月が流れ、やがて父は亡くなり、数年前には母も亡くなった。
先日、その場所を訪れた。

人が住まなくなって数十年という年月の間に雑木が生い茂り、家へと進む道さえわからないほど、自然の山林へと返っていた。



けれど、道端に、大きな桐の木が3本そびえていた。



うす紫色の桐の花が満開だった。



父の声が聞こえたような気がして、しばらくの間、手を合わせた。






夜光虫

2014年07月15日 17時01分15秒 | 幼少時代
子どもの頃、ときどき夜泣きをした。
眠れない時には、いつも父が散歩に
連れ出してくれた。
夏の夜の海には、夜光虫がいた。
風が吹くと波が立ち、
波間はゆらゆらと儚く、
青白く、光っていた。
石を投げ込むと、それが発火点となって、
波間に青白い輝きが花火のように広がり、
そして散り、夜の闇にもどった。
夜の潮風に当たり、眠りに着いた。
父はとても優しかった。