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行事をこなすのが本当にヘタ

編集ページにこのブログ開設から何日たったとか書いてあったのだけど4,000オーバーしていたんです。
10年以上だよ。
いや11?

5分くらい考えた。よぎったりした。
宴会でもしよう。
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今日は庵野秀明の日

日本映画専門チャンネルで庵野秀明の日。
テレビのエヴァ全部と、旧劇場版二つと、シンゴジラ。
しかしその前日に岡本喜八の映画を二つやるっていう。
これといって説明しないで流す辺りがイキだよ。
というのをわざわざ言ってしまうやぼをしているのがこの更新。
野暮用で留守番役になっちまったところなんでちょうどいいや。
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早めに入浴した後、ラーメン屋にて

 夕方、いつものラーメン屋へ行ったら初老夫婦が飲んでいた。
 昭和薫るカウンターだけの店構え。
 野菜炒めと餃子をアテに、日本酒をくいくいやっている。
 楽し気に話す内容がよく聞こえる。

 「なんで剣道はオリンピックやらないの?」
 「さあなぁ、なんでだろうなぁ」
 「やっぱりアレよ、候補に上がってないのよ」
 「そうかもしれない。そうに違いないな!」

 酔っ払いはつまんないこと言っていても面白いなあ。
 言い方の問題かな。間とかかな。
 あと剣道は自分から国際スポーツ化を拒んだってよ。YUKO一つとってあとはガン逃げでビクトリーとか、そういうのは見たくなかったんじゃないかな。
 って言おうと思ったりしたけどラーメンが来たので黙って食べました。

 あーでも国際化したらカラー防具とか、ライトセーバーみたいな竹刀とかになったのかな。それは見てみたいような、完全に終了してしまうような…。柔道も国際スポーツ化していなかったらどうなっていたのかなぁ。柔道の存在感や独特の影響力が二転三転して、プロレスが今よりはメジャーな存在として残っていたりしたかもなぁ。ラーメンに集中する一方でそんなことを考えたりもしていたら一瞬でなくなったラーメン。
 夫婦も箸の進みがにぶり、〆の雰囲気が漂って見える。
 帰るか。
 支払いのために立ち上がると、お猪口をすすった爺さんが言った。
 「ラーメンと、味噌ラーメン!」
 あー、こっから本番なんだ。
 大丈夫か。
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シュタインズ・ゲートのタイムカプセル性

 『シュタインズ・ゲート』面白いですよね、でもゲームまではやっていません。
 アニメも劇場鑑賞はできていない。
 個人的スタンスはそんな感じです。

 かつてエリザベス女王にドールズハウスを献上しようとなった時、その造形方針をどうしようか考えたという。未来はこんな感じではないかという空想を形にする案。過去の栄光ある時代に焦点を当てる案。現在の最先端を徹底的にトレースする案。採用されたのは現在のトレース案だった。これは結果的に精緻な人形セットというだけでなく、のちの時代で貴重な史料価値をもつにいたる。その当時目に見えるものを全力でそのまんま形にしたのでたいへん正確だったわけですね。こういうのは時間が経つごとに価値を増しそうです。
 で、シュタインズ・ゲートの再放送を楽しんでいたのだけど上記のドールズハウスを思い出した。まず心に残るのがその古さ。あからさまかつ象徴的なのは携帯電話だけれども、端々で垣間見える2ちゃん文化とか、秋葉原の街の感じとか、そんなに詳しくなくても、なんかもう違う。当時は「もう作品に入るんだ早いな」と感じていたネットスラングが、今はもう古っ、てなる。こうなるのには数年あれば十分なんですね。当時も、例えばダルのしゃべりはヘンすぎるだろとかあったけれど(いやあんなもんだという声もあったけれど)、それにしても今みるのとは違和感のポイントというか質が全然違うと感じた。きっと、要所要所で写実性が高いからこういう感覚になれる。あー昔の若者ががんばっているぅー(他人事)。未来人視点で味わうシュタインズ・ゲート。そうだタイムマシンなんだなこれ。やられた。と思ったら最終回付近が録画し損ねていて今マジでタイムマシンほしい。
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スタンディングデスクを考える

 スタンディングデスクというのをいつだったか聞いた。
 人間はなるべく椅子になんか座らない方がよいんだ、という。
 机と椅子という鉄板カップリングの否定。
 デスクワークも2時間くらいなら立ったままするのが良いんですって。
 なんかわかるような気がする。

 天板の高さは、肘くらい。
 だから個人ごとに適正サイズが変わってくる。
 こうなると公共施設では導入しにくいかもしれない。
 商品としも、高さ調整は必須かも。
 というかあまり売っていない、主流商品ではないと思う。
 あっても超高かったりする。

 なので作ります。
 柱は扉付きカラーボックスで、天板の下に収納スペースを作って、脚を足して、材料あれこれ買ってきた。
 というのも数年前。
 早く作らなくては。
 どの材料がなんだったのか、ちょっと記憶が薄れてきた…。
 でも一番の大仕事は今使っている机(天井までのびる棚)の解体と中身の移動。
 なかなか終わらないんで他人の目のあるところで宣言します。
 やります。
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アドベンチャータイム面白いんだけどあんまり他人に通じない

 『アドベンチャータイム』すごく好きです。
 これ前もいったかな。
 外国、アメリカ? のカートゥーンなんですけども。
 何年か前からカートゥーンネットワークで。やっています
 去年だかから一部ローカル、本年度からはNHK(BS?)でもやっている。
 アマゾンプライムでは全話視聴可能だとか?
 全方位でおすすめしたい。

 ユーモアがある。ウィットにとむ。
 翻訳や演技などがすばらしいに違いない。
 基本的にアッパーでポジティブな世界。
 近未来ディストピアSFを匂わせつつ中世ファンタジー風味が融合。
 前世代コンピュータゲーム文化へのリスペクト。
 かわいいキャラクターたち!
 絶妙にドライ&クレイジー。でも愛がある。
 そして絵が斬新。
 何度も見てもなかなか飽きない不思議。
 シーズン変わるとちょっとした雰囲気やキャラクターデザイン(っていうのかな?)がちょっと変わったりしている。後の方が無駄なくこなれてきたという印象。

 第一話からみなくても大問題はないので、目に入ったらぜひトライしてもらいたい。
 パッと見で拒否反応ある人もいるだろうけども一回だまされてよ。
 沢城みゆきや田中理恵目当てでも面白いから、そういう入りでもいいから。
 でも一番かわいい声はBMOだと思う。ビーモと読む。
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『シン・ゴジラ』すごくネタバレ含む ゴジラ視点でみる~その2 ~

 この記事は『シン・ゴジラ』の本格的なネタバレを含んでいます。
 ネタバレはない方が楽しめる作品です。
 個人の見解も多分に入っています。
 お気を付けください。





---------ネタバレ---------






 ゴジラとしての皮膚感覚ってどういうふうだろう。やはり痛みは伴っていると思う。自分の放射線で崩壊しつつもそれを上回る再生を繰り返して生き続けるような。絶望的苦痛をともなって活動しているのではないか。ということにする。慢性的不快…といっても徹夜明けの不快感なんて次元ではない。仮に痛覚のほとんどは切り捨てていたとしても、根本的に不快すぎる構造。庵野秀明監督はこういうイヤなものの描写が本当にすごい。具体的にこういうゴジラの生態についての説明はないのだけれど、もう、そうとしかみえない。常に即死しているのだが永遠に生きている。

 ゴジラが危機を感じるのはやはり自身のメルトダウン。あぶねーってなったら冷やしに海へ行ったり、その場で二週間寝たりする。だから冷えるのは歓迎で、凝固剤をわりと簡単に飲んじゃったのはそのせい。
 お、これなかなかいいじゃん。
 気が利いてんね。ごっごっごっ…。
 (三割くらい注入)
 ……あれちょっと何これ。なんかおかしくない?
 ちょ、やめろやー!(熱線放射、第一陣を一掃。でも次々くるー)
 てめーぶっ殺す…と思ったけど、あ、脚に力が入らん……!
 (十割注入)
 ぐぬぬーーーっつ!(振り絞って立ち上がるゥ! けど…)
 ぷすーん
 一口目を気楽に行っちゃったのが敗因。
 でも覚えたから次はないぞ。

 自己スペックの自覚は薄い。すぐ進化しちゃうし、やりこんでいる暇はない。
 熱線を吐くというのもその場の思い付きでやっているんじゃないかと感じる。
 んー、なんか…いけそう? かも?
 こうかなぁ…。(顎割って下向く)
 あー来た来た……ぅおうぇえええぇぇぇぇぇ!!(黒煙発射)
 で、こうかーーー!!(熱線どばーーーー)
 こんな風なんじゃないかな。
 航空機を背びれ熱線で落とすのにしても事後の即対応じゃないかな。
 格ゲーでいうなら対策プレイを考えるんじゃなくて二秒後に新技作って封殺できちゃう感じ?
 だからやっぱり核落ちても対応していたんじゃないかと。
 炎はおれのエネルギーだ!
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『シン・ゴジラ』すごくネタバレ含む ゴジラ視点でみる

 この記事は『シン・ゴジラ』の本格的なネタバレを含んでいます。
 ネタバレはない方が楽しめる作品です。
 個人の見解も多分に入っています。
 お気を付けください。





---------ネタバレ---------






 3回目以降、ゴジラの視点でみたりもする。
 あ、基本は牧=ゴジラ説ね。
 となるとまずはボートから海へ飛び込む…ではなくて。
 そう、配偶者を亡くした傷心や怒りとかから始めないといけませんね。

 おれの名前は牧悟郎。妻は放射線の害をうけて亡くなった。これは日本政府の不手際だ。問題が起こったその場で、超法規的措置として実際的に対処してくれれば死なずに済んだものを…(という設定でひとまず話を進めます)。くそう、こんなのはあいつらに殺されたようなものだ日本政府許すまじ。と、日本を憎らしく思っていたら学会からも追放された。なんてこった。しかしアメリカからお誘いがかかる。おれの研究は日本では異端とそしりを受けたがアメリカではユニークと言い換えられるのだ。なかなかハートタッチな国ではないか。もはや祖国に未練もない、そして今はなによりおれのこの研究(生物学とエネルギー学のハイブリッド)でもってやつらに目にものみせてくれるわ!(血涙とともに渡米、ゴジラ発見・研究編は省略)

 おれの説は正しかった。ゴジラは水と空気があればほぼ無尽蔵にエネルギーを生成する機関を体内に有する生物に進化しうる。しかしこの力、どう使う? 一から調教するのか? ムチで打って角砂糖を与えれば御せるといったタマではない。というかあの目からしてお話とかは通じないとおもうの。体の組織は常に急速に崩壊し、それを上回る速度で再生を続けているゴジラ。必要に応じてその形態も即座に進化してしまう。ゴジラは柔軟な生き物なのだ。そう、柔軟なのだ…。再生や進化の際にほかの生物遺伝子を取り込ませ…なんなら人体の直接的な干渉があれば、あるいはおそらく、単一生物として人間とゴジラが融合しうる可能性も十分にある。ヒトが、おれが、ゴジラの芯になるのだ……!(かつての生贄(54年版『ゴジラ』において「ゴジラがでたら娘っこを捧げて鎮める」等)の風習の合理的可能性についての研究は他者に譲りつつ、ゴジラを人体と融合しやすそうな卵や幼体にまで還元する実験、および幼体ゴジラ奪取編、日本への逃亡帰潜伏編も省略)

 時はきた。タイムイズカミング。東京湾に浮かぶプレジャーボート内、ジュラルミンのアタッシュケースを広げ、静かに胎動するゴジラ(第ゼロ形態)を見つめ思いにふける牧悟郎。見てくれは米国にかぶれストレートチップの革靴(だったよね?)ではあるがこれを脱ぎ、踵をそろえて示し置くジャパニーズスーサイドスタイルは貫く。靴に合わせた葬儀がごとき礼装である(推定)。今こそあの時の気持ちを思い出せ。いやその必要はないな。片時も忘れたことなどないのだから。さぁ行くぞゴジラよ。行くぞというのもおかしいか。おれがゴジラになるのだからな。あるいはゴジラがおれになるのか。大差はないか。牧悟郎という矮小な自我へのこだわりはもはやない。
 おれという現象は仮定された有機交流電燈のひとつの青い照明だ。あらゆる透明な幽霊の複合体。
 すべてがおれの中のみんなであるように、みんなのおのおののなかのすべてなのだ。春と修羅。
 ゴジラに手を伸ばす牧悟郎。
 私は好きにした。
 ゴジラに触れた手が形象崩壊し、同時に再生、融合していく両者。成功だ。
 君らも好きにしろ。
 海に沈むマキゴジラ。
 ことの始終を確認し米国へ連絡する黒服。
 そしてしばらく後、ボートが漂流している、との報告。


 で、ここから本編がスタートするわけで。
 妻を殺された復讐心を抱え、追放された研究を証明するためでもある変身。
 ゴジラ対策の図面を用意して対策の余地を残しつつの真っ向勝負。
 図面を用意するとき、歯抜けにするときの牧の気持ちは。
 本編始まる前から上記の牧博士ごっこの時間なので、上映時間が伸びるんだよな実質。まじめにやると2時間延びる。
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『シン・ゴジラ』ネタバレ含む 車視点で楽しむというか困り嘆く

 自動車視点が効いていますシン・ゴジラ。
 始まってすぐ。トンネルで、しかも海底で車を運転中に、よくわからないけれどでも絶対的に禍々しく不吉な色合いのもの(進化過程で不要となった内臓の一部?)が大量に降ってきて一瞬で視界がふさがってしまうというあの映像。もう最高にイヤですよね。あの車はもうダメでしょう。
 ほかには、大渋滞になってしまって車が全く動く様子がないというシーンとかも何度か。
 これには大きく分けて避難時と疎開時。
 両方執拗にやってくれたことですごくイヤーってなる。
 やっぱ特に避難時ね怖いのは。疎開時のうだるような感じもイヤだけども。
 でも避難時のはグリッドロックとか考えただけでイヤですもん。
 グリッドロックとは確か、渋滞の始点と終点が繋がってしまって進退不能になること、みたいな感じ? 避難時にそれですよ。ちょっと遠くに黒い山みたいのが動いていて、ドゴーン…ドゴーン…いうて地響きさせている状態でそれですよ。で、みんなが一斉に避難しているからそうなってしまうわけでね。
 ともかく避難時に動けなくなってしまったら、もう車捨てて二本の足でいくしかないわけですよ。そしてその車はもう二度と無事には帰ってこないのでしょう。くっそう悲劇だ。そんなのが視界のいたるところで同じように起こっている、悲劇の累積がビジュアル的に感じやすい。これでもかとイヤが積み重なっている。
 最終的にはもっとはるかに高次元な損害が発生するわけですが、そこへ至るまでのイヤの準備運動として、この度重なる自動車の災難は最高ですね。ほんとイヤ。
 スリリングなカーアクションというのとはまた違う、現実的な交通ルールや交通状況、車両コストとその支払い、移動に費やす時間や徒歩などと比べた場合の快適さの違い、そういったものを具体的にイメージせずにはいられません。そして車という手段そのものを問答無用で奪われることの不条理、不快感。こういうのがこれほどキチンと描かれ、追体験できる力のある映像は初めてだったかも。

 これをつくるには自動車を運転する人間でないと難しいのでは。
 運転習慣の有無で、鑑賞時の視点や感じ方もそれぞれ変わると思います。
 庵野秀明監督、むかし日産のコマーシャル出てましたよね。
 シートの縫い目をみてニコニコしてましたよね。
 漫画でもZだったかに乗っている様子が描かれている。趣味車。
 庵野秀明が車運転する人でよかった。
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『ROOTS』のリメイクをみるまえに1977版を一気見

 いい感じにふらふら。
 適当に始めるものじゃなかった。
 パワーがちがう。
 現代の奴隷や農場主にならぬようがんばろう、とは思うものの現代においてはもっと巧妙化しがちな分難しいような、でもあからさまに直接的なことはこの時代よりは少ないのだろうし、いざという時はがんばれたらいいな。でも問題は、いざという時ってやつをことごとく見落とさせてしまうような、そういう慢性化してしまうのが一番こわいのかなぁ。無自覚にやるのが本当の差別。
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