あごの心旅(書いて見て聴いて)           

障害を持つたからこそ偶然に知り会えた奇跡の連鎖を書きとどめ見聴きしたことを添えました。あわせて商品情報も載せました。

仲秋の名月

2021年10月16日 | 秋09~11

永久の月 人影映す水溜り 一会の友とほろ酔い千鳥

【見る】  蓮花心

【聴く】  月光(rubinstein) 

                  荒城の月(李香蘭)下記はこのリンク先の書き込みから引用。 

若い小隊長が集合をかけると、全員二十歳前後らしい兵隊さんたちが広場に集合した。みんな半裸だった。「李香蘭さんが歌ってくださるそうだ」という小隊長の声に「ウオーッ」というどよめきが返ってきた。 中略  歌っている私の方に兵隊さんたちの手が伸びた。小隊長が「触ってはいかん」と叫ぶ。「触ってはいかんのでありますか」もう何年も女性を見ていない兵隊さんの祈るような視線が私に注がれた。

月下美人(長野県総合リハビリテーションセンターの仲間と見ていたものです。開花→満開→しぼむが数時間です)


蜘蛛合戦

2021年09月23日 | 夏06~08

ポケットのマッチ箱に住む喧嘩クモ 僕のは何時も勝てないけれど

【見る】 クモ合戦   

    


白寿は偉業

2021年09月23日 | 夏06~08

白寿は偉業 墓誌は九十八 彼の地でも親子になって笑いこけよう

 【聴く】 ペールギュントからオーゼの死 (グリーク)

                                                      

 


お盆さま

2021年09月23日 | 夏06~08

病室で手を合わせた線香を墓前に頼むお盆さま 

 【聴く】  般若心経 (サンスクリット/梵語) 

       般若心経(現代俗訳)


 約3000枚目の写経。耳なし芳一に書かれたとのことです。

 


盆帰省

2021年09月23日 | 夏06~08

あれが血と涙の五朗兵衛用水 指差す帰省今日つつがなく

 【見る】 五郎兵用水   【聴く】 佐久の草笛  


お化け屋敷

2021年09月23日 | 夏06~08

怖すぎて入口より出て泣きじゃくる 多摩川園の一つ目小僧

       旧目蒲線の旧多摩川園駅下車


 【見る】 昭和54年6月3日の多摩川園

      昭和初期の多摩川園


多摩川の丸子橋

2021年09月23日 | 夏06~08

パラソルやアイス売りの丸子橋 今じゃ誰あれも泳いでいない

【見る】 地域の今昔  


九十九里浜の蓮沼海岸

2021年09月23日 | 夏06~08

母さんはおっぺしでエーヤッサ   晩はなめろう飢じくないぞ
幼子は 砂が熱いと泣きじゃくる    昼は灼熱 素足を焦がす
父はなく戦禍を逃れ頑張っぺ      砂塵に揺れる 浜の昼顔

【見る】 九十九里浜が消える   九十九里浜空撮

【聴く】 イワシそんぐ 月の沙漠(小鳩くるみ)


合歓の花

2021年09月23日 | 夏06~08

見上げればぽっかり浮ぶ合歓の花 二人で手入れ家庭菜園


免許返納

2021年09月23日 | 夏06~08

値札付け免許返納マイカー  嫁入り準備灼熱展示

H24.06.29誕生  

R元年.07.19嫁入り準備・7歳

 


投稿の動機

2021年08月24日 | 短歌考察

誰でもが、障害を背にする時があると思うのです。その渦中には耐えがたいものがあります。でも、豊かな果実を得るためには、障害と言う代償が必要なのかも知れません。私の障害の経験が、水滴の波紋の様に広り、生かされることを願って作成しています。障害を持つたからこそ偶然に知り会えた奇跡の連鎖ような事を短歌に添えて感謝の気持ちで載せています。 

 


言葉の重み

2021年08月24日 | 短歌考察

         ヨハネによる福音書  1章 1節~ 5節

初めに言葉(認識・論理)があった。
 言葉は神と共にあった。言葉は神であった。
 この言葉は、初めに神と共にあった。
 万物は言葉によって成った。
 成ったもので、言葉によらずに成ったものは何一つなかった。
 言葉の内に命があった。命は人間を照らす光であった。
 光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。

知識と言葉

2021年08月24日 | 短歌考察

知識は押し入れにしまって、一本の鉛筆とメモ用紙とそして良く消える消しゴムがあれば十分だと思います。不器用も個性ですから、自分の気持ちを心を込めて自分の言葉でと思います。 そして歌体を整えて着飾えるほど、人口知能に負けるのではと心配です。たった31音の言葉の組み合わせですから、本格的にソフトを作りさえすれば人は人口知能に負けるのではないかと思います。

【Albert Einstein(1879.3.14.~1955.4.18)】

  教育とは、学校で学んだことを一切忘れてしまった後に、なお残っているもの。 

[ソフト例]  ①囲碁 ②歌手 ③小説  ④俳句  ⑤短歌・・・未調査


小集団の価値と個の価値

2021年08月24日 | 短歌考察
(1)小集団の価値:皆同じだから良いという小集団の価値を重視するなら同等の素材を詩歌の対象としその言葉も過去の良いものを受け入れる傾向になり、古文化が継承され再生産されるようです。この場合には同等の価値で繋がる伝統や結社が生じ、進歩性を求めないようです。このスタンスは日本的な和の価値観に基づくものだと考えられます。同等の素材を詩歌の対象とすると言うことは、結果としての作品より過程としてのコミニュティを重視することになり、指導者、選者、解説者など派生すると言うビジネスモデルが出来上がります。なお、ほとんどのものが変化する世界において、進歩性が無いものは貴重かもしれません。また、土の上に人々が同じ姿で坐る言う坐禅に類似して、形を整えれば心が付いてくるのかも知れません。【その他の例】短歌甲子園、短歌番組、短歌入門書等

(2)個の価値:皆違うから良いと言う個の価値を重視するなら、一度使われた素材は詩歌の対象として避けられる傾向になると考えられます。この場合には伝統や結社は派生しにくく進歩性を求めるようです。このスタンスはキリスト教文化の欧米の価値観に基づくものと考えます。一度使われた素材は詩歌の対象として避けられと言うことは過程としての結果としてのコミニュティより、結果としての作品が重要となります。そして作品の価値は鑑賞者それぞれの価値観に任せられるので指導者、選者、解説者など派生すると言うビジネスモデルは出来にくいようです。


「それはそうだが、だから何」と言われないために

2021年08月24日 | 短歌考察

歌意が心からのものでしたら例えボロボロな言葉で纏っても「それはそうだが、だから何」と他者に言われないと思います。人生の節目の経験の喜怒哀楽から生まれた感動と言う中身があれば、さざ波の様に他者に伝わると思います。それは自身の経験が時を超え場所を超え他者の経験として共有され共鳴されるに違いありません。その言葉は闇を打つ砕く光であり、見えないものを照らすと思います。(芸術)

しかしながら、歌意に心がないものでしたら豪華な言葉で着飾っても「それはそうだが、だから何」と他者に言われると思います。気づき、思い付き、閃きと言う写生は感動と言う中身が欠如していると思います。写生は五感で認識できますが、心は五感では認識でないので見えないのです。この様な作品は挨拶程度のもので、挨拶が済めば羽のように軽く消えてしまうと思います。(教養、趣味、お習い事、遊芸)

著名人の短歌集を拝見したことがありますが、どれも同じような作品が羅列しているため最終頁まで読むのが苦痛でした。確か500作品位ありましたでしょうか、これを10年で作ったとしたら1週間に1作品となりますから作成動機は感動であるはずもなく単なる気づき、思い付き、閃きたと判断されます。おそらく、作者さえご自身がどんな作品を作ったのか覚えていないと思います。

ゲーテ、ハイネ、島崎藤村、金子見みすず等の作品に夢中になったことがありますが、根底において上記の著名人の短歌集と相違すると思いました。

【例】「この三朝あさなあさなをよそほひし睡蓮の花今朝ひらかず」暇を持て余らした写生で無理やり短歌の素材を閃いたのでしょうね。この種の情景は山ほどあり普通人は気にもとめないでしょうね。昨今は世の中が騒がしくもっと重要な事が沢山あります。

「老眼鏡買ひ来て何をすることなく掛け外して二日三日すぎぬ」自身の日記に書けば良く、自己完結していますね。これも暇を持て余らし無理やり短歌の素材として閃いたのでしょうね。  

【参考】伝統、権威、選評、how-to本などを無条件で絶対視して有り難がらない様にと思います。次の論説は戒め様に思えます。   桑原武夫の第二芸術論