生活する花たち 秋ー俳句歳時記ー

編著者 高橋正子(俳誌花冠主宰)

●目次●

2012-08-18 16:00:06 | 日記

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[目次]

秋の七草
◇萩(ハギ)桔梗(キキョウ)葛(クズ)撫子(ナデシコ)尾花(オバナ/ススキのこと)女郎花(オミナエシ)藤袴(フジバカマ)◇

8月の花
①朝顔・木槿(むくげ)・芙蓉・白粉花(おしろいばな)・カンナ

9月の花

10月の花

冬の花

春の花

夏の花

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秋の七草

2012-08-18 15:59:45 | 日記

○萩

[萩/東京・向島百花園]

★白露もこぼさぬ萩のうねりかな 芭蕉
★一家に遊女もねたり萩と月 芭蕉
★行々てたふれ伏すとも萩の原 曽良
★小狐の何にむせけむ小萩はら 蕪村
★萩散りぬ祭も過ぬ立仏 一茶
★白萩のしきりに露をこぼしけり/正岡子規
★暁深く萩おのづからみだれけり/臼田亜浪
★白萩の雨をこぼして束ねけり/杉田久女
★紅萩の根付きし証ほど咲きぬ/稲畑汀子
★外遊の友を送らん萩の風/稲畑汀子
★大波のあとのさざ波萩月夜/小澤克己
★大風に折れたる萩もなかりけり/長谷川櫂

 萩と言えば、まず紅萩を思うだろう。私もそうなのだが、紅萩を思うすぐさま砥部の庭にあった白萩を思い出す。この白萩は俳句の師である川本臥風先生のお庭から引っ越してきた萩なのだ。初秋には道路に面した塀から垂れるように咲き、道行く人に大いに楽しんでもらった。中には立ち止まってしばらく見てゆく人もいた。ちょうど娘の句美子の誕生日の9月3日ごろ、枝先に白い花が咲き始める。
★女児誕生白萩の白咲ける日に/信之
暑い夏であっても、自然のサイクルは狂わず、必ずそのころ咲いた。ちょうど台風のシーズンでもあって、台風というより、野分の吹き分けられる様は窓から見ていてもなかなかの圧巻であった。句美子も五歳ごろだったか
★はぎのはなゆうびんぽすとでさいている/句美子(5歳)
という句を作ったほどだ。句美子は、このころまでに俳句を50句ほど作っている。読売新聞愛媛支局に花冠(当時は水煙)を送っていたが、俳句好きの記者が読んでくださって、読売新聞に写真付きで紹介されたことがある。
秋の終わり枯れるころの萩紅葉がまたいいのだ。その後その葉は散り、枝だけが残るが、これを刈り取ってさっぱりさせて、冬を迎える。するとまた株から新芽が立ってさわさわとした萩の葉を茂らせるのだ。花の季節だけでなく、年中楽しめる花である。

★白萩のこぼれし花を掃く朝な/正子

ハギ(萩)とは、マメ科ハギ属の総称。落葉低木。秋の七草のひとつで、花期は7月から10月。分布は種類にもよるが、日本のほぼ全域。古くから日本人に親しまれ、『万葉集』で最もよく詠まれる花でもある。秋ハギと牡鹿のペアの歌が多い。別名:芽子・生芽(ハギ)。背の低い落葉低木ではあるが、木本とは言い難い面もある。茎は木質化して固くなるが、年々太くなって伸びるようなことはなく、根本から新しい芽が毎年出る。直立せず、先端はややしだれる。葉は3出複葉、秋に枝の先端から多数の花枝を出し、赤紫の花の房をつける。果実は種子を1つだけ含み、楕円形で扁平。荒れ地に生えるパイオニア植物で、放牧地や山火事跡などに一面に生えることがある。


○女郎花(おみなえし)

[女郎花/横浜・四季の森公園]       [女郎花/横浜・都筑中央公園]

★ひよろひよろと猶露けしや女郎花/松尾芭蕉
★とかくして一把になりぬをみなへし/与謝野蕪村
★女郎花あつけらこんと立てりけり/小林一茶
★裾山や小松が中の女郎花/正岡子規
★遣水の音たのもしや女郎花/夏目漱石
★女郎花の中に休らふ峠かな/高浜虚子
★山蟻の雨にもゐるや女郎花 蛇笏
★女郎花ぬらす雨ふり来りけり 万太郎
★馬育つ日高の国のをみなへし 青邨
★波立てて霧来る湖や女郎花 秋櫻子
★杖となるやがて麓のをみなへし 鷹女
★をみなへし信濃青嶺をまのあたり 林火
★村の岐路又行けば岐路女郎花/網野茂子
★女郎花そこより消えてゐる径/稲畑汀子
★女郎花二の丸跡に群るるあり/阿部ひろし
★とおくからとおくへゆくと女郎花/阿部完市
★夜に入りて瀬音たかまる女郎花/小澤克己

 秋の七草のひとつに数えられる女郎花。萩、桔梗、葛、尾花、撫子、藤袴、女郎花とあげてくれば、どれも日本の文化と切り離すわけにはいかない草々だ。どれも風情がいいと思う。藤袴、女郎花については、名前にはよくなじんでいるものの、実物を見るようになったのは、20代を過ぎて、30代になってからと思う。藤袴、女郎花はどのあたりに生えているかも知らなかった。故郷の瀬戸内の低い山裾などでは見ることはなかった。女郎花は、生け花にも使われるが、粟粒状の澄んだ黄色い花が魅力だ。栽培しているものをよく見かけるようになったが、決してしなやかな花ではない。むしろ強靭な花の印象だ。葛だってそうだし。

★おみなえし雲を行かせたあと独り/高橋正子
★女郎花山の葛垂る庭先に/〃

オミナエシ(女郎花 Patrinia scabiosifolia)は、合弁花類オミナエシ科オミナエシ属 の多年生植物。秋の七草の一つ。敗醤(はいしょう)ともいう。沖縄をのぞく日本全土および中国から東シベリアにかけて分布している。夏までは根出葉だけを伸ばし、その後花茎を立てる。葉はやや固くてしわがある。草の丈は60-100 cm程度で、8-10月に黄色い花を咲かせる。日当たりの良い草地に生える。手入れの行き届いたため池の土手などは好適な生育地であったが、現在では放棄された場所が多く、そのために自生地は非常に減少している。 日本では万葉の昔から愛されて、前栽、切花などに用いられてきた。漢方にも用いられる。全草を乾燥させて煎じたもの(敗醤)には、解熱・解毒作用があるとされる。また、花のみを集めたものを黄屈花(おうくつか)という。これらは生薬として単味で利用されることが多く、あまり漢方薬(漢方方剤)としては使われない(漢方薬としてはヨク苡仁、附子と共に調合したヨク苡附子敗醤散が知られる)。花言葉:約束を守る。名前の由来:異説有り。へしは(圧し)であり美女を圧倒するという説、へしは飯であり花が粟粒に見えるのが女の飯であるという説、など。


○藤袴

[藤袴/東京・向島百花園]

★枯れ果てしものの中なる藤袴 虚子
★藤袴白したそがれ野を出づる/三橋鷹女
★藤袴手に満ちたれど友来ずも/三橋鷹女
★藤ばかま触れてくる眸の容赦なき/稲垣きくの
★たまゆらをつつむ風呂敷藤袴/平井照敏

藤袴について、高校の古文の先生からまつわる話を聞いた。戦のとき、武士が兜の下に入れたという。頭の蒸れた匂いをその芳香で消すためと聞いた。そのときは、野原の藤袴を折り取ってそれを兜の下に入れたのだと思ったが、そのままの藤袴は匂わない。匂うのは、乾燥したものだそうだ。乾燥させると、なにか芳香の成分ができるらしい。乾燥したものを兜の下に入れたのだろう。淡い紫紅色の散房状の花は武士の花といってもいいだろう。花の形がよく似ていて、立秋ころ咲く白い花がある。これを、早合点の私は、もしや藤袴と思うことがある。そして、その花を写真にとったりして、何度も確かめて、やはり、違うようだと結論付ける。まれにしか見ない藤袴見たさのことであろう。伊勢神宮の外宮の観月祭には、きっちりと秋の七草が揃えられているそうだ。秋の七草は、ハギ、キキョウ、クズ、ナデシコ、オバナ(ススキのこと)、オミナエシ、フジバカマの七草で、山上憶良の歌に「萩の花尾花葛花なでしこが花をみなへしまた藤袴朝顔が花」 (万葉集 巻八) がある。

★藤袴山野の空の曇り来し/高橋正子
★清貧の背筋ますぐや藤袴/高橋正子

フジバカマ(藤袴、Eupatorium japonicum)とはキク科ヒヨドリバナ属の多年生植物。秋の七草の1つ。本州・四国・九州、朝鮮、中国に分布している。原産は中国ともいわれるが、万葉の昔から日本人に親しまれてきた。8-10月、散房状に淡い紫紅色の小さな花をつける。また、生草のままでは無香のフジバカマであるが、乾燥するとその茎や葉に含有されている、クマリン配糖体が加水分解されて、オルト・クマリン酸が生じるため、桜餅の葉のような芳香を放つ。中国名は蘭草、香草。英名はJoe-Pye weed;Thoroughwort;Boneset;Agueweed(ヒヨドリバナ属の花)。かつては日本各地の河原などに群生していたが、今は数を減らし、環境省のレッドリストでは準絶滅危惧(NT)種に指定されている。また「フジバカマ」と称する植物が、観賞用として園芸店で入手でき庭にも好んで植えられる。しかし、ほとんどの場合は本種でなく、同属他種または本種との雑種である。


○桔梗

[桔梗/横浜北八朔町]             [桔梗/横浜日吉本町]

★桔梗の花咲時ポンと言そうな 千代女
★きちかうも見ゆる花屋が持仏堂 蕪村
★きりきりしやんとしてさく桔梗哉 一茶
★桔梗活けてしばらく仮の書斎哉 子規
★佛性は白き桔梗にこそあらめ 漱石
★人遠し明る間早き山桔梗 龍之介
★芝青き中に咲き立つ桔梗かな 碧梧桐
★桔梗の紫めきし思ひかな 虚子
★桔梗や一群過ぎし手長蝦 普羅
★桔梗を咲かしむるまで熔岩老いぬ 風生
★桔梗や雨またかへす峠口 蛇笏
★桔梗や忌日忘れず妹の来る 月二郎
★大江山降り出す雨に桔梗濃し 青邨
★みちのくの雨そそぎゐる桔梗かな 秋櫻子
★桔梗の花の中よりくもの絲 素十
★桔梗の露きびきびとありにけり 茅舎
★旅の子の第一信や花桔梗 汀女
★露晒し日晒しの石桔梗咲く 多佳子
★莟より花の桔梗はさびしけれ 鷹女
★桔梗を引き寄せて体空しけれ 耕衣
★桔梗や褥干すまの日南ぼこ 不器男
★白桔梗売るわらんべの一位笠 林火
★乳の如き白き池あり山桔梗 たかし

桔梗は秋の七草のひとつであるが、私は野山に自生している桔梗をみたことがない。ほどんど庭に植えられたものである。切り花用に6,70センチのものと、矮性と思える鉢植えの桔梗だけれど、一度自生の桔梗を見てみたいと思う。絶滅危惧種とのこと。風船のような蕾が緑色から、徐々に青紫色に染まって、やがて開いてくる。咲きかけの桔梗というのも見たことがない。身近だけれど、そんな具合だ。小さいころに桔梗の形の小鉢があって、それには金時豆を甘く煮たのがいつも入れらえていた。

キキョウ(桔梗、Platycodon grandiflorus)はキキョウ科の多年性草本植物。山野の日当たりの良い所に育つ。日本全土、朝鮮半島、中国、東シベリアに分布する。万葉集のなかで秋の七草と歌われている「朝貌の花」は本種であると言われている。絶滅危惧種である。根は太く、黄白色。高さは40-100cm程度。葉は互生で長卵形、ふちには鋸歯がある。下面はやや白みがかっている。つぼみの状態では花びら同士が風船のようにぴたりとつながっている。そのため "balloon flower" という英名を持つ。つぼみが徐々に緑から青紫にかわり裂けて6-9月に星型の花を咲かせる。雌雄同花だが雄性先熟で、雄しべから花粉が出ているが雌しべの柱頭が閉じた雄花期、花粉が失活して柱頭が開き他の花の花粉を待ち受ける雌花期がある。花冠は広鐘形で五裂、径4-5cm、雄しべ・雌しべ・花びらはそれぞれ5本である。なお、園芸品種には白や桃色の花をつけるものや、鉢植え向きの草丈が低いもの、二重咲きになる品種やつぼみの状態のままほとんど開かないものなどがある。


○撫子

[撫子/横浜日吉本町]           [河原撫子/横浜日吉本町]

★秋霧や河原なでしこりんとして/小林一茶
★撫子や海の夜明の草の原/河東碧梧桐
★航海日誌に我もかきそへた瓶の撫子/河東碧梧桐
★撫子や堤ともなく草の原/高浜虚子
★撫子や濡れて小さき墓の膝/中村草田男
★岬角や撫子は風強ひられて/秋元不死男
★四五本の撫子植ゑてながめかな/原石鼎
★我が摘みて撫子既に無き堤/永田耕衣
★撫子や腹をいためて胤をつぎ/平畑静塔

 土手を歩いていて、河原撫子を見つけることがる。折り取って帰りたいが、草の中に、ようやく咲いた撫子を摘む気にはならない。我が家に一株の河原撫子がある。日吉商店街の花屋に何気なく立ち寄って、この花を見つけて、すぐに買った。値段も80円でかわいそうなくらい安い値段だったが、花びらが鷺草のように繊細に切れ込んで、淡いピンクの色と姿が素晴らしい。その後その店をときどき覗くが、あくまでも私の感覚においてのことだが、これより素晴らしい撫子を見てはいない。ますます大事に育てている。第一花が終わって今二度目の花がついている。肥料がいるかどうか、思案中である。
 撫子といえば、「なでしこジャパン」である。女子サッカー、ワールドカップで優勝し、ロンドンオリンピックで銀メダル。けなげなほどだ。日本だけでなく世界中がたたえる。「なでしこ」の花をもって称えるのにふさわしい彼女たちではないか。

★台風裡河原撫子折れもせず/高橋正子

  ナデシコ(なでしこ、撫子、瞿麦)はナデシコ科ナデシコ属の植物、カワラナデシコ(学名:Dianthus superbus L. var. longicalycinus)の異名。またナデシコ属の植物の総称。蘧麦(きょばく)。 秋の七草の一つである。歌などで、「撫でし子」を掛詞にすることが多い。ナデシコ属 (Dianthus) は、北半球の温帯域を中心に約300種が分布する。このうち、ヒメハマナデシコとシナノナデシコは日本固有種(日本にのみ自生)であり、他に日本にはカワラナデシコとハマナデシコが分布する。
 カワラナデシコ (D. superbus L. var. longicalycinus (Maxim.) Williams)には、ナデシコ、ヤマトナデシコの異名もある。これはセキチク (D. chinensis L.) を古くは唐撫子(カラナデシコ)といったことに対する。ナデシコは古くは常夏(とこなつ)ともいった。これは花期が夏から秋に渡ることにちなむ。花の色は紅から淡いピンク色が多いが、園芸品種などでは白色や紅白に咲き分けるものなどもある。ナデシコ属の園芸品種をダイアンサス (Dianthus) ということがあるが、本来はナデシコ属の学名である。また、カーネーション (D. caryophyllus L.) もナデシコ属である。
 「撫でし子」と語意が通じることから、しばしば子どもや女性にたとえられ、和歌などに多く参照される。古く『万葉集』から詠まれる。季の景物としては秋に取り扱う。『枕草子』では、「草の花はなでしこ、唐のはさらなり やまともめでたし」とあり、当時の貴族に愛玩されたことがうかがえる。また異名である常夏は『源氏物語』の巻名のひとつとなっており、前栽に色とりどりのトコナツを彩りよく植えていた様子が描かれている。ナデシコ属は古くから園芸品種として栽培され、また種間交雑による園芸種が多く作られている。中国では早くからセキチクが園芸化され、平安時代の日本に渡来し、四季咲きの性格を持つことから「常夏」と呼ばれた。ナデシコの花言葉は純愛・無邪気・純粋な愛・いつも愛して・思慕・貞節・お見舞・女性の美・など女性的なイメージが強いが、才能・大胆・快活なども。ヤマトナデシコ(カワラナデシコ)の花言葉は、可憐・貞節である。


○葛の花

[葛の花/横浜・四季の森公園]

★葛の葉の吹きしづまりて葛の花 子規
★むづかしき禅門でれば葛の花 虚子
★葛の花が落ち出して土掻く箒持つ 碧梧桐
★山桑をきりきり纏きて葛咲けり 風生
★車窓ふと暗きは葛の花垂るる 風生
★葛の花見て深吉野もしのばゆれ 石鼎
★花葛の谿より走る筧かな 久女
★這ひかかる温泉けむり濃さや葛の花 久女
★葛の花こぼれて石にとどまれり 青邨
★奥つ瀬のこだまかよふや葛の花 秋櫻子
★朝霧浄土夕霧浄土葛咲ける 秋櫻子
★わが行けば露とびかかる葛の花 多佳子
★花葛の濃きむらさきも簾をへだつ 多佳子
★いちりんの花葛影を見失ふ 鷹女
★白露にないがしろなり葛の花 青畝
★葛の花流人時忠ただ哀れ 誓子
★今落ちしばかりの葛は赤きかな 立子
★細道は鬼より伝受葛の花 静塔
★葛咲や嬬恋村字いくつ 波郷
★葛咲や父母は見ずて征果てむ 波郷
  
   久万・三坂峠
★わさわさと葛の垂れいる峠越え/高橋正子

 葛の花は秋の七草のひとつ。野にも、河原にも、山にも、葛を見かける。木に覆いかぶさり、崖などに垂れさがり、河原の草を覆う。葛の蔓を一つ引けば、そこら中の木や草が動く。それほどに蔓が長い。葛の葉はよく見るのだが、花を見るのは意識していないと時期を過ごしてしまう。昨日、8月9日に四季の森公園に出かけた。もしや、葛の花が咲いてはいまいかと。その感は的中し、葛の最初の一花が咲いたところだった。葛の花の盛りとなれば、咲き盛る花の下の方にはすでに咲き終わって枯れた花が一つ二つある。枯れ花の一切ない葛を見るのはまれだ。まさに初秋。赤紫の花には芳香がある。根は山芋以上に太く長いそうだが、実際見たことはない。葛といえば葛粉を思うが、これが値段もいい。心配性の私は葛の根が少なくて、葛粉がこの世からなくなるのではないかとふっと思うことがある。本当の葛餅は、さつま芋などのでんぷんでは味わえない、水のようなすっきりとした喉越しがある。これが本もの葛餅を食べるときの幸せなのだ。
 葛については、去年もこの日記に書いたかもしれないが、「葛の葉」物語がある。助けられた白狐の恩返しの話だが、「つるの恩返し」とはまた違って、こちらのほうが日本的文学性があると思う。白狐の化身の名は「葛の葉」。葛の葉をかき分けるような山のどこかでの話である。山の奥では不思議な世界が繰り広げられる。葛にまつわる話ではないが、「山姥」もわが身に代えてみれば共感の話である。葛も葛の花も繁茂しすぎているにも関わらず憎めぬ花である。
  ※葛の葉狐(青空文庫より)

 クズは、マメ科のつる性の多年草。根を用いて食品の葛粉や漢方薬が作られる。万葉の昔から秋の七草の一つに数えられる。漢字は葛を当てる。葉は3出複葉、小葉は草質で幅広く、とても大きい。葉の裏面は白い毛を密生して白色を帯びている。地面を這うつるは他のものに巻きついて10メートル以上にも伸び、全体に褐色の細かい毛が生えている。根もとは木質化し、地下では肥大した長芋状の塊根となり、長さは1.5メートル、径は20センチにも達する。花は8~9月の秋に咲き、穂状花序が立ち上がり、濃紺紫色の甘い芳香を発する花を咲かせる。花後に剛毛に被われた枝豆に似ている扁平な果実を結ぶ。花色には変異がみられ、白いものをシロバナクズ、淡桃色のものをトキイロクズと呼ぶ。和名は、かつて大和国(現:奈良県)の国栖(くず)が葛粉の産地であったことに由来する。温帯および暖帯に分布し、北海道~九州までの日本各地のほか、中国からフィリピン、インドネシア、ニューギニアに分布している。
 クズは、荒れ地に多く、人手の入った薮によく繁茂する。雑草としては、これほどやっかいなものはない。蔓性で草地を這い回り、あちこちで根を下ろす。地上部の蔓を刈り取っても、地下に栄養を蓄えた太い根が残り、すぐに蔓が再生するので、駆除するのはほとんど不可能に近い。世界の侵略的外来種ワースト100選定種の一つである。他方で、その蔓は有用であった。かつての農村では、田畑周辺の薮に育つクズのつるを作業に用いた。そのため、クズは定期的に切り取られ、それほど繁茂しなかった。しかし、刈り取りを行わない場合、クズの生長はすさまじいものがあり、ちょっとした低木林ならば、その上を覆い尽くす。木から新しい枝が上に伸びると、それに巻き付いてねじ曲げてしまうこともある。そのため、人工林に於いては、若木の生長を妨げる有害植物と見なされている。クズは根茎により増殖するため根絶やしにすることが困難である。
 北アメリカでは1876年にフィラデルフィアの独立百年祭博覧会の際に日本から運ばれて飼料作物および庭園装飾用として展示されたのがきっかけとして、東屋やポーチの飾りとして使われるようになった。さらに緑化・土壌流失防止用として政府によって推奨され、20世紀前半は持てはやされたが、原産地の中国や日本以上に北アメリカの南部は生育に適していたためか、あるいは天敵の欠如から想像以上の繁茂・拡散をとげた。そのため有害植物及びに侵略的外来種として指定されたが、駆除ははかどっていない。現在ではクズの成育する面積は3万km2と推定されている。近年ではアメリカ南部の象徴的存在にまでなっている。クズの英語名は日本語からkudzu(「クズー」あるいは「カァズー」と発音される)である。


○尾花(おばな・すすき)

[薄(すすき)/横浜日吉本町]

★何ごともまねき果たるすすき哉 芭蕉
★おもしろさ急には見えぬ薄かな 鬼貫
★山は暮れて野は黄昏の薄かな 蕪村
★夕闇を静まりかへるすゝき哉 暁台
★猪追ふや芒を走る夜の声 一茶
★古郷や近よる人を切る芒 一茶
★箱根山薄八里と申さばや/正岡子規
★一株の芒動くや鉢の中/夏目漱石
★金芒ひとかたまり銀芒ひとかたまり/高浜虚子
★穂芒のほぐれ初めの艶なりし/能村登四郎
★穂を上げし芒に風の触れはじむ/稲畑汀子
★薄野を来て一山の夕日浴ぶ/小澤克己
★今日を尋めゆく落日の川すすき/千代田葛彦

 薄について書こうと思えばありすぎる。いたるところにあるけれど、夏の青い薄が風になびくのもよい。城ケ島に4年ぐらい前だったか行ったときに、はるか大島の影が見える崖に青薄が靡いていた。月があがればどんなに素敵だろうかと思った。その青薄も真夏の暑さに鍛えられ、青々とした色が幾分か抜けると紅むらさきのつややかな穂が出る。出始めの穂の色、はらりとほどける穂の具合は、初秋の風情としては一品。秋も深くなると穂が白くほおけて、銀色金色に輝く。小諸の花冠フェスに出かけた折、追分のあたりから景色はぐっと高原らしくなるが、薄は金色だった。それから、鎌倉の二階堂の虚子記念館を訪ねたときに、薄原があった。虚子がこの薄原を詠んだのではないかと思わせる雰囲気があった。
薄について風情の良さばかりを言ってはおれないのだ。薄は、別な呼称で萱なのだ。生家には家の前に広い畑がある。両親がいたころは、いろんな農作物がよく育っていた。父が亡くなり40年がたち、母がこの5月に亡くなったが、畑の隅に徐々に萱が生え始めた。畑の手入れが行き届かない。おそらくこの萱が広がって、何年か経つうちに荒れた野に戻るだろうと、寂寥とした思いにもなる。

★追分の芒はみんな金色に/高橋正子

ススキ(芒、薄)とは、イネ科ススキ属の植物。萱(かや)、尾花ともいう。野原に生息し、ごく普通に見られる多年生草本である。高さは1から2m。地下には短いがしっかりした地下茎がある。そこから多数の花茎を立てる。葉は細長く、根出葉と稈からの葉が多数つく。また、堅く、縁は鋭い鉤状になっているため、皮膚が傷つくことがある。夏から秋にかけて茎の先端に長さ20から30cm程度の十数本に分かれた花穂をつける。花穂は赤っぽい色をしているが、種子(正しくは穎果・えいか)には白い毛が生えて、穂全体が白っぽくなる。種子は風によって飛ぶことができる。日本には全国に分布し、日当たりの良い山野に生息している。夏緑性で、地上部は冬には枯れるのが普通であるが、沖縄などでは常緑になり、高さは5mに達する。その形ゆえに、たまにサトウキビと勘違いする観光客がいる。国外では朝鮮半島・中国・台湾に分布するほか、北米では侵略的外来種として猛威をふるっている(日本にセイタカアワダチソウが侵入したのと逆の経路で伝播)。植物遷移の上から見れば、ススキ草原は草原としてはほぼ最後の段階に当たる。ススキは株が大きくなるには時間がかかるので、初期の草原では姿が見られないが、次第に背が高くなり、全体を覆うようになる。ススキ草原を放置すれば、アカマツなどの先駆者(パイオニア)的な樹木が侵入して、次第に森林へと変化していく。後述の茅場の場合、草刈りや火入れを定期的に行うことで、ススキ草原の状態を維持していたものである。