生活する花たち 春ー俳句歳時記ー

編著者 高橋正子(俳誌花冠主宰)

●目次●

2016-03-24 18:47:15 | 日記



[目次]

2月の花

3月の花

3月の花

夏の花

秋の花

冬の花

※項目をクリックして、ご覧ください。




■2016■

2016-03-24 18:46:20 | 日記

○桃の花


○桃の花


○桃の花


○桃の花


○桃の花


俳句と写真



■植物①■

2012-05-02 05:22:21 | 日記

■植物■

○蕗のとう
★涸滝のにじみそめたる蕗の薹/清崎敏郎

★半面に紅刷きふきのとうの球みどり/川本臥風
静かな観照の中にも、きらりと光る感覚的な把握がある。黄みどりの球のようにころりとした蕗のとうの半面が、刷かれたような紅であって、その色彩の美しさには、透明感と抒情がある。句会の折などに臥風山房に伺うと、はやばやと出た蕗のとうがテーブルに置かれていることがよくあった。誰かが、野の様に鉢植えにしたものが置かれていたり、ころりと転がされていたり、蕗のとうを愛でておられた。(高橋正子)

★蕗の葉の小さきに護られ蕗のとう/高橋正子
蕗の薹は、春の季語だが、昨日、平成24年1月19日、寒中に蕗のとうを見つけた。農家の畑の隅には蕗の葉が小さくなってちらほら残っている。その葉の根もとに目を凝らして見ると予想にもしなかった蕗のとうが見つかった。丸みにはやや欠けるがふっくらとしている。早春の蕗のとうの黄みどり色と違って、緑が霜に当たったような色であった。早春、蕗のとうが出るとやはり嬉しい。春が来たと思う。黄みどり色がうれしい。あのまるっこい形を摘んで手に収めるのもうれしい。蕗のとうにはよろこびがある。(高橋正子)

★野に覚めし淡きみどりや蕗のとう/佃 康水
「野に覚めし」によって、淡い蕗のとうのみどりが目に強く焼きつく。初めて見つけた蕗の董であろう。驚きと嬉しさを隠せない。(高橋正子)

★包み紙少し濡れいて蕗の薹/佃 康水

○梅
★紅梅の紅の通へる幹ならん/高浜虚子
★いつ見ても梅寂光の中にあり/川本臥風
★勇気こそ地の塩なれや梅真白/中村草田男

★紅梅は高くて黒衣まぶしかり/高橋正子
紅梅は白梅よりも晴れた空が似合う。50年以上前のある風景について鮮明に記憶がよみがえる。生家の隣に分家があって、そこに立派な紅梅が咲く。その季節は、分家(分家には慶応3年生まれ、漱石や子規と同い年の百歳のおばあさんが健在であった)の法事があり、遠い親戚の黒衣の人たちまでもがうららかな日差しに出入りする。そいうときの紅梅は、ひときわあでやかに見えた。まだ私は小学校低学年で非常に人見知りであっから、遠くから紅梅を眺めていた。故人の忌日は変わりなく、紅梅の咲く日も変わらない。(高橋正子)

★梅の花いつもきれいな青空に/高橋正子
寒さの中に、仄かな香をまとい凜と咲く可憐な梅の花。見上げるといつも澄みきった青空が花とともにあります。早春のみずみずしい空気と春を迎える静かな喜びが感じられます。(柳原美知子)

★拝観を終え紅梅に集まれり/黒谷光子
集ってお参りに出かけた。拝観を済ませたものが順次、誰彼となく、紅梅のもとに集まった。うららかな日の紅梅の見事さ、和む人の心がおのずと知れる。(高橋正子)

○椿
★ゆらぎ見ゆ百の椿が三百に/高浜虚子

★赤い椿白い椿と落ちにけり/河東碧梧桐
子規が取り上げ、印象明瞭を好む句の一例としたので、碧梧桐の代表句となった。明治29年の作。碧梧桐24歳であった。(高橋信之)

★日当たって山の椿の花であり/高橋正子
山を歩いていますと、少し前からヤブツバキが咲き始めているのを見るようになりました。まだ少し寒さが残るころから咲き出し、このまま春が終わるまで咲いては散り、咲いては散りでいて咲き続けて行きます。そこに日が当たっている、日差しの明るさが思われます。(多田有花)

○木の芽
★ひた急ぐ犬に合ひけり木の芽道/中村草田男
木々が芽吹く道は、轍のあとや水溜りのくぼみなどがある、土の道であるのがいい。そこを犬が何の理由か舌を出して荒い息で、ひたすら急いでいる。このような犬に時に出くわすことがあるが、妙に温みもあってか、ひた急ぐ犬に気持ちを動かすことになる。(高橋正子)

○桜 花
★咲き満ちてこぼるる花もなかりけり/高浜虚子

★夕桜城の石崖裾濃なる/中村草田男
草田男の第一句集『長子』(昭和十一年)所収。帰郷二十八句のうちの一句で昭和十年作。九年ぶりの松山への帰郷に、目に映るものが新鮮に、なつかしく思えたに違いない。御影石の城石崖は、桜と夕べの陰影とが織り交ざり淡く紫に、その裾には夕桜が紫がかって咲き満ちている。その美しさは、「裾濃」の染めや鎧さながらである。光りと色のこまやかな変化が「裾濃」という言葉に新鮮に、やや濃厚な日本の美としてしっかりと捉えられている。(高橋正子)

★桜昏しはげしき天の白光に/川本臥風
満開の桜は、天の白光によって、昏い陰影を持つようになった。光が差して物に陰影ができたのだ。桜の色を昏くさせるほどに強い光に、仏の現れを感じ取ることができる。鋭い感性が詠んだ桜の句。(高橋正子)

★さくらさくらさくらさくらてのひらに/高橋信之

○蓬 蓬摘む
★蓬萌ゆ憶良・旅人に亦吾に/竹下しづの女

春になると、祖母が「墓原(はかわら)へ蓬を摘みにいこう」と、竹かごと鋏と用意して連れて行ってくれた。墓原は、墓地ではなくて、裏山の裾の村の墓地の隣りにある柿の木がある畑である。夜は怖くて決して行けないが、昼間は、丘になっているので瀬戸内海が見渡せ、汽笛を鳴らしてゆく船が遠くかすんで見えるうららかなところである。竹かごは「ほぼろ」と呼んでいた。鋏はじゃんけんのチョキに似た握り鋏と呼ばれる鋏で、これで萌え出た蓬をちょきちょきと摘みとる。蓬は爪でたくさん摘みとると爪が真黒になって、痛くなる。摘んだ蓬は、雛祭の菱餅になったし、蓬餅、蓬団子となって、春が来たら食べられる嬉しいものであった。

これまで住んだところには、摘もうと思えば摘める蓬がいつでもあった。埃を冠っていない山裾などで、子供たちと遊びながら蓬を摘んで持ち帰って蓬団子にした。ただ摘むだけのこともあった。夏草となり埃っぽくなった蓬は、もういやだけれど。(しかし、梅雨の季節、水に倒れた蓬を牛車が轢くと芳しい香をあげるという枕草子にもあるような場合は別にして。)若草を摘む喜びは、万葉の時代から、日本人の心のどこかにあるのではと思う。

★利根川に道真っすぐや蓬摘む/小口泰與
利根川は関東平野を延々と流れる大河であるのは言うまでもないが、利根川に沿う道がまっすぐであること、それほどの川であることに意外性がある。真っ直ぐな土手道に蓬を摘む楽しさは、どんなであろうか。(高橋正子)

○土筆
★鉢に土筆数本にして野のさまを/川本臥風
土筆が出ましたよ、と野の草や苔など一緒に鉢植えにして持ってこられたものだろうが、数本の土筆に野の風景が彷彿されるというのだ。「数本にして」に強い驚きがある。季節の植物がほんのわずかであっても、大自然の景色をなすという凄さは、季節季節のものは、ディーテイルでありながら、自然を象徴することを意味している。臥風山房を出ればすぐ小川や野道があったが、土筆をわざわざ摘みに出かれられることもなかったから、こうした鉢植えを楽しんでおられた。(高橋正子)

○つばな
★きらりきらりつばなが草を抽きはじむ/川本臥風
つばなは、白茅(ちがや)の花穂のことで、比較的丈が低く、野辺の少し荒れた土にはどもにでもある。若い穂は、かつては子どもたちが抜いて食べていた。春も半ばになると、野辺の草からつばなの花穂が伸びてくる。きらりきらりと、つばなの一穂、一穂が、春風に揺れて輝いている。つばなの小さな穂は、芒とはまた趣が違って、詩情を呼ぶ。目の隅にきらりきらりと輝くものの姿が留められている。(高橋正子)

○桃の花

★伊豆の海紺さすときに桃の花/沢木欣一
★対峙して段丘桃の花の昼/宮津昭彦

中国原産の鑑賞用、および果実湯に広く栽培される落葉喬木。梅の花が終わってまだ桜には早いころの花で、色は淡紅色だが、白、濃紅色、咲分け、重弁、菊咲などの異品がある。
中国原産と言われて、ジュディオングのような愛くるしい「ピーチ・アイ」を連想する。雛の節句には桃の花を飾るが、旧暦ならばちょうど桃の花が咲く。ふくらとした桃色の花は女の子の祭にふさわしい。こちら(東京や横浜あたり)では、新暦で雛祭をするので、昨日の雪が降る前の日、道行く老婦人が持った花包みから桃の花枝が突き出ているのを見た。丸い蕾がほどけ始めていた。桃の蕾は、猫柳のように少し毛羽立ち鼠色がかっている。この鼠色が子どもの私には不思議に思えた。生家の庭先に水蜜桃だろうと思うがあった。桃の花が咲くのが楽しみだった。庭先が明るく華やぎ、日も暖かくなって、桃の花の根もとには、黄水仙やいぬふぐりが咲いたりする。そんな一切合財が桃の花の記憶となっている。やがて堅い実を結び、袋かけをされて、夏の日に熟れるのを待つのだが。

★桃の花雪の予報がまたありて/高橋正子

○沈丁花

★沈丁や気おくれしつつ案内乞ふ/星野立子

日本に栽培されているものは中国原産の常緑灌木で、高さい・5メートルに達し、生垣や庭先に植えられたものが多い。花は内面部が白く、外面が紫がかった桃色で、香気が強い。早春まだうそ寒い頃、または淡雪の下、夜気にこの花が匂うのは印象深い。
赤紫色の蕾が弾けると、内側の白い部分が表れて好対照をなす。うそ寒いころの、その香気が好きなために植えられる花であるかもしれない。砥部の庭にも門脇に一本あった。冷たい空気とともに吸うその香りは、肺深く入りこんで、今年も卒業や旅立ちの季節が来たなと思う。田舎の家の庭先にもよく植えられて、子供の間でも沈丁花が咲いたと話題になった。「じんちょうげ」というあの花の位の重さの音が今も耳に残っている。

★沈丁の香の澄む中に新聞取る/高橋正子
★雪解けの雪が氷れる沈丁花/高橋正子

○豆の花

★そら豆の花の黒き目数知れず/中村草田男

豌豆の花、そら豆の花、スイートピーなどが豆の花に入る。そら豆や豌豆の収穫は初夏となるが、それには春先花が咲かねばならない。草田男のそら豆の句は、まさにそのとおり。うす紫の縞模様の花の中心部が黒い。形が目と見える。散歩していると、そら豆のいくつもの目と合う。
支柱を組んだ豌豆には、白と赤い花が咲き、別の畝にはそら豆の花が咲く畑の光景はなじみのものだ。おびただしい白い花は胡蝶のように軽やかだ。この花は来るべき初夏のために花を咲かす。さや豌豆も実豌豆も初夏の一番いい季節に実を結ぶ。白い飯に緑の水玉が散らばる豆ごはん。翡翠のように豌豆を煮たもの。ちらしずしに混ぜ込んださやえんどうの緑。こういった食の楽しみを提供するべく咲く豆の花は見ても鑑賞できる花だ。
スイートピーは、朝顔の垣を利用して秋に垣の根もとに種を播くと、春には弦が絡まって数知れないのスイートピーの花が西窓を覆った。

★スイートピー眠くなるほど束にする/高橋正子

■植物②■

2012-05-02 05:22:04 | 日記
■植物②■

○椿

[東京関口・椿山荘庭園]

★ゆらぎ見ゆ百の椿が三百に/高浜虚子

★赤い椿白い椿と落ちにけり/河東碧梧桐
子規が取り上げ、印象明瞭を好む句の一例としたので、碧梧桐の代表句となった。明治29年の作。碧梧桐24歳であった。(高橋信之)

★日当たって山の椿の花であり/高橋正子
山を歩いていますと、少し前からヤブツバキが咲き始めているのを見るようになりました。まだ少し寒さが残るころから咲き出し、このまま春が終わるまで咲いては散り、咲いては散りでいて咲き続けて行きます。そこに日が当たっている、日差しの明るさが思われます。(多田有花)

 椿山荘の庭園を信之先生、姪と一巡したが、何本かある河津桜も終わりかけ、あの種この種の椿の花が庭園の方々に咲いている。椿山荘の椿は初めて。昨日の雨が上がったばかりの庭園の空は曇り。カメラのフラッシュを禁止にし、明るさを調節して椿を撮る。椿の赤い色をきれいに撮るのは素人には難しい感じがする。やはり庭園の椿で、花の姿や葉の茂り具合がほど良く品がある。椿山荘にはもともと椿が自生していたようだが百種近い椿植栽されている。白い椿の「初嵐」もまだ咲いて、砥部のわが家にあったので、その花姿を懐かしく見た。雨が降ると、花粉で白い花がうっすらと汚れるが、汚れ具合が記憶の通り。
 椿山荘は、結婚式場としても有名だが、庭園には、写真を撮る花嫁の姿が見られる。鐘が鳴るので、何時の鐘と思うとそれは結婚式の終わりを告げる鐘なのだそうだ。そんな雰囲気の庭園には、椿のほかに河津桜、馬酔木、さんしゅゆ、紅梅、土佐みづきなどが咲いていた。お彼岸ごろの花たちである。

○山茱萸(さんしゅゆ)

[横浜日吉本町]

★山茱萸の花こぞりて黄を凝らす/塩川雄三

 サンシュユ(山茱萸、学名:Cornus officinalis Sieb. et Zucc.)は、ミズキ目ミズキ科の落葉小高木。樹皮は薄茶色で、葉は互生し長さ4-10 cmほどの楕円形で両面に毛がある。3月から5月にかけ、若葉に先立って花弁が4枚ある鮮黄色の小花を木一面に集めてつける。花弁は4個で反り返り、雄しべは4個。夏には葉がイラガやカナブンの食害を受ける。晩秋に付ける紅色楕円形の実は渋くて生食には向かない。
 中国及び朝鮮半島の原産地に分布する。江戸時代享保年間に朝鮮経由で漢種の種子が日本に持ち込まれ、薬用植物として栽培されるようになった。日本では観賞用として庭木などにも利用されている。日当たりの良い肥沃地などに生育する。

○菜の花

[伊豆河津]

★菜の花や月は東に日は西に/与謝蕪村
★一輌の電車浮き来る菜花中/松本旭

 菜の花(なのはな、英語:Tenderstem broccoli)は、アブラナまたはセイヨウアブラナの別名でもあり、アブラナ科アブラナ属の花を指す。食用、観賞用、修景用に用いられる。春、一面に広がる菜の花畑は壮観で、代表的な春の風物詩でもある。現代の日本では、菜種油採取用のアブラナ畑はあまり見られなくなった。その他のアブラナ属の野菜も黄色い「菜の花」を咲かせるため、その種子採取用の畑が菜の花畑として親しまれている。このため、栽培されている作物はまちまちで、千葉県では早春のアブラナのほかに野菜類(カブやハクサイ)が、青森県横浜町では油用のセイヨウアブラナ、信州の菜の花畑はノザワナがそれぞれ5月に開花する。
 3月のこの季節、菜の花は季節の食材として店頭にも多く並ぶようになった。3月18日に家族で椿山荘で食事をしたとき、菜の花のからし酢味噌かけがあった。天もりは、芽紫蘇。若い者たちも「菜の花のからし酢味噌かけ」が一番おいしかったと答えた。味のリズムと触感と彩りと季節感があったのだろう。

★まんまるい蕾もろとも花菜漬け/藤田裕子
まんまるい、黄色も少し見える蕾もろとも漬物に付け込むには、心意気がいる。日常生活が身の丈で表現された句。(高橋正子)

★菜の花へ風の切先鋭かり/高橋正子
★菜の花も河津桜も朝の岸/高橋正子
★菜の花の買われて残る箱くらし/高橋正子

○いぬふぐり

[横浜四季の森公園]

★いぬふぐりここより野路の視野展け/稲畑汀子
★こんこんと日は恙なし犬ふぐり/森澄雄

野原や路傍などに多いきわめて小さな二年草。早春の陽光あふれる日には小さな花々が太陽に向かっていっせいに歓声をあげているように咲きにぎわう。しかし実際は真冬のうちから他の花に先駆けて少しは咲きだしている。その名は犬のふぐりに似ているところから来ている。「おおいぬのふぐり」。

★青空の青を返して犬ふぐり/渋谷洋介
犬ふぐりは、地に咲く星に例えられたり、その他、いろいろな表現で称えられてきた。この句のよさは、「青を返して」にある。青空の青を映し、その青をまた空へそっくり返す。この力が花の生命力、あるいは生命感というものであろう。(高橋正子)

★少女らの明るく飛んで犬ふぐり/高橋正子
★空のしずくこぼれてここに犬ふぐり/高橋正子



■植物③■

2012-05-02 05:18:24 | 日記

○土佐みづき

[横浜市都筑区緑道]

★土佐みづき山茱萸も咲きて黄をきそふ/水原秋桜子
★植木市巡ればすぐに土佐みづき/高橋正子

自生は土佐(高知県)だけなのでこの名があり、まんさく科の落葉灌木で庭木として栽培される。
花屋を覗いら、花バケツに桃の花と土佐みづきが入れてあった。桃の花を買う間に、「これは土佐みづきですか。」と話すとうれしそうに「そうですよ。」という返事をもらった。レモンイエローの小さな房様の花が7、8個連なって垂れ下がって咲く。花のときは、葉がない。まだ風の冷たい春先、この黄色はうれしいものだ。

○片栗の花

[横浜四季の森公園]

★片栗の花を見しより旅心/稻畑汀子
★西行の出家の寺に片栗咲く/松崎鉄之介
★かたくりに山の正午の日が差しぬ/高橋正子

3月22日、小西宏さんをお誘いして四季の森公園を信之先生ともども3人で散策。この日は、早春の予期せぬ花がたくさん咲いていた。おまけに翡翠まで池のとまり木に止まってくれた。片栗の花は、アマチュアカメラマンが咲いているところへ案内してくれた。この方は、毎週四季の森に来ているとのこと。咲いていた花:さんんしゅゆ・みつまた、まんさく、かたくり、雪割り草、雲間草、ふくじゅそう、キクザキイチゲ、葵葉すみれ、おおいぬのふぐり、猫柳、白梅、紅梅、藪椿、馬酔木、ヒイラギ南天、土筆、なずな、はこべ、ヒメ踊り子草など。芽柳も枝垂れてみどりが美しい。昨年同じ時期開いていたこぶしは、花芽がまだまだ固い。一か月以上も遅れているか。

○木瓜の花

[横浜日吉本町・金蔵寺]

★木瓜咲くや漱石拙を守るべく/夏目漱石                           
★草木瓜の花を横切るとき冷やか/高橋正子

実が瓜に似ており、木になる瓜で「木瓜(もけ)」とよばれたものが「ぼけ」に転訛(てんか)したとも、「木瓜(ぼっくわ)」から「ぼけ」に転訛したも言われる。帰化植物(平安時代)。学名のspeciosa は 美しい、華やか 、Chaenomelesは 「chaino(開ける)+ melon(リンゴ)」が語源。花言葉は「先駆者」「指導者」「妖精の輝き」「平凡」。中国原産の落葉低木。日本には江戸中期に渡来したといわれる。平安時代の説も。四月ごろ葉に先だって花を開く。深紅色のものを緋木瓜、白色のものを白木瓜、紅白雑食のものを更紗木瓜という。実は薬用。実が瓜に似ており、木になる瓜で「木瓜(もけ)」とよばれたものが「ぼけ」に転訛(てんか)したとも、「木瓜(ぼっくわ)」から「ぼけ」に転訛したも言われる。木瓜は、棘がある。日本に自生するボケはクサボケといわれる同属の植物。四国砥部の我が家の門扉近くには緋木瓜が植わっていた。その隣に蝋梅、その隣に白山吹、白椿と並んでアプローチを飾っていた。日当たりがよかったので、正月ころからぼつぼつ咲き始めた。子供のころは、紅白がまだらになった更紗木瓜と緋色より薄い紅色の木瓜をよく見た。更紗木瓜については、なんでこのような色具合にといつも思っていたが、そういう咲き方するもののようだ。今はどうか知らないが、春先の花展で、さんしゅゆ、万作の花と並んでよく使われた。秋にひょっこり花梨を少し小さくした、枝に似あわず大きな実がついていることがあった。花梨もバラ科なので樹高は違うが似たところがある。

○木蓮

[横浜日吉本町]

★木蓮の風のなげきはただ高く/中村草田男
★ひらくよりはや傷づけり木蓮は/堀 葦男
★角を曲がれば木蓮のむらさきに出会う/高橋信之

モクレン(木蓮、木蘭、Magnolia quinquepeta もしくは Magnolia liliiflora)は、モクレン目モクレン科モクレン属の落葉低木。花が紫色であることから、シモクレン(紫木蓮)の別名もある。昔は「木蘭(もくらん)」と呼ばれていたこともあるが、これは花がランに似ていることに由来する。今日では、ランよりもハスの花に似ているとして「木蓮(もくれん)」と呼ばれるようになった。原産地は、中国南西部(雲南省、四川省)だが、英語圏に紹介された際に、Japanese magnolia と呼ばれたため、日本が原産国だと誤解されている場合がある。形態は、小型で樹高3-5m程度。葉は互生で、広卵型、長さ8-10cm、先は尖る。花期は春。花は濃い紅色から桃色で、花弁は6枚、がくは3枚、雄しべと雌しべは多数が螺旋状につく。上品な強い芳香を放つ。ハクモクレンとは異なり、花びらは舌状で長い。実は赤い。

○躑躅(つつじ)

[ミツバツツジ/横浜日吉本町]

★風塵や一枝あまさずつつじ咲く/中村汀女
★満山のつぼみのままのつつじかな/阿波野青畝
★丘の街ありて躑躅のピンクを咲かせ/高橋信之

ミツバツツジ:ミツバツツジ(三葉躑躅 Rhododendron dilatatum)はツツジ科ツツジ属の落葉低木。また、近縁のミツバツツジ類の総称でもある。 関東地方から近畿地方東部の太平洋側に分布し、主にやせた尾根や岩場、里山の雑木林などに生育する。他のミツバツツジ類の多くは雄しべが10本なのに対し、本種は5本であることが大きな特徴。古くから庭木としても植えられるが、盗掘の影響もあるせいか野生の個体数は決して多くない。ミツバツツジ類は、4-5月頃に咲く紅紫色の花が美しい。花が終わってから葉が出てくる。枝先に三枚の葉がつくことからこの名がついた。ミツバツツジの変種には、トサノミツバツツジ、ハヤトミツバツツジ、ヒダカミツバツツジなどがある。日本に自生するその他のミツバツツジ類には、トウゴクミツバツツジやサイコクミツバツツジ、コバノミツバツツジ、ダイセンミツバツツジ、ユキグニミツバツツジ、キヨスミミツバツツジなどがある。

○蚕豆の花

[蚕豆の花/横浜市緑区北八朔]

地中海、西南アジアが原産地と推測される。イスラエルの新石器時代の遺跡からも出土している。インゲンマメが普及する以前はソラマメは古代エジプトやギリシア、ローマにおいて主食とされていた。紀元前三千年以降中国に伝播、日本へは8世紀ごろ渡来したといわれている。古くから世界各地で栽培され、食用にされている。現在は南米、北米、ウガンダ、スーダンなどで栽培されている他、中華人民共和国河北省張家口で最高級品が栽培されている。高さ50cmほど。秋に播種する。花期は3−4月で直径3cmほどで薄い紫の花弁に黒色の斑紋のある白い花を咲かせる。収穫は5月頃から。長さ10−30cmほどのサヤには3−4個の種が含まれている。
蚕豆の花は、草田男の句にあるように、「黒き目」と見える斑がある。花は白というが、黒い斑のせいで薄紫に見える。蚕豆の花は、実を結ぶから取って遊ぶわけにはいかないが、葉で遊んだ。葉を折ると、半透明の薄い膜がはがれる。はがれるときれいな緑色が現れる。この緑色を出現させる遊び。遊びというほどのものではないが。

★そら豆の花の黒き目数知れず/中村草田男
★蚕豆の花の吹降り母来て降り/石田波郷
★蚕豆の花に目を寄せ見ていたり/高橋正子

○花水木

[花水木/横浜日吉本町]

花水木(ハナミズキ、学名:Benthamidia florida)は、ミズキ科ミズキ属ヤマボウシ亜属の落葉小高木。北アメリカ原産。別名、アメリカヤマボウシ。ハナミズキの名はミズキの仲間で花が目立つことに由来する。また、アメリカヤマボウシの名はアメリカ原産で日本の近縁種のヤマボウシに似ていることから。樹皮は灰黒色で、葉は楕円形となっている。花期は4月下旬から5月上旬で白や薄いピンクの花をつける。秋につける果実は複合果で赤い。庭木のほか街路樹として利用される。日本における植栽は、1912年に当時の東京市長であった尾崎行雄が、アメリカワシントンD.C.へ桜(ソメイヨシノ)を贈った際、1915年にその返礼として贈られたのが始まり。なお、2012年に桜の寄贈100周年を記念して、再びハナミズキを日本に送る計画が持ち上がっている。

★松屋通りアメリカ花水木の盛り/宮津昭彦
★花水木われらはいつも下歩く/高橋正子
★花水木世の中いつか軽くなり/高橋正子

■植物④■

2012-05-01 08:33:08 | 日記
○山吹

[山吹/横浜日吉本町]

★雨脚の舞ってゐるなり山吹に/清崎敏郎
★西側の垣の山吹黄が明るし/高橋信之
★降りかかる雨の山吹窓越しに/高橋正子

山吹の花が咲くころは、降るともなく、降らぬともなく、雨が細い雨脚を見せて降ることが多い。山吹の花の記憶はいつも雨とある。一重ではなく、記憶の山吹は八重だ。「七重八重・・」の大田道灌の古歌も今では言う人もいないだろうが、雨降りの記憶とともに脳裏にある。
白山吹という白い花を咲かせる山吹もあって、これは一重で黒い実を結ぶ。我が家では、白山吹は、高い曇り空の下に咲いて表の庭にあった。日吉には、見事に垣根をなして白い花咲かせている家があって、しゃれているので、山吹とも思えない感じだ。

山吹は、低山の明るい林の木陰などに群生する。樹木ではあるが、茎は細く、柔らかい。背丈は1mから、せいぜい2m、立ち上がるが、先端はやや傾き、往々にして山腹では麓側に垂れる。地下に茎を横に伸ばし、群生する。葉は鋸歯がはっきりしていて、薄い。晩春に明るい黄色の花を多数つける。多数の雄蕊と5~8個の離生心皮がある。心皮は熟して分果になる。北海道から九州まで分布し、国外では中国に産する。古くから親しまれた花で、庭に栽培される。花は一重のものと八重のものがあり、特に八重咲き品種(K. japonica f. plena)が好まれ、よく栽培される。一重のものは花弁は5枚。白山吹もあるが別属である。日本では岡山県にのみ自生しているが、花木として庭で栽培される事が珍しくない。こちらは花弁は4枚。

○藤

[白藤/鎌倉・鶴岡八幡宮]

藤は、つる性の落葉木本である。毎年4月から5月にかけて淡紫色または白色の花を房状に垂れ下げて咲かせる。園芸植物としては、日本では藤棚に仕立てられることが多い。白い品種もある。つる性であるため、樹木の上部を覆って光合成を妨げるほか、幹を変形させ木材の商品価値を損ねる。このため、植林地など手入れの行き届いた人工林では、フジのツルは刈り取られる。これは、逆にいえば、手入れのされていない山林で多く見られるということである。近年、日本の山林でフジの花が咲いている風景が増えてきた要因としては、木材の価格が下落したことによる管理放棄や、藤蔓を使った細工(籠など)を作れる人が減少したことが挙げられる。

★暮れ際に茜さしたり藤の花/橋本多佳子
★白藤や揺りやみしかばうすみどり/芝 不器男
★今日晴れて吾に空の青藤の白/高橋信之
★藤波を歌いし校歌をわすれがち/高橋正子

○通草の花(あけびのはな)

[通草の花/横浜日吉本町]

★バスを待ちくたびれてをり花あけび/飴山 実
★花あけば曇れる空のいや高く/高橋正子

子どものころは、年上も年下も一緒に遊んだ。秋になるとあけびを採ってきたといって自慢げに見せてくれた。山のどのあたりにあるのだろうと、いつも不思議に思っていた。遠足などで山を越えるときに、あけびがある、などという声も聞いた。しかし、あけびの花は見たことがない。子どもだから、花があるなどと思ってもいなかった。さつま芋のような実が割れ、黒い種をミルクのような白いものが包んでいた。その姿だけ覚えていた。聞けば、受粉形態もおもしろい。
砥部焼の産地である砥部に住居を構えたおりに、家裏の川崖に木にあけびの花が咲き、実をつけた。山に入らねば見つからないのに、家の裏に出ればあけびが採れた。もちろん食べた。楕円状の葉もなかなかよいし、淡紫の花も、そして実も、果てはあけび籠となって、蔓まで身近になった。横浜では、近所の家に鑑賞用に植えられているので、見て楽しませてもらっている。蕾は、濃い紫の風船状で、それが割れて花が咲く。

○花梨

[花梨/横浜市緑区北八朔]

★両岸の梨花にラインの渡し船/高濱虚子
★能登けふは海の濁りの梨の花/細見綾子
★梨棚の白とも言えぬ花咲けり/高橋正子

横浜市緑区北八朔町の梨の果樹園で花盛りであった。梨は、初秋には「はまなし」として売られる。梨の花は、白い。採果しやすいように枝は横に這うように伸ばせた樹形となっているが、枝には意外にも大きな花がびっしりとついている。随分摘果しなければならないだろうと思った。梨の花弁は通常白色、5枚の離弁が基本であるが、色や花弁数には変異がある。また、おしべは約20本、花柱は5本である。梨は本来虫媒花であるが、自家不和合性(同じ品種間では結実しない性質)が強く、栽培される場合には経済的な理由から他品種の花粉によって人工受粉が行われる。めしべの柱頭に付着した花粉は発芽し、花粉管を伸長して胚珠に到達、重複受精を行う。果実の育成は植物ホルモンの影響を受ける為、人工的にこれを添加する事も行われる。また、結実数が多すぎる(着果過多)場合には、商品となる果実の大きさを維持する為に摘果が行われる。

○芹の花


★底見せて流るる川や芹の花/石塚友二
★芹咲いて遠くに群れているを見る/高橋信之

芹は、セリ科の多年草で、春の季語であるが、芹の花は、季語となっていない。湿地やあぜ道、休耕田など土壌水分の多い場所や水辺の浅瀬に生育することもある湿地性植物である。高さは30cm程度で茎は泥の中や表面を横に這い、葉を伸ばす。葉は二回羽状複葉、小葉は菱形様。全体的に柔らかく黄緑色であるが、冬には赤っぽく色づくこともある。花期は7~8月といわれるが、晩春にも咲く。やや高く茎を伸ばし、その先端に傘状花序をつける。個々の花は小さく、花弁も見えないほどである。北半球一帯とオーストラリアに広く分布する。

★せせらぎはあまたの芹の花揺らす/高橋正子


■動物■

2012-02-09 02:50:20 | 日記

■動物■

○雲雀
★わが背丈以上は空や初雲雀/中村草田男
「わが背丈以上の空」は、文字通りは、作者の立っている地面から上の、作者を入れての空の意味。人家を離れ来ると、ひろびろと春の野の広がりに出会う。その野に触れて空があり、一点となった雲雀が声を空に弾かせている。のけぞって見る初雲雀に、生命賛歌の高らかな気持ちが胸に広がる。(高橋正子)

★雲雀しばらくあるく我等の行く先を/川本臥風
野の道を楽しく話しながら連れ立ってゆくと、珍しくあるいている雲雀に出会った。雲雀は人に恐れることもなく、我等の前を野道を案内するようにしばらく歩いた。しばらく雲雀と同行した春野辺の楽しさ、無垢の雲雀に触れた喜びが詠まれている。無垢といえばイギリスの詩人ウィリアム・ブレイクの「無垢の歌」がすぐ思い出される。(高橋正子)

★雲雀揚がる沖より風の吹く空に/高橋信之

○燕
★乙鳥はまぶしき鳥となりにけり/中村草田男
草田男には、この句のほかに、燕を詠んだ句がある。「町空のつばくらめのみ新しや」であるが、この句において「まぶしき鳥」とのみ形容した草田男は燕に、特別な思いがあるようだ。光にまみれて颯爽と飛ぶ燕は、南国からの使者として、悦びをもって迎えるのに相応しい。明るいもの。まぶしいものへの志向が覗える。(高橋正子)

○蝶
★蝶飛べりむかしの時間かもしれず/川本臥風




■生活・行事■

2012-02-09 02:42:59 | 日記

■生活■

○卒業
★校塔に鳩多き日や卒業す/中村草田男
校塔は、校舎の中央の塔で時計などがある。この日は、いつもより多くの鳩が塔の周りを、卒業を祝うように飛び交っている。卒業式当日の晴れやかな喜びに満ちた句だ。この句を作ったとき草田男は実際、東京帝国大学を卒業しているが、校塔は具体的なそれを指すのではなく、学校のシンボルとしての校塔と読むべきである。そうでなければ、この童心からのような卒業の喜びは湧かないだろう。(高橋正子)

○耕
★耕せばうごき憩へばしづかな土/中村草田男
「耕(たがやし)」は春の季語。春になると、冬の間手入れをしないで置いた田畑や、裏作のあとを片付け耕して、次の植え付けの準備をする。「耕せばうごき」は、耕人や耕牛が掘り返した土が盛り上がり、崩れ、均されていく様子である。「憩へばしづかな」は、耕すのを止めて憩うときは、土もたいらかにしづかで、人と土の一体感を感じさせる。「しづかな土」に内面の労からなる憩いがある。(高橋正子)

■行事■

○雛 雛祭
★碧空に山するどくて雛祭/飯田龍太

★雛飾り今宵雛と灯を分かつ/高橋正子
お雛様と分け合う灯り。常とは違う夜が更けてゆく。昔ながらのゆらめく灯りであってほしい。(矢野文彦)

★白色が全てを結び雛あられ/迫田和代
雛あられのいろんな色を白色のあられが結んで、やわらかく、かわいらしい纏まりとなっている。ユニークな視点。(高橋正子)

★和紙皿に軽き音する雛あられ/佃 康水
雛あられを和紙で作られた皿に盛る。あられが和紙の皿と触れあうと、軽い音がする。五色の雛あられが、軽く愛らしい音を立てるのも、雛の節句にふさわしい。(高橋正子)



■時候■

2012-02-09 02:40:22 | 日記

■時候■

○立春
★立春の米こぼれをり葛西橋/石田波郷
★立春の海よりの風海見えず/桂 信子

陰暦では、1年360日を二十四気七十二候に分けたが、立春はその二十四気の一つで、陽暦では2月4日か5日、節分の翌日に当たる。節分は冬の季語となっている。節分を堺に翌日は春となる。あくまでも暦の上だが、この切り替えがまた、人の心の切り替えにも役立って、立春と聞くと見るもの聞くものが艶めいて感じられる。冬木もいよいよ芽を動かすのだろうと思う。寒禽と呼ばれていた鳥も鳴き声がかわいらしく聞こえる。そういえば、林の木々の枝を渡る小鳥がよく目に入るようになった。今年の寒さはめったに雪の降らない地方にも雪を降らせていて、来週はまたぐっと冷え込むらしい。

★春立ちてものの影踏むこと多し   正子
すでに寒中から日差しが力を増してきています。それがいよいよ立春ともなれば、はっきりと「光の春」に入り、すべてのものの影がくっきりとしてきます。そのさまを的確に詠まれています。(多田有花)

★立春大吉梅の小枝はまっすぐに/多田有花
「立春大吉」は目出たい上に、朗らか。梅のずわいが真っ直ぐ伸びて、躊躇なし。目出たく、朗らかで、躊躇なし。こう行きたい。(高橋正子)

★立春の夜道どこからか水の匂い/高橋信之

○彼岸
★兄妹の相睦みけり彼岸過/石田波郷

俳句の季語では、「彼岸」と言えば、春の彼岸で、秋の彼岸の季語は「秋彼岸」という。季語「彼岸」は、春分の日をはさんだ3月18日から24日までの七日間。寺では彼岸会を修し、先祖の墓参りをする。「暑さ寒さも彼岸まで」というように、このころから春暖の気が定まる。
 信之先生の彼岸六句を紹介。
   松山持田、臥風先生句碑2句
 わが坐り師の句碑坐り彼岸の土
 彼岸の風吹きゆき句碑の石乾く
 涅槃西風寺苑にいっとき騒ぎて止む
 彼岸の雨去りたり寺苑少し湿らせ
 線香の燃え速し彼岸の風に吹かれ
 遍路杖たてるそれぞれバスの席に
 信之先生は、松山にいたころ、彼岸となると恩師の川本臥風先生の句碑を訪ねることが多かった。
 城山が見えている風の猫柳 臥風
 松山の旧制松山高校のグランドの隅に建っている句碑である。旧制松山高校は、松山市持田にあったが、今は愛媛大学付属小中学校となっている。私が大学に入学した時は
、旧制松山高校時代の木造校舎が残され、そこでも講義があった。信之先生はそこの教授であった。

○春分
春分の日は、彼岸の中日である。
 
★春分の日といい空に飛行機音/高橋正子
空に飛行機の音が聞こえ、常とかわりはないけれど今日は春分の日。ようやく寒さもゆるみ始め、桜の開花も待たれることです。(小川和子)


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