影巫女の部屋

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御朱印 天津神明宮

2022-10-06 15:53:49 | 御朱印

御朱印をいただいた日にちがかなり前のものになってしまっていますが、気にしないでくださいね。

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千葉県鴨川市にある天津神明宮に行ってきました。

伊勢にある伊勢神宮より神をご勧誘されたさいに建てられたといわれる神社です。

千葉県南部は昔、安房の国と呼ばれており「安房の伊勢の宮」とも言われていたんだとか…。地名としては房州・房総半島ともいわれていて「房州伊勢の宮」とも呼ばれている神社です。

御祭神

・天照皇大神

・豊受大神

・八重事代主神(えびす様)

・大山祇大神 ほか七柱の神を合祀

歴史

神代のむかし、大国主命とともに日本を治めておられた事代主神は天孫に国土を献ってのち、海路はるばる当地においでになり、東方鎮護の神として永くこの地にお鎮まりになったため、人々は宮殿を建て、もうけ明神(えびす様)と尊称したと伝えられています。
その後、鎌倉に武家政治の基を開いた源頼朝公が戦に敗れて安房の地に逃れてきたとき、源家の再興を伊勢の大廟に祈願され、みごと成就されたことにより、天下平定ののち、西暦1184年(寿永3年)、当地に伊勢より神霊を勧請し、もうけ明神とともにお祀りされたのが「房州伊勢の宮」と仰がれる当社であります。
小湊に誕生された日蓮聖人も当社をいたく尊崇されていたことはあまりにも有名な話しで、修行地清澄への道程、必ず当社を参拝されたと言われて、また、御遺文中にも当社を「日本第二のみくりやや今は日本第一なり」と記され、天照皇大神が当地に鎮座されていることをもって、当地を「辺国なれども、日本国の中心のごとし」とされています。開宗ののち、妙法弘通を当社に記念され、そのとき奉納されたと伝えられる「川向の御曼陀羅(布本尊)」が神社の宝物として、伝えのこされています。


このように、壮大な由緒をもつ天津神明宮は800年以上の歴史を数え、いまもなお地域のよりどころとして多くの人々に崇敬されています。

また、天津神明宮敷地内には諾冉(なぎなみ)神社という神社もあります。

そちらもご紹介していきます。

御祭神

・伊邪那岐大神(イザナギ)

・伊邪那美大神(イザナミ)

歴史
諾冉神社には、天照皇大神の親神様であらせられ、「くにうみ」神話でよく知られる、伊邪那岐・伊邪那美の両大神がお祀りされています。ゆえに「なぎなみ様」と仰がれております。(原則的に)平素は特別に許しを得ないと登拝できませんが、4月初旬(4月8日前後の土曜日)の諾冉神社例祭では山が開かれ、地域に暮らしている老若男女、学校から帰ってきた子どもたちでにぎわいを見せます。
夫婦神であることから、特に縁結びに霊験があると言われ、また海上安全、産業繁栄の御神徳があります。


諾冉神社からの景観もまたすばらしく、南側は天津小湊の町並と太平洋の大海原を、北側は房総丘陵の山々を遠く望むことができます。
きっと、なぎなみ様は、ふもとに暮らす人々、遠い海原を航行する船舶をお見護りになっておられるのでしょう。

私が参拝したのは1月の後半だったので、諾冉神社には行くことができず……。

諾冉神社へ通じる登山道の入り口に賽銭箱があったので、そこでお参りをしました。

天津神明宮では社務所にて「天津神明宮」「諾冉神社」2社の御朱印がいただけます。

判子タイプの御朱印です。

インクがほかのページに移らないように和紙を挟んでくれていくのですが、その和紙には神主さんの手書きの文字くずしイラストが描かれています。ちなみに私の時は「笑」でした。

*参照したもの*

天津神明宮 ホームページ



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