
東北大学で助教授をしていた山浦玄嗣(はるつぐ)先生は、宮城県黒川郡の病院で海のように青い瞳の若者と出会いました、山浦先生が、先祖か親類にヨーロッパ人がいるのですか、
「私は、代々、この土地で生活してきた家系の一員で、純粋な日本人です」
驚いた山浦先生は、その付近の424人を調査しました、すると、なんと、15.4%が程度の差こそあれ青い瞳だったのです ― 『ケセン語入門』 ― さらに、16世紀に書かれた『人国記』という本には、この地方の人々について、
「この国の人は日の本に故にや 色白くして眼の色青きこと多し」
この列島の東北地域に青い瞳の日本人がいることは、数百年に渡る事実なのかもしれません、ところで現在の人類学では、縄文時代の人々は古いタイプのモンゴロイドという学説が有力です、これは数千体の人骨を調査した結果です。
古いタイプのモンゴロイドは、四角い顔・濃いヒゲ・背は低く・がっしりとした骨格で、現在のアイヌの人々に似ています、そして、縄文の時代の後に弥生時代になるのですが、弥生の人々は、色が白く面長で、背は比較的に高く、新しいタイプのモンゴロイド、古いタイプのモンゴロイドと新しいタイプが混血して成立したのが、現在の「日本人」だと考えられています。
だが、これでは東北地方の青い目の日本人の説明がつきません、ある地域では15・2%の人々の虹彩(iris)が青味がかっていたのです、もちろん、代々この地で生活してきた家系です、これは、どういうわけでしょうか。
東大の医科学研究所の余郷先生・北川先生たちのグループは東北地方の人々の一部が白人と共通の先祖を持っているという研究をしていました、それは、ポリオーマ・ウィルス(JCウィルス)の調査によって明(あき)らかにされたもので、北日本の都市の人々からEU型の保有者を見つけたのです、EU型とはヨーロッパ型のことです。
この物語に出てくる青い瞳の人々は、そのグループなのでしょうか、彼らは、主として、狩猟採集の生活スタイルをとっていましたが、獣や魚を必要以上に取ることはしませんでした、自然の恵みに感謝し、食べ物は平等に分配し、仲良く生活していたことが報告されています。
ヒット君とまいちゃんが紛れ込んでしまったのは、青い目の縄文人たちの生活していた5000年前の縄文の村だったのかもしれませんね。