たとえば、どんなに罪が多くても、ゆるしの秘跡にあずかれば、清められて戻れるのです。
これ以上に大きな愛がありますか?
それは人が理解しきれないものなのです。
イエスはくり返し言っておられます。
「私が愛したようにあなたがたも愛し合いなさい」。
マザーテレサ
2/6父の弟が天に帰りました。
地上のいのちを終えた時間、
わたしはなぜか、とても叔父のことが気になって祈っていました。
数時間後、連絡が入り、叔父が天に帰ったことを知らされました。
入院先の病院で地上の命を終えたことを聞かされて、
すぐに叔父の霊を主の十字架に返す祈りをしました。
叔父のことが大好きだった愛娘にも連絡をすると、すぐに帰ってくると言いました。
急でしたが、飛行機はなんとか乗れて、帰省することができました。
夜に帰阪した娘と一緒に翌日の朝、大津の告別式会場に向かいました。
告別式は、家族葬で守られた静かな式でした。
わたしは叔父との時間を思い出していました。
2年前、入院していた叔父をお見舞いに行った時に祈らせてもらいました。
小さくなった叔父の肩と胸に手をおいていやしの祈りをしました。
叔父は喜んでくれました。
1997年、叔母が肝臓がん末期で危険な知らせを受けた時、母からの依頼でお見舞いに行きました。
黄疸が出ていた叔母に、病室で祈りました。
何かあったら、「イエスさま助けてって祈ってね」
と言って祈って帰りました。
叔母に祈った時、横にいた叔父は、叔母が癒やされて17年間生かされていたことを知っているので、祈りは天から、主が働かれていることを感謝してくれました。
イエスさまのお名前で祈ることは、なによりも大切な、
神さまからクリスチャンに託された最大のお仕事です。
告別式のなかで、わたしはロザリオを握りしめていました。
ロザリオのイエスさまを見つめていると、
イエスさまの腕に抱かれている叔父の赤ちゃんのような姿が見えました。
もう天国で叔母にもわたしの両親にも祖父母にも会えている。
そんな平安が来ました。
キリストの花嫁となって、新たな永遠のいのちの世界が始まっている。
浄土真宗の御坊様が司式をされていましたが、
わたしと娘の目には、
光の世界、
お花が一杯の天国での美しい結婚式だなあと思えました。
式場のお隣りに火葬場がありました。
告別式が終わると、男性たちがみんなで棺を持って移動しました。
なんだか今まで見た見送りの中で一番感動的なシーンに見えました。
愛する家族、兄弟、身内が、みんなで叔父を天に送るために働かされているように思えたのです。
火葬場まで、わたしたち女性は、棺を持った男性陣のあとについて歩きました。
冷たい風が吹く中を賛美しながら歩いていると、賛美が天国への葬送曲のようにも思えました。
火葬場では、式場の方がスイッチを押されました。
地上での肉体を脱ぎ捨てていた叔父は、父の時と同じように、言っていました。
「焼かれるって、やっぱりいやなものだね」
けれど、もう肉体を脱ぎ捨てている叔父は健康な天使になっていたのでしょう。
明るく元気な声でした。
よかったね。叔父ちゃん。
もう、痛みも苦しみも病もない、聖書に書かれている通りの世界に行けたんだね。
感謝しかない祈りを捧げながら、午後からの初七日儀式まで、会場にいました。
すべての式が終わってから、叔母のお墓参りに行くことにしました。
従兄弟の弟のほうの子どもたちがわたしの兄妹と娘を車2台でお墓に案内してくれました。
昨年の夏に脳腫瘍で天に帰った弟の奥様も、叔母のお墓の近くに眠っていました。
静かに祈りを捧げていると、チラチラと粉雪が舞ってきました。
叔父は雪のような真っ白な色が似合う人でした。
叔父ちゃんのお見送りが天からされているね。
わたしたちはそう言い合い、神さまに感謝しました。
墓地から駅まで見送ってくれた従兄弟の弟の子どもたちにお礼を言って、
神さまのことも話してからお別れしました。
わたしと兄妹、娘は京都駅まで語り合い、京都駅でしばらくの時間を過ごして別れました。
兄は兄妹3人をこんな形で再会させてもらえたと感謝していました。
兄妹3人が揃うことをいつも願っている兄の愛に感謝しました。
わたしと娘二人になった時に、娘が、
「不謹慎かもしれないけど・・・今日はなぜか結婚式を思った」と言いました。
わたしは、ほんとうにそうだったと娘に言いました。
天国は花嫁を迎える時の準備をしていて、神さまのご計画を待っていました。
永遠のいのちの世界があるから、希望があります。
安堵する娘と、神さまに感謝をお捧げしました。
昨夜、従兄弟から電話が入りました。
喪主をしていた弟ではなく、兄の方からでした。
兄は叔父に付き添っていた証人でした。
叔父の看病のために仕事もやめて付き添っていました。
お礼を言いたくて・・・との電話でした。
わたしも娘も、告別式で再会して一番気になっていた人でした。
喪失感と焦燥感と疲労感、そして誰にも言えない孤独を抱えているように感じました。
わたしの親戚の中では、わたしと話がよく合う一人でした。
話していると、人生を上手に生きていけない素直な人で、傷を受け、病も抱えていました。
わたしは、電話口で話している彼の声を聞きながら、救いを祈りました。
まるで人生の最期のような会話をするので、
18日はいやし礼拝だから芦屋の教会に来るようにと言いました。
彼は、行くお金も体力もないこと。
何度も救急車で運ばれたこと、病の事やこれまでの人生のことを話してくれました。
彼の返事は悲しげでした。
教会で奉仕をさせてもらおうと思うと言う彼に、
わたしは、イエスさまを信じる祈りを勧めてみました。
わたしのあとについて、アーメンと言うまで繰り返して祈ってね。
そう言うと、
彼はわたしのあとをついて一緒に祈りました。
『イエスさま、今あなたを信じます。
わたしをあなたの愛といのちと光で満たして下さい。
あふれさせて下さい。
ありがとうございます。
感謝します。
イエス・キリスト様のお名前で祈ります。
アーメン』
短い祈りを一緒にしました。
祈り終わると、従兄弟は急に明るくなりました。
様々な質問もしてきました。
色んな不安だったことや、罪の告白もしました。
どんな時も、生まれる前から、神さまはあなたとずっと一緒にいてくださって、今も一緒。
あなたのことは誰よりご存知だからこそ、神さまなんだよ。
あなたは神さまに無条件で愛されているんだよ。
罪も行いも神さまはご存知で、神さまの前ではすべてゆるされているんだよ。
心配しないで今日一日を感謝して生きていこうね。
従兄弟の声はとても元気になりました。
そして、過去の楽しかった思い出も語りはじめました。
幼い頃、夏の休暇で1ヶ月ほど熊本の生家に帰っていた叔父の家族4人との楽しかった思い出は、
みんなの心に焼き付いていました。
父の弟と母の妹が結婚した家庭だったので親近感も深く、愛すべき家族です。
叔父ちゃんが天に帰って親族の救いを祈って働いている。
そう思いました。
わたしは、不思議な不思議な天と地の光を見た気がしました。
”よくよくあなたがたに言っておく。
一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。
しかし、もし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる。
(ヨハネ12:24)”
それは、すべてのいのちが主なる神の愛に帰るため。
愛されて、ゆるされて、いやされて、
希望に生かされるためです。
主の憐れみに感謝します。
天の結婚式に感謝します。
Amen.

