日本語教師的生活

日本語と日本語教育にまつわるいろいろ。

珠玉のスピーチ(ノ形容詞?)

2018-02-28 17:20:06 | 日記
 先日、週1日だけお世話になっている日本語学校のスピーチコンテストがありました。
日本に来て2年にもならない学生たちが、自分の考えを、外国語である日本語でちゃん
と伝えられるなんて本当にすごいことですよね。自分の身に置き換えてみたら、
例えばタイ語を習い始めて1年ちょっとでスピーチするレベルまで行けるだろうかと
思っちゃいます。
最優秀賞に選ばれたのはモンゴルの学生で、スピーチの内容もさることながら、
声の大きさ、表情、ジェスチャー、メリハリの付け方、間の取り方まで素晴らしかった
です。いわゆるスピーチらしいスピーチ。
聞いていた日本人のお客様も感動していました。


 ですが、そんな立派なスピーチはもちろん、毎日の授業の初めに、ちょっとした身の
回りの出来事を話してもらうようなスピーチも好きです。
その中で、今でも忘れられない珠玉のスピーチをご紹介します。
もう20年近く前のことです。上級のクラスで、毎日3分程度のスピーチを持ち回りで
やってました。テーマは「日本に来て驚いたこと」とか、そんな感じ。
その日は韓国人の女子学生Bさん。こんな内容でした。


~日本に来たばかりの頃の経験について話します。

日本への留学が決まってとても嬉しかったのですが、初めてのことで不安もあった
ので日本に留学経験のある先輩にいろいろ聞きました。
先輩は、「日本はゴミの分別にとても厳しいから、
ちゃ~んと間違えずにゴミを捨てないといけない」ということを教えてくれました。

日本へ来て、一人暮らしをするようになった私は、さっそくゴミ袋を買うために、
スーパーに行きました。

けれども、なかなか見つからなかったので、勇気を出して、近くにいた店員さんに
「すみません“コメ袋”はどこにありますか?」と尋ねました。
(ここで聞いている学生たちは「えっ?」という顔をしますが、彼女はそのまま
続けます)

すると店員さんは、「コメ袋ですか?うーん…、コメ袋は置いてないですねぇ」と
困った様子でした。

私はびっくりして言いました。
「コメ袋がなかったら、どうやってコメを捨てるんですか?!」

そうしたら店員さんは、私よりもっとびっくりした顔で
「えっ!コメを捨てるんですか?!」と言いました。

私がおそるおそる「じゃあ、捨てないでどうするんですか?」と聞くと、
店員さんは「あの、日本ではコメは、食べますけど…」

私はびっくり仰天しました。日本はそこまで技術が進んでいるのか!と。~



以上がスピーチの大体の内容です。まるで落語のようなお話ですけど、
もうおわかりですよね。彼女が「ゴミ」というべきところを「コメ」と発音して
しまったところから来たすれ違いでした。
あとで彼女と店員さんの誤解は解けたようなのですが。


「ゴミ」と「コメ」。
難しく言うと「ゴ」と「コ」は声帯振動の有無、
そして「ミ」と「メ」は母音の違いですが、外国人には案外近い音なのです。
きっとこのような失敗は「留学生あるある」なんでしょうね。
クラス中大爆笑でした!
でも、新しい場所でルールを守ろうという姿とか、店員さんとのやり取りですごく
びっくりした様子とかいろいろ思い浮かべて、きゅんとしてしまう大好きな
スピーチです。
最後には「だから発音は大切ですよ」と締めていました。


 ところで「珠玉のスピーチ」の「珠玉」。これの品詞はなんでしょうか?
もともとの意味は「真珠と宝石」なので、名詞なんですが、「珠玉のスピーチ」と
言った場合、珠玉さんがスピーチしたわけではなくて、美しい、素晴らしいスピーチ
だったことを言う、つまりスピーチを形容しているわけです。
そうなると形容詞の役割です。
でも日本語教育で形容詞は「美しい」「面白い」などの「イ形容詞」と、
「立派な」「派手な」等の「ナ形容詞」の二つだということになっています。
じゃあ、これって何?

 で調べてみると、「イ形容詞」でも「ナ形容詞」でもないけれども、形容詞の役割
をする、第3の形容詞があると考える人もいるようです。
名詞を修飾する時に「の」の形をとるので、いわば「ノ形容詞」?でしょうか。


例えば「最高の結果」とか「独自の見解」の「最高」「独自」
他に「絶好の機会」や「本当の事」の「絶好」「本当」。
「とびきりの美人」や「底なしの恐怖」なんてのもあります。

 現在の国文法ではこれらの言葉は名詞や形容動詞、または副詞に分類されています。
しかし、まず普通の名詞とは何が違うかというと、名詞は単独で主語や目的語になれる
とされていますが、これらはちょっと主語や目的語にしにくく、どちらかというと
「ナ形容詞」に近い。
「とびきり美味しかった」のように副詞として使えるものもありますが、「底なし怖い」
とは言わないので、副詞とは言えないものもあります。

 日本語教師の皆さん、学生が「これは本当なことです」と書いてきたらどうしますか?
「本当の」に直しますか?それともOK?
「どうして「本当な」はダメですか?」と聞かれたらどう答えます?
名詞を修飾する時に「な」になるか「の」になるかはちょっと揺れもありそうですが、
子供を叱るときに、「本当なことを言いなさい」とは、私は言わないかな。

そう考えると、「~の」の形で、形容詞のように名詞を修飾する言葉もあることを教えた
ほうがよい気がしますね。
しかしここで問題にしているナ形容詞、そして「ノ形容詞」、名詞には、もちろん連続性
があります。ノ形容詞は、名詞とナ形容詞の中間的な存在ということでしょう。

さらに、名詞を修飾する時に「な」を取るか「の」になるかは、かつてはあまり厳密では
なかったのかもしれませんね。例えば「たくさん」は辞書によると「たくさんな」も
「たくさんの」も有りとされています。私は「たくさんの~」しか使いませんが。
たしか金子みすゞは「たくさんな」でした。

 とにかく、学習者にとっては、同じような使い方なのに、「な」しか使えない、
「の」しか使えない、「な」も「の」も使えると三種類あるのは、なかなか大変なことだ
と思います。
それ以前に「おいしいなのに」のようにイ形容詞とナ形容詞の混同も多いけどね。