先日、番組の中で、
宮城県登米市からの可愛い歌声をお届けした。
そのお話を・・
東日本大震災以降、
私たちに何ができるのか。
何をするべきなのか。しないべきなのか。
たくさんの人が頭と心を悩ませているだろう。
私たちも、ずっと考え続けていて・・
そんな中、
番組ディレクターのフナコは、ずっと考えていたみたい。
現地を自分でしっかり取材をして
伝えるべきことを伝えるのが、
自分の仕事なのではないかと。
けれど、やみくもに現地に行かないようにと
私たちも放送で言ってきたし。
行くべきか、行かざるべきか
会社にも相談し、
現地とも、やり取りを事前にしたうえで、
ちょうど震災発生から一か月たった4月11日から13日、
宮城県の
登米、女川、石巻、南三陸、気仙沼を、訪ねたのね。
今回、被災のエリアが広すぎるのもあってか、
他のメディアには、一か所でしか出会わなかったんだって。
大きな機材も持たずに取材するのが、良かったのか。
ラジオという媒体のせいもあって、なのか、
彼女のキャラクターもあるだろうなあ。
みなさん、すうっと心を開いてくださって
たくさんの話をしてくださったのだそうです。
(取材に答えてくださった「声」は
翌週のKBSのさまざまな番組で、
すでに放送したので、お聞き下さった方もいらっしゃるかな。)
そして、
取材させてもらった全ての方が、
「遠くからありがとう。」「ご苦労様。」「気を付けて帰ってな。」と
温かい言葉をかけてくれたんだそうだ。
避難所に行くまでに見た光景、状況からは
それらの言葉はかけ離れすぎていて、
ギャップがなかなか受け入れられなかった。
とも。
メダリストで放送させてもらったのは、
現在は廃校となっている、登米市の鱒淵小学校での、
「小さな発表会」の様子。
4月12日。
山形交響楽団からチェロ奏者の渡辺さんが演奏に来てくれて、
子どもたちが、お返しにと、「森のくまさん」を。
支援物資として届けられた、ピアニカやカスタネットのかわいらしい音色。
そして、本番までおおはしゃぎだったのに、
緊張したのか、うまくできなかったのか。
演奏中、わーわー泣いてしまった男の子(4歳)の声も含め、
思わず微笑んでしまえる空気が伝わってくる。
でね。
避難所には、こんな可愛い張り紙が。
「ちいさな発表会」
みんな、すっごく楽しみにしていたんだって。
避難所にいると、曜日感覚とか、
いろいろ忘れがちになるのだと。
何かイベントがあると、
それに向かって、あと何日だね・・なんて
小さな目標、楽しみができるんですよって。
そうか。イベントには、そういう面もあるんだね。
また、別の避難所でも、
京都のラジオ局から来たというと、
「落語家さん連れてきてください!」
なんて話もあがったのだという。
先がわからないような長い日々の中で、
ちょっとでもエンターテイメントにも、できることがあるのなら・・
人それぞれ、得意なことも、立場も違う。
それぞれの位置でできること、たくさんあるって、
強く実感してきたのだそうだ。
で、とりあえず私たち、
次に向かって作戦会議。
日常に戻るまでには、まだまだ日にちがかかる。
私たちにできること、まだまだたくさんある・・よね。
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