あともう少しだけ

日々の出来事綴ります。やらずに後悔よりやって後悔。

職業サンタクロース

2014-12-24 21:38:58 | 時事
12月24日深夜。世界中で謎の物体達が空を駆けていた。今から人のお家にしのびこもうとしているとは思えないようなド派手な赤色衣装。櫛をかければ歯が折れてしまいそうな程に過剰に蓄えられた白いひげ。長年にわたる営業スマイルによって刻まれた深い目のシワ。加齢臭。傍目から見れば気が錯乱したかのような、しかし一年のうちのこの時期だけは許される格好をした赤いひげダルマ。サンタクロース達が子供にプレゼントを配るためにそりを飛ばしているのだ。 
 しかしサンタ達をよく見ると、顔には笑顔は無く、疲れが浮かんでいる。この疲れは、情報に溢れた現代社会に端を発していた。誰もが携帯電話を持っているこのご時世、子供たちは皆サンタクロースなどと言う存在も大人の社会が創り上げた都合のいい存在であると知った風な顔をしており、去年など行った先の子供に鼻で笑われたサンタは多数。ニヤケ面でご苦労様といわれたサンタもいた。
 「「ご苦労様」だと?それは目上の人間が部下をいたわって使う言葉だろうが!餓鬼に言われる筋合いは無いんじゃ,ボケェ!」
拳骨の一発でも食らわせてやりたかったが、なまじ手をふるってはその親に何を言われるか分からない。モンスターペアレントである。どんなに理不尽な事にも耐えるしかなかった。そのサンタは苦虫と砂を同時に噛みつぶしながら無理やり笑みを浮かべたような表情をして、妻に語った。目は窪み、影を帯びていた。今子供たちがサンタに求めているものは夢ではない。その年に最も流行っている玩具なのだ。
 無垢で純粋な子供たちの寝顔を見るのがサンタ達の救いだった時代は終わった。何をしても思うがままにならない。何をしても批判にさらされる。世間はもう夢から覚めている。サンタクロースのストレスはもはや限界に達しており、それは仕事にも影響を与えていた。サンタクロースなんて、やるものじゃない。そう語る歴代のOBサンタは増えている。しかし判断を狂わせるような高額な給与。サンタと言う漠然とした憧れ。依然この職業を希望する人間は多い。サンタが働く時期はクリスマスに限らない。子供の意識調査とトナカイの世話。子供たちへのプレゼントを配給するスポンサーの獲得、商談。マスコミメディアとの協力等サンタの権威維持に関する仕事、キリスト教の布教と知識の習得等・・・。その職務は多岐にわたる。 「ホワイトクリスマスに空舞う俺たちブラック社員」。今日も彼らの自虐の歌は、冷たい夜空に広がってむなしく消える。
 舞台は冒頭に戻る。街中をパトカーがサイレンを流して走り抜ける。前方には誰もいない。しかしパトカーの動きは明らかに目標を見定めたそれである。車内の警察官の目線は空に向かっている。追われていたのはサンタクロースであった。サンタクロースは世界に100人いる。数年に一度全世界でサンタクロースの採用試験があり、必要な資質を持ち合わせたとされる人間のみサンタクロースになる事ができる。NOは1から100まで割り振られている。このサンタクロースはNO86.通称八チロク。彼は自身の(正確にはそりを引っ張るトナカイの)ドライビングテクニックは天下一品だと自負していた。
「走れ、走れ!今日中に配り終わらなければせっかくの臨時収入は半分になってしまう!くそったれの警察共め!聖なる夜にサンタを追い回すとは何事だ!勤勉に働くしか脳の無いジャップが!」
ハチロクは悪態をつきながらそりを飛ばした。その背中はいかにも法定速度など知ったこっちゃ無いと言わんばかりであり、挑発的だ。彼を追うパトカーは次第に数を増やしていったが、所詮空と道路では自由度がまるで違う。地の利ならぬ空の利を生かし、ハチロクはパトカーを振り切った。
町の光が遠くなり、トナカイが息を整えながら言った。
「サンタさん。やはり日本は法治国家の国ですから、今までのように無理な配達はちょっと危険ですよ。ここのエリアは配達終わりましたが、次のエリアは気をつけましょう?次は検問を通らなければいけませんね」
いくら世界的に名高いサンタのトナカイといえども、真正直に全国をトナカイ1匹でまわる事はできない。この為、サンタ業界が極秘裏に開発したワープホールを使い、効率よく決められたルートを進む。そしてホールには検閲がある。ホールの無断使用や悪用を防ぐ為だ。検察官が常駐し、ホールの前にはちょうど電車の遮断機のようにバーが下りて行く先を封鎖している。
「お前に言われんでもわかる。さっさとホールに行け!」
しかしトナカイは知っていた。つい先ほど忍び込んできた家から出てきた時、この萎びた爺が小脇に瓶を抱えていた事を。そしてトナカイの鋭敏な嗅覚は捉えていた。爺の吐く息から漏れ出るアルコールの臭いを。そしてトナカイのソリも、自動車と同じく飲酒運転は禁じられている。
「ハチロクさん・・・こう言っては何ですけど、今の状態で検問通るのはまずいですよ?少し休んでアルコールを抜いてからにされては」
「無視して突っ込んでしまえばいい!顔さえ見られなければ誰がどのサンタかなんてわかりやしねえ!」
「検問の監視カメラは高機能ですよ?万一検閲の記録が残らなくてもこのソリに登載されているGPSの方に足取りが残ります。無茶ですって」
サンタクロースは当然のようにキリスト教徒であるが、中でも彼は極度な白人至上主義の持ち主であった。白人以外の動物は全て白人に搾取されるべき存在。そんな彼にとって、しゃべるトナカイは神の摂理に背いた忌むべき存在であった。獣が白人の言葉を用いて白人の自分に向かい一丁前の講釈を垂れている。この事実はハチロクにとって耐えられるものではなかった。
「黙れ黙れ!薄汚い獣風情が人類のアイドルであるこのサンタクロースに意見できると思うな!お前は俺の足だ!草を食んで糞を垂れるだけの毛皮ブーツだ!口を閉じてそりを運んでいればそれでいいんだ!!」
トナカイは無言でハチロクを見つめた。トナカイが彼を見る目はもはや人に向けて発するものでは無く、ぶくぶく太った脂肪の塊、つまりはごみを見るそれであった。
「・・・分かりました。サンタクロース」
トナカイは走り出す。ハチロクの乗ったそりも走り出す。
トナカイは加速する。ハチロクの乗ったそりも加速する。
トナカイは検問官の制止を振り切ってバーを潜り抜けた。
その刹那、ハチロクの顔面に鉄製のバーが迫った。ハチロクは数瞬後に自分に迫る危機を理解しその身を避けようとしたが、齢70を迎えろくにスポーツもやってこなかった体では俊敏な動作など望めるはずも無い。
バキャ
バーはハチロクの顎と4本の前歯を叩き割った。しかしそれでもそりにかかった前方への運動エネルギーは消えず、ハチロクは勢いそのままにそりから落ちていった。
「サンタサン。アブナーイ。」
トナカイの声はなぜか抑揚が無かった。頭から真っ逆さまに地面へ落ち行くハチロクの足を、トナカイはひずめのついた前足で器用に抱え込んだ。しかしハチロクの落下は止まらない。それどころか重力を無視したかのように加速した。さらにトナカイは残る後ろ足をハチロクの両脇へと固定した。その姿はまごう事無き筋肉ドライバー。
「トナカヒッ!!きひゃまっっ!!」
ハチロクはトナカイが何をしようとしているか、そして自分の身にこれから起こるであろう惨事を朦朧とした意識の中理解し、抵抗した。しかし、冬の空を無尽蔵に駆け抜けて鍛え上げてきたトナカイの体から繰り出される強力なロックに対し、ハチロクはあまりに無力であった。
「サンタの衣装が何故赤いのか知っているか?」
 ハチロクの位置からトナカイの顔を覗き込む事は出来なかった。しかし、その表情はありありと想像できた。トナカイの発した声は、もはや何の感情もこもっていなかったのだ。まるで人間が今まさしく叩き潰そうとしている蚊に向かって話しかけるように。返事は求めていなかった。
ぐちゃ。

その後の処理は極めて迅速になされた。
引継ぎのサンタクロースがやってきて、トナカイに語りかけた。「あんまり無茶するなよ?赤い鼻のトナカイなんて貴重なんだから。俺らみたいなじじいと違ってさ」
子供に夢を与える存在のサンタクロース。代わりはいくらでもいるのだ。
 

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