チョン ホゼのブログ

日韓の相好理解を深め、仲良くしたいです。通訳は翻訳での楽しい経験なども書いてみます。

韓国の新聞法について

2005-07-29 17:54:09 | 日本・韓国
「言論改革国民行動」と「民主言論運動市民連合」、「言論人権センター」、「全国言論労働組合」、「韓国言論情報学会」などは20日、新聞法違憲訴訟関連市民記者会見を開き、保守言論が新聞法違憲訴訟を通じて守旧勢力が結集していると強く批判した」
(20日の新聞報道)


韓国で実行されることになった新聞法について韓国内の世論は大きく三つに分けられています。一つは朝鮮日報、中央日報、東亜日報が中心で、この法律は言論の自由を抑圧する悪法だとして違憲訴訟を起こしています。二つ目は朝・央・東以外の大半の新聞社で、いくつか問題点はあるが改革の一歩として評価できるとしています。最後の国民世論は大多数が今回の新聞法を支持している様子です。
政府が国内の違憲訴訟や海外のメディア団体からの批判にさらされながらもこの新聞法を推し進めた背景には、国民からの強い要求であり、盧武鉉大統領の選挙公約でもある新聞市場改革の必要性があります。

韓国の新聞大手3社は植民地時代以前に創刊され韓国近代化の情報源として大きく期待されました。しかし、強制併合の正当性や皇国臣民化、学徒兵募集の先駆けなど植民地政府の手先になることで独占的な地位を保障されました。他の民族新聞が弾圧されてなくなっていったのは言うまでもありません。
戦後、韓国国民が民主主義を勝ち取るために血を流して闘争してきた1950年から1980年までの30年間、新聞大手3社はメディア本来の崇高な義務である民主的な世論の代弁や政策に対する批判とはほど遠く政治癒着に一貫しました。軍部独裁を庇護し、民主化運動の弾圧の手段として、愚民化政策手段に成り下がることで、70年代に民主主義を主張する多くの中小新聞社が閉鎖に追い込まれる中でめざましい発展を遂げました。私自身も80年代の民主化デモの一員として、事実を事実として報道しないで人権を無視しながら政府追従の道をひた走り、国民を裏切って来た新聞の弊害を身にしみるほど知っています。新聞社自らが国民の意見を代弁する機能を諦め、特定企業や特定政治勢力の代弁人に成り下がって一つの巨大な政治権力化を追求している現実を目の当たりしてきました。すでに80年代人権弁護士として名を馳せた今の盧武鉉大統領も、不信感と改革の必要性を募らせていました。

それ以来も3社は成長を続け、の市場シェアは全体新聞紙上の75%に達しており、他の新聞は新聞としての機能がもはや機能しなくなったのです。
朝鮮日報の場合「夜の大統領」とも呼ばれるほどでした。政治家や大学教授など一度この新聞社の目に余る言動をしたら最後で、メディアの力だけで二度と立ち直ることができないほどやられます。政治家として選挙に出る人はこの3社といい関係を作らなければ立候補することすらできません。それによって新聞社が政治家を決め、一つの党が新聞社を代弁すると行った前代未聞の構造が作り上げられていきました。
内部的にはオナーの意見により論調が決まっており編集長や新聞社そのものに編集権がないです。新聞社のオナーに対してはどの政治家も自由な発言ができません。
巨大な資金力を背景に6ヶ月から18ヶ月に及ぶ無料新聞提供、20万ウォンもする自転車などの高価景品で他社の読者を奪い、中小の新聞会社は倒産に追い込まれていきました。他社新聞の配達の妨害や販売店の圧迫により殺人事件に発展した例もあります。
国民の読者は朝鮮日報を一定期間読むことで自転車をもらい、また中央日報に替えて扇風機をもらい、また東亜日報に替えて浄水器をもらう有様でした。こんな歪んだ新聞市場の状況の中で新聞離れはすすみ、他の出版分野まで弊害が及んでいます。
このような弊害のなかで、国民の間ではいつしか「朝・中・東」は韓国民主主義の敵とまでされるようになったのです。





このような不合理を直そうとした努力が今に始まったわけではありません。金泳三大統領時代(92年)は改革に踏み切るものの、蓋を開けてみるとあまりにも問題が深刻すぎて、自分で直していく自信がなくなったと言われています。結局、金泳三大統領は現実と妥協し、大手新聞社から攻撃されないことを前提に蓋を閉じます。
その次の金大中大統領は大手新聞社の明らかな不法行為に警告と改善命令を出し、税務調査に乗り出します。それまで税務調査は一般会社とは違い、新聞社は聖域でした。そのときも大手3社は言論の弾圧だと声を高くしていました。
最近韓国で一番話題になっている不法政治現金(Xファイル)も中央新聞のオナーが直接関与し、先日在アメリカ大使の座の辞表を出しました。

過去、政府との癒着で成長した企業でも、グローバル時代に入り世界と競争する中で、企業風土を民主化し競争力を高めたり、あるいは自然淘汰されるなどして改善されて来ました。しかし、新聞市場は自らの浄化機能が効かず、独占問題が日々深刻化の一路をたどっています。

今の現実を何とかしようと掲げた盧武鉉大統領の新聞改革公約は、自ら新聞メディアの力に頼らないことを宣言(ある意味巨大な権力の諦め)でもあり、民主化の実現を渇望する国民の支持を受けました。この経験の差こそが海外メディア団体の批判と国内中小新聞社や国民が考える意識の差でもあるのです。

今回の新聞法で誤解されやすいのは、自分に批判的な新聞大手3社に対するいじめではなく、盧武鉉大統領は最初から新聞メディアと癒着を立ちきり距離を保つと宣言し、この新聞改革法を公約に掲げ大統領に当選したという前後関係が鍵です。新聞社にとっては自分を敵に回した大統領に好意的にはなるはずがありません。

もう一つ、政府の支援を受けた新聞社が権力から支援されて言論が民主化された試しなどないというのは聞こえが悪いです。公益性の有無を問わず、多くの企業が政府からの支援を受けて育っています。政府からの支援というのも中身を見れば、今までの歪んだ販売所組織の効率化や共同利用、新聞の販売普及のための機構の設立などで、特定会社ではなく皆が九通して利用できる施設や制度、それにかかる費用の援助などです。すでに印刷した新聞の効率的な販売拡大を支援するのであって、経営や論調に影響を与えるのでもありません。

以上のように、新聞大手3社は軍部独裁で多くのメディアが弾圧を受けていたとき、軍部独裁と結託することで成長し、既得権を獲得しています。皆が本当の意味の言論の自由のために命を捧げていた時期に、弾圧する側に立って「自分だけの言論の自由」を満喫しました。今や大統領に対する悪口を誰でも言えるほど言論の自由が保障され、言論に対する国民の意識の高まりに伴い、新聞メディアに対する改革の圧力が強くなっています。この誰もが満喫できる言論自由の時代の到来に対して、逆に新聞大手3社だけは言論の弾圧を叫んで反対している形です。

この新聞法に違憲的な要素が含まれているかという法理的な判断は私にはできませんが、この法律の趣旨である独占企業(名指しで朝・央・東)の自らの改革と、放送やインターネットに負けない新聞メディアとして多くのの健康な新聞社が生き返るきっかけになってほしいと思います。

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1 コメント

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こんにちは (あさひ素材)
2005-08-06 11:40:43
新聞社の驕りは日本も同じですね。

私は 『国民の声の代弁』 すら不要で、ただただ起こった事実のみを淡々と伝えて欲しいと思っています。