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雨の記号(rain symbol)

一輪の山茶花(2)

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 妹は冷蔵庫からアイスノンを取り出してきてアプのお腹に抱かせた。
「あの子が帰ってくるまでアプをこのままにしておいてあげよう」
 そう言いながらバスタオルで身体をくるんで寝かせた。アプの真ん丸い目はどこを見ているのかわからないまま静止している。今にも動き出しそうな表情で存在を誇示している。
 そんなアプの姿に、彫刻刀を握って立つ自分の姿が脳裏に出現した。
僕は湯飲みを握り、残りの白湯をすすった。

 ――空想でなら誰でもロダンになれる。

 妹は僕を見て「白湯、もう一杯飲む?」と訊ねてきた。
 僕は首を振った。湯飲みを置いて手元のリモコンを握った。騒がしく思えだしたテレビのボリュームを落とした。 
「彼女に連絡してあげた方がいいんじゃないの」
「いいですよ、帰ってきてからで」
「でも、少しでも早い方が」
「遊びで出かけてるわけじゃないから」
 亭主の言葉に妹も同調した。
「今日は仕事の打ち上げだって言っていた。連絡したってあの子を動揺させるだけだもの」
「・・・」
 その後、二人は愛犬の埋葬方法について相談を始めた。僕は口を挟まない。黙ってテレビの歌謡番組に目を投じていた。
 妹は電話帳を持ち出してきた。
「どんな風に埋葬するかはあの子の考えを聞いてから決めましょう。あの子が一番かわいがっていたのだから、それはまずあの子の権利よ。確かお友達に聞いたのでいいところが・・・」 
 姪っ子が帰宅するまでの間、妹はテレビなど見ずにアプの死顔を眺めてはその辺を動きまわった。洗濯物などをたたんでいたかと思うと、アプのところへ戻っては悲しみの声をもらした。
 僕とテレビを見ていた亭主はそんな妹に時おりうっとうしいような視線を向けた。
 食事をしている時、この子はもう自由に水も飲めなくなったと妹は言った。舌をうまく使えず、口からダラダラ水を垂らしてしまうのだと続けた。
 舌や喉の筋肉をうまく使えないのに、水気のないパンを千切って与えてしまった。結果的にそれが喉に詰まるよう仕向けてしまった。
 やりきれない思いのようなものが二人の表情や仕草、行動に表れていた。

 メールが入り、妹は駅に姪っ子を迎えに出かけて行った。時計は0時になろうとしていた。
 玄関口に帰り着いた時、二人の会話はすごく冷静だった。ここに帰り着くまで、妹はどんな風にアプの死を話して聞かせたのだろう。
 姪はアプの前でしゃがみこんだ。
「アプ、死んじゃったんだって・・・突然だったのねえ」
 また立ち上がり、壁に沿って積まれた冊子の上にコートを脱いで置いた。正座ですわり、アプの身体を撫で始めた。
「まだ温かい。生きているみたい・・・遅くなって、ごめんね、アプ。具合が悪いってわかってたら、早く帰ってきたのに・・・ごめんね、アプ」
「気持ちだけで十分ってこの子は言ってるよ。あんなに可愛がってあげたんだもの。
 妹は娘を慰めた。
「でも、長生きしたんだから。15年も生きてきたんだから」
「すごく安らかな表情してる・・・」
 妹に相槌を打ちながら身体を撫でているうち、姪は口元を手で押さえた。そのまま立ち上がってコートを握り、そそくさ部屋に引っ込んだ。
やがて部屋から姪のすすり泣く声が聞こえだした。
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