小さい頃、物心がついた頃から金物屋のおばちゃんだった。 息子は俺より一つ下 、で、大学は学部が違うが同じだったな。それに同じお寺の檀家ですわ。
金物屋には地元の人も買いにくるけど、この町へ仕事に来る業者さんもよく利用していたほどいろんなものがおいてあった。金物の総合商社ってとこだった。
おばちゃんは凄い特技と言うか商売柄そうなったのか、ともかく「何㎜のビスちょうだい」と言うと、乱雑(失礼だが)に並んだ店の棚から 「これ?」「それ、それ!」と的確に出してきてくれる。
お客の俺たちにはどこに何がどの箱に有るんだか分からん状態なのに頭の中には品物全てのリストと在庫数がインプットされていた。誰もが驚く能力だった。
今、町の歴史を調べているんだが、この店は江戸時代末期、慶応年間には金物屋として名前がでてくる。 江戸時代から続く数少ない商店の火を消してほしくはないが息子は違う仕事をしているし、それは正直難しいだろうと思う。歴史ある店がまた一つ灯りを消すのかもしれない。
この町は昭和50年代、こんな田舎にまだモータリーゼーションの波が押し寄せてくる迄は八百屋、魚屋、肉屋、酒屋、呉服屋、洋服屋、電気屋、金物屋、薬屋、町立病院、私立医院、歯医者、産婆、駄菓子屋、土建屋に建設業に自転車屋…そうそう、お寺もいくつもあって…。 ここは一つの町で生活、いや人生の全てが完結できた。
生まれて、育ち、結婚して子育てして先祖代々の墓に入る そんなサイクルが、江戸時代から続いていたんだと思う。
やがて文明の利器がスピード化を促進した結果、人の行動範囲が広がる。 金物は車で15分程にある量販店に行けばいいんだが、買い物する度に世間話ができる温かい刻を感じる田舎だからこそのシーンを量販店では味わえない。
楽しみな刻が一つ消え、我が町の名物おばちゃんが一人逝った。合掌