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同人作家・はさみのなかまが、これまで読んだ本のなかでも、とくに面白かった! とおもった本を随時ご紹介させていただきます。

一八八八 切り裂きジャック 服部まゆみ(角川文庫/角川書店)

2017-08-01 10:13:27 | ミステリー
分厚い内容に見合った、重厚なミステリーです。
なにせ1147ページもあります。
正直に打ち明けますと、読むのが遅いうえ、むかしはマルチタスク人間だったブログ主。
ちびちび読んでいたがために、なんと、この本を読み終えるまで、1年かかったという…

いま振り返ると、一年ものあいだ、「切り裂きジャック」という実在の猟奇殺人鬼の毒を浴び続けていたわけですから、もっと早く読み進めたほうがよかったかなー。
いや、物語世界がわたしを離してくれなかった、というほうが正しいです。
読むのをやめようとは、最後までおもわなかった、抜群のおもしろさ。
絢爛豪華、という四文字がぴったりの本でもあります。

綿密に取材されたノンフィクションの部分、華麗なフィクション、これからみごとに混ざり合っています。
切り裂きジャックという不穏なテーマがあつかわれているにもかかわらず、その圧倒的な暴力をみごとに中和してくれる多彩な登場人物のつむぐ物語。
終盤になっていけばいくほど、この物語から抜け出すと、19世紀のかれらとはお別れなんだなあと惜しむ気持ちになりました。
たとえるなら、一方でおぞましい事件が起こりながらも、それらを日常として含み進んでいく、不思議な世界に迷い込んでいるような錯覚を覚える本なのです。

主人公の柏木薫は、医術を学ぶためにドイツに派遣されてきている日本人。
かれの友人である圧倒的美貌と才能とで外国人にも堂々と振る舞う鷹原惟光(たかはら・これみつ)。
「光」と外国人たちに親しみをこめて呼ばれるかれは、だからといって浮ついたところもなく堅実。
一方で好奇心がつよく、正義感にあふれ、行動力もある、完璧貴公子。
それを鼻にかけて、極端にごう慢に振る舞うということもありません。紳士です。
主人公とは東大医学部以来の友人。
ちなみに伯爵家の令息です。非の打ちどころなし。
(探偵役が光で、語り部の「僕」が柏木薫、ほんのり源氏物語を想起させますねー)

鷹原と主人公は、エレファントマンの治療にあたるトリーヴス医師を頼って、ドイツからイギリスへ渡ります。
そして、発生した一連の「切り裂きジャック事件」に巻き込まれていきます。

ものがたりのしょっぱなから、ヴァージニア・ウルフや、森林太郎が出てきて、ニヤリとすることまちがいなし。
そして、デビッド・リンチの映画で有名な「エレファントマン」が物語の重要なキーマンとして登場。
そのほか、ジャックの事件を担当するアバーライン警部(映画「フロムヘル」でジョニデが演じた実在の人物)や、イギリス王太子も登場。
かれらと鷹原の交流や、ジャック事件への鷹原ののめり込みよう、医術から文学へ興味がうつっていく自身への、柏木の戸惑いが活写されていきます。
カッシーニのビーナスなる、美しくも禍々しい人体標本まで登場。
さながら仮面舞踏会で幻惑されている気持ちを味わいつつ、物語はゆっくり確実に進んでいきます。

よほど綿密に取材されたとみえて、物語は土台がしっかりしています。
なので、多少のアクロバットを繰り広げても、物語が揺らぎません。
こういう物語を書いてみたいなあ…!

折に触れ、描写される鷹原の美しさにうっとり。
ジャックの凶行にぞっとして、つづいて、怪しい男たちに翻弄される柏木に同情しつつ。
ともかく一年かけても読む価値がたっぷりある本です。
読み終わった後は、「うおう! 終わっちゃったよー!」と叫びました。
ホッとしたのと同時に、あー、もう鷹原たちに会えないのかー、と残念な気持ちにもなりました。

もうほんとうに、1888年、柏木と鷹原というふたりが、イギリスにいて活躍していたんじゃないかと、歴史を勘違いしたくなるほど、読み応え十分の本書。
読むべし、です。
華麗なる芳醇な物語に酔いしれるのも、乙な体験ですよー。


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