

早く良くなるとよいな、とせっせと点眼しております。
私は「在宅緩和ケア」の分野で働いています。
友人や親には、なぜそんな場所で働き続けるのか?とよく質問されます。
「私にはできないよ」とか。
でも、私達は、私達が患者さん達に与えているもの以上のものを、日々頂いている気がします。
4年前に、診療所である45歳の女性の患者さんを診ていた時のことです。
彼女は胃がんで、在宅診療を始めた時の予測予後は1か月でした。
お子様は大学生を卒業したばかりの長女さんと、高校生三年生の長男さんのお二人。
旦那様は日々忙しく、あまり家にはいませんでした。
メインの介護はほとんど長女さんがやっており、疲労の表情を時折り見せながらも、一生懸命お母さんの世話をしていました。
彼女は少しずつご飯が食べれなくなり、トイレへ行くことも難しくなり、次第に動けなくなっていきました。
ある日、麻薬調整の為に訪問した私に、彼女がぽつり、ぽつり、と話しはじめました。
「私ね、死ぬのが怖いし、なんで私が、って思う時もあるけど。
病気になって良かったな、って病気に感謝する時もあるのよ。
子供達が小さい時から、ずっとずっと働いてきたから。
子供達と一緒にいてあげられなくて、なかなか話しをする時間もなかった。
こんなにゆっくり時間が流れるなんて。
こんなにこの子達とゆっくり一緒にいれるなんてね。
こんな時間を持てたことが本当に嬉しいの。
私ね。毎日毎日が、本当に愛おしくて、一瞬一瞬が、輝いてるように感じるの。
こんな時間が過ごせるなら、癌になったことも悪くないかな、なんて。」
そう言って、彼女は私に笑いかけました。
未熟な私は、何も素敵な言葉はかけられませんでした。
この話をしてくれた後、2週間も経たずに彼女は旅立ちました。
もちろん、全ての患者さんが、このように感じる訳ではないですし。
戦って戦って、悔しさと諦めの中で逝かれる患者様もいるわけで。
でも、私の中では今も彼女がくれた言葉がココロの奥底にいて。
毎日を過ごす中で、時々私にメッセージを送ってくれるのです。
ヒトは人生の時間に限りがあると知った時に、はじめて「今」を意識するのかもしれません。
明日自分が死んでも悔いがないように生きる、なんてことは、ただただがむしゃらに今を生きている私達にとっては難しいこと。
それでも。
時々。
ちょっと立ち止まって、眩しい朝の光に目を細めたり、道端に咲く花を触ってみたり、風の音に耳を澄ませたりして、今を生きていることに感謝したいものです。
昨日、はじめて、「ブログ」をやってみて。
単なる独り言だったんだけれども。
見てくださるヒトがいて、リアクションくださって、なんか、すごく嬉しくなりました。
ありがとうございます😊
言葉にはチカラがある。
ヒトを元気にしたり、ココロが癒されたり。
ヒトとヒトを繋ぐのも、言葉ですね。
でも、時には針のように刺さり、それが抜けないトゲにもなる。
大切に言葉を扱いたいものです。
ヒトにも、自分にも。
今日も頑張ったね。
毎日を一生懸命生きてるね。
って、たまには自分に優しい言葉をかけて、自分を癒してあげて欲しいです。
皆さんが、皆さんの大切な方々にするように。