平成27年5月23日(土)
名鉄主催 2015年春 東海の自然歩け歩け大会
「文化の架橋 濃尾大橋を渡って一宮市と羽島市を知る④」の続きです。
特別展、一宮郷土史編纂の歩み展示室へ入ってみます。
館内の様子です。
一宮郷土史の歴史などなど。
一宮市史
ここへ来る前に見学した旧住宅の林家、林英夫さんの出征写真。
この写真の右端にいる女学生の後ろに隠れている人は誰?
恐いですねw
供出される梵鐘と起町の街並み
よくお寺さんの梵鐘が戦争で供出されたと聞いていました。
こうやって写真でみると、写っている人たちって笑っている人もいますね。
お寺さんの鐘が戦争にとられてしまう、というよな悲壮な感じでは無さそうですね。
焼失前の大垣城
一般民間人への無差別な攻撃、実験で行われた原子爆弾の投下。
国際法では違反行為なんです。
しかし、戦争は終わったこと。
いろいろ思うこともあるでしょうが、日米はお互い未来への新しい歩みを始めることになりましたね。
支那、朝鮮人は無視していきましょう。
次の目的地へ行きます。
コース途中にあった「起宿本陣及び問屋場跡」、国学者加藤磯足邸跡
未だに更地になっていました。
何かいわくがあるのでしょうね、お化けが出るとか^^
古い感じの建物がチラホラと建っています。
起第二陸閘
昭和27年竣工だそうです。
内壁には、このような物が描かれていました。
何かの歌かな?
反対側には、誘惑に思い浮かべよ母の顔
んだんだ、ちげえねぇ。
木曽川沿いへ出てきました。
あの橋までしばらくこの遊歩道を歩いて行きます。
この辺りに沢山生えていた草
この濃尾大橋を渡って行きます。
あの階段を登って橋の方へ歩いて行きます。
この大きな橋、濃尾大橋はちょうど真ん中が県境になっています。
手前が愛知県、そして半分向こうが岐阜県になります。
いざ、濃尾大橋。
あ!
大きな鯉が悠々と泳いでいました。
なかなか大きな川ですね、木曽川。
深みが妙に不気味だわ。
印らしいものは無かったのですが、岐阜県に入ったみたいですね。
本堤改築記念碑
橋を渡ってまたまたしばらく真っ直ぐ歩くコースになります。
続きはまたです。