Gucci Syndrome

パッション!
テンション!!
モチベーション!!!

イミテーション

2008年04月29日 | Weblog
土曜の朝は、あまりの咳と吐き気、頭痛のために、学校を欠席。熱は、無かったけれど、到底起き上がれなかった。

夕方、死にそうでありながらも、何とか起き上がり、翌日日曜の免許更新のために、新宿へ向かい、特急あずさで地元へ。
その夜は、色んな意味でフィーバー。勿論、第一義的には、フィーバー=熱。


この日、帰ることには、躊躇いと慎重論もありました。が、日曜は、月の第二、第四日曜のみ免許更新が出来るのですが、5月の第二、第四日曜は東京にいなければならない可能性が高いので、今週回避をするのは無理。なんとかして、今週という結論に。でないと、免許が失効してしまう。


かばんに、月曜の朝提出のレポートの資料と、火曜提出の要件事実の道具を詰め込んで、一路、地元へ。
途中…山梨県の塩山付近で…先日処方された、薬を忘れたことに気付く…。僕らしい。が、体力的に地獄の日程だったものが、更に酷い体調になっていくことに。抗生物質がないのはやはり…。


翌日、朝イチで塩尻市の運転免許センターへ。
視力検査。全く見えないのに、適当に方向を当てていたら、「眼鏡等」から、眼鏡はいらないことになった。この仕組み大丈夫か。

金色に輝く三枚目の運転免許証。更新する度に、太っている。
困る。


家に帰るとやはり熱。37℃台。しばらく仮眠。夕方、帰京。熱は、ギリギリ36℃台。やはり仮眠した後に、レポートに取り掛かる。

「朝、六時〆切」を七時と勘違いしていた僕は、レポートを進めながら、たまたま六時に嫌な予感がしてチェックをし、間違いに気付き、慌てて提出。
結果、時間に数分遅刻、かつ未完成という酷さ。

その後、熱が金曜以来の38℃台になり、睡眠。気付いた時には、夜の九時。
またしても学校は欠席。
月曜の欠席の可能性は、元々、頭にある程度あった。
未完成とはいえ、提出したレポートのため、水曜は休めないし、木曜の要件事実、金曜の刑訴は、やはり休めない。それが済めば連休。
イミテーションゴールデンウィークがやってくる。


早いところ、この体調、何とかならぬものか。
そうそう授業も休めない。

行き帰りの特急で、同じ車両内にいた他の乗客に、次第に、咳が止まらぬ人が増えていったように思えるが……

僕のせい?

僕は、マスクはしてました。

ぐっちの微妙に役に立つような立たないような話

2008年04月26日 | Weblog
六本木ヒルズのリニューアルに伴い、無くなってしまった、「豆腐カフェFUJINO」。あれがなくなってしまい、残念に思う人も少なくないはず。

そこでちょっと探してみました。

六本木ヒルズのご近所、ミッドタウン内“ガレリア”B1に「京乃とうふや藤野」が開店しております。
ただ、メニューは六本木ヒルズのカフェよりは、だいぶ本格的な食事に近く、値段も高め。
「おとうふやさんの一汁三菜」1470円
「春のあっさりお鍋(みぞれ鍋・湯豆腐」1785円
「おとうふたっぷりドライカレー膳」1260円 等

あとは、丸の内の丸ビル6階に、「京豆腐 不二乃」もあるようです。
こちらは、もうちょっと落ち着いた感じです。(この間、こちらでカレーを食べた)

咳をしすぎて目が覚めてしまった。

障害があるほど燃える男 追記版

2008年04月25日 | Weblog
昨夜の体温ピークは39℃の男でございます。
本日は、昼過ぎに病院に行きました。六本木ヒルズクリニックに行ってみようか、という気持ちもあったのですが、最終的な判断基準として、体力的にそんなに歩ける自信がなかったので、自宅近くの、いつものところへ。
問診、診察をし、点滴。
点滴といっても、生理食塩水です。無色、透明です。
ここの注射をするベテラン看護士さんについては、いつも感心するのですが、注射が上手い。

そして、薬を処方箋で調合してもらい、危うく、お金を払わずに帰りそうにさえなり、抗生物質ほか数種類。

一旦帰宅。

そして、改めて家を出て、恵比寿駅へ。明日の夕方の特急のチケットを予約。
そして、学校へ。


体温計で熱を計りすぎて、体温計の電池が切れてしまったので、今の体温は分からないけれど、たぶん、37℃台でしょうか。

明日の公法総合演習、税法、夕方に実家に帰省して、明後日、免許更新。徹夜でコンプライアンスのレポートを仕上げて、火曜までの要件事実…。
明日までに、答案書くのはやっぱり、無理かなぁ。

とりあえず、レポート優先で行くべきなんでしょうね。

頑張るしかないな。



風邪をひくと、咳と痰は、必ず症状としても深刻になり、最後まで長引く。
病院のカルテの過去の治療を見るに、僕の場合、喉の奥のほうで、(扁桃腺ではないようだ)炎症がおき、それが化膿するというパターンが必ず起きているらしい。
この状態が長引いたり、酷くなると、その化膿したものが痰に混ざったりして、自分でもゾッとする感じになる。
こういうタイプの人は、絶対にタバコを吸ってはいけない(吸わないから問題ない)。そして、お酒、とりわけ強いお酒は極力飲まないようにする(なるべく、お酒自体を飲まないに越した事はない)。それから、辛いもの等刺激物も程ほどにする、とのこと。

結局は、自分で、自分の体調を維持すべく注意していることと同じです。
それでも、風邪は別物ですかね。

ただ、咳はなかなか止まらない(薬を飲んでも)ので、授業中等、ゴホゴホしていて、他の方々に申し訳ないなぁ、と思います(でも、どうしようもない)。

昨夜は死ぬんじゃないかと思った

2008年04月25日 | Weblog
前略、体調不良です。
昨夜に比べたらまだマシですが、まだ熱があり、関節痛が酷い。
珍しく途中からタクシーで帰宅。



学校では、気合いと薬で元気を振り絞る。
帰宅して、気が弛んだ途端に身体中が悲鳴をあげました。いま、起き上がることすら苦痛。力を入れても関節が固定されない感じ。
加えて、頭痛に咳、吐き気。


そして今、部屋の電気を消すことが躊躇われるという有り様。

ここ数年、こんなに体調が酷くなったことは記憶にない。

明日は学校行けるだろうか。気合いだ。

来週コンプライアンスレポート担当の皆様は、うつらぬように気を付けて下さいませ。
ただ、うつっても、恨みっこなしです。

仁義なき戦い

2008年04月24日 | Weblog
本日は、夕方まで刑訴の準備をしておりました。
刑訴嫌いだった僕が、あるいは苦手だった僕が、ここのところ、刑訴に取り憑かれ気味です。賛否ありますが、M先生の授業は、僕にはなかなかあっているのかもしれません。

夕方、学校へ向かおうとしたところ、キッチン…冷蔵庫の上あたりに蟻がうじゃうじゃといるじゃありませんか。
処置をしまして、一先ず事態を収束させました。既に六時を過ぎ、学校へ急ぎました。

ここに棲んで、六年目ですが、何年か前から夏、しかも大雨の前日等になると時々蟻が家の中に入ってきます。そこで、侵入を食い止めるべく、スプレー等を用い、仁義なき戦いを黒装束の戦士たち相手に繰り広げているわけです。

ところで、もっと仁義なき戦いは、やっぱり、コンプライアンスのレポートなんでしょうか。

授業終了後、閉店間際の本屋に飛び込み、自動車業界に関する本を数冊立ち読み。
自動車自体にあまり興味がないほうなので、知らない分野も何かないだろうか、とリサーチ。

そうこうしているうちに、閉店時間となり、店員に追い出される。


帰宅して、蟻が侵入してきそうな部分にスプレーして結界を作成。


今日はことのほか疲れました。

ふるふるシェイカー( 意味はなし)

2008年04月21日 | Weblog
ロースクール入学以来、二コマ授業のあった日の中で、今夜は最速の帰宅時間でした。11時前には、余裕をもって到着。物理的には、あと十分なら短縮可能か。

個人的に、帰宅後にしっかり勉強したい場合、少し休憩した後に、休憩無しで数時間ぶっ続け(三~最大六時間くらい)が一番効率がいい。
ただ、帰宅が遅くなると、休憩の時間がダラダラと長引き、やがて眠くなり、結局少ししか勉強せずに終わるというのが、一年間のパターン。

一つは、11時まで学校で勉強して帰るということも考えたのですが、5限までならばいざしらず、6限後、片付けをしたのちに、勉強をはじめ、11時までには退室というのは、非効率的だというのが僕の見解です。

ところで、今日は某所で司法権のトップの長官に遭遇いたしまして、微妙な距離感でしたので、挨拶をしたところ、僕のことを覚えていてくださいました。感激と、驚異的な記憶能力に驚愕です。
以前といっても数年前、まだ長官になられる前にお話をする機会があり、それ以来でしたのに。

嬉しきかな。

今日の結果

2008年04月20日 | Weblog
・クリーニング屋に行く。
・刑訴の本を見に、本屋へ行く。

・靴屋に行く。
→買おうと思ったのに、閉店時間前なのに店員が「レジを閉めちゃった」と言っていたので退散。なんとやる気のない店だ!

・代理権再考

・要件事実課題→六本木に行って、誰かいたら議論しようかな→誰もいない→早々に提出。

・刑訴問題昨夜の続き
→一応、終了。書き加える可能性あり。


明日の予習…0。
プライスレス。


感想。
やっぱり、刑法、刑訴の前田先生の教科書は、僕には合わないかもしれない。
刑訴の教科書を一通り読んでみたが、文章は平易で読みやすいのだが、なんとなく頭に残りにくい気がする。それは考え方が合わないのか、文章が合わないのかは分からないが。それとも疲れているせいかな。でも、多分、文章だと思う。口当たりが良すぎて、味がよく分からないままに飲み込んでしまう感じ。

人それぞれ。

かもねかもねそうかもね~代理~

2008年04月19日 | Weblog
雨が降る日が増えると、春なんだ、という気がするようになる。
もうずっと前に、梅も桜も咲いて散っていったのに、まだ冬の気分でいたのか、と言われそうだけれども、地元、長野ではちょうど今くらいが桜の見頃~見頃を少し過ぎようかというくらいの時期なのである。
すなわち、桜、そして春雨という春の風物詩が今頃一緒に訪れていたわけである。

ところで、代理と要件事実である。
あの問題は結局のところ、どのような理解をしても、請求上大きな問題を生じせしめるものではないのかもしれないが、たとえ、試験に出ないことであっても、気になることは、どう転んでも気になるのであり、色々と調べている。


今、分かってきた、興味深いことの一つに、代理に関しては、民法学と要件事実論との間に、いくつかの理論的差異があることは事実のようである。つまり、要件事実論の立証責任の分配の考え方から、民法学上の理論、或いは要件をそのまま要件事実論に則り、請求原因として適用するのみでは不都合が生じる場合が出てくるというわけである。
例えば、主張をする側が、受働代理の要件事実を合わせて主張しておくことで、代理があったことを立証する可能性が高まると言えるはずだ。
恐らく、あの事例は、後の問題としての無権代理等を前提としているから、第三者から本人の為にするという意思表示が必要という意味だったのかもしれない。

けれども、本人の為にするという表示、すなわち顕名であるが、顕名について改めて調べて見ると、今の多数説は、顕名は「意思表示」ではないらしい。代理行為を代理人が代理権に基づいて行っているという事実、すなわち、代理行為と代理権とを関係づける意思の表明にすぎないとのこと。意思表示と唱えるのは、少数説だそうだ。近江民法はどうだったっけ?(帰って見てみよう)


そもそも、顕名、言い換えれば、本人の為にすることを示す行為が代理行為においてなされる意義は、第三者が、誰との間で法律行為をしているかを示すことに意義があるとのこと。
とすれば、第三者が代理人に向かって本人に対してしていますよ、ということの意味はないし、仮に、事実上意味のあるなしを問わず、シュタイナーさんやケイさんが仰られるように、事実上そうなされているとしても、その根拠として99条2項をその根拠としてあげるのはおかしいと思う。


今日、考えた結果はそんなところか。

今夜から刑訴の説例を考えていきましょうかね。

本能的、精神的自由論

2008年04月19日 | Weblog
国旗、国歌をめぐる判例に取り組んでいるが、僕自身の経験を語ると…。

本件で問題となるような、教職員については皆さまがどうしていたかについては、記憶がない。
学生についてだが、中学生の頃だったか、国歌斉唱の際に、全校生徒の半分くらいしか起立しなかったことが数回、全校生徒のほぼ全てが起立しなかったことが数回、そもそも式典に国歌斉唱がなかったことが数回ある。

僕自身については、半分くらいの時は立って歌った覚えがある。

高校時代は、僕らの学年から、校歌を教えられる行事もなくなり、結局、高校の校歌も知らないままだが、君が代は歌った気がする。

中学生のときに、みんなが歌わなかった時は、誰かから歌わないように指示があったわけでも、反対に歌うように指導があったわけでもなかった。
当時、中学生であった、僕らがニュース等の報道や価値観から、歌わないでおこうと思ったり、周りが起立しないから、自分もそうしようと、歌わなかったということだと思う。


ところで、国旗、国歌の問題になると、必ず持ち上がるのが、右翼、左翼といったイデオロギーの話である。
僕が、色々なブログで一貫して書いてきたのは、この論争は、20世紀の負の遺産だということである。
すごく下らないことだと思う。

極端な人は、国歌が嫌いだといえば、左翼は○○だ!と非難し、天皇を崇拝する右翼を見ては非難をする。或いは、右よりの人は、自分より左なら皆左翼的だと思い込んだり、その逆もある。
何やら、リトマス試験紙や、BTB溶液で、いかに酸性か、いかにアルカリ性なのかを争っているかのようだ。
または、関東のうどんのダシがいかに黒くて、関西がいかに白いか。


僕自身についていえば、天皇とか、国家という概念とか、存在について、好き、嫌いのどちらかでいえば、嫌い。
ただ、好きな、国際公法は、公平の見地については勿論前提とはなるが、究極的には、国益の話に結び付くし、日本の神話や、民俗学の話と天皇の神格性の話は切り放すことは出来ない。

これらの業界の人の思考の傾向でいえば、国際公法より、国際関係論とかを扱う人のほうが、保守的。
民俗学より、文化人類学のほうが、革新的。


でも、どうでもいいじゃん?と思うのが、素直な感想。教育制度改革で、「愛国心」がキーワードとして盛り込まれたが、日本が好きだって嫌いだってどっちでも良いと思うのが、僕の本心。ただ言えるのは、日本で、日本人の親に産まれたなら、日本人として生涯を全うすることからは逃げられないし、それに、好きとか、嫌いとかを、よく知りもしないで語るな!と思う。
先日非難した上記裁判例についての新聞各紙の社説もしかり。


昔、中学生のときに、イタリアン人とドイツ人に、「イタリアやドイツでは、ナチスやファシズムを讚美することが、刑法上禁止されているけれども、日本には未だに、天皇や日の丸を讚美する人が多いのは何故か?」と聞かれたことがある。
当時の僕は、上手く答えられなかった。ただ、彼らの言わんとするところは、日本には天皇とか、日の丸を讚美する人が多いから、悪いとか、嫌いだというのではなくて、何故日本人はそう考えるのかに興味があるとのことだった。


法律家が、特定の信条を持っていてはいけない、という決まりはどこにもないが、憲法問題は、難しいと思う。

僕自身は、前述の通り、左翼、右翼といった考えを心底嫌うし、それらを否定するものであるけれど、周りからは、例えばシュタイナーさんからは左寄りと言われるが、過去の経験でいえば、どちらとも言われたことがある。もしかしたら、「どちらかといえば右寄り」と言われたことが一番多いかも?


僕は、自分の独自の意識を保とうと、貫こうと思うし、法律論、殊に憲法論を考えるに際しては、真ん中を意識している。
皆さんはどうですか。



ところで、僕の扱う裁判例について、法律に関わったことのない大人、十三人に妥当性を問うてみました。
あの違憲判決が妥当だという人が、九人。不当だという人が四人。四人は何れも20代の男性。他、二十~八十代の男女は、妥当と解答。何れも、特定の際立った思想を持たない人たち。


考え方がばらつくから、面白い。
それは大事なことだ。

マスター!注文が来てないのですが…

2008年04月18日 | Weblog
明日に公法総合演習の判例の発表を控え、何とか今朝までにレジュメを完成させることが出来た。
完成といっても、落ち度、忘れたことは多多あり、そのうちの最たるものは、目次。一応、言い訳らしいものもあるのだが。

レジュメの枚数については、それなりに気を付けていたつもりではあったが、結局、17枚という膨大なものになってしまった。一つに、第一審であり、事実、争いがまだ沢山あること、二つ目に、判決文の引用を意識的にしたこと、三つ目に、マスターの扱う事例との関係を論じる必要があったこと、この三点による。

マスターが、ご自身のレジュメを昨夜中になんとかアップすると仰っていたので、三点目については、マスターが触れて下されば書く必要はない→枚数を減らせられると思い、朝まで待っていたのだが、朝まで待ってもあがらなかったので、説明を柔軟に対応可能にすべく、マスターの判例の判決文の補足、反対意見の部分を引用に止めた。そして待つのを止めた。
結果的に分量が増えたが、マスターが触れてくださったのなら、ばっさりカットして、対比のみで終わる。

最近、名古屋高裁?で、航空自衛隊のイラク派遣が、憲法9条に違反するという、違憲判決が出された。
どのような論理構成で違憲の判断を下したのかはまだ分からないが、今回、違憲判決の裁判例を扱ってみて思ったのは、その判決の是非はともかく、その理論構成…外堀から注意深く埋めて中核へ迫る様子…が、とても共感が持てるものだった。「違憲判決」という、ある意味で反権力的な、大胆で思いきった結論を出しながら、その中身、裏側は非常に緻密というやり方。こういう感じは凄く好き。本判決については、まだ論じたりない部分はあるようにも思えたけれども。
今回の違憲判決はどうだったのかな。僕の扱った判例は、精神的自由を制限するという話だから余計にそうだったのだろうけれど。


明日は頑張ります。