クロ犬日記

私がパラダイスに移住する前と移住後の毎日を徒然なるまま記しています。

シーズン2-2「三匹の犬」②

2021-01-27 10:34:00 | ワンコファンタジー 

ここは、パラダイス。

犬生(ワンせい)をリタイアしたあとに

私たちワンコが招待される場所でございます。

 

もし現役時代の自分の名前、容貌、引退年齢に不満があれば、

自由に更改可能です。

そして、自分が最後まで持っていた記憶や学び知った知識、技術、

体得したイメージは劣化することなく、ここでの暮らしに役立てることができます。

パラダイスには、ここに招待されたワンたちの複合的なイメージや、

現役時代に学んだ知識や理解、誤解や思い違いまでが

隅々まで行き渡ってできあがっている。

そして、そのベースにあるのは「楽しいこと」を求める気持ちと、

愛を表現したいという本能です。

 

『初めに無意識に快と楽ありき、ワンは自ずと世界を創生す』

などと、『ワンコ・パラダイス創生記』には書かれているそうですが、

まぁ、昔のことなど私たち犬族には興味のわかないことですし、

あまり詳しい由来は語られてきておりません。

それでこそ、パラダイス憲章に掲げられた主幹精神

「だって、ワンコだもの」でございます。

 

さて、ミミでございます。

 

あのスペイン・バル「三匹の犬」で偶然に出会った、

友人でもあり私にとっての鬼門でもある、シバエルさん、パグエルさん、

ミーさんたちのお誘いに揺れる心。

でも、今日の私は一味違う。

さらっと受け流す大人女子の対応です。

 

「ごめんなさい。私、この後ちょっと予定があって――」

 

大きな黒い瞳をギロッとこちらへ向けて、

パグエルさんがじっと私を見つめます。

あの雰囲気、いつもみたいに、

笑顔でぐいぐいと遠慮のない突っ込みを展開し、

油断した相手を一気に沼に引きずり込む算段かも。

私はあれを密かに「ワニ型懐柔法」と呼び、警戒しているのですわ。

思わず身構える私。

でも、聞こえてきたのは珍しく、

けだる気で影のある彼女の声。

 

「シバエルさん、その誘い方はむっちゃ無粋です。

アポなしでリア充女子を口説いたらあきまへん。

なぁ、ミミはん」

 

ミーさんも微妙な援護射撃をしてくれます。

「無粋はいけませんです。シバエルさん、今の時代は、

孤独のグルメが一番おいしいのですよー」

 

二人からそう言われたシバエルさん、苦笑いです。

 

「まいったな。僕は無粋な犬になってしまったのですね。

すみません、ミミさん。今日のご予定を楽しんでくださいね」

 

あぁ、美・シバエルさんに、耽美な苦笑いで謝られるなんて!

後悔で悶絶しそう!

本当はシバエルさんたちと一緒に楽しいひと時を過ごしたい、

でも、私の脳内コンピュータfugaku(不学)が、

「それだけじゃ、すまない」と計算結果をはじき出したのも事実。

 

私、案内された別のテーブルに座り、

用があると言ってしまった手前、

すぐに食べ終わりそうな少なめのランチをオーダー。

一瞬逡巡され、それからお誘いを受け、辞退したところ、

無理に誘われずさっと解決した。

これって「現実的にはお互いトラブルない」状況です。

でも、なぜか私の心には木枯らしが吹き始めている。

こういう気持ち、自分でも本当に面倒くさい――。

 

そっと盗み見ると、彼らは顔を突き合わせ、

密談のようにひそひそと話をしています。

聴力の感度を最大限に上げると、いくつかの単語が拾えました。

 

「あな――」

「こたえる」

「うめるのって――」

 

これだけではさすがの私にも、内容は分かりません。

ちょうど、ランチのプレートが運ばれてきました。

スペインっぽい曲線で装飾されたお皿の上に、

匂いから絶対美味しいこと、手抜きがないことがわかる料理が

ざっくばらんに盛り付けてある。

気取らなさも、この店の魅力です。

料理人への敬意を持っていただこう。

私、真剣にお皿に向き直りました。

 

その時、かすかなベリー系の香りが鼻をかすめました。

私の脇を、アッシュブラウン毛の

若そうなミックス女子が速足で通りすぎていきました。

瞬間、彼女の前足が私のテーブルの上に、

メモのようなものを伏せて置いたのです。

 

その前足の腕の部分にまるでタトゥーのような、

黒いドラゴン形の小さな毛柄。

私の目に焼き付きました。

思わずその雌犬(オンナ)を目で追いますが、顔は見えない。

何のメモ? 置かれた紙を手に取りました。

 

「え!これ――」

 

私、急いでその女を追って外に――。

 

「待って! あなた、これって――」

 

彼女はどんどん店の外に――。

追いかける私、でも、キャビネットの陰から、

誰かがバカ力で羽交い絞めにしてきたのです。

動けないッ!

 

瞬間、目の端であの三匹(さんにん)が

座っていたテーブルを確認。

でも誰もいません。

シバエルさんも、パグエルさんも、ミーさんも

いつの間にか退席してしまったみたい。

彼らでないなら、

今、私の邪魔をするのは誰?

あの雌犬(オンナ)の仲間なのでしょうか?

 

そして、誰の助けも期待できない状況?

 

頭の中で、グルグル考えが空転しています。

データが足りなすぎるのですわっ!

 

混乱の中、今日はここで失礼いたします。