今は幸せ!でも・・・?

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家族はしぶしぶ。あれっ?父、どうした?

2020-05-24 12:46:30 | 日記
父のプレゼンは続きました。

祖母も母も養子に来てくれたし、と言う気持ちもあったようで。

結局『好きにしていいよ』と、母も腹をくくります。

でも、ここから今度は父がビビり始めます。

悩むところも本人もあったようで。

周囲が『あれ?なんで本人が悩むことになるわけ?』と思いつつ、父が始動するのを待つしかありません。

かなり、この時間はかかったようです。
半年くらい父はグズグズ。

でも、ようやく決心。

私が小学三年生のころです。
私には家でこんなことがあったなんて、もちろん、知らず。

これも、のちのち母から聞くことになります。



話し合いは続くよ、どこまでも

2020-05-22 19:16:28 | 日記
父の爆弾?宣言から、後ろ向きな考えの母と、祖父母。

食事のときなど、顔を合わせると『起業させて下さい』と、起業する会社のイメージや、母にも手伝ってほしいことや、金銭面でどのように考えているのかなど、日々、父のプレゼンは続きます。

正直、土地はあるけど、賃貸もしていたし、副収入もあるからと、家族は後ろ向きです。
サラリーマンの方が安全ですもの。

父もかなり必死です。

自分の度量を試してみたい。
それから、
自分の好きな家に、住みたい。
自分の好きなクルマも、欲しい。
自由にお金を使いたい。
自分の好きなスーツを、着たい。

父も若いから、いろいろしたいことがあっての『起業』だったのだと思います。

話し合いは続くよ、どこまでも。


『会社を作る!』

2020-05-21 16:58:32 | 日記
父はコックをしてきて。
名古屋のホテルにきたら、アメリカに、いた頃のお給料は貰えず。
次に勤めたのは、喫茶店などに卸すカレーを作る会社でした。

こちらでは、工場勤務ではなかったようです。

また、コックをしていた頃に、その会社に声を掛けられたんだそうです。

そこは5年くらい勤めていたんじゃないかな?
どうも、味とかのコンサルタント的なのをしていたみたい。

ここで、どうやら起業の構想を固めたようです。

祖父母、母を前に『会社を設立したい。経営者になる!』と、豪語したそうです。

堅実が第一の田舎です。
祖父母、母も大反対です。

手元のお金はいざ知らず、借金しなくちゃいけないからです。
当時は、担保に土地を入れなくてはならない時代で。

ま、要するに実家にある土地を担保に入れさせてほしいと言うのが、祖父母、母の反対どころです。

先程も書きましたが、堅実が第一の田舎です。数百万、数千万円の借金なんて、他人ごとです。

ということで、父以外はもちろん全員反対。

これからも父対家族の話し合いが続きます。



『これだけ?』

2020-05-19 19:00:06 | 日記
ワタシの記憶が、定かではないのですが。

父が、アメリカから帰って来てから、名古屋のホテルに勤めていて。

初のお給料明細をみた母は『これだけ?こんだけ?』と、お給料の少なさに驚きます。

だって、ロサンゼルスでも、グアムでも良いお給料もらっていたから。

母もそれくらいは貰えるだろうと思っていたと思います←ていうか、父が面接した時に条件聞いていなかったのかしら?

母にしてみれば、実家に住んでるから家賃も要らないし、それなりに貯金、預金出来ると思っていたのでしょう。

この、母の『これだけ?』が、父に火をつけてしまいます。

ワタシが、小学生のころには、父は別の会社にも転職しています。

これが起業する為の布石とは、誰も気づいていませんでした。

小学生の頃

2020-05-18 17:04:22 | 日記
緊急事態宣言が、一部解除になりましたね。それでも、まだまだ気は抜けませんね。

さて、今回も前回から間が空いてしまいました。

さて、保育園の頃から、小学生の頃を書きたいと思います。

私は団塊ジュニアでしたので、ひとクラス45人いましたが、クラスは2組のみ。
クラス替えしても、面々はあまり変わらず。
たまに同窓会があるけど、集まりはいい方だと思います。

さて、小学生の頃の私は、猫背でメガネかけて、人見知り。
友達も少なくて。
女の子は、集まると『今度はあの子を無視しようよ』とかになっちゃって。
子供心に『女って、めんどくせー』って、思っていました。
これは、高校卒業するまで、ホントに思っていました。

かと言って、男子生徒ともお話できる訳でもなく。

小学高学年になると、触ると呪いがありそうな(笑)図書室で、『シャーロック・ホームズ』や『怪盗20面相』とか、授業と授業の合間の休憩時間に、読んで過ごしていました。

ある日、担任から呼び出されて『みんなから無視されてること、仲間ハズレにされてること、わかってるかな?』と、言われました。

本ばっかり読んでて、周りが見えていない私は『知りませんでした・・・。』

多少のショックはあったものの、本ばっかり読んでるので、気づかなかった私もかなりのモノです(笑)

でも、そんなことは、家族にも言えず。
言っても、今と違い助けてもらえる訳もなく。私も『どーでもいいや』

それもあって、本当に『女って怖いわぁ』って。私が、あなた達に何かしましたか?
一緒にトイレに行かなかったから?

今も思い返すと、子供って、狭い世界で生きてるよね。

もちろんいじめは良くない。
いじめられる方がわるい、とほざくヤツもいるけど、こっちは忘れちゃいないんだ。

でも、実家に帰ってスーパーとか行くと声をかけてくる人は、そのころの私をイジメてた奴らが多い。

忘れてるんだよね、奴ら。
しかも田舎だから、近況を聞きたがる。
ほっとけよ(笑)

こっちは顔も見たくないし。

さてさて。
次は父のお話を書きますよ〜。

今回は小学生のころのワタシをざっくり、書いてみました。