Indigo flow

Mi Pensamiento de Pesca

沖縄ブルーフィントリップ

2018-10-05 19:56:48 | 日記
南への憧憬はいつでも持ち続けている。
最後に島を出たのはもう5年前になる。それから南西諸島方面に足を運んでいない。

話は今年の年始に遡る。

LINEにメッセージが入った。
「大島に来たよ」
「客も私しかいない民宿でお風呂は一人で入れるから良いけど暇だよ」

何を思ったのか、旧来の友達が女一人旅をしに伊豆大島へ行った。夕焼けの海の写真が送られてきた。冬の低い陽が薄い茜色に太平洋を染めていた。寒そうな陰に覆われて色を失った芝生が一層、寂寥感を覚えさせた。

「なんもないから今日きたけど明日帰るよ。」
「民宿はエアコン付けるのにも金で、朝食もしょぼくて高いから嫌になったなぁ。インターネットだけは無料で使えたよ」

彼女に最後に会ったのは今から14年前か。すっかり、文句ばかりぶつぶつ言う女になっていた。
何が彼女を大島に行く事を駆り立てたのだろうか。昔から気が付けば海外にいるような人だった。そして彼女が突然に島に行ったことに対して、自分の中に急に或る感情が沸き上がった。

俺も島に行く。着の身着のまま、荷物は適当に詰めればいい。
仕事が終わったら渋谷の上州屋でオキアミを買って、浜松町で降りて船に乗り込めば明日の朝には島に着く。

「急に、今から伊豆諸島に行く事にした!」とLINEで送る。
「は、まぢ?」
「どこに行くの?」
「私みたいじゃん」





伊豆諸島には初めて来た。島といえば20代の頃は五島列島や南西諸島にばかり通っていたので、東日本の島はほとんど行った事が無い。単純に、釣りたい魚がいなかったという理由もあるし、西や南の方向に何故か惹きつけられていた。
青く深い海は南西諸島で何度も見てきた。茫洋たる海、果てもない深みを帯びた青色に心が吸い込まれそうになり、曖昧になり、枠が外れるかのような感覚。そうした海はもう、島を離れた時以来見ていない気がする。
なので伊豆諸島に行きたかったのは、海を見たいだけという単純な理由からも来ていた。魚は何か釣れればそれで良くて、大掛かりな釣り道具をこさえる気になれなかった。

タイコリールにハリとガン玉だけのシンプルな仕掛けにオキアミを付け、足元の堤防に垂らすとフグやスズメダイ等の小さい魚が戯れてくる。
その先に居る大きなメジナかイスズミのような魚を狙いたいのだが、どこに餌を落としてもフグが見つけては飛びついてくる。潮は目の前でカッ飛んで北の方に流れている。落水したら生還できそうにない速さだ。
何度かフグたちにエサを見つけられない時があった。




メジナは青い瞳が美しい。その深い海の色を映すかのような色をしている。



イスズミは頬の色合いが美しい。
トカラではテンジクイサキが良く釣れた。ヒッツォと呼ばれている魚だが、ここ伊豆諸島のイスズミと似たような顔をしていた。





さっきまでいた釣り人が立ち去った後はコマセが効いていたためか、底の方まで餌を沈めるとイサキが釣れた。時期になると堤防の壁沿いに黒い帯になるくらい群れで居ついている魚らしい。




陽が暮れる。旅の共に良寛の詩集を持ってきていた。

「 山到海門盡 潮帯夕陽還 」

山は海峡に至って尽き
潮は夕陽を帯びて還る

良寛が見たのは屹度、日本海に落ちる夕日だったのだろうか。それとも瀬戸内海の海だったのだろうか。




翌日の昼に出る船で東京に戻ってきた。
東京の釣具屋で働いている友人に会う約束をとり、昔預かっていたものを持ってきてもらった。


5年ぶりに手元に戻ってきた袋の中にはかつて熱中していた釣りのルアー達が放り込まれたままだった。
一時は興味を失っていた釣りだった。カスミアジやGTの暴力的な引きやルアーへの出方の良さ、リーフをさ迷い歩いて魚を探すスタイルは性格上、とても気に入っていたものの、島を去るときの気持ちの複雑さの中でこの魚達を釣ろうという気は消え失せていた。釣る理由を見いだせなかった。憧れだった魚は島暮らしの中で日常の魚に代わり、狙うことに対しての積極的な意味を見いだせなかった。

しか5年も経てば感覚は元に戻っていき、それは日頃働いているうちに東京の人間になってしまったということでもあった。何かの魚を釣りに行く動機が、日常に無いものへの希求であるとか、逃避であるとするならば、突如として戻ってきたこの感覚はまさにそれであった。
一方で懐かしい気持ちというのも沸いてきて、それはかつての自分にはない感覚であった。
青く美しい海と、低いリーフを歩き回ってカスミアジを釣る。
昔、潮と天気を見てはこの釣りを繰り返していたかつての自分の感覚を再び得ること、そして南の魚たちの強烈な強さをもう一度体感したいこと、それだけでこの冬の退屈な日常に希望が戻ってくるような気さえしていた。



4月末から5月上旬までの滞在予定で、沖縄までの格安航空券を早めに予約した。
旅客運賃は成田から片道8000円程度でとれたけど、ロッドの超過料金やら支払手数料やらで結局それより高くついてしまった。

新しい場所において、カスミアジを釣る事に対しての不安は特に無い。釣り慣れた魚だから昔の感覚を取り戻せれば自然に釣れるだろう程度に思っていた。何よりも重要なのは、遠征先で最大限釣りができるように、潮位と気象条件に合わせた場所の選定をすることだった。
なので仕事中も暇さえあれば航空写真を見ては、目ぼしい場所を探し、そのいくつか選んだ場所-周辺離島を含む-のなかで、例えば野宿が合法的にできる島なのか、車を借りれるところはあるのかという情報も集めていく。

場所については簡単な二分法をまず取る。火山島であるか隆起サンゴの島であるか。
その次に、干潮時と満潮時のショアライン(これを知るためのティップスがある)、水深の分布、山とショアラインの距離、等々の情報を地図から読み取っていく。

四面を海に囲まれた島が有利なのは、風裏が生まれるということだ。爆風の時は風が舞って釣りにならないけれど、春先の時期ならその心配は少ない。そして潮位も昼に大きく引く。

「君の仕事中のパソコンの画面はいつも青いね」、と言われかねないくらい地図を眺め、そのなかで候補となる島をいくつか選定した。
他にも魅力的な島はいくらでもあった。ただ交通アクセスやトランジットの兼ね合いで最大限時間を活用でき、なおかつ魅力的な島に絞ったら3つになった。



成田を朝8時に出て、島に着いたのは夕方だった。
上げ潮の時間だからリーフの下見はできないものの、まずは車を借りて島を廻ってみる。



案の定・・・リーフは潮に埋もれている。干潮時だと風景はがらりと変わるものの、満潮のときにこうした光景を見ると、ほんとに足場が露出するのかいな、と思ってしまう。波の立ち方から大まかなブレイクライン(=釣り場)を想定しておく。



かつて村越さんも仰っていたけど、島に着いたら高いところに登って鳥瞰するのも有効だ。
この波の立ち方だと満潮時は危険だから止めておいた方が良い。
では満潮時は何をするか?
四六時中魚を釣りたい人なら港や磯で釣り続けるのだろうけれど、自分は干潮時に集中して釣り不能ぎりぎりになる潮位(もちろん安全性に配慮した足場や波の立つところを選んでいる)まで釣りをして、残りは売店で買い物やら海を眺めて一杯飲んだりして過ごす。

朝は大体寝坊してしまうから、海を見て潮位的に本来ならもっと早くリーフに入れたのになぁ、と思う事しばしば。
でも島にいるときはそれでいいとも思っている。



大潮回りだったので、夜は月が海を照らしていた。
泡盛を一瓶買い、岸壁に腰を下ろす。酒が効き始めたらそのまま仰向けになって夜の海風と白い水面を暈けた視界で眺める。
白い月を見ると、スペインの街の夜を思い出す。シギリージャが無性に聴きたくなる。携帯も地面に寝かせて、ニーニョリカルドのシギリージャを掛ける。

Niño Ricardo - Por Siguiriyas


島唄でいうなら朝花節のように、演奏会の出だしを飾るかのような一曲。ニーニョリカルドのCDはこの曲から全てが始まる。初めて聴いた時は凡庸で退屈な曲だなと思ったが、数十回聴き続ければその魔力に取り憑かれてしまった。弾きながら唸るリカルドと、その親指から生み出される重々しい響きは他のフラメンコギタリストに類を見ない。


こうして夜は港で勝手気ままに過ごすことにしたが、島人にとって自分はただの余所者でしかない立場だから慎ましく過ごさなくてはならない。だから人里離れた港を選んで、こうして月を愉しんでいる。
生(き)で瓶に口付けて飲む泡盛が喉を刺す。ふわっとアルコールが蒸発して胸の祠に広がってゆく。


朝起きたら軽バンの車内の釣具屋や服はめちゃくちゃになっていた。
干潮が午前中なので若干寝坊して出遅れた感じがする。数キロ先のリーフまで車を走らせると、案の定昨日波に洗われていた場所はすっかりと干上がっている。





海が穏やかだ。そして海の底まで透き通って見渡せる。
魚を釣るには穏やか過ぎるかもしれない、と思いながらも急いで支度にとりかかる。竿はラミグラス、リールはアンバサダー6600にPE4号を巻いてきた。リーダーはナイロン20号(80ポンド)を3mばかりとる。島に住んでいた頃に使っていた道具立てと変わらない。これで5~6kgくらいの魚がかかると楽しいヤリトリができる。
しかし、数年のブランクは予想外のリールトラブルが頻発した。PEラインが固いせいなのか?フルキャストするとスプールの下の方からU字になったラインがひょっこり出てきたり、キャスト途中で強い食い込みのバックラッシュになり強制的にルアーが着水してしまう。そこでもたもたとラインをほどこうものならティップから足元を漂う糸フケが波と遊んでリーフの肌の無限の鋭い凹凸にアヤトリのように絡まってしまい、ましてはシンキングルアーを使おうものならルアーががっちりと凹凸の孔に掛かってしまい救出不能となる。手が届く範囲ならばまだ回収できるものの、これが沖で掛かるとなると切らざるを得ない。しかしPE4号を切るというのはなかなか難しいもので、腰のひねりを入れながら全身の力をかけないと切れないものである。

ライントラブルで時間がどんどん削られていく。バックラしたら、そのまま即回収してリーフの潮だまりにバックラしたところまで糸を全部出して、眩しい太陽の下で指先をみつめて解いていく。
釣りができる時間は限られている。会社員という立場上、まず休みをとるということ、天候が合うということ、干潮の時間ということ、そしてここに立つまでに費やしてきた金銭、こうしたことを考えていると、バックラを解いている時間がいかに無駄の極みか。何の生産性も無く、一体何しにここに来ているのだ!と心のなかで激昂する

技術を向上すればバックラッシュは防げるのかもしれない。しかし、引き抵抗の軽いルアーを使ってリールに柔らかいテンションで巻かざるを得ないとき(指でレベルワインドもしている)、またなるべく遠くに飛ばしたいとき、道具から発生する可能性が上がるトラブルは極力減らしたい。もしかしたら昔使っていたコシのないラインだったらトラブルが減ったのかもしれない。しかしそのラインは持ってきていないし売られているのかも分からない。
キャスト技術の向上を楽しみのひとつとして捉えることもできるだろう。けれど今、こうして時間が限られた自分にそれを選択する必要性は無い。目の前の状況をトラブルなくいかに楽しんでいくか。そしてライントラブルで失っていくルアーの経済的損失(細糸でバックラッシュ高切れなんてもってのほかだ)も考えるとストレスか生まれてこない。ベイトタックルはもっと気持ちと時間の余裕のあるときに使おう。

とはいっても、リーフで使える道具はベイトタックルしか持ってきていないのだからこれでやるかない。なるべくラインに抵抗がかかるようにミノーを中心として釣りを組み立てていく。



リーフ下のオーバーハングから黒い魚影が出てきて足元で食ってきた。5年振りに釣ったカスミアジだ。型こそ小さけれども、濃い青の鰭が美しい。太陽の下で銀に光る魚体と、薄ら緑色がかった頭部、そのいずれの色合いの調和が美しく、山女魚と同じような印象を受ける。カスミアジは若いほど輝いて見える。大型の個体特有の顔つきもたまらなく好きだが、若い魚の涼しげな色を見るのも好きだ。

釣りを続けていくと、群れでの回遊というより要所要所に居着いてる印象を受ける。こうした場合は大型が出るものだが、今回は小型中心に釣れ続けた。
それでもこの魚のもつ力は凄まじく、小型であってもファーストランは竿を絞り込んでいく。こちらも全身全力でそれに対処していく。






いわゆるGT持ちと呼ばれるような尻尾を持って魚をぶら下げる持ち方は絶対にしない。魚体への負担が大きすぎるし、絵的に何の美しさも無い。フィッシュグリップを使って魚をぶらさげることも絶対にしない。魚の体重を魚体に集中させてしまう行為というのは不必要なことであるし、GT持ち同様に絵的に美しくも格好良くも無い。自分の美的感覚が他の釣り人と違うのかもしれないが、それならば何故多くのトラウトアングラーはフィッシュグリップでぶら下げたり、魚を乾いた場所に置かないのだろうか。その反対に、どうしてスズキ釣りや他の大半の魚の扱いとなると、ぶら下げたり乾いた場所に平気で置くのだろう。それでいてリリースすれば何でも済むと思うのは大間違いだ。いずれにせよ、あらゆる魚は対等に扱いたい。そして不必要な負荷をかけるような愚は避けて釣りをしていきたいし、それが魚釣りの申し訳なさの度合いを緩和してくれる手段であると考えている。



リーフの肌を潮が洗うと、海藻のような香りがむわっと鼻につく。
これだ、この香りだ。昔懐かしい香りがする。
上げ始めてきた潮は時折波を大きくして岸辺で崩れ、浅いリーフの上に薄い水を伸ばしていく。
ウツボが半身を水から出して小さな潮だまりで日向ぼっこをしている。こちらの姿に驚いて蛇のように逃げていく、小さな小さな窪みに身を隠す。昔何度もこの光景を見た。



魚はカスミアジの他にイソフエフキやダツも釣れた。






一投目か二投目で遠くの水面から弓矢のようにスッ飛んでくるダツ。
だいたいはアタックしても針に掛からないか、掛かってもその軽さのせいで潜ることなくすぐ寄ってきてしまう。
気を付けたいのは、ダツのように軽いアタリがあって、「ダツが掛かったかな・・・」と一瞬気を抜くと実はそれが他の魚で、その隙をみて根に潜られてしまうことである。だから昔この釣りを楽しんでいた頃は、当たりがあれば何であれ気を抜かないようにしていたけど、このイソフエフキは気の緩みのせいで深く根に潜られてしまった。
根に潜ると遊んでいるハリがリーフに掛かってしまうと更に厄介なことになる。
持久戦で根から出るのを待っては感触があるたびに全身で引っこ抜こうとしても、遊んでいるハリが途中でリーフに掛かってしまいどうにもならなくなる。
そんな苦戦を何度も繰り返していくうちに、上げ潮で波が上がってくる。
こちらの安全上、魚には申し訳ないがもう切るしかない。そう最後に力を込めて切りにかかると針が伸びてくれて、ズルズルと魚が出てきた。
イソフエフキは疲れ果てていて目を点にしていたが、一縷の望みをかけて潮だまりに入れておくと、やがてヒレをパタパタと動かし始めて目に生が宿ってきた。



魚を水から上げることがないことはリーフの釣りの最大の利点だと思っている。大きい魚になればなるほど釣って水から上げないこと、そしてその水は波洗うような新鮮な生きた水であるところでリリースまでの一連の作業を行わなければならない。
そうした場所は磯かリーフ、近くに潮だまりがあればサーフくらいしかない。










島を変える。隣の島に来た。







観光客はあまり訪れないであろう島の小さな集落。
沖縄の集落の古き姿を残していると直感した。家々が連なるのに一種の異様な静けさに包まれている。
南島の静けさ――がじゅまるの木。ブーゲンビリアの生垣。低い屋根の家。小さなシーサー・・・この場所を興味本位で見てはいけない気分に襲われたが、あまりにも雰囲気があったので静かに走行して何枚か写真を撮った。


釣りは日に日に時間が遅くなる潮に合わせて行動した。



沖縄に来たからにはこの魚をどうしても釣りたかった。
何故かトカラでは釣ったことが無い。海水浴をしていても見かけたことは無かった。けれどここ沖縄には多く棲んでいて、石垣島では市の魚になっている。

近くで餌釣りをしていた地元の人が近づいてきて、潮溜まりで泳がしているタマンを見て「今締めた方がいいぞ、潮が満ちてきたら逃げられる」、としきりに締めることを勧めてくる。
「なるべく生きの良いうちに食べたいから、まだ大丈夫ですよ、、」となんとか誤魔化してその場をやりきる。



潮が満ちてくると共に、潮溜まりから広い海へ帰っていこうとするタマン。突然ウツボが窪みから飛び出してきてアタックしようとする。すかさずロッドのグリップでウツボを追い払う。この潮溜まりにこの魚を泳がせていたのは自分がしたことであって、本来ならばここに居なかった魚なのだから。

潮はすっかり満ちて、釣り場はもう波の下に呑まれている。
この島に滞在できる時間はそう長くない。これから更に更に、西へ進んでいく予定があるからだ。



八重山編に続く。





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それから:2017年の記憶

2018-08-22 12:31:56 | 日記
「今日は月が綺麗だ。俺は河原で寝る。月を見ながら酒なんて最高じゃん。明日4時半で良い?この辺りをやって新しい場所を開拓しに行こう。...」

5月末。夜になればまだ半袖では寒かった。月が白く輝いている。山が近いためか空気は東京よりずっと澄んでいる。週末はこの辺りによく釣りに来るようになった。一種の逃避行でもあるし、野生にまみれたい気持ちをずっと持っている。

河原のふかふかとした芝生の上に寝そべって月を眺める。最後にこうしたのはいつだったろうか。トカラの島の白い砂浜の上でも、御崎馬のいる都井岬でも、沖縄の離島の港でも、どこでも気の向くままに出掛けて野宿したときはいつも美しい月を見てきた。東京じゃこうものんびり見れないもんな。酒に酔って寝過ごして終点で目が覚めて、顔を上げた時、真夜中の空の暗さにもう朝の始発まで無為に待たざるを得ないと悟ったあの瞬間。

その夜も街明かりで幾分か明るくなってはいるものの月が良く出ている夜中だった。目が覚めたところが津田沼の駅で、本来西にある家に帰るべきところをどうしてこんな東に来てしまったのだろう。終点折り返しの旅をしたに違いない。
もういいや、寝るわ。と駅に続く歩道の上に寝そべる。春の夜だというのに然程寒くは無く、どうやらこの格好で朝まで過ごせそうだ。

「こんな所で寝ていたら風邪ひくよ」
顔を見上げていると家路に向かう人々の姿がちらほらと視界に入る。阿呆な酔っ払いが寝そべっているくらいにしか皆思っていないのだろうから気楽だ。

「良い月が見えるよ、ほら、俺はここで寝るから大丈夫だ」
「だめでしょ、みんな見てるよ」
「知るか」

「終電逃したの?」
「あぁ、会社で飲んでて気づいたらこんなとこに居た。」
「風邪ひくよ」
「いや意外と暖かいし大丈夫だけど。今帰るの?連れてってよ」
「嫌よ私実家住みなの」
「それならこのあたりに何かレストランでもないの?」
「そこに日高屋ならあるけど」
「よし!行くぞ、朝まで飲むぞ」

手を差し出して起こしてもらう。
名は知らない。掌の肌の質感からそれなりの年齢かと思えたが顔は随分と若く見える。
レバニラを頼み、何の仕事しているのか、とか何でそんな若く見えるんだ、とか取るに足らない話ばかりをする。また酒が回って来た。
「俺が今より若かった頃・・・」滔々と過去の自慢話をし始める。昔の写真を探し出して、
「見てよこの魚、42kgあった。俺が25歳の時。今より痩せているし、若い。若いなぁ」
今ではすっかりビール腹の出た腹パン30クラスになってしまった。

「で、家に泊めさせてくれるの?」
「実家住みだし猫もいっぱいいるし、だめ。この間、猫に引っかかれたの」と、薄い傷の入った腕を見せる
「家がだめならどっか別のところに泊まりに行こう」
「もう、帰るよ!」
「えー」
颯爽と店を出ていった女性。自分はまたあの戻ってふて寝をする。
しばらくぼんやりしていると女は再び戻ってきて、笑顔で「じゃあね」と通り過ぎていった。


春の頃はそうした荒んだ生活を送りがちだった。体力を持て余していたし週末を無為に過ごしてばかりいた。生が充実していない。

「週末はどこに行くの?」と上司が尋ねる。
「山籠りですかね」
「どこの山?」
「ちょっと北の方の・・・」

また別の同僚からは
「明日お客さんから納品の件で連絡が行くかもしれないから宜しくね」
「いや俺土曜日は山に籠っているから電波無いですよ。下界に降りたら電話します。ははは」

別の週末。
「社長ちょっと金曜日、有給いただいてもいいですか」
「なんで?」
「大事な日なんです」
「どう大事なんだ。釣りか。」
「まぁ、そんなところです・・・」
「そんなところってなんだ」
「いや川釣りって、漁期が決まっていて明後日が禁漁日なんですよ。それを逃したら春まで釣りに行けなくなってしまうので、どうしても行きたいんです」
くどくどと細かい事情を説明する。
旅の行き先と、大事なことの予定は他人には話さない性質だ。キャッチャー・イン・ザ・ライの主人公もそんなことを言っていた。話してしまえば実現しなくなってしまう気がするからだ。


生の充実。瞬間的な忘我。動揺の後に来る静寂。回想。
このブログを書くのは4年振りになる。その間、釣りから離れがちな生活を送っていたが、釣りの魅力はこんなところにあるんだとブログを書いている間は考えてた。

釣りに行かなくなったのは東京の海や川に魅力を感じていないというのが大きな理由だったけれど、2年前の夏、昔たまに行っていた丹沢の渓流を久しぶりに訪れたとき、小さな沢で岩魚が非常に良く釣れたことがあった。山女魚も交じり、昔より格段に釣れたことに驚いた。釣る技術もルアーも昔と別に変わっていない。単に場所の状況が良くなったとしか言い様がないが、その出来事に興づいてからというものの秋の週末は極力丹沢に通うことにした。
車を借りるか、あるいは車が無ければバスに乗ってバス停から源流部まで片道10kmは歩いた。そのくらい歩けば本気で釣りをしている感じがして良かった。車横づけの楽なポイントの釣りとか全然魅力を感じない。体がボロボロになるまで釣りを続けないと充実感を得られなくなっていた。



















秋は暮れ、翌年の春。2017年の解禁日から釣りに行く。


















山道を2時間近く歩いて源流域へ近づいていく。皆も同じようなことを考えるので老若問わず、同じ道を行く。
まだ錆の抜けていない山女魚が釣れ、そして水量も非常に乏しいので早々にその沢を切り上げて山道を下る。
曲がり角の先に、竿を持って息も絶え絶え歩いてくる初老の方がいた。短いフライロッドのようだ。
「釣れましたか?」
「いや、釣れないね。解禁日はこんなもんだけど、、通過儀礼のようなものだから」
「お気をつけて」
肩で息をしながらその男は歩みを続けて行った。


昨年(2017年)は丹沢でこうした魚達を相手に釣ってきた。やがて型を求めるようになるのは、これまで他の魚を釣ってきたのと同じような流れだが、丹沢の源流部の釣りで型を求めることから一歩足を離すことにした。実際に大型魚が確実にいることは、他人の釣果や昔話しから知っていた。けれども新しい事にいつも挑んでいきたいし、去年の自分を更新していきたい。それが釣りの原動力の一つになっている。掌くらいの山女魚を愛おしそうに釣って一日が満足、というような円熟した釣り師になるには程遠い。それはもっと歳をとってからでいいと思っている。





去年の9月の渓で出た40cm台。鯉のように太いというのが最初の印象であった。


大岩魚幻想。高校生の頃から抱き続けていたテーマである。
普段釣りをしている川には尺はおろか、二尺物がいることも知っていた。しかし釣り方が全く分からない。釣れても8寸程度が関の山だ。しかし釣る人は釣っている。魚は目の前にいる。大型魚であっても、僅かな窪みや陰があれば潜めるということも知っている。よく小場所で魚をリリースするときに、それが大型であっても流れの中にいるときはこんなものなのかというような大きさに見えることがある。ポイントや流域は大きいほど可能性が増えると思っているけれども、今まで釣ってきた小場所でも必ず居ると思っている。タイミングと腕の問題ではあるが、一部の釣り人には同じ川が違った姿として眼に映っているのだろう。
上手い人々と知り合いたい。そうした次元を見ている釣り人と。




ふらりと訪れた山間の宿。昼間、涼しげな土間にぽつんと座った主人に挨拶する。
この時間に来たんだったら、遠くには行けないから近くでやってみたらどうだと素っ気ない返事をもらい、目星をつけていた場所周辺へ向かう。本流と小沢の出会いのところを見つけ、早速投げると二投目かに沖の方でイワナが掛かった。が、すぐに外れてしまう。
結局釣り方が良く分からないまま宿に戻ることになったのだが、宿には明後日を禁漁に控えているということもあり何人かの釣り人が集結している。

「久しぶり」
玄関を開けてある男が入ってきた。客なのか主人の友人なのかは分からないが、小慣れた様子でコーヒーを頼んで自分の前に座った。

宿の客は酒も入ってきて明日どの沢に入るとか今日はどうだったとかの話しが始まる。
あの沢に入る道はあるのか、とか昔は一つのルアーに二匹マスが掛かってきた、とかこの辺りに居るシギのような鳥が旨いとか、つい1時間前は皆、素性を明かさないかのように寡黙に振舞っていたのだけれど、言葉の端々から伺えるのはどうやらここに集まる釣り人達は相当やりこんでいる人たちのようだ。

男はコーヒーを啜りながら、自分が机に広げていたルアーを見て、

「インジェクションのルアーは内部が膨張するから・・・」
「真空状態にしてドブ漬けをすると・・・」
「16ポンド以下だと岩魚がバイトしたときに切られるよ」
「糸は太ければ太いほどいい。ラインブレイクだけの意味ではなくて・・・」
「小さいルアーだと見向きもしない」

等々の言葉を語り始めるが、そのどれもが従来の岩魚釣りの固定概念を覆すものであった。

「よく、魚の居る場所を想定して、そこにアップクロスで送り込んで鼻先にルアーが通ったら思わず食いつく、って釣り方あるじゃないですか。それだと釣れないんですか?」

「・・・そうやって想定して釣る釣り方もあるけれど、想定しないことで釣れる事もある。想定通りに釣れて、それで?でしょう。想定できないことがあるから面白んだよ」

「!!」
今に至るまで紆余曲折を経ながら、何故自分が釣りを続けているのか考え続けてきたし、そのいくつかはこのブログで書いている。島で暮らしていた頃、精神的窮地に追いやられたときにそのうちの一つに考え至ることが出来た。意志の及ばないものへの投擲。投げなければ何も返ってくるものはないし、それだからこそ自由に解釈して投げ続けることが出来る。
対象は幻想の魚であってもいい。投げ続ける動機になるのであれば、その幻想を具現化させることに尽力すれば良い。

翌朝。その男はこの場所に不似合いなほど長くて強い竿と、大きすぎるネットを持っていた。恰好を見れば、その釣り人がどんな魚を狙っているのか分かるが、彼が狙っているのはメータークラスの魚なのではないかというくらい一件大袈裟な恰好であった。が、それも彼が長年の釣りから行き着いた恰好なのである。


秋の夜の冷え込みと久しぶりの喫煙で体調が酷く悪かった。肺も痛いし体全身が倦怠感に覆われている。
沢に入ってみると、小さな淵には赤い婚姻色を滲ませた山女魚たちが泳いでいるのが見える。流れの落ち込みには上流に頭を向けた大きな岩魚達がいるのだろう。

試しに一投すると、すぐに掛かった。が、大暴れして外れてしまった。
仕方が無い・・・と思いながらも手段を変えて投げ続けると、やがて強いアタリが出てもう一匹掛かった。







シングルフックが開くくらいの力を掛けて一気に淵から抜いたのは尺くらいの岩魚であった。

沢の水は冷たい。身体がますます冷えてくる。朝の7時過ぎだというのに、これ以上釣りをするのが辛くなってきた。
近くで投げていたその男に、もう帰る旨を告げる。
林道を歩くも体力が続かず、舗道の上に仰向けになる。
ブナの濃い緑の葉を太陽が透かし、秋の空の青く濃い色が山間に見える。



凄い釣り人と知り合った。ここが現時点で自分が見えている釣りの世界の最終目的地だ。
来年(※2017年のことなので、今年2018年に当たる)はどういう釣りになるのだろう。
猛烈に頭がぼうっとするなか、遥か遠い東京への帰路に着いた。

コメント

piedras

2014-08-25 19:10:31 | 日記






一年に一度の山岳渓流での岩魚釣り。
氷のように冷たい水に足を浸からせる。
もう20年以上もこの地に足を運んでいるので、ここに来てようやく夏を迎えた気分になる。


一体、釣りで何を書けばいいのだろうか。前回のログ以降、依然として釣りには行っていない。
しかし不思議なもので、釣りに行かないせいなのか毎日が異常に苛立つ気分であったのが、海を見れば多少は慰められるのか
気持ちが落ち着いた。
河でもいい。一度、ルーマニア出身の男と共に夕方、河で投げたきりだった。
もちろん、スズキは釣れる気がしない。
大きい魚を釣ることも、釣り人が竿で必死に魚を引っ張り回しているだけのことだ、と冷めきった考えしか
思い浮かばない。そこにいかなる一人の釣り人と魚との内的なドラマがあっても、またそれを自分は知っていても、
必要以上に釣りに行く気持ちは生まれないままであった。


今回の釣りでも積極的に魚を釣ろうという気は生まれなくとも、年に一度の場所ということもあり竿を出してみたい気分に駆られた。毎年、というより10代の頃は熱が入っていて、渓流をシングルフック一辺倒でやってみたりハンドメイドでやってみたりしたのが、今となればあの頃の魚しか見えていなかった衝動が羨ましくもある。今や針にかけて魚を引っ張り回すこと自体に、後ろめたい気持ちに苛まれてしまうのだが、よし釣りに行こうと思うときは、そうした考えはどこかの隅へ保留されていて、実際に釣りをしているときに活き活きと蘇ってくるものだ。釣りに行きたい気持ちは判断を放棄したときに生まれてくる。

初日は台風の接近で大風であった。早々に切り上げ、宿の女将もこの天気じゃぁ・・というほどの荒れ模様だった。
近くの温泉に行くと、ツバメが何羽も囲いのある露天風呂のところに避難していた。こちらに気がついて飛び立とうとするも、
風に煽られてか囲いと地面のあいだにある樋にへたり込んでしまった。風の弱い頃合いを見て、温泉の屋根の下のアンテナ線に止まったようだ。まだ雛なのか、親鳥らしきツバメが近付くと声をあげて餌をねだっていた。台風で巣が壊されてしまったのだろうか。

翌日は虹鱒と岩魚が釣れた。
ニジマスは今年は放流されていないのか、去年、川の淵を埋め尽くすほどいた黒影が今年は見当たらなかった。
その年の魚なのかは分からないが、元気のよいニジマスが細い沢で食ってきた。
竿はよく曲がり、久しぶりに掛けた魚の感覚ではあったが、こちらはさりとて驚くこともなく浅瀬に誘導して、即席で拵えた水たまりに活かしておいた。
沢を少し登ると、岩魚がすぐに食ってきた。なぜかえらぶた縁が短く、紅いエラが少し見えていた。
これも浅瀬に水たまりを即席で拵えて活かしておいた。
釣りあげられた直後はよく暴れて、石に体をぶつけたりで大丈夫なのかと思うがしばらくすると観念したようにじっとしている。
自分はそのまま放っておいて、沢を登っていく。帰ったころに、そこにまだ居れば持ち帰る。そこに居なければそれでいい。水たまりは流れのすぐ傍に作っておく。魚に猶予を残しておくことで、こちらがキープするか逃がすかの選択肢を魚に委ねておく。
もちろん持って帰る魚は1~2匹もいれば充分だ。
1時間ほどして帰った頃、ニジマスはまだその場にいた。岩魚は逃げていた。


魚を捌いたある日のこと。
痩せこけた岩魚がビクに入っていた。
口から細い釣り糸が出ていた。腹を出してみると、喉の奥の上に小さなフライが刺さっていた。
あの紅いエラの岩魚も、果敢にルアーに食ってきたことを思えば、釣れる魚の傾向には、こうしたハンディキャップを抱えた魚
が多いことを感じ得ない。
全くの憶測ではあるが、他の健康な魚と比べて捕食にありつける機会が乏しいのだと思う。だから、ニセモノであるルアーにも、糸のついたミミズにも食ってくるのではないか。
スズキでもそうだ。もう10年も昔の横浜の話だが、両目は白く濁り、背中は何ものかにえぐられ、ヒレも欠損している魚がルアーで釣れたことがあった。その頃は気色悪く見えたが、そのうちにあの魚が釣れたのはそういう理由だからではないかと思うようになった。



今年の盆は雨ばかりであった。
山は寒かった。夏は温泉に入りたい気持ちなど無いが、今年に限っては朝風呂をするほど湯に浸かりたい気分だった。

場所を変え、また別の山に行けば色合いの異なる岩魚が釣れた。








日の暮れる頃だったので、自然にできた水たまりに活かしておいた。明日の朝、また見に来ればいい。
低く積まれた石の狭間を上手いこと這って流れに逃げているのかもしれないし、鳥に攫われてしまうのかもしれない。それは厭だけれども、まだそこに残っていれば自分が攫ってしまう。さっきまで流れのあるところに居たのに、急に釣りあげられて止水に放り込まれたのだから、不安な気持ちで夜を過ごすのだろうか。ただ聞こえるであろうことは、すぐ傍にある奔流の音だけ。


翌朝、岩魚はどこかに逃げていた。
それで良かった。
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3月のヒラスズキ

2014-03-09 17:04:00 | 日記
目の前で鳥山が立っていた。風にたわみきった糸にルアーが引っ張られてしまい、竿先には引いている抵抗を感じない。
風に平行に投げていれば、いやでもそうなってしまう。竿先を下げるなりして糸を水に張り付かせてしまいたい。
そうやって何度か繰り返しているうち、巻いている途中に重さが伝わって竿が曲がった。
根掛かりでないことは、すぐに伝わってきた柔らかな感触と動きからわかった。

焦りもしない。ただ、浅いゴロタを洗う白波から魚を引いてくることは自分の柔らかな竿では弱かった。
寄せ波で魚は寄ってくる。しかし糸を回収したり、魚をこちらへ向かそうとしているうちに、やがて手前にある小さな牡蠣殻や貝のついた岩に糸がとられ、波に揉まれてはまた取られ、すぐに貝の隙間に3,4か所も食い込んでしまい、アヤトリのようになってしまった。
これはまずい、魚はどこかの波打ち際で泳ぎまわっているのだろうけれども、針が外れてしまうことは後の事にしておいて、とにかく糸を外そうと膝下まで白泡のなか突っ込んで岩に近づいた。足もとは全く見えない。不安定なごろた石の隙間に足を挟まれながらも、ベイルを返して糸を緩ませて、食い込む糸を外した。幸いにPE2号の糸は切れないでいてくれた。

魚もまだ波打ち際で泳いでいた。
気は焦り切っていた。足は依然として膝下まで白泡に浸かったままだ。引き波も寄せ波も受け、次の足の置場も見えない中、魚と一緒に岸際を平行に行ったり来たりしていた。石の上に上がって引っ張ればいいのに、そんな冷静さはとうに欠けて、もう魚しか見えていなかった。

岸近くでさらに勢いの増した波に魚を任せ、ごろたの隙間に誘導してやった。
なかなか大きかった。口に手をやると、手から滑り落ちる。もうこの魚は持って帰ろうと思った。風の下、魚は石の上に身を横たえた。

流木にカメラを置き、何枚か写真を撮り終えた後で一息つく。腹筋が猛烈に背中へ押し付けられる。以前も同じような感覚に見舞われたことがあった。特に釣りたかった魚を初めて釣った時がそうだった。魚とやりとりをしているうちに、無意識に腹に力を込めてしまうのだろうか。ぎゅうっと膠着する腹筋の痛みに懐かしさも覚えた。

魚の目は天を向いていた。
片手にずっしりとした重みを感じながら、来たゴロタを戻る。


欲が満たされてもまた空腹が来るように、再来を渇望することはわかっている。魚を手にして遣り切ったこの感覚と共に帰路についても、いずれまた別の夕方には同じ感覚を抱くだろうし、或いはそれを求めても何も得られず帰路につく日もある。それを自分は繰り返してきた。
そして多くの釣り人も同じように繰り返していく。
自分はもうこの感覚を遠い日に知っていた。

―彼はそれを知っていた。―
どこかで聞いたこの言葉が、頭の中に蘇る。

そうして釣りを繰り返していくことに対して、非常な淋しさがあった。
繰り返していく・・・良い歳になっても、繰り返していく。魚を釣るための格好をし、釣り道具を買い集め、いつ釣れるかもわからない魚を相手に竿を振って時間を過ごしていく。彼は魚が釣れると信じている・・・。


そんな事をずっと思いながらゴロタを歩いていた。やがて山道を登る。片手に魚を下げたまま、休むことなく登る。
魚はもうあの海から抜き去られてしまった。寂寥感が募っていく。

魚と糸で結ばれている時の焦燥。何も見えなくなること。ただ目の前に居るであろう魚のために一時を焼かすこと。手にした時に発作する体の痛み。


「噫、生きてゐた、私は生きてゐた!」


中也の言葉が聞こえてくる。自分はその時、生きていた。生きる実感を得ていた。













中原中也「少年時」
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Ida y vuelta, Reaction

2014-01-15 23:30:30 | 日記
今年になって2週間が経とうとする頃、友達から釣りの誘いがあって久しぶりに釣りをした。


ここ一年の間で、何故釣りをするのか、という根本的な問いを考えた自分には、いつしか釣りから離れようという気持ちが何処かで芽生えていた。
ある時は船に揺られたくて、錦江湾を横断するフェリーに小一時間揺られて海を眺めて考えたりしていた。
ちょうどここ数日間、今後の進路について或る事を諦めたこともあってか心は非常に寂しいものになり、生きる意味さえも考えていた。
独りよがりな考えに陥ったとき、肉感的なものにしか拠り所がなく、唯一信じられるものは身体を通した感覚だけであった。

魚を釣ること喜びが、自ら一方的に魚にけしかけた事から起因していることによるのだとは解りながらも、自分が信じられる確かなものは、身体を通して伝わってくる魚であって、手、竿、糸の先に生きているであろう魚でしかない、という理屈にもならない考えに悶えていた。
海原を泳ぐ魚は確かに釣りの対象になる。そのなかで、自分が投げた針にかかった魚のみ、お互いの関係が結ばれる。魚は自分がいてこそ対象となり得るわけで、その関係に生きることが釣りなのかもしれない。

・・・存在論を考えたときに、相手を対象化することに出発して、対象との関係が結ばれる、つまり自分抜きには考えられない、とも思ったりした。しかしそれは自己否定に至る考えではないのかもしれないと、何処かで思ったりした。

釣りの場合は人と魚、言い換えれば主体と対象が結ばれて存在しあってる。釣り人は魚に働きかけることによって魚と結ばれている。魚は、釣り人にとって想像の魚と具体の魚の2匹になり、彼の中をこの2つの魚が往き来しながら釣りをしている。
この関係のなかで、主体の孤独を越えることを考えていけるのではないか。



或る土曜日は、静かな錦江湾と、鮎の泳ぐ川で釣りをした。
或る日曜日は北西風が優しく吹き、雲一つなく晴れた日であった。
港には小さな潮目が水面に刷毛で掃いたように差していた。空高く飛ぶ白い腹をした鳥、みさごだろうか、優雅に舞いながらも、時折急に下降して海面を目指して突っ込んでいる。

小さな堤防の先にはサビキ釣りをしている人達がいた。澄んだ海から釣り上げられたのは、足のひらくらいのイワシであった。
カタボシイワシという名前のイワシらしい。それが海面を漂う軽い撒き餌を目掛けて、何十匹という群れで深いところから沸き上がり、銀色の腹をきらめかせながら一通り食べたあと、辺りを周遊してまた深みに戻っていく。

その釣り人達から、「やってみますか」と竿を快く貸してもらった。イワシの群れにサビキを落とすと竿先がヌッ・・・と頭をもたげて魚が掛かったことを知らせる。
鱗の大きいイワシだった。冬陽に鱗が映り、紫や黄色い輝きを散りばめた。

いつしか遠くで釣りをしていた親子連れも近くに来ていた。
「是非ここで釣って下さいよ」と、竿を貸してくれた人が招いて皆でイワシを釣っていた。
やがて子供の竿にイワシが掛かり、仕掛けを竿先まで目一杯巻き上げて釣り上げられた。
イワシの群れが一通り去っても、海中に垂らし込まれたサビキには小さなヒイラギがよく掛かった。

自分は趣向を代えて、友達からジグヘッドとメバル、アジ用のワームをつけてイワシを狙ってみたが、群れのなかの一匹がちらりと振り返るだけであって、一向に針に掛かる様子は無い。
「もっと軽いジグヘッドがいいんじゃないですか」と、サビキを貸してくれた人が快く、より小さなジグヘッドとワームを渡してくれた。
が、それを使って群れの中に入れても群れを横切るように通しても、やはり釣れなかった。

風と共に沖に払い出す潮に乗って、港の奥からオキアミの入った箱が足下に流れてきた。友達がそれをルアーで引っ掛けて回収した。
ワームを外して、そのオキアミを付けて狙ってみる。何秒か沈めて巻き始めると、こッ・・・とアタリが出た。ヒイラギであった。


夕方になると、沖合いでナブラがたつ。ちょうど投げていた友達の竿に、スズキが掛かった。海面下で鋭い銀色の輝きと海底の色に滲んだ黒い背中が目に飛び込んできた。
隣にいた親子連れや、泳がせ釣りの陽気そうなおじさんが興奮した面持ちで眺めていた。
きっと、子供にとっては初めて見たスズキだったのかもしれない。
不覚にも自分が子供の頃に横浜の長い堤防で餌釣りをしていたとき、夕日を浴びて歩く釣り人の背負ったタモアミに入ったスズキの姿が思い浮かんだ。
その光景が忘れずに、ルアーを買った記憶がある。


陽は沈みかけ、場所を移ると大勢の釣り人がいた。
高みの見物をしていると、穏やかな海に向かってルアーを投げている光景を、自分が釣りをしたことのない人の気持ちになったかのように眺めているのに気づいた。

「なぜルアーを熱くなって投げているのか・・・」
この、非常に上から目線の言葉に優しい友達も流石に怒ってしまった。

ついさっきまで、同じようにルアーを投げていたのにこんな態度になったのは不思議だった。釣りをしているときはその行為だけに熱中しているのに、一歩離れてみたら、その行為が理解できなくなりそうになる。いつ釣れるかもわからない不確かな魚に向かう行為・・・

このルアーは釣れそう、あれは釣れなそう、釣具屋で悩むこんな判断も、いまはルアーそのものが「これで魚が釣れるの?」という思いにまでなってしまった。


忘れもしない4年前、ある職業釣り師にGTポッパーをみせたことを思い出す。彼は自分のルアーも見ながら
「おまえ、こんなので魚が釣れると思ってるの?釣れる訳ねぇじゃん。ただ・・・」


この言葉は衝撃だった。それまで疑いもなく釣れると思っていたルアーが、まやかし物のようにいわれたとき、俄には受け入れがたかった。

「たまに釣れる。だから楽しいんだ。」

彼のように恐らく日本一或る魚をルアーで釣る人がいうあの言葉の意味を、自分はまだ理解しきってはいないが、それでもここ最近の釣りへの考え方からは垣間見れたように思う。ルアーが魚が釣れる物であるという経験から来る疑いなき判断も、離れて見れば到底魚が釣れるとは思えない物に見えるようになった。

振り返れば、ジグヘッドにオキアミを刺したのも、魚をルアーで釣ることへの拘りがいつのまにか去り、方法をより自由にして魚へアプローチする態度になったことから来ていた。ジグヘッドと餌の組み合わせが不似合いなものだとは思わなかったし、ワームで釣ることに拘る気持ちも無かった。ルアーという方法に限定して釣る楽しさがある一方で、方法を限定しない釣り方も当然許されているのであり、自分の中では両者の垣根が曖昧に揺らいでいた。


昨年の12月に、魚を釣ることと網でとることの違いを少し書いた事があった。この違いについて、或る怪魚釣り師はこう述べている。
「釣りは向こうが食ってくるんですよ。少なくとも僕の仕掛けたルアーなり餌なりに反応して、向こうから能動的に振り返る瞬間がある。」(引用元http://www.tenga.co.jp/voice/kozuka.php)

彼の言う、「向こうから能動的に振り返る」ということ。
換言すれば、釣りが成立するのは、釣り人の魚に対する行為(act)と、それ対する魚からの反応(react)の関係から来ている。魚が釣れるということは、大枠の意味では魚がリアクションしたことに拠っている。
(よく、リアクションバイトと表現されるのは、意図的なものである)


リアクションという考え方からすれば、餌を使うこともルアーを使うことも魚を釣るための手段の違いであり、根本的にみると魚を振り向かせることに対しては同じである。
餌を使うといえども、糸と針の先にある餌は、魚からすれば餌になりきらない餌である。だから餌を付けたからといって必ずしも魚が釣れるわけではない。対してルアーの場合は、糸と針の先にあるのが人工物であって、餌との違いは味があるとか、匂いがあるとか、生きているかいないとかの違いに過ぎない。フライも然り。(誤解無きよう、この違いこそ、釣り(釣法)と魚へのアプローチの多様化を生み出す素晴らしい種なのであることも忘れずに付け足しておきたい。)

ルアーは餌から離れて、より人工の世界に近づいている。更に餌から離していくと、例えばスピナーのように「これ餌と似てもつかないもの」になる。
ただ、それは人間からみたときにそう思うのであって、魚からみたときは、その判断が通用するとは限らない。実際にスピナーは金属の小細工の組み合わせであって、見た目も動きも餌とは似ても似つかないが、良く釣れるルアーである。あくまで釣れるか否かは、魚からのリアクションによって判断される。(この、釣り人から見た判断と、魚からのリアクションの相互関係のなかで模索しながら釣りをしていくことが、ルアー釣りの楽しみでもある。 )

ルアーが魚に似ているか似ていないか、形状のリアルの追求なのか、アクションのリアルの追求なのか、そもそも人間から見たリアルなのか、魚にとってのリアルなのか、あるいは人間から見た形質もアクションからも離れたところに真実があるのか。



・・・釣りを考えると、あらゆるテーマが入り乱れてくる。思い浮かぶ一つ一つの事を裏付け、反証するのが実際の釣りだ。空想では戯言になりかねない。
もっと実証的に。空想は可能性を広げ、また一方で実際の釣りと共に裾野を広げていく。

今年はこの立場で釣りを考えてみたいと思う。
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